その2 決意と代償
里の壊滅の危機。その時テルトは…。
5/5 後半部分、長老の言葉と、家族との場面を加筆しました。
それからいくらかの時間が流れた。
村の集会所に避難していた人々とそれを囲んで襲撃に備えていたエルフたちは、突然大きな音を聞いた。
突如として遠くでメキメキと木の倒れる音、木々頭越しに見えるほど巨大な竜巻のすさまじい風音が響き、微かに怒号や絶叫が耳の届いてきたのだ。
そして大森林と里には再び、静寂が訪れた。
残されたエルフ達は訪れた静寂に、怯えるよりもむしろ安堵した。
長老たちの言ったとおり、愚かな人間たちエルフの魔法の前に倒れ、あっさりと戦いは終わったと思ったのだ。
それからほどなくして、不意に、森の入り口から何者かの姿が見えた。
「ちょうろ・・・、」
喜色を浮かべて叫びかけた護衛の男は、言葉を飲み込んで棒立ちになった、彼だけでなくそこで待つ全員が息を呑んだ。
森の中から現れたのは異形の甲冑達だったのだから。
長老をはじめとするエルフの魔法使い達は、かつての人間がそうであったように、今度は自分たちが愚か者の代償を支払うことになった。
現れた人影は古代文字を模した複雑な紋様の刻まれた赤銅色のフルプレートを身に纏っていた。
全身を隙間なく覆うフルプレート、頭部もフルフェイスの兜に覆われており、表情は全く窺い知れない。
数瞬両者が見つめ合ったあと、不意に赤銅色のフルプレートの腕が上へと振り上げられ、空中に何かが放物線を描き、ドサリとエルフたちの前に落ちた。
虚ろな長老の顔が、首から上だけが、そこにはあった。
エルフが長老の顔を確認したことを見届けたかのように、森の切れ間から次々と同じ赤銅色の騎士たちと、赤銅色のローブを身に纏った魔法使いと思しき姿が次々と現れた。
ショートソードと小型の盾を構えたフルプレートが前衛となっている。
その背後には大楯と槍で武装した二人の重装騎士に守られた魔術師がそれぞれ集団を構成して隙無く構えていた。
「ちょ、長老!」
「おのれ、よくも長老を!」
「許さん、許さんぞ貴様らッ!人間風情がエルフの長に手をかけるなど!!後悔させてやる!!」
人間たちの狙い通り、恐慌と怒号が巻き起こった。
逆上したエルフの護衛達はなりふり構わず人間の軍勢へ突っ込んでいくが、結果は無残なものに終わった。
風魔法によって強化して射掛けた矢は、魔術師によって発生した障壁で勢いを殺がれ虚しく装甲に跳ね返った。
「なっ?!ならば!」
何とか突破口を開こうと、唱えた風、水の魔法や召喚術も全て魔術師による対抗魔術で一瞬のうちにかき消される。
かろうじて当たった魔法も全て鎧に当たった瞬間に掻き消えるように消滅した。逆に数名のエルフが魔術師の魔法に撃たれ倒れてゆく。
「フン、下らん。どうやら森で我々を襲ってきたエルフたちがこの里の中の最精鋭というのは本当のようだな。
あとは雑魚ばかり、と言うわけか。案外あっけなかったな…。」
赤銅色の鎧に一人黄色の房飾りをつけ黄金の鞘飾りを付けた騎士が言った。
そして彼が合図すると、最初は堅く陣形を固守していた騎士たちは前衛の全てと、後方の重装騎士達のうち1名ずつがエルフたちへと向かい、歩み始めた。
彼らは一瞬のうちに50人の密集隊形を取ると、その指揮官らしき男が一言厳かに告げた、
「仕上げだ諸君、蹂躙せよ。諸君に栄光を、帝国に勝利を。」
「「「「「はっ!!!」」」」」
彼らは看破していた。
騎士たちにとって、ここにいる程度のエルフの魔法はもはや脅威ではなく、剣技や槍術においては彼らは人間に比べて非力なエルフよりも優位である事を確信したからである。
彼らはこの日のために鍛え上げられた精鋭であった。
赤銅色の鎧とローブは、火と土の加護を受け古代文字によって強化されたた魔法の装備である。
エルフが得意とする風と水の魔法に対し強い耐性を発揮する。
そしてこの数十年間の年月、ひたすら2属性の対抗魔法とそれを防ぐ結界に特化した魔法理論を修めた魔法の使い手達。
剣術と槍術において業よりも膂力とスピードで圧倒する技術を修めた精鋭の騎士。
技ではもちろん、スピードでも騎士たちは一歩エルフに譲るだろう。
だがその鎧にエルフの膂力に劣る攻撃は通らず、騎士たちの攻撃が一撃でも当たればエルフの身は砕かれてしまう。
人間はエルフほど卓越した能力を持たないがゆえに、自らの持てる力一つ一つを磨き上げ、エルフを知ることによって今やエルフを圧倒していた。
数十年の歳月をかけ、人間は対エルフ侵攻部隊とでもいうべき戦力を整え、立場は逆転した。
今や、人間によるエルフの蹂躙が開始されようとしていた。
ゆっくりと歩み寄る騎士、そのフルフェイスの兜の視界に入るのは絶望に彩色されたエルフの男。
しかし無謀にも必死にエルフの男達は剣を構え、里に残る人々を逃がす時間を稼ぐべく勇敢に立ちふさがっている。
その自己犠牲の精神に、種族は違えど感銘を受けた騎士。
彼らがせめて苦しまぬようにと思い剣を振り上げようとした次の瞬間、
騎士の視界は紅蓮の炎に包まれた。
密集隊形の圧倒的な圧力で迫る集団全体を包み込むような巨大な炎が荒れ狂ったのである。
「ぐあぁああああああああっ!ひ、火、火、火がぁああああっ!!」
「ああああああっ!たすけて、たすけてくれぇえええ!」
そう言いながら騎士たちは転げ、のたうちまわる。
水と風の魔法に特化している分、彼らの装備は親和性のある属性に対する耐性にたいしては無力であった。
「火魔法だとっ!クソッ!打ち消せ、魔術師!前衛集団を助けろ!」
「対抗魔法でも水魔法でも良い!あの炎を消し止めるのだ!」
後方に控えていた魔法使い達はあわてて対抗魔術を唱え、騎士たちを助けようとする。
「駄目だっ!火勢が強すぎるっ!」
「話が違うぞ!エルフが上位魔法レベルの炎など扱えるはずが!!」
「諦めるなっ!対抗魔法を続けろっ!見殺しにするなっ!」
悲痛な叫び。
だが彼らも風と水の対抗魔術に特化したせいで、火魔法に対する、それも恐らく上位の魔法であろうその巨大な炎の前には全くの無力であった。
20人以上の魔術師が放った対抗魔法、巨大な炎の消火を試みようとした余りにささやかな水魔法は巻き起こる炎の前に何らの効果もなく、虚しく魔力を消耗しただけに終わった。
前衛は為す術無く、炎に捲かれ、焼かれるよりも前に呼吸ができなくなり、絶息して壊滅する。
そして、もう一度呆然とする後衛に向け、同じ魔法が放たれ、後衛もまた必死だが無意味な抵抗ののち、壊滅した。
肉が焼ける鼻を突く異臭と共に、再び里に静寂が訪れた。
帝国が数十年の歳月をかけて準備した精鋭はたった二発の魔法で潰えたのである。
生き残ることができたエルフたちも呆然としていた、一体何が起こったのか?
そして、誰がこの恐ろしい奇跡を起こしたのか?
「テ、テルト・・・」
掠れた声で喘ぐように呼び掛けた女性の声に、皆の視線が集まる。そしてその場にいる者たち全員が理解した。
そこにいたのは集会所から飛び出し、引き留めようと同じく飛び出した母親を振り払って仁王立ちに戸口に立つ少女の姿。
碧眼であったはずの瞳の片方を炎の色に輝かせながら突き出した右腕に炎を纏わせたその姿。
美しくも恐ろしい力を纏うエルフの少女の姿に、誰もが言葉を失っていた。
・・・・こうして、少女の活躍により、エルフの里は3度帝国を退けた。
そして、少女はその活躍によって、里を追われる事となる。
「テルト、汝を禁忌である火魔法を使った咎により里より追放を申し渡す。
但し、里を救った功績により、家族は無罪。また、旅立ちにあたり必要な物品を持ち出すことを許す。
・・・何か申すことはあるか?」
そう努めて無表情に、然し僅かな後ろめたさと、怖れが瞳から漏れた長老代理に、テルトは頭を垂れたまま言った。
「いえ、ございません。寛大な処置に感謝の言葉もございません。・・・願わくば両親の事くれぐれもよろしくお願い致します。」
「、、、案ずるな、私が責任を持って家族に不自由はさせぬと誓おう。では3日の満月の夜までに里を出発せよ。」
数少ない壮年のエルフの生き残りから選ばれ長老はたなんとか威厳を保ったまま言葉をきると、先ほどまでとは違う感情をやはり瞳の中へ押し込めたまま告げる。
「テルトよ…、感謝している、だがこれしか私に出来ることはない…。」
「…」
そう最後に絞り出すように付け加えた長老の言葉に、束の間顔を上げ微笑むと、改めて一礼し、テルトは長老の屋敷を後にした。
テルトは全てを受け入れた。
里の皆を助けようと決めたとき、いや、おのれの力を明かすまいと決めた幼いころから、一度自分の力が明るみになれば自分にどういう運命が待っているかは覚悟していた。
テルトは恩を仇で報いるような仕打ちをしようとしている里を恨まず、それどころか里を襲った人間をも恨んではいなかった。
過去2度に渡って人間たちを何のためらいもなく殲滅したのは紛れもなく自分達エルフの側あり、殺戮者と犠牲者が逆転しただけのことだとわかっていたから。
そして、わかっていて自分は自らの意思として、帝国の人間を殲滅し、里と家族を守る決断を下したのだから。
「なぜあなたが行かなければ行けないの?!
貴方は私たちエルフの里を救ったのよっ?!
ねぇ?どうしてなの?!あんまりだわ、こんなのって・・・あんまりよ!」
最後は言葉にもならず嗚咽しながらテルトに縋り付く母。
父は無言でその肩を支えている。
テルトの両親は新しく長老の座に収まったエルフの仕打ちに憤り、娘の境遇に涙したが、テルトは優しく微笑んで両親を慰めるように言葉をかけた。
「ありがとう、私のことを心配してくれて。そして今まで私を信じて護ってくれて…。二人とも、いつまでも元気でいてください。」
そう告げ、数日で旅装を整えると両親以外、誰の見送りを受けることもなく、里の世界を後にし、外の世界へと旅立っていった。
お読みいただきありがとうございます。人の生き死にはいつもどう描くか、どこまで描くか悩みますね。