衛士が役立たずなので、心の折れた魔人を呼びました(
新規の読者の方もチラホラいるようでありがたいです。
「うはははは!衛士どもめぇ!死霊騎士にビビッていやがるぜぇ!イイゾぉー!!!うあははっは!!
臆病者の衛士と青二才の審査官風情なぞ物の数にも入らんわ!
騎士団が駆け付ける前に逃げればいいのだ!やってやるぅ~、やってやるぞぉ~。フヒ、フヒヒヒヒィ〜!」
衛士たちがガクブルで動けないことを看破したレギナのテンションはMAX200%くらいには迫りそうな勢いであった。
鼻水や涎は流れるに任せ、ヴィジュアルには鬼気迫るものがある。
いよいよヤバい、もうすでに死霊騎士より暗黒面に近い気がする。
(あー、このままフェードアウトするなんかいい方法ないかなー。無いですよねー。)
目の前の彼岸へ渡りつつあるクレイジーな商人その2。
そして2ダース超の衛士達の突き刺さるような視線。
おまけに臨戦態勢を整えつつある死霊騎士たちを前にユーリアには選択の余地はなさそうであった。
「あー最悪だぁー。俺のかけがえのない日常が、平穏な日々がぁ~。定時上がりがぁ〜!」
際限なく出そうになるため息を飲み込みながらユーリアは二人の補佐官たちに声をかける。
(しかし、死霊騎士ってなんなんだよ・・・。依頼主気合入りすぎだろ!これだけ高位の召喚陣の刻まれたスクロールを盗賊よけに用意とか、ひたすら迷惑なだけなんだが。)
「う~ん、いかん。ついつい現実逃避してしまいそうになる。しょうがない、フルー?おーい、フルー?あれ?どこ行った?フr・・・」
振り返るとそこにはバルタス達の馬車の荷台に引きこもる姿が・・・。
幌の切れ間を両手で握り顔に押し当てながらそこからほんの少しだけ顔を出し、必死にフルフルと小刻みに首を横に振っているフルー。
(いたわ~。・・・、チキンはここにもいました。)
困り眉の下の情けない瞳、お前は叱られた大型犬か。そうユーリアは突っ込みたかったが流石に空気を読んでスルーすることにした。
見えてはいないが、トーク帽の中に押し込まれた耳は力なくヘタり、尻尾は内股にクルリと縮こまっているに違いない。ジト目で見つめるユーリアにフルーは言う、
「ムリムリムリ、絶対ムリ。だって骸骨だよ?骸骨怖い!いいですかユーリア君、骨だからって獣人みんなが好物なわけじゃないんですよ?!」
前半は心底おびえながら、後半はなぜか真顔でキレながら、フルーは言った。
「誰もそんなことは思ってないんだが・・・、相変わらず清々しいまでのアンデッド系への耐性の無さだな、お前。」
そう生暖かい目で返すが、フルーは最早、借りてきた猫、いや、犬状態である。
もはや注射に行くと悟った犬のように、テコでも動くまい。
「ハァ~、仕方ない。フルーはとりあえずその2人を安全な場所まで運んでくれ。あとは俺らで何とかするよ。」
「よっしゃ!頼まれた!」
いうが早いか、軽々と2人を抱え上げると脱兎の如く城門のほうへ駆けてゆく。
・・・臆病だから逃げるのではない、これは骨が好きかどうか、ただそれだけの話なのだ、多分。
駆けてゆく後姿はやはり尻尾がしょんぼりとうなだれていて、本当に死霊系の魔物は苦手な事が伝わってくる。
その正直過ぎる後ろ姿に苦笑しながら、ローブ姿の補佐官の方にユーリアは向き直った。
「テルト、どうだ?やれそうか?というか、テルトの魔法がないと正直俺もキツいけど。」
元傭兵の父親仕込みの鍛錬で肝が据わっているユーリアはともかく、こちらも至ってフラットな様子だ。
むしろこのカオスを前にしてフラットすぎるテルトの人格が若干不安ではある。
「問題ない。もてる戦力の最大を初撃に叩き込むのは戦略の基本。・・・浄化の炎を使う。精霊を召喚してもよいか?」
「うーん、正直あんまり目立つことはしたくないんだけど・・・。仕方ないよなぁ、頼んだ。ついでに俺の剣にも付与してくれ。出来るか?」
コクリと頷くと、わずかに息を吸い込みテルトは静かに詠唱を紡ぎ始めた。ハスキーだが美しい声。フードの奥に見えた瞳は魔力を湛え、淡く光り始めた。
「契約に基づき、我が前にその力を示せ、炎獄の下僕よ!裁きの炎で仇為す者を燃やし尽くせ。」
【ポッ!】
と空中に卵大の青白い炎が生まれた。
と思った刹那、すさまじい熱量の炎の渦が吹き上がり、テルトのローブを煽る。
フードがはだけ、碧と紅の双眸が露わになり、整った顔立ちに金髪、エルフの象徴ともいえるとがった耳も姿を見せる。
青白い炎に照らされた幻想的な姿に衛士たちは息をのむが、直後に起こった更なる衝撃に完全に上書きされた。
炎の渦から紅と蒼の炎に包まれた魔人が出現したのである。
「ああばっ、あばばばばば、え、エフ、エフリートぉ??」
「ダメだー。ハイ、おれ死んだ!ハイ、君も死んだ!死ぬ、みんな死んじゃうよ♪えへ、えへへへー。」
「衛士なんかやめて田舎に帰るんだった・・・、母ちゃあああん!!」
衛士は恐慌状態である、しかし逃げる者はいない。
覚悟を決めたから・・・、では当然なく腰が抜けて武器を頼りに立っているか、ヘタり込むことしかできないので。
「あ、あのー落ち着いて、一応味方の精霊ですから。え、味方・・・ってことでいいですよね?テルトさん?」
まさか初手からゴリゴリの上位精霊を召喚するとは思っていなかったので、流石にユーリアも引き気味で、変な口調になってしまっている。
「最大の戦力を投入する、と言った。これが今私の使える中で死霊騎士に最も効果的な戦力。問題はないはずだが?」
「え、えーと。そ、そうですね。」
(・・・ちょっと過剰すぎやしませんかねぇ。)
巻き起こった炎の中から現れた双角の炎の魔人の圧力に死霊騎士たちも怯えたように動きを止めている。
そしてその圧倒的なプレッシャーは遠距離から衛士を着々と失禁させつつある。
・・・大惨事である。
しかし、次第にはっきりしてくる魔人の姿。
うつむき加減に顎に手をやり顔を歪めたそれは困惑、というより苦悩だろうか?
・・・いや、そんなことがあり得るなら魔人は目の前のエルフに「怯えている」ように見えた。
「「???」」
驚愕と恐怖から回復し、周囲が違和感に気づき見つめる中、その存在は静かに口を開いた。
「・・・お、お主は、我を役立たずと言っていたではないか・・・なぜ今更我を呼んだのだ・・・。せっかく逃げれたと思ったのに・・・(ボソッ」
圧倒的な存在であるはずの魔人は何故か顔を伏せ、テルトと視線を合わせようとしない。口調こそ尊大だが、声のトーンは明らかに遠慮がちだ。
「貴官のその認識は正しい。私は確かに貴官を無能と言った。たが今回は別件だ。今度こそ、私の役に立ち、その存在価値を示してくれると期待している。」
仁王立ちでのたまうテルト、主従関係は明らかだ。
更に冷笑しながら告げる、
「当然、期待していいのだろう?自分を全知全能などと高言していた上位精霊よ。
今回も私の役に立てません。というのなら上位精霊ではなく、上位精霊エフリートの名を騙るそっくりさん、無能精霊なのだろうから、消えてくれも構わないぞ?」
碧と紅の両目は全く揺らぐことなく、真っすぐに炎の魔人を見返し、淡々と情け容赦のない一言を叩きつける。
「(´;ω;`)ウッ…、」
どうやら魔人の心は折れてしまったらしい、両手で顔を覆うと、肩を震わせはじめた・・・。
「お、おい?泣いてないか?(ヒソヒソ)。」
「一体どうやれば上位精霊の心をあそこまで抉れるれるんだ?一体何があったんだよ?何者なんだあの魔術師は?(ヒソヒソ)」
「ヤベェよ、オレ、エルフの方が恐えよ・・・。」
衛士たちが小声でささやきあう中・・・、周りに気まずい空気が広がる。
幸いというべきか、レギナもあまりの出来事に呆けている。
当然、意志を持たない指示待ち死霊騎士たちも虚空を見つめたまま、動く様子を見せない。
ユーリアは小声でテルトに囁きかけた。
「な、なぁテルト。あの魔人って精霊?だよな?しかも結構上位の。
俺にはどう見てもお前にメンタルをへし折られて泣いているように見えるんだが?その、大丈夫なの?」
「大丈夫、問題無い。」
テルトはあくまでフラットだ。
「そ、そうか?えーと、もう一つ。これも聞き間違いでなければお前はあの炎の魔人を役立たず認定したように聞こえたんだが・・・。」
そう恐る恐る尋ねるユーリアにやはりテルトは淡々と語り始めた、
「2年ほど前、だと思う・・・。私はあるパーティと共に、何でも望を叶えるという精霊の伝承を頼りに迷宮へ潜り、ついにアレを見つけた。そして・・・。」
「そして?」
『お前の望みは何だ、何でも叶えてやろう!』
「などと偉そうに言うので、私は温めていた願い事を告げた。でもアレは叶えることはできなかった、それだけ。」
「えっ、水色のランプの精的なあれだったの?けど、願いはかなわなかったのか…。そんなパターンもあるんだな…。」
「そう、だから少し身の程をわきまえてもらえるよう「教育」しただけ。」
淡々と語るテルトにそんな場合ではないと思いつつも、ユーリアはつい聞いてみた。
「・・・因みに、その時の願いって何なんだ?」
「 ティーガーI 」
「えっ・・・?」
「?」
思わず、大きな声で聞き返してしまったユーリアに、テルトは怪訝そうに首をかしげていた?
(それって、まさかな・・・。)
理性では否定しつつもユーリアは確信していた、それはつまり、「アレ」に違いないと。
お読みいただきありがとうございます。