その3 エルフは鋼鉄の獣の夢を見るか?
初めての評価ポイントをいただきました。
どなたかは存じませんがっ!貴方に幸あれっ!
エルフの里を出てからというもの、テルトは気楽な一人旅を続けていた、いや、正確には、
『これからはテルトと、ずっと一緒にいられるのね!ヴァレリー嬉しいわ!』
嬉しそうに体を踊らせる火の精霊と一緒に。
里で出会った頃は頼りなげな、小さな精霊だったが、今はテルトと同じくらいの大きさで、テルトの周りをふわふわと漂い、遊んでいる。
テルトは彼女をヴァイリーと名付けていた。
そしてもう一つテルトの気持ちを明るくしているものがあった。
あの日以来、自分の中の押さえつけていた力のタガを外したのがきっかけとなり、テルトもまた、ユーリアよりは遅いが前世の記憶を取り戻し始めていた。
家族や、自分の生い立ちなどはぼんやりとしか思い出せなかったが、それは自分にとってはどうでもいい事だとテルトは思っていた。
里の両親との思い出は間違いなく素晴らしいものだったので。
その前世の記憶の中でもひときわ輝き、自分を虜にする存在があった。
・・・それは戦車!!
地上最強の鋼鉄の猛獣たち!
そしてその猛獣を駆る、男たちの血沸き肉躍るロマン!
・・・どうやら彼女の前世はバリバリのミリオタだったようだ。
凄まじい量の知識が、初めて見るはずなのにどこか懐かしく、それでいて新鮮にテルトの脳髄をこれでもかと刺激した。
そんなわけで、旅を初めてしばらくは、妄想するだけで幸せな気分だった。
三日目の夜、驚愕の事実にテルトは打ちのめされる。たき火前での寝話にテルトが「バ○ジ大作戦」の内容をヴァレリーに語っていたときである、
『へぇー、テルトちゃんのいた世界ってそんな怪物がいたんだぁ。こっちの世界にもいたら良かったのにねーっ!ヴァレリーも乗りたかったなぁー。』
そうあっけらかんと話すヴァレリーの言葉にハタと気付いたのだ。
(?!この世界には戦車が、ない。)
なんというか・・・、当たり前である。
「な、な・・!この世界には戦車が、無いだとっ・・・・?!くっ・・・、なんということだ。」
がっくりと膝をつくテルト。
前世で、何の取り柄のない自分が夢中になった鋼鉄の怪物達、彼らにもう二度と会えないことにテルトは今更ながら気づきショックを受けていた。
しかし考えてみればもっと早く気付くべきだった、人間の世界を見た事は無いがエルフの里には鍛冶屋こそあったが、重工業などとんでもない、科学技術よりも魔法技術のほうが発展を遂げているこの世界にそんなものが、ある訳が無かったのである。
テルトは肝心なところでおとぼけていた。
そんな絶望するテルトを見てヴァレリーはあっさりと言った、
『そんな落ち込まないで―テルト!自分で作ればいいじゃない、元気出してっ!』
「いや、そんな簡単な話では・・・。」
気休めと切り捨てようとした彼女に、何かが降りてきた、
「そうか、内燃機関は無くても魔力を動力にして・・・(ブツブツ)ドワーフは高度の技術を持つ者がいて大型の魔道具も作っていると長老が・・・(ブツブツ)、装甲はミスリルなどで代用すれば軽量化と強度が・・・(ブツブツ)」
そう一人で呟き、ニヤニヤしだしたテルトを心配げに見つめるヴァレリー。
『大丈夫?テルトぉ―?』
やがて、テルトはおもむろに立ち上がると、しずかに、だが力強く、両拳を固く握り宣言した。
「私は!いつの日にか必ず、この世界に戦車を生み出してみせるぞ!!必ずだっ!」
『そうだ!がんばれーっ』
物騒な志を掲げたテルトを、一人無邪気な精霊だけが応援していた。
この日、テルトに初めての、大きな人生の目標ができたのであった。
それから数日の後、テルトは人里へ降りてきていた、もちろん帝国とは反対方向、この東の王国リタに。
流石に用意してきた食料が尽きようとしていた。
あいにく狩りに慣れていないテルトには自分で食料を調達する術がなかった。
グゥウウ・・・。
「むぅ、至急燃料を補給しなければ・・・。体が甘味を欲している…。」
『もー。まずはご飯でしょー』
そうヴァレリーに突っ込まれながら、とりあえず、里から持ち出した品を買い取って貰えるアテを探してリタ王国の西、大森林からほど近い都市、ノ―ヴィスに入ると傭兵ギルドへ向かった。
あまり騒がれたくないので、街門を守る衛士には少しだけ眠ってもらうことにして。
ノ―ヴィスへ入ると街門からまっすぐ伸びる、目抜き通りの終点のあたりに傭兵ギルドはあった。
傭兵ギルドが請け負う仕事は多岐にわたる。
個人や商人の護衛、盛り場や権力者の用心棒、盗賊の討伐、戦の戦力、そしてモンスターの討伐などなど。
そのため、近くには両替商や、武具店、旅装に必要な道具を商う雑貨店、薬屋や古美術商など様々な施設がひしめいている。
傭兵たちは職業柄、常に質の良い武器や防具を必要としているし、消耗品である保存食や、ランプの油、ポーションの類は欠かせない。
戦や盗賊討伐に出れば基本的に分捕り自由であり、自分の見つけた獲物は自分の懐に入る。
しかし傭兵たちの大部分は宝飾品や美術品などと縁のない生活を送っている為に、その価値に無知な者も多い。
ギルドはそんな自分たちの組合員が、あくどい商人に折角手に入れた値打ち物を不当に買い叩かれたり、粗悪品をつかまされることがないように、比較的高価なものや真贋の難しいものを中心に仲介行もやっている。
つまり、傭兵ギルドへ品を持ち込めば、幾らかの手数料で、買取先や、販売元を斡旋してもらうことできるのだ。
もちろん、紹介するだけでギルドには依頼人と、商人の両方から仲介料を受け取ることができるので、一見さんのテルトのような人間も歓迎されていた。
(・・・・)
テルトが立派な傭兵ギルドの扉を開くとこちらへ傭兵たちの注目が集まる。
だかテルトに絡んでくるような者はいなかった。
それは手に持つ、宝珠の埋め込まれたステッキが、彼女が魔法使いであることを雄弁に物語っていたからである。
確かに年幼く、小柄に見えても、魔法使いの見た目はまったく当てにならないことなど常識中の常識であった。
それでも好奇心が抑えられず言葉をかけようとする剣士もいたが、
『やめときな、コナかけるならもう少し様子を見てからにするんだね。』
そう小声で、魔法使いの傭兵仲間に制止される。
魔法使いにはテルトがどれほどの使い手か、はっきりとしたことはわからなかった。
だが、自分のかなうような相手ではないことは瞬時にわかったから。
誰にも行く手をさえぎられることはなく、テルトは真っ直ぐギルドの奥へと進んだ。
「買い取ってもらいたい品があるのだが?」
「・・・。」
最初に向かった一番大きなカウンターでテルトが告げる。
すると生成りのシャツを腕まくりして、大きな体を窮屈そうに執務机に収めた男が、無言で顎をしゃくり視線を投げた。
視線の先には、やや小さなカウンターに老齢の男性が座っていた。
今はあまり忙しい時間ではないのか、上下に首を揺らしながら眠気を堪えているようである。
「ありがとう。」
そう執務机の男に告げると、男は無言で片手を上げ、すでに意識は目の前の書類仕事へ戻っていた。
・・・・コトリ。・・・・
目の前で小さな音がして、仲介担当の職員は目を覚ました。
小さな少女がローブを被り、目の前に立っている。。
仲介カウンターの職員、ラカンは小さく安堵の息をつく・・・。
幸いなことに規律にうるさい上司ではなかったようだ。
「いらっしゃい、お嬢さん。珍しいお客さんだが、ご用件を伺っても良いかね?」
「買い取ってもらいたい品がある。仲介をお願いしたい。」
視線を下げる先をラカンも追う。
そこには親指の爪ほどの濃淡は様々な緑色の宝石と思しき粒が幾つか、皮袋の上に置かれていた。
(はて、この輝き・・・。ガーネットではない、美しい輝きじゃが、エメラルドでもないようじゃのう・・・。どこかで見たことがある気がするが・・・。)
記憶の糸を手繰りながらふと顔を上げると、視線の合った少女は一言、言った。
「ドライアドの涙。」
「ぶふぉ!!な、なんじゃとぉ?!」
思わず大きな声を出してしまったラカンは慌てて自分の口をふさぐ。
周囲の傭兵たちは、めったに声を荒げることなど無い職員の上げた大声に何事かと不審げな視線を送っている。
今さら周囲を気にしつつ、ラカンは努力して声を潜め、同じく彼の反応に首を傾げながら見返している少女へと諭すように告げた。
声は抑えているが、その興奮は隠しきれていない。
「ドライアドの涙じゃと!そんな馬鹿な話があるかねお嬢さん!ドライアドの涙というのはのう。木の精であるドライアドが自らの姿を失うとき、そのあとに残される貴石のことじゃ!」
「そう、それがそのドライアドの涙。」
興奮気味に語るラカンに少女は淡々と返す。
その様子にラカンはもどかしさを感じながらさらに続けた、
「しかし・・・ドライアドの涙と言うのは普通小指の爪の大きさほどでもあれば上物なんじゃ!
それでさえ滅多にお目にかかることのできない珍品なんじゃぞ?
それが親指の爪ほども大きいなどと・・・。しかも5粒も!」
「私の里ではそれが普通の大きさなのだけれど・・・。」
なんでもないことのように告げる少女がラカンにはもどかしい。
「私の里ではと言われてものう・・・。俄かには信じがたい話じゃ。いったいお前さんの里とは何処にあるのか・・・ね・・・・っ?!」
そう言い掛けたラカン老人は、自分にだけ見えるように僅かに首を捻り、たくし上げたローブの奥にテルトの尖った耳を見た。
テルトはラカンが確認したのを認めると、素早くフードを整える。
「わかってくれましたか?」
「・・・わ、わかった。じゃがそういうことになるとわしの手にはちと余る。
ギルドマスターへつなごう。心配せんでも買取の商人もワシがこちらへ来るように手配させて貰う。」
全てを理解したラカンの行動派は素早かった。
不審げな周囲をよそに、部下へてきぱきと指示を飛ばすと、迷わずギルドマスターを呼ぶため、手元の宝珠へを魔力をこめるのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
果たしてテルトが「パンツァ―、フォー!」と叫べる日はやってくるのでしょうか? 笑
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