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妖精発明家の婚約社員  作者: マグ
第一話
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第三話 妖知ってるか?ヨウセイは食事を摂らない

 

「ふふんっ」

 我ながらよくやったと思う。

 ティナさんの部屋、というよりもワンルームの一軒家を丸ごと掃除したのだから。

 発明品の山はスッカリ整理整頓した。しかし、掃除をしていく中で募っていた不安感が弾けそうになっていた。

「あの……色々と聞きたいんですが」

「なんだ?」

「その……キッチンは?」

「うちには無いぞ。食事なんてしたのは何年前だったか」

「トイレは?」

「『ヨウセイ』はトイレなんて行かん」

「ベッドは?」

「ソファで十分」

「衣服は?」

「汚れないしこれ一着だけだ」

「食材は?」

「だから食事なんて何年も取っていないだと言っただろう」

 不安に思ったときは質問する事が大事なのだと痛感する。でもこれでハッキリした。


「この家って人間が生活できる環境が整ってないじゃないですかあああああああ!!!!」


 まさに僕の魂の叫びが木霊した。

 あまりの大声にティナさんは両手で自分の耳を塞いでいるほどだ。

「ハァ……叫んだら余計にお腹が空いた」

 ため息を吐くと胃袋がキュウっと締め付けられる。腹ペコだ。

「そうか。普通は食事が必要だもんな。スッカリ失念していた」

 無意識にティナさんに普通の人間の感覚を求めていた僕が悪かった。ティナさんは妖精なんだ、食事が必要無くても不思議ではない。だというのに、考えが至らなかった己の不明さを呪う。

「買い出しに行こうにもなぁ……」

「買い出し?……そうだっ!」

 僕はまたしても見落としていた。手元に無いからといって手に入らないわけじゃない。売買の概念があるならば、食材を買ってくればいい。

 僕は意気揚々と玄関へ向かう。この部屋にある扉は一つ。外へと通じる道はわかりきっている。

「お、おい、待てって」

「大丈夫ですって、買い物くらいできますから」

 空腹で仕方がない僕はティナさんの制止をまるで気にせず玄関の扉を開けた。


 ヒヤリとした夜風が頬を撫でる。風に揺れた木々がざわめく。得体の知れない生物の鳴き声が聞こえてくる。そして視界の先一杯に広がる闇。


 かなり熱中していたのである程度暗くなっているのは覚悟していた。だが、それ以上の驚きが待っていた。

 この家は鬱蒼をした森のど真ん中に建っていた。

「ああ、あったあった。ほら私の財布だ。長らく使っていないからいくら入っているかわからんが、一食分くらいは買えるだろう。しかし、貴様も抜けてるな。金も持たずに買い物に出掛けようとするなんてな」

 巾着袋を嬉々として渡してくるティナさん。しかし、今の僕の前には金銭以上に越えられない壁が立ち塞がっていた。

「ほら、行ってこい。春先でも夜は冷えるからな。道端で凍え死んだりするなよ?なーんてなっ、あっはっはっはっ」

「はは……ははは……」

  妖精には笑えるジョークなようで、ティナさんは快活に笑う。でも人間の僕には笑えない。こんな寒い夜に森になんて入ったら二度と出てこられないだろうから。



「なんだとっ?!『ニンゲン』とは貧弱な生き物だな。飛べもしなければ夜目も効かないのか。その上、今日程度の寒さでも凍え死ぬとはな」

 ティナさんは大層驚いた様子だ。こちらの世界のアニマには人間ほど貧弱な種族はいないらしい。

「仕方ない。私が付き添ってやるか」

「いや、この寒さじゃ僕が無理です。せめて何か羽織るものがないと」

「羽織るもの……」

 辺りをキョロキョロと見渡すティナさん。

 掃除をして綺麗になったからといって見つかるはずもない。衣服は着ている服一着だけだと確認済みだからだ。

 結局、一つの結論に辿り着いたようだ。

「着るか?」

 ティナさんは自分の着ている服をチョイと摘まんで聞いてくる。

「いえっ!結構ですっ」

 当然お断りする。この世界の常識がどうかはわからないが、女の子を裸同然にさせるなんてできない。

 それに男の僕が女の子の服なんて着るはずがない。



「ハァ……」

 結局、僕は食べ物にありつくこともできず、なるべくエネルギーを消耗しないように部屋の端で体育座りをしていた。

「寝床はどうする?」

「大丈夫です。このまま寝ます」

「ソ、ソファ使うか?」

「いえ、ティナさんが使ってください」

 ティナさんが気を遣って話しかけてくれるが、今の僕は省エネモードに入っているので言葉数が少なくなり、まともな応答ができない。

「…………」

 話しかけても無駄だと思ったのか、ティナさんはすぐに話しかけるのをやめた。

 心の中は申し訳なさで一杯だ。気を遣ってくれているのはわかっているのに、それに応えることができない。もどかしい。

 それから何度か眠りそうになるが、空腹が胃袋締め付けて僕を寝かせてくれない。


「……っ」

 急にソファの方でじっとしていたティナさんの気配が玄関の方へと移動していく。

「っ!」

 一瞬、冷たい空気に包まれて身震いする。

 少し遅れてその冷たい空気の意味を理解する。

「ティナ……さん?」

 声を掛けるがティナさんの姿は見えず、気配も感じられなかった……。



 それから何分経っただろうか。空腹時というのはすべての時間が長く感じられる。ティナさんが出ていったことで眠ってしまえなくなったもの大きい。

「ティナさん……」

 僕が堪らず彼女の名を呼んだ時、バンッという大きな音と共に冷気の塊が部屋の中に投げ込まれた。

「かか、買って、ききき、きた、ぞ、しょしょしょ、しょく、食材」

 ティナさんは寒さに震え、歯をガチガチと鳴らせながら、食材が入っているであろう袋を差し出した。

「ティナさん、なんで……」

 僕は空腹も忘れて駆け寄り、震える彼女を抱き留めると、その体はまるで氷の様に冷え切っていた。

「よよ、夜目がが、効かな、いか、からと、い、いって、たか、高くと、飛ぶも、のでは、なな、ないな」

 ティナさんは妖精だから飛べるが夜目は効かない。だから木にぶつからないように高所を飛んだということだろう。なんて自殺行為だろうか。地上よりは空気は暖かいだろうが、風がある分、見るからに薄着のこの格好では体温が奪われる速度は段違いだろうに……。

 僕がティナさんの顔を覗き込むと、彼女はガチガチと歯を鳴らしながらも、それを取り繕うようにニッと笑って見せた。

 しかし、僕にはその笑顔の奥に辛そうな表情が隠れていることが感じ取れた。

(妖精といえども、こんな低体温が続けば死んでしまう)

  そう思った瞬間、自分にもできることが頭に浮かび、即座に行動に移す。

「温めましょう。すぐに」

 僕はすぐに服を脱ぎ、上半身裸になった。そのままティナさんを抱きしめ、着ていた服をティナさんの体を包むように肩に掛ける。

「なな、なにを……」

「このままだと死んでしまいます」

「だ、だ大丈夫だ、だ。そん、な、ヤワ、じゃ、じゃな、い」

 この期に及んで、まだ強がっている。

 ティナさんの体の冷たさがまるで針で刺すような痛みに感じられるが、生死が関わる現状。そんな事を気にしている場合じゃない。何よりも、ティナさんはこの何倍も辛いはずだ。

  僕はティナさんに迷惑をかけた申し訳なさと自分の情けなさに打ち震えながら彼女を抱きしめ続けた。



「も、もう大丈夫だ」

 抱きしめてから何分か経過した後、ティナさんがようやく普通に声を発した。

「本当に大丈夫ですか?」

「ああ、体温も戻っている」

 その安心した様子の表情から、今度は強がっていない事を確認する。

「よ、よかったです。恩人を死なせてしまうような結果にならなくて」

「恩人って、大袈裟過ぎないか?」

「ぜんっぜん!僕が外に出れないとゴネたばっかりに、ティナさんだって寒さに強くないのに飛んで食材を買ってきてくれて……」

 言っているうちに視界がぼやけていく。

「ティナさんに何かあったら、僕……ぐす……」

 感極まって涙が頬を伝う。

  自分でもまったく制御できない。

「お、おい、泣くなよ。言っただろう?ヤワじゃないって。私は絶対に凍え死んだりしないから安心しろ」

「本当ですか?」

「ああ、本当本当。だから泣き止め、な?」

「はい、ありがとうございます」

 情けなくもティナさんに励まされ、僕は袖で乱暴に涙を拭った。

 すると、


 ぐうぅぅぅぅぅ~~~


 という音が聞こえてきた。紛れもなく僕の腹の虫が鳴いた音だった。

「安心したらお腹空いちゃいました」

「なら、食事にするか」

 ティナさんは食材の入った袋を掲げてニッと笑って見せた。



「ジャガイモにニンジン。意外と普通なものばかりですね」

「ああ、なるべく一般的で癖のないものを選んだからな」

 袋の中身を取り出していくと、元居た世界で見たことあるような食材ばかりだった。

「さて何か簡単なものでも作りますか」

「お?料理とかできるタイプなのか」

「まぁ、簡単なものだけですが……」

 僕はジャガイモを取り出して置いた瞬間に思考が止まった。

「ん?どうした?」

「あの……切る道具とかあります?」

  僕の手元には包丁が無かった。いくら食材があっても、これでは料理なんてできない。

「切る道具?ああ、『回転刃一刀両断機』があるぞ」

「いや、やっぱりいいですっ!」

「そうか?」

 名前を聞いた瞬間にすべてを理解した。ジャガイモを切るのに電動ノコギリを使うなんて聞いたことが無い。

「というか、この机の上でどうやって料理するんだ……」

 絶望だ。設備が整っていなさすぎる。



 こういう場合に発明家の創意工夫というのは大変役に立つ。

 結局、適当に見つけた鍋の代わりになりそうな汚れていない何かのパーツに『水』属性の『マテリア』から出した水を入れ、掃除中に見つけたコンロにかけ、ジャガイモを茹でるという道を辿り、散々苦労した挙句、ありついたのは茹でたジャガイモという結果になった。


「すまない、我が家の設備が貧相なばっかりに」

「いえ、こうして何か食べられるだけで幸せです」

 空腹の僕は目一杯口を開けて、ジャガイモを頬張った。


 ガリッ

「~~~~~っ!!!」

「あっそうだ、植物の中にも『マテリア』が生成されているから食べる時は気を付けてな」

(もっと早くに言ってほしかったです)


  異世界での生活は前途多難。でも、ティナさんというとても優しくて頼もしい、でも時に悪魔のような、妖精の女の子に出会えたお蔭で、とても楽しい生活になりそうです。


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