旧 第三話
「マズイ、あの子を連れ戻さなきゃ……」
静かに顔をしかめているムマさん。それでも心の中では慌てふためいているのがわかる。
「ムマさん、マズイって何がそんなにマズイんですか?」
お互いのパニックの引き金になってしまわないように僕も最大限に冷静さを保って声をかける。親であるムマさんほどではないだろうが、僕も心配で仕方がない。
「ムマにとってこの時間はとてもデリケートなの。子供だと特にね。だからお昼前には帰るように言ったんだけど、流石にそろそろ戻らないと……」
ムマの事情はよくわからないが、お昼までに家に帰ってこないと問題があるらしい。
単純に人間とムマでの時間感覚に差があって、お昼くらいがムマにとっての真夜中だとしたら相当問題がある。親が子を心配するのは当然だ。
「すぐに見つけなくちゃ!」
「ま、待ってください!そんな恰好で出て行ってもまともに走れないですって!」
ムマさんは今は浴衣姿。こんな姿で探して回るような長時間は走れない。それに、ムマさんには一度落ち着いてもらう時間が必要だ。
「そ、それもそうよね。でも……」
さっきまで大人の余裕を感じられたムマさんだが、子供のことになるとすっかり気が動転してしまうらしい。それが親というものなんだろう。
「ぼ、僕が探してきます。さっきの子ですよね?顔は覚えてますから」
「悪いけど、遠慮している余裕はないから頼らせてもらうわ。私も着替えたらすぐに家を出るから。あの子のことだからそう遠くへは行ってないと思うし、友達の家は私が当たるからとにかく街の中を探し回ってちょうだい」
「はい、任せてください」
僕は全速力でムマさんの家を飛び出した。
体力は多い方じゃないし、地理もよくわからない見知らぬ街だけど、とにかく走って探し回るしかない。それしか僕にはできないから。
立ち並ぶ家の間を抜けて路地裏を探してみるがどこにもいない。
思っていた以上にこの街は広く、体力が尽きて何度か立ち止まったりしながらも、僕はムマちゃんの捜索を続けた。
「す、すみませんっ!」
ある路地裏で見つけた一人の人。
「何か用?そんなに息切らせて、変態?」
黒装束に黒のキャップを深く被っていてよくわからないが、声から察するに女の子で、初対面にもかかわらず変な言いがかりをつけられるが、今はそんなことはどうでもいい。
「ハァ……ハァ……く、栗色の、髪を、した……む、夢魔の女の子、見ませんで、した?」
息も絶え絶えな中でどうにか言葉をひねり出す。
蛇の道は蛇ではないが、裏路地での事情は裏路地にいる人が良く知っているはずだ。大通りならムマさんも探すだろうし、他の人が見かけるかもしれない。なら、僕が探すのはこっちだ。
「ムマの女の子?あんた……誘拐して逃げられたとかじゃ――」
「違います!迷子なんです!帰りが遅くて、それで――」
抗議の気持ちが前のめりになって、つい女の子の肩を掴んでしまった。これでは本当に変態のようだが、形振り構ってはいられない。今はムマちゃんの無事が最優先だ。
「わかったわかった、わかったからあんまり引っ付かないでよ。暑苦しい」
女の子はその目に嫌悪感を丸出しにしながらも、僕の必死さが伝わったのか事情を汲んでくれたようだ。
「ムマの子だったらさっき見かけたわ。この先の公園でいくらかの男と一緒だったけど。あれは『コオニ』の連中だったと思うわ」
「こ、子鬼!?」
子鬼はそのまま鬼の小型版。体も悪行も小ぶりだが、子供のムマちゃんにとっては十分脅威だ。
「わ、わかった」
「あっ、ちょっと!チッ、これだから男って……」
駆けだした僕の背後で女の子が文句を垂れる声が聞こえたが今は後回し。万が一次に会ったときにはちゃんと謝った上でビンタの一発や二発は覚悟しておこう。
(さっきの女の子が言っていた公園はたぶんここなはず。ここにムマちゃんが……いたっ!)
言っていた通り、五人の男に囲まれている。小さい女の子相手になんて乱暴な奴らだ。
僕の中で怒りが込み上げてくる。その怒りを身に宿しながら一歩一歩その集団に近づいて行った。
「いや、だからな――ん?誰だお前」
子鬼とは言っていたが、いざ対峙すると僕よりもよっぽど大柄だ。それでも僕は怯まない。
「その子は僕の連れなんです」
「おぉそうか。実はこいつがよ」
子鬼の一人が乱暴にムマちゃんの手首を掴む。ムマちゃんの表情に変化はないが、あんなに太い腕で掴まれたら子供のムマちゃんには相当痛いに違いない。
見るに堪えない状態に僕は思わずムマちゃんの手首を掴むその手を払った。
「あん?なにすんだよ」
子鬼が五人揃って僕を睨みつける。物凄い目力だ。それでも僕は怯まずに次の行動に移る。
「し、失礼しましたあああ!!!」
三十六計逃げるに如かず。
僕はムマちゃんを抱きかかえて即座に逃げ出した。
しばらく走って後ろから追ってきていないことを確認すると、ムマちゃんを地面に降ろした。
「だ、大丈夫だった?」
「なんで逃げたりしたの?」
心配する僕の問いかけに帰ってきたのは心無い言葉だった。
僕だって男らしくないことは承知している。でも、五人の子鬼相手に大立ち回りできるほど喧嘩は強くない。というか生まれてこの方喧嘩で勝ったことなんてない。そんな僕が喧嘩を売るなんて自殺行為なのだから、ムマちゃんの安全と自身の安全の為にも逃げるしかなかったんだ。
「お父さんだったらみんなやっつけちゃうのに」
「うぐ……」
子供の悪気のない比較に心が抉られる。それでも仕方ないんだ。
「えっとね、僕はお互いに怪我をしない方法を取っただけだよ。それにあの場で喧嘩なんてしたらムマちゃんが巻き込まれちゃうからね」
明らかに見栄を張っている発言なのは自分が一番わかっている。それでもかっこつけてしまうのが男の性というもの。
「へぇ~、逆に戦わないっていうのも面白いかも」
そんな僕の見栄にムマちゃんは変わった反応を示した。
「それに喧嘩なんてしなくて正解だよ。だってあのコオニさん達は悪くない。あのコオニさん達を誘っていたのはわたしだから」
「えっ!!??」
あの状況は確実にムマちゃんが暴漢に襲われていると思っていた僕にはあまりにも突拍子もない言葉だった。
「お母さんがどうせ痛い思いをするなら早い方がいいって言うからみんなにおねがいしてたの。だけどみんな子供だからダメだって……わたしはムマなのに……」
どうやらこの世界の大人はしっかりとした感性をお持ちのようだ。少なくとも子供であるムマちゃんに手を出すような不埒な輩はいないらしい。
(そうなるとさっきの子鬼もムマちゃんをどうあしらうか悩んでいたのだろう。そう考えると確かに喧嘩をしなかったのは結果的にお互いの為になったのか?)
「いやまぁ……それが普通だと思うけど、ムマちゃんはまだ子供だしみんな協力するわけにはいかないよ」
「だから最初はわたしはお父さんがいいって言ったんだけど、お母さんがわたしじゃ痛いじゃ済まないからって」
「そ、そうなの……」
夢魔の家庭環境がいかがなものなのかとは思うが、ムマちゃんの言葉がどういう状態かを察した上でそこまで驚かなくなってきた自分が怖い。
「お兄さんは手伝ってくれる?ムマがオトナになる準備」
「なっ!!??」
(何を言っているんだこの子は!!??というかこの世界の女の子はいろいろと破綻しすぎだ。知り合ったばかりの男と同衾したり、そんな男を誘ってきたり、もっと理性をしっかり保たないと心臓に悪い)
「わたしお兄さんならいいよ?ううん、お兄さんがいい。お父さんみたいにかっこよくないけど、よく知らないわたしのこと心配してくれるくらい優しいから」
この子は優しいという理由だけで自らの体を許そうというのか。夢魔とは恐ろしいものだ。
「悪いけど、そのお誘いは受けられないな。ムマちゃんはまだ子供だし、後先考えずにそういうことはできない。男として不誠実だと思うから」
僕はきっぱりとお断りした。それを聞いてムマちゃんの頬が赤く染まる。いまさらになって自分がどんなに恥ずかしい誘いをしていたかに気付いたのだろうか?
「うん、やっぱりお兄さんがいい。わたしお兄さんのお嫁さんになる」
「いつかムマちゃんが大人になって気持ちが変わらなかったら、そのときにね」
子供との約束。アニメとかでもよくある展開だけど、たぶんこの子が大人になるときには僕はこの世界にはいないはず。なら、こう言っておけば間違いは起きないだろう。
「じゃあお約束のしるし」
そう言ってムマちゃんは自分の髪の毛を一本引き抜いて僕に手渡してきた。
「な、なにこれ?」
「わたしにはまだないから髪の毛がその代わり」
「代わりって何の――!!??」
ムマちゃんの髪の毛が僕の手に触れた瞬間、驚くべきことが起きた。
20cmくらいの栗色の髪の毛が物凄い勢いで僕の右手の中指に巻き付いてきたのだ。まるで生きている蛇のように。
指がギチギチに締め付けられ、髪の毛が食い込んで痛みを感じ始めた途端、その痛みがフッと消えた。
完全に髪の毛に締め付けられるという感覚ではなく、何か柔らかいものに包み込まれるような感じ。それでいてウネウネと力を加える箇所を変えながらキュッキュッと僕の指を捕まえてくる。ただの髪の毛なはずなのに人肌のように暖かい。いや、むしろ人肌としては熱いくらいだ。
あまりにも不思議な感覚に本来の感覚を取り戻そうと指を曲げようとした瞬間、
「んっ、ゆ、指動かしちゃダメ……」
ムマちゃんが子供らしからぬ艶っぽい声を漏らしたのと同時に、僕の指に巻き付いた髪の毛が指をキュウウウウウウッと締め付けてくる。それでも全然痛みはない。むしろ気持ちがいいくらいだ。
そして数秒締め付けが続いた後、髪の毛は僕の指に馴染んでいくようにして消えた。
「い、今のって」
「お母さんに教えてもらったずっと一緒にいられるおまじない。本当はこっちの方がいいんだけど、わたしはこれでもいいって」
ムマちゃんはお腹の下辺りを撫でながら言う。それが何を指すのかなんとなく察するが、決して触れない。触れるもんか。
「まだこれだけだけど、これでわたしはお兄さんのお嫁さんだよ。わたしがオトナになるまで待っててね」
とても子供らしい笑顔でしていることの重大さを僕はやっとのことで察した。
(嘘おおおおおおおお!!!???)
(そ、そんなっ!?髪の毛といえども体の一部が僕と同化したって、冷静に考えたら明らかに契約じゃないかっ!悪魔との契約は――破れない……)
なるべく目の前のムマちゃんには察されないように表情だけでも平静を装いながらも心の中では大混乱だ。
子供相手に婚約、しかも悪魔との契約という後にも先にも引けない状況が僕を混乱の中から脱出させてくれない。
(これで僕もロリコンの仲間入り?子供の言葉だと思って話半分に聞いていたのが間違いだった。途中の発言からもこの子の知識や育ち方が特殊なのはわかっていたじゃないか。それに夢魔相手に油断しすぎた。ムマさんが優しかったから夢魔の誘惑の危険性を忘れていた。それが今回の事態を招いたと言ってもいい)
「ハァ……」
重いため息が思わず口から洩れる。
「も、もしかしてお兄さんわたしとずっと一緒は嫌?」
ため息を聞いたムマちゃんがとても悲しそうな顔をする。その顔を見て尋常ではない罪悪感に心が押しつぶされそうになる。
そんな罪悪感から僕の覚悟は決まった。
(こんな幼気な子に悲しそうな顔をさせるというのは、それこそ不誠実というもの。男たる者常に誠実であれ。たとえ子供相手でも誠実さを貫く。それでこそ男というものだ)
心の中でそう自分に言い聞かせる。
「そんなことないよ。ムマちゃんが大人になるのを楽しみにしてる」
「うんっ!」
子供のような見た目のティナさんにタマモちゃん、そして不注意で許嫁になってしまったムマちゃん。どうしてこの世界に来てからというもの、こうも子供に振り回されるのだろうか。それでも、誰も放っておけない自分の優柔不断さが今回みたいな不測の事態を招くのだろう。
そんな自分の悲しい因果に半ば諦めを感じながら、ムマちゃんを家へと送り届けるのだった。
ムマさんの家へと戻ると、ムマさんは既に帰ってきていた。
「あぁよかった。本当に帰ってきた」
僕達が玄関の扉を開けるや否やムマさんが駆け寄ってきてムマちゃんを抱きしめた。
「もう、あまり遅くならないようにっていつも言ってるのに」
「だってみんな協力してくれないんだもん。そしたら遅くなっちゃって……」
「言い訳して……ってまぁいいわ。怪我無く帰ってきただけで十分よ」
自分自身母親が恋しいのはわかっている。だからこそこういう場面は見ていられない。
「じゃあ僕はこの辺で」
「待って!お礼がまだ――」
「言葉だけいただければ十分ですよ」
「あ、ありがとう。うちの子を見つけてくれて」
「いえ、当然のことをしたまでです」
そうとだけ言い残して僕は『重量軽減袋』を背負ってムマさんの家を後にした。
せっかくの家族の時間に水を差すのは野暮というものだし、あれ以上あの場にいたら僕は堪らずムマさんに泣きついていたかもしれない。そんなだらしのない姿を見せるわけにもいかないし、一度吹っ切れたら何も耐えられなくなってしまう。我慢しなければ。
「お兄さん!」
家の前の道に出てすぐに呼び止められた。
「どうしたのムマちゃ、ん?」
振り返ったところにいたのはムマちゃんのようでムマちゃんじゃない。一目見た瞬間はムマちゃんだと思ったが、顔立ちや体つきがわずかに違う。どうやら男の子のようだ。
ムマくんの背丈はムマちゃんと変わらない。とすると双子、もしくは一つ違いの兄か弟というところだろう。
「その、探してくれてありがとう……そ、それだけっ!」
そう言ってムマくんは家の中へと戻って行った。
ムマちゃんを探してくれてということだろう。ムマさんがあれだけ心配していたんだ。姉弟なら心配するのも当然。
感謝はされて嬉しいし、より多くの人の役に立てた実感が寂しさを感じていた僕の心を満たしてくれた。
しばらく街中を歩き、商店街らしき場所までやってきた。だが……
「どの店がどんな店なのかよくわからない……」
衣服に食材、その他必需品など、ただでさえ揃えるものが多いから的確に店を選んでいかないと日が暮れてしまう。
でも仕方ない。片っ端から当たっていくしか――
「あの……お困りですか?」
「え?」
急に声をかけられた。ムマさんの時のように怪しい誘いだったりするのではないかと疑ってしまう。
「お困りですか?私でよろしければお手伝いしますけど」
僕に声をかけてきたのは明るめの緑のワンピースを着た女の子。その服に合った可愛らしいクリーム色の帽子を被っている。その帽子の下には纏められた綺麗な白髪が見える。全体的に見てとてもおとなしめな子なようだ。
そんなふうに帽子の女の子を観察していると不思議なことが起きた。
『目標との接触に成功。待って。行動を共にして見極めてみたい。了解、ありがとう』
謎の声が僕の頭の中に響いたのだ。
(この声……)
「あの……」
(やっぱり似ている。目の前のこの子の声みたいだ……けど、この子は喋っていないのにこの声は聞こえた。何がどうなっているんだ?テレパシーを利用する妖怪なんていたかな?)
「どうかしましたか?」
「はにゃあ!」
「きゃっ!」
ぼうっと考え事をしていた所為で帽子の女の子が心配そうに顔を覗き込んでいることに気付かず素っ頓狂な声を出してしまった。
「はっ!いや、なんでもないよ。大丈夫大丈夫」
「そうですか?ならいいんですけど」
自分でも情けなく思うほどの下手な誤魔化し方だが、変に詮索しない人で助かった。
『そんなことはないと思うけど?考え事か何かだと思うよ。私のことは知らないみたいだし、こっちのことは気付いていないと思う。うん、だからこのまま継続するね』
またしてもあの声が聞こえる。目の前で話していることとはまるで関係ない内容の言葉が同じ声で聞こえるというのは非常にややこしい。しかも聞こえてくる声は誰かと会話しているかのように言葉が飛び飛びになっていてその内容を汲み取るのも難しい。
変に意識して目の前の相手を疎かにするのはよくないと思うし、今はなるべくこっちの方の声は気にしないことにしよう。
「それで、何かお困りごとですか?キョロキョロとしてたので心配で」
「あぁ……それがね、この街に来たのが初めてだからどの店がどういう店なのかがわからなくて。その……新生活を始めるのに必要な物を揃えようと思ったんだけど」
初対面だったけれど、せっかくの厚意で話しかけてくれているし、この子にはどこか相談事を話させる雰囲気があったからか僕の口からはすんなりと言葉が出てきた。
「なるほど、お引越しされてきたんですね。その、失礼かもですが、先立つものはあるんですか?」
「うっ……」
そういえばそうだ。一つの発明品の値段としては高額な5万円――じゃなくて50両。だけど新生活の品を揃えるには心許ない額だ。
「その……50両ほど……」
50リョウ――ですか」
帽子の女の子は口元に人差し指を当てて悩むような素振りを見せる。流石に少額すぎて呆れたのだろう。
「いや、でも、必要なのは服とか食べ物とかだからそんなに高価なものはいらないし――」
「そうなんですか?それならあそこがいいかもしれません」
帽子の女の子はポンと柏手を打って何か名案があるようで自信満々な表情をしている。
「ここです。ここが例のお店です」
見た目は古い日本家屋のようだ。ムマさんやこの子のように洋風な様子が垣間見えると思ったら純和風。この世界は現代の日本以上に和洋入り乱れているのかもしれない。
「ここって何のお店なの?」
「ここは『キヌタヌキ』の呉服店です。安値で様々な服が手に入るのでお勧めです」
絹狸は――正直よく知らない。逆さから読んでもキヌタヌキという言葉遊びと布を叩く砧という道具から創造された妖怪だというのは妖怪図鑑で見た。絹狸の性質や見た目なんかはまるで知らない。ここにきて未知の妖怪というのはわくわくする。
「ただ……店主が少し変わっているので気を付けてくださいね」
「はい……」
さっきまで笑顔だったはずが急に凄味のある表情へと変わった帽子の女の子に圧倒されてしまう。
未知な上に変わり者。実に楽しみだ。この世界に来てから会った人はみんな変わり者だった気もするが、そこは気にしない。
僕は『重量軽減袋』を傍に置き、帽子の女の子の後ろに続いて店内に入る。すると――
「いらっしゃあああああああい!!!」
「ふぐっ??!!」
入店早々とんでもない歓迎を受けた。
「新顔だね君。わちき大歓迎だよう!」
ふさふさな毛が僕の顔を包む。そして毛の向こう側に確かな膨らみを感じる。その点から相手が女性であると確信する。そのおかげで身の危険を感じて鳥肌を立てていた僕の肌が正常な状態へと移行するも、女性だと女性でまた別の意味で問題がある。
「むぐ……むう……」
理性と共に体内の酸素が物凄い勢いで削られていくのを感じる。
この状態が続くのは精神的にも肉体的にも辛い。その後、相手の肩を何度か叩くとやっとのことで解放された。
「ぷはっ!ハァ……ハァ……」
僕は数秒の息止めによって補給できなかった酸素を肺いっぱいに送り込む。そして呼吸を整えると同時に目の前の人物の姿を確認する。
管狐のタマモちゃんが人間の女の子のような姿をしていたから対となる狸のアニマも同じようだと想像していた。だが――
「ん?どしたの?わちきどっか変かな?」
変というか――狸だ。
二足歩行をしているし顔の作りもまるで人間のようだが、全身を覆う茶色い毛。目の周りや手足の黒い毛。狸らしい丸みを帯びた耳。人とは違う鼻。極めつけは大きな尻尾。狼男の狸版のような印象。というか、昔アニメで似たような狸を見た気もする。
「いや、別に変ってわけじゃなくてちょっと驚いただけです」
「そう?ならいいんだけど」
キヌタヌキさんはまるで人間のように笑って見せる。狸っぽいところが多いけれど、意外と他のアニマと変わりなさそうで安心する。
「あの……」
キヌタヌキさんの勢いに押されてすっかりいることを忘れてしまっていた帽子の女の子が発言した。
「キヌタヌキさん」
「ん?どしたの?」
「服、着てください」
(……え?いったい何を言っているのだろうか?だって毛皮があるから服なんて着なくても――)
「えー、だってわちき毛があるから着てると暑くて」
「文句を言わずに着てください」
「はーい……」
キヌタヌキさんは渋々と棚から綺麗な黄色の着物を取り出して羽織り、帯を適当に結んだ。
「へい、これでいいでしょ?」
「もっとちゃんと着付けてもらいたいんですが、まぁいいでしょう」
女の子はまだ不満げだが、妥協点としたようだ。
(これは……つまりそういうこと?僕は裸の女の人に抱きしめられていたってこと?)
そう理解した途端に恥ずかしさが込み上げてくる。
「どうかしましたか?そんなに顔を赤くして」
「べ、別に何でもないよ!?」
自分でも下手な誤魔化し方だとは思うが咄嗟に出たのがこんな言葉だった。
「そうですか?なら――」
「いらっしゃいませ!初めてのお客様ですね?」
女の子が発言しようとした瞬間、店員と思しき言葉が僕へ向けて発せられた。
声のした方を向くと、その言葉を発したのは意外にもさっきまで気怠そうにしていたキヌタヌキさんだった。
「あ、あの……キヌタヌキさんはどうかしたんでしょうか?」
「キヌタヌキさんは服を着ると性格が変わるんです。今回は店の服を着たので店員モードになったんです」
僕の質問に対する返答はあまりにも不可解なものだった。しかし、目の前でその現象が起きている以上、納得するしかない。
「えっとぉ……お客様の感じですと肩を出すタイプのトップスが似合うと思うんですよ。たとえば……これとか」
そう言って僕の体の前に合わせられたのは明らかに女物の洋服。一見は普通の半袖の服に見えるのだが、キヌタヌキさんの言うように肩の部分の布がくり抜かれて肩が露出するようになっている。
和風な店だが、品揃えは洋服もちゃんとある。これで男物なら文句はないのだが……。
「いや、その……」
「そうですよね?やっぱり試着してみないとわからないですよね?じゃあ早速着てみましょう!」
どうにか言葉を挟もうと試みても、洋服店の店員特有の押しの強さに負けてされるがままに試着する流れになってしまった。
「合わせるなら……これかな?」
キヌタヌキさんはごそごそと棚を漁っている。このままでは試着をして引くに引けずに購入するまでの流れは目に見えている。
「あのっ――」
「ほいっと」
僕が発言しようとした瞬間、キヌタヌキさんの謎の掛け声によって遮られてしまった。
「…………」
(なんだろう?妙に肩辺りがスース―する。それに足も――!!??)
異変の正体を確かめるべく視線を下げた瞬間、僕の目には驚きの、だがどこか見慣れてしまっている気がするものが飛び込んできた。
スカートだ。
それもフリルまで付いたモノトーンのスカート。それが僕の下半身に装着されていた。まるで手品のような眼にも止まらぬ早業で着替えさせられてしまったらしい。
「どうですか?全体的に黒系にして、カジュアルにかっこよさげな感じでまとめてみました。これなら肩見せでちょっとしたセクシーさも出せるし、なんならスカートをもうちょっと短くして太腿を見せちゃうのもいいかもしれません」
キヌタヌキさんの饒舌な解説と共に僕の前に持ち出された姿見。そこに映っていたのはなんとなく見慣れた感があるのが悲しい女装をした僕の姿だった。
自分で言うのはなんだが、こんな服の女の子が歩いていたらちょっと可愛いなって思ってしまう。
だけど、それが自分自身では話は別だ。自分を可愛いなんて思わない。僕としては男らしくありたいのだから、女装なんてもってのほかだ。
「似合ってますよ。いい感じだと思います」
帽子の女の子がすかさず褒めてくれる。いくら褒められても嬉しくない。自分でも望まない女の子の格好なのだから。
それにさっきから下半身がスース―して落ち着かないし、何か違和感がある。
(ん?スース―……?……っ!?)
「~~~~~~~~~~!!!!!」
その違和感の正体に気付いた僕は声にならない悲鳴を上げて板張りの床に座り込んだ。
「どうかしましたか?」
帽子の女の子が心配そうに顔を覗き込んでくる。しかし、今の僕はそれどころじゃない。
「もしかしてサイズ小さかったですか?趣向はそれぞれなんでしょうけど、ファッション的に大分変ったものをお召しになっていたので、あえて逆にかなり攻めたデザインのものを選んだのですが」
キヌタヌキさんの手に握られているものがすべてを語っている。あのデザインは見覚えがある。
さっきまで僕が履いていたパンツだ。
かといって今スカートの下に何も履いていないわけじゃない。下半身を包む布の感触は感じられる。だが、今までの人生で履いてきたパンツとはまるで異なる感触だった。
考えたくもない。
今僕が履いているのは――女性ものもパンツだ。
妙にサラサラしていて、それでいて全体をキュッと包み込みフィット感があって――って呑気に分析している場合じゃない!
「か、かえっ」
どうにかして声を出そうとするが、羞恥心と混乱から思ったように言葉が出てこない。
「買え?あっ、大丈夫ですよ。私の勝手で履き替えさせただけですから。買い取りは心配しないでも大丈夫です」
(違う、そうじゃない)
キヌタヌキさんは僕の意図をまるで汲み取ってくれない。
そんな時、異常事態にもかかわらず、またしても僕の頭の中にあの声が聞こえてきた。
『監視対象のことだけど、やっぱり女の子だと思うよ?女の子の格好の方が似合ってるし。きっと勘違いじゃないかな?正直、私もちょっと妬いちゃうくらいかわいいもん。こんなにかわいいんだから男の子なはずは――』
「僕は!僕は男なんですってば!!!!」
堪らず声が出た。
それは僕の心の男としての部分が上げた悲鳴だった。
「ふぅ~暑。ごめんごめん、わちきてっきり女の子だと思ってたよ」
キヌタヌキさんはただでさえ着付けが適当で乱れていた着物をはだけ始める。
「ほら、脱がないでください。すみません、私もどっちか判断に迷っていたので止めるに止められなくて」
帽子の女の子はキヌタヌキさんを諌めながら僕に謝罪してくれる。
今回の件は別に誰が悪いわけでもない。しいて言えば女の子に間違われるようなこの顔が悪いんだ。
「お詫びといってはなんだけど、わちきが男の子の服を格安で見立てるからね」
「いえ、そんな悪いです。気にしないでください」
僕はキヌタヌキさんの申し出を断るが、キヌタヌキさんはそれを完全に聞き流して棚を弄り始める。
「無駄ですよ。キヌタヌキさんはお金も含めて貸し借りにはうるさい方です。私も借りを返すと言って散々付きまとわれた時期がありましたから」
帽子の女の子の言うとおり、制止の甲斐なくキヌタヌキさんは次から次へと服を積み上げていく。もはや止めるだけ無駄なのは確かなようだ。
「はいよっ!男物帽子から靴下まで下着も含めたフルセットが五組。しめて5リョウってとこで!」
「ご、5両!?そんな、安すぎます!」
円にして5千円。格安とは言っていたがこれでは大赤字だろう。
「あっそう、なら君が女の子のパンツ履いてたって言いふらしちゃうもんね」
「なっ!!??なんで僕が脅されてるみたいになってるんですか!」
借りを返すというのに、それを餌に脅迫をしてくるなんて本末転倒もいいところだけれど、これは素直に甘えておけということなのだろう。
「ほらほら、嫌ならさっさと5リョウ出しな?持ってんだろ?それくらいよお!」
キヌタヌキさんはどこからか取り出したサングラスをかけて威圧してくる。キヌタヌキさんの性格を知っているだけでなく、要求している額が額なので全然怖くない。
「わかりました。ありがたく買わせてもらいます」
「うむ、毎度ありっ!」
キヌタヌキさんの手から僕の手へと服の山が手渡される。
「っ!?なわあ!?」
すぐさま僕は服の山の下敷きになってしまった。キヌタヌキさんが軽々持っていたからといって服の山が軽いはずがなかった。
やっぱりアニマは人間よりもよっぽどたくましいらしい。
「そいじゃ、まったねぇ~」
キヌタヌキさんが手を元気にブンブンと振っている。
そんなキヌタヌキさんに見送られて『重量軽減袋』に服を詰め込んだ僕と帽子の女の子は街へと戻って行った。
「さて、次は食糧ですね。そうなると『ガシャドクロ』と『ガキ』の雑食店がちょうどいいと思います」
『餓者髑髏』と『餓鬼』。
餓者髑髏は様々な無念を抱いて死に埋葬すらされなかった者の魂が集まってできた骸骨の妖怪。生きている人間を捕らえて食べてしまうという。
餓鬼は飢餓に苦しむ地獄に堕ちた人間のなれの果ての鬼。
どちらも食に絡む妖怪ではあるのだが、飢餓に苦しんでいるだけあって食品を扱うには向かないのではないだろうか?餓鬼に至っては食べ物や飲み物に手を触れただけでそれを火に変えてしまうという性質を持っているのでさらに向かないだろうに。
「ここです」
そうこうしているうちに目的地に着いてしまった。
キヌタヌキさんの店に似て和風な店構え。にもかかわらず入口の扉の横にはナイフとフォークの置物が置かれている。ここも和洋入り乱れている。
「こんにちは」
「こ、こんにちは~……」
餓者髑髏の危険性を知っている僕は恐る恐る店の中へと入る。万が一にでもヒョイパクッといかれてしまっては冗談では済まない。
パッと見た瞬間に店内に違和感を覚える。
違和感の正体はただ一つ。
店の外見に比べて店内があまりにも狭すぎる。精々四畳半の部屋の真ん中に大きなテーブルが置いてある。ただそれだけ。食品なんてどこにも見当たらない。
僕達が店内に入ってすぐ、店の奥へと続いているであろう扉から二つの人影が姿を現した。
「いらっしゃいませ」
「イらっしゃいまセ~」
僕達を迎えてくれたのは二人の女性。正確には片方はとても小さな女の子だ。
「何かお探しでしょうか?」
先に声をかけてきたのは長身の女性。おそらくこちらがガシャドクロさんだろう。顔立ちはとても綺麗な方なのだろうが、どうしても気になる点がある。
痩せ過ぎている。
手足が細く、お腹周りもとても細い。ほとんど骨と皮しか無いように思えるくらいに細い。スリムと言えば聞こえはよくなるのだろうが、正直なところ細すぎて不気味だ。痩せてはいるのだが、世の女性が目指す姿がこんな姿だとは思えない。
「ナにかおさがしでしょうカ~?」
遅れて山彦するように声をかけてきたのは小さな女の子。見た目の印象的にこっちがガキちゃんだろう。この子の手足も隣に並ぶ女性のように細い。だが、お腹だけがポッコリと出ていたりするような栄養失調のような姿は見られない。それに名前が少し呼ぶのに抵抗がある。
それにしても二人とも不気味なまでの細さだ。これならもう少し健康的な方が見ていて不安が無い。
「さあ、必要な食品を言ってください。ここなら古今東西どんな食品でも揃いますよ」
「ソろいますヨ~」
どうやらそれがこの店のセールスポイントのようだ。とはいえ、こちらの食材はほとんど知らない。ジャガイモやニンジンがあることは知っているが、ティナさんがそれを一般的な食材と言っていたのが気になる。
「えっと、肉と野菜をメインで二人分を一週間分くらいいただけますか?なるべく安価で」
「はい、お任せください」
「クださイ~」
そう返事をして二人は店の奥へと消えて行った。
そんな時、またふとあの声が聞こえてきた。
『今雑食店にいるんだけど、二人分を一週間分買ってるよ。たぶんそうじゃないかな?奥さんかな?それとも恋人?うん、家族かもしれないね。え?私を?それはないよ。あったとしてもお断りするもん。それにそれなら二人分なのは今日だけでいいもんね?』
相変わらず誰かと会話をしているように言葉が飛び飛びになっている。なんとなく僕に関することを話しているように感じられた。とはいえ、その相手が誰かもわからないし、この声の主が本当に帽子の女の子なのかもわからない。テレパシーのような手段がこの世界にあるのかも不確かな今、決めつけるのは躊躇われる。電話のようなものなら盗み聞きしていることになるのだから、僕の方から触れるのは躊躇われる。
「お待たせしました。揃いましたよ」
「ソろいましたヨ~」
僕が自分の中のもやもやと格闘をしている一方で、二人はものの数分でそれぞれ大小の風呂敷を背負って戻ってきた。
「こちらが野菜とその他です。そして、そちらがお肉です」
「ソちらがおにくでス~」
ガシャドクロさんの広げた大きな風呂敷の上に並ぶ様々な食材。昨日見たジャガイモやニンジンの他にもキャベツにレタス。一般的な食材はかなり揃っている。
その他というのは魚の干物や米だった。魚はよく知らないが見た目は至って普通。米も普通。
これは何も心配する必要は無さそうだ。この世界でも食べ物は普通らしい。
しかし、僕の安心は一瞬のうちに裏切られることになった。
ガキちゃんが持ってきた小さい風呂敷の中身に戦慄する。
青に紫、そして緑という明らかに食欲を大幅に削いでくる色をした肉が入っていた。
「こ、これは……」
「青い肉が『ウシオニ』のロース肉」
「アおがウシオニのおにク~」
牛鬼は牛の頭に鬼の胴体を持つ鬼の一種。獰猛な性格だったり毒を持っていたり、絵では蜘蛛のような胴体だったりして食用の肉としては不向きに思える。だが、この世界では牛鬼は食用のようだ。
「紫の肉が『テツメ』のバラ肉」
「ムらさきがテツメのおにク~」
テツメ……確か鉄馬で地獄にいる馬だったと思う。どういう妖怪なのか詳しくは知らないが、名前からして肉も硬そうだ。
「緑の肉が『ヌエ』のホルモン詰め合わせ」
「ミどりがヌエのないぞうつめあわセ~」
鵺は猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尻尾は蛇という日本妖怪版キマイラのようなもの。どう考えても食べるなんて選択は見当たらない。
「うぅ……」
ここまで最悪なレパートリーの肉類。食欲減退を越えて吐き気すら込み上げてくる。
「あ、あの……もう少しまともな肉はありませんか?」
僕はほんのわずかな希望に賭けて二人に聞いてみる。もしもこれが通らなければ異常な色合いの肉に抵抗がある限り、この世界で肉を食べることはかなわないだろう。
「ありますよ。牛肉豚肉鶏肉、馬肉羊肉まで。これらに比べて若干値は張りますが」
「ハりますガ~」
しかし、答えは思った以上にあっさりしたものだった。
「あっ、じゃあ、それで」
(あるんだ。普通の肉……)
安心する一方で少し物足りなく感じてしまう自分の心がよくわからない。それでも、普通の肉が手に入ってよかったと思う。
決して芸人魂なんて持ち合わせていない僕はゲテモノを食す趣味なんてない。無いったら無いんだ。
「合計で24リョウのお買い上げになります」
「オかいあげになりまス~」
当然と言えば当然。二人分の食糧を一週間分も買い込めば相当な額になるだろう。もしもキヌタヌキさんの店で格安で提供してもらえなければお金が足りなくなっていたかもしれない。
雑食店を後にして手持ちのお金を確認する。
残り21両。キヌタヌキさんのおかげで多少なりとお金に余裕ができた。ならばするべきことは一つだろう。
そう思い立ったとき、また頭の中に声が聞こえてくる。
『たぶんこれで終わりだと思う。え?いや、でも……うん、わかった。どうにかして誘導してみるね』
相変わらずよくわからない声。この声の正体もいつか明らかになるのだろうか?
それはともかくとして、お金に余裕が出てやるべきこと。それは帽子の女の子へのお礼だ。
「ねぇ、迷惑じゃなければなんだけど、この後時間もらえないかな?いろいろと助けてもらったお礼がしたいんだ」
僕の突然の提案に帽子の女の子は少し怯んだ後で考えるような素振りを見せる。
迷惑だったのだろうか?それとも知り合ったばかりの男に警戒している?いや、困っていた僕を心配して声をかけてくれたのだから後者は無いと思いたい。
数秒間考えた後、帽子の女の子は顔を上げた。
その表情は笑顔だ。
「ありがとうございます。いい場所を知っているのでそこにお付き合いしてもらってもいいですか?」
「うん、もちろんだよ」
帽子の女の子は僕の提案を快く受け入れてくれたようだ。行先については相手の要望に合わせるつもりだったし、ちょうどいい。
僕を先導して歩く帽子の女の子に僕はトコトコとついていく。
「着きましたよ」
辿りついた場所は街の外れの方にある公園だった。
見る限り人気はない。遊具もほとんどなく、空き地状態のようだ。
「えっと……ここは――うにゃあ!」
ここへ連れてきた理由を訊ねようとした瞬間、僕の体は前のめりになり、地面へと倒れこんだ。たぶん何かにぶつかってしまったのだろう。『重量軽減袋』はかなりの大きさだから背後への注意が散漫になってしまう。気を付けなければ。
「痛つつ……よい、しょっと」
サイズ的に起き上がるのに邪魔になる『重量軽減袋』を横に転がして尻餅を突いた体勢になったところで僕にぶつかったであろう人物が目に入る。
逆光になっていて顔はよくわからないが、背はそんなに高くない。だが、逆光の中でもひしひしと伝わってくる背筋を凍らせるような寒気。その原因は目の前の人物の眼差しだった。
僕を見下ろす眼光はとても冷たく、睨まれているだけで緊張で掌が汗ばんでいくのがわかる。
これが俗にいう殺気というものなのだろうか。実際目の当たりにすると想像以上の恐怖を感じる。
「あんときは世話になったわね」
まず、ここまで読み進めていただきありがとうございます。
第三話にしてやっと明確に婚約をしました。
話の切り口とヒロインの追加に関してとても悩みます。個々のエピソードは妄想できても、繋ぎ目がどうしても荒くなってしまうのでどうにかしたい点ですね。
いろいろな理由で不可解な要素を含んでいる現状なのですが、様々なアニマの性質やマテリアの機能についての説明は徐々に挟み込んでいくつもりなので憶測を交えつつ気長にお待ちください。