その5 「人外」の高みとは?
シュバツから迷宮行きの話を告げられてから一週間の後、テルトたちは迷宮へと降りてきていた。
支度を整えるためと、ギルドマスターが不在の間の職務の引き継ぎなどを済ませたためこの日程となってしまったのである。
彼は仕事もできる男であったので。
パーティは戦士のシュバツ。
シュバツの元傭兵仲間である双剣士のラーティ、中肉中背で長い髪を後ろに束ねた優男である。
そして意外にも珍しい探知魔法や解呪と言った補助系魔法の使い手であるラカン。
最後に4属性の上位魔法を操るテルトの4人であった。
ラーティの偵察の結果を踏まえ、シュバツは閉鎖された空間で構成されたである以上、少数での攻略が適当であると判断したからである。
早くも迷宮に入って4日目、ラカンの探知魔法のおかげもあって4人は既に17階層までを踏破していた。
そして、18階層目に踏み込んだ途端、テルトたちのいる通路の先の広い空間から、今日何度目かの襲撃を受けることとなった。
先頭を進んでいたシュバツが叫ぶ、
「油断するなっ!テルト殿っ!矢除けの魔法を!」
振り返りながら指示を出す彼の視線の先にはエルダースケルトンアーチャーが5体。
中距離からこちらを射抜こうと弓を引き絞っていた。
前衛には4体のエルダースケルトンナイト。
アーチャーを護るようにヒーターシールドを構えて前方に立ち塞がっている。
上位種らしく連携しているのは明らかで、射線を殺さないように布陣しながらアーチャーを守護しているようだった。
ある程度の戦術的な思考の出来る彼らは、決して侮れない。
「風よ!我を包め!吹き荒れる渦となって我らを守護せよ!」
テルトが唱えると、彼女を中心に風の渦による壁が構成され、パーティ全体を包み込んだ。
それとほぼ同時にスケルトンアーチャーの第一射が風切り音と共に一直線に迫る。
が、テルトの魔法により、一矢もパーティの元まで届いた矢はなかった。
全てが吹き散らされるように軌道を逸らされあらぬ方向へと飛んでゆく。
シュバツはその一射目が後衛の脅威になりえないことを認めると、双剣士のラーティと共に自ら風の障壁の前に躍り出でた。
「うおぉおおおお!!」
裂帛の気合を込めてシュバツが横薙ぎにグレートソードを振るう。
ゴリィッ!!バキバキバキッッ!!
骨を砕く凄まじい連続音と共に、行く手をふさぐ形で横列を形成していたスケルトンナイトの右翼二体は反撃すら許されず吹き飛んだ。
壁際まで分厚い刃に押しつぶされながら叩き付けられ、バラバラになりながら瞬く間に無力化する。
「行け!」
「おう!」
シュバツがこじ開けた突破口に後に追随していたラーティが走りこむ。
急速に迫る彼の方へ空洞の眼窩を向けて矢をつがえようとするスケルトンアーチャーを翻弄するようにフェイントを交えながら疾走。
「ついてこれるか⁈骸骨共っ!」
スケルトンアーチャーがその動きに慣れ、追随しながら矢をいようとしたタイミングで肉体強化の魔法を使い、ラーティはさらに加速する。
「ハンッ!どこ見てる?眼球ついてねぇくせに、律儀に向き直ってんじゃねぇよっ!」
そう軽口をたたきながら、まともにやりあうことはせず、正確に双剣を振るいながら次々にスケルトンアーチャーの弓弦を断ち切ってゆく。
気づいたスケルトンアーチャー達が、腰に下げられたショートソードで反撃を試みようとした時には残りのスケルトンナイトを砕いたシュバツが合流し、ラーティと共に瞬く間にアーチャーを殲滅していった。
「さすがシュバツ殿、ギルドマスターの職位は伊達ではありませんね。」
そうテルトは自らの戦闘力をいかんなく発揮したギルドマスターを賞賛する。
「はははっ、こう見えても昔は『暴風のシュバツ』と言われてましたからなぁ。」
豪快に笑いながら、グレートソードを背中に収めるギルドマスターにラーティは呆れ顔でボヤいている。
「相変わらずだな、おっさん。現役退いてもう3年だろ?ちょっとは老いの前兆とかさ、かわいげのあるところを見せろよなぁ。」
「誰がおっさんだ、まだ45だぞっ!」
わざとらしくため息をつくラーティにすかさずシュバツが反論する。
「フォッフォッフォッ、まぁこのギルドマスターの腕っぷしのおかげでうちのギルドではみなお行儀が良いでなぁ。」
言いながら笑うラカンも元傭兵だけあって年齢に似合わぬ足腰で、しっかりとパーティについてきていた。
水筒の革袋に口を付けながら、ふと思い出したようにシュバツは言った、
「しかし、この迷宮は今までに見たどの迷宮とも違っているようだ。テルト殿は迷宮に来るのも初めてだからそう言われてもわからないだろうがね。」
「・・・そうですね。」
そうとしか彼女は答えられなかった。
彼女にはこの迷宮の雰囲気には見覚えがあった、内装の全てが取り払われ、モンスターの跋扈する変わり果てた様子に最初は分からなかったが。
この迷宮の床は人口タイルのような滑らかな素材であり、冷たさを感じさせるひんやりとした灰色の硬質な壁はコンクリート製だろう。
そう、これは前世の記憶にあるビル建築そのものだ。
しかし、間取りはまさしく迷宮の名のとおり複雑で、勿論地上に伸びるのではなく、地中に突き刺さるように伸びていた。
(私の魂が記憶と共にこの世界に流れてきたように、この建物も私と同じ世界から漂流してきたのだろうか・・・?)
解けるはずのない疑問を頭の片隅に抱えながら、テルトはシュバツたちと共に探索を続ける。
19階層に到達し、道中グレートリザードマンや、レイスキングなどのモンスターを危なげなく排除しながら閉ざされた扉の前に4人は立っていた。
『・・・カチリ・・・』
「よし、開いたぞ。」
解錠に長けたラーティルが扉につけていた耳を離し、鍵開けに使った工具を仕舞いながら告げる。
扉へ手をかけようとすると、ラカンが厳しい声で言った。
「先に断っておく。ワシの探知魔法が確かならば恐らくこれが最下層へ抜ける最後の部屋じゃろう・・・。」
「マジかじいさん!やったな!」
「うむ、意外に早い攻略になるか・・・。」
口々にラーティルとシュバツが言うがラカンの厳しい表情は崩れない。
「まぁ聞け、二人とも。これもワシの探知魔法が誤っていなければ・・・この先に居る気配は今までと全く異質の者じゃ。」
語るラカンの表情はあくまで硬い。
「しかし私と、ラーティル、そして上級魔法の使い手であるテルト殿までおられるのだ。少々の敵ならば十分に対抗できるのではないか・・・?」
今まで出会ってきた魔物も決して弱くはなかった。並みのパーティなら、いや経験豊富なパーティでもいくつ命があっても足りないだろう。
シュバツやラーティルの剣技、ラカンの的確な情報収集能力、そしてテルトという圧倒的な魔法戦力があればこそ突破してこれたのであってシュバツの言葉はうぬぼれではない。
「・・・」
しかしそのシュバツの言葉を聞いてもラカンの表情は晴れない。その様子にシュバツも表情を改めて尋ねる。
「・・・それでも厳しいかもしれん。そういうことかラカン?」
「・・・、そうじゃ。進むなら十分に覚悟はしておいてくれ。退くも勇気じゃよ。」
真剣にいうラカンに少し悩んだあと、シュバツはいった。
「わかった。皆、今の話を聞いての通り、恐らくこの先にこの迷宮の守護者が待ち受けていると考えて良いだろう。そしてその力は強大だという。」
いったん言葉を切り、ラーティル、ラカンそしてテルトの順に視線を送りテルトに向かって頷くと言った、
「もし踏み込んでみて攻略は不可能だと判断したら即座に撤退する。ここまで来れば踏破は目前であるし、迷宮の構造もラカンがマッピングしてくれているので再びここへ至ることは容易だ。その場合は後日改めてこのパーティを中心に守護者の討伐隊を組織し、攻略に挑む。」
それは意見を求めるのではなく、シュバツの有無を言わさぬ決定であった。
「まぁ、しょーがねぇよなぁ。」
「フォッ!まぁそれが妥当なところじゃろうのぅ。」
「指揮官の作戦を支持する。」
だが全員が誰もが全幅の信頼を寄せる彼に、異議を挟むものはいなかった。
口々に自分なりの言葉で賛意を示したのだった。
その後・・・、一旦開けた部屋まで戻り、小休止と装備を確認する作業に時間を充て、一行は再び、閉ざされた部屋の前まで来ていた。
「じゃ、いくぜ・・・」
言いながらさすがに緊張の面持ちでラーティルが扉を開ける。
「うぉ・・・。」
踏み込んだ先の地下とは思えない闘技場のような広い空間。
巨軀が・・・、巨大なミノタウロスが鎮座していた。
巨大な戦斧を地面に突き立て、跪くような姿勢で。
それでもその頭部はなお、見上げるほどに高い位置にある。
そしてその左右にはこちらを威嚇するような表情でマンティコアが二体、侍っていた。
「こいつはやべぇな・・。」
額に汗を流しながら呟いたラーティルの声に反応するように、突然ミノタウロスが咆哮した、
「グルゥオオオオオオオオアアアアアッ!!」
「ぐっ!」
文字通りビリビリと空気を震わせる圧倒的なプレッシャーに、思わず耳をす塞ぎたくなる衝動に駆られる。
咆哮を合図にマンティコアも牙を剥き、空中をこちらへむかってくるのが見える。
「よし、ここは・・・?テルト殿?」
撤退だ、そう言いかけるシュバツを目で遮るとテルトは一歩部屋へ踏み入り宝珠の埋め込まれた杖をかざした。
その碧と紅の双眸が魔力によって淡く輝く!
「風よ!礫よ!吹き荒れる暴風となり我に仇為す者を打ち据えよっ!」
次の瞬間、土と風の混合魔法の嵐が二体のマンティコアを空中で絡め取り、その礫がさながら散弾のように、その翼をズタズタに引き裂いてゆく。
そのまま二体のマンティコアの体は天井へと巻き上げられる。
その時突如風が止んだかと思うと、今度は下向きの猛烈な突風となって二体を人工タイルの硬質な床へ容赦なく叩き付けた。
凄まじい地響きと、土煙、衝撃によって辺りに人工タイルが砕け飛ぶ。
その衝撃に二体は耐えられず、声を上げることすらできずに幾度か激しく痙攣したあと血の泡を吐いて動かなくなった。
「すげぇ・・・!」
「・・・まさかこれほどとは・・。」
これにはシュバツとラーティルの二人も言葉が出てこない。
上級魔法を全ての系統で使えるというだけも規格外だが、その2系統を同時発動するなど
もはや人知を超えている。
だが先陣を切ったマンティコアが為す術無く倒されたのを見ても、ミノタウロスに動揺の色は見られなかった。
「グルゥオッ!グルオッ!グルオオオオオオオアアアアアッ!!」
戦斧を振り回しながら突進する―――その姿が一気に視界から消えた。
「?!ゴォオオオオオッ!」
ミノタウロスは今やテルト達の視界よりはるかに下にいた、彼女の唱えた土魔術によって穿たれた穴に落ちて。
更にテルトは畳みかける
【ズ、ズンッ‼︎】
「?!?!ブオオッ!!」
これ以上の落下を避けるため、穴の淵に手をかけてその体重を支えていた両手に、土魔法によって出現した巨石が落ち、骨の砕ける音が鈍く響く。
そうして、自由を奪った後、テルトはいつものように周りに漂っている精霊に一言呟いた。
「ヴァレリー、思い切りやっていいわよ。」
『やったー!私退屈してたんだよねー♪』
そう鼻歌交じりに散歩にでも出かけるような口調の精霊は次の瞬間豹変した。
少女のようにおどけない姿は一気に膨張し、炎が青みを帯びて熱量が一気に高まる。
目が吊り上がり口が裂け、顔だけでなく輪郭全体が巨大な焔となるとミノタウロスを包み込んだ。
『私がぎゅーって、抱きしめてあげる♫頑張って耐えてね〜♫キャハハハッ♫』
「ゴォアアアアアア!!」
ヴァレリーの灼熱の抱擁に抱かれ、ミノタウロスは断末魔の叫びをあげながら苦痛から逃れようと身をよじる。
だが両手を巨石に潰され、体の半ばまでを地中に没していては抵抗らしい抵抗も出来るはずはなかった。
暫くの間ミノタウルスの咆哮が続き、辺りに焦げるような匂いが漂い始めてテルトは再び精霊に声をかける。
「ヴァレリー、ありがとう。もういいわ。」
『はぁ~い♫』
少女の姿に戻りテルトのもとへ帰ってくるヴァレリーを優しく撫でるテルト。
3人は言葉もなく、出番もなく、ただただあっけにとられ、呆然と成り行きを眺めているしかなかった。
巨大な炎の洗礼のあと、彼らには見えていない精霊に語りかけ微笑えんでいる美しい横顔の彼女を見ながらラーティルは言った。
「え、えげつねぇわ・・・テルトちゃん。それに容赦ねぇ・・・。オレ、テルトちゃんだけは怒らせないようにするわ・・・。」
冗談めかしているが、笑顔はぎこちなく、膝は微かに震えている。
「あぁ・・・、暴風の二つ名は譲らねばならんかもしれんな・・・。」
「・・・・」
脱力したようにつぶやく二人の背後でラカンは口をパクパクさせながら、杖に縋ってようやく立っていた。
テルトは結果的にシュバツの撤退命令を無視したわけだが、完全に雰囲気にのまれた3人は、テルトの凄まじいまでの力の披瀝にただあっけにとられていた。
・・・シュバツとラーティル二人は間違いなく卓越した使い手ではある。
いままで、自分たちもそう自負してきた。
だがそれは「人間」という器の平均レベルを基準にした「規格外」なのであり、才能豊かなエルフという「人外」とはどういうものかドン引きするレベルで二人は今日知ったのであった。
・・・こうして、テルトたちパーティはいよいよ迷宮の主人である伝説の精霊の待つ最下層へと歩みを進めるのであった。
いつもお読みくださりありがとうございます。やっちゃいました、テルト無双 笑
ブクマ、評価、感想など皆さんの力をモチベーションに変えますので、応援ぜひぜひよろしくお願いしますっ!(切実