第二話 好奇心は妖精を焚き付ける
「確か……ティナ、だったかな?そう呼ばれていた気がする」
名前を尋ねると、自分の名前だというのに、何故かハッキリしない。
「ティナさん、ですね?何故ハッキリしないんですか?」
「そうか。貴様は何も知らないんだったな。仕方ない、まず初めに私が色々と教えてやろう」
そう言ってティナさんは雑に積まれた機械的な何かの山の中から何かのボードを取り出した。
「こいつは『カキカキボード』といってな。かなり前、子供の頃に発明した物だな。だが機能はしっかりしている。専用の石で文字を書くことができる。擦れば文字を消すこともできるのだ」
ティナさんは『カキカキボード』と言っているが、見た目も機能もそのまま元居た世界でいう手持ちサイズの小さな『黒板』だった。
「まずはこの世界について。この世界は『マガティム』と呼ばれる世界」
ティナさんは『カキカキボード』に『マガティム』と書いて、そこから大きな円を描く。どうやら図解付きで説明してくれるらしい。
粗暴な性格とは真逆に字はとても綺麗だ。性格は字に現れるというが、存外アテにならないらしい。
「そしてマガティムには多くの『アニマ』が住んでいる」
今度は『マガティム』の円の中に『アニマ』と書き入れ、さらにそこから円を描く。
「アニマの中にも色々な種類がいる。私のような『ヨウセイ』。他にも『バケネコ』や『キュウケツキ』なんかもいる」
『アニマ』の円の中に『ヨウセイ』『バケネコ』『キュウケツキ』と書き入れる。
どれも聞いたことのある妖怪なんかの名前。しかし、どれもカタカナで書かれている。『物体転移装置』を聞くに漢字がないわけではないだろう。カタカナである意味がわからない。僕の知る『妖精』や『化け猫』、『吸血鬼』なんかとは何かが違うのだろうか?
目の前の『ヨウセイ』を見る限り、『妖精』との差は……大いにあるように思える。僕の知っている『妖精』よりも十割増しで性悪だ。
「主だった構成はこんなものだ。他にも多くのアニマがいるが、全部挙げていたら日が三度暮れることになる。そして私の名前がハッキリしない理由。それは固有の名前を持つアニマばかりじゃないからだ」
「固有の名前を持たないアニマがいるんですか?」
「ああ、例えばバケネコの娘だとか、キュウケツキのせがれだとか。そんな調子で呼ばれる者がいる。だから私達アニマは名前に固執しないんだ」
「な、なるほど」
納得といえば納得の理由だ。というか、そういう文化だと言われてしまえば反論ができないのが事実。
「とりあえず、こんなものか」
一通り説明したからか、黒板消しで書いた文字を一掃してしまう。
「さて、次は貴様が弁償する『マテリア』についてだ」
ティナさんは黒板の上部に『マテリア』と書いた。
「マテリアは魔力と属性で構成される結晶体。魔力の純度が高いほどに効果も、価値も高くなる。すべてを高純度としたくなるが、必ず属性が付きまとう。アニマはそれぞれ属性を持ち、マテリアにもそれが現れる」
『マテリア』の文字の下に『魔力』と『属性』と書く。
「例えば私は『風』の属性を持っている。だから私の生成したマテリアには風を起こす力が宿る。他にも『水』『火』『土』『木』などの属性がある。そして貴様が調達するべきは『雷』の属性を持ち、それでいて高純度なマテリアだ」
「な、なるほど……」
実際のところはさっぱり頭に入ってこない。大まかにこういうものだと捉えられていても、理解できているかと聞かれればできていない。そんな微妙な感じ。
「とにかく貴様は資金を稼げ。もしくは雷の属性を持ち、高純度なマテリアを生成できるアニマと知り合いになるかだな」
この世界のアニマ達がどんな人達なのかはわからない。仲良くなれるかも不明なのだから、ひとまずは資金を稼ぐのが先決だろう。
「とりあえずここまで説明しておけば大丈夫だろう。後は生活をしていくうちに慣れろ」
説明を一通り終えたティナさんは持っていた黒板を放り投げた。
放り投げられた黒板はガシャンと音を立てて山積みになった物達の中腹辺りに着地し、そのまま小さな物達諸共麓まで滑り落ちてきた。
その惨状を見て自分でも無意識のうちに体が動いた。
「ああもうっ、ダメじゃないですか。そうやって逐一片付けないからこうやって山になるんです」
放り投げられた黒板を拾い上げる。
「別にいいだろう。そこの空間は普段利用しない。生活の妨げにもならないし、次に使うのもどうせ遠い未来だ」
いい加減な物言いだ。だが、片付けをしない自分を正当化するのに必要な言葉を的確に選んでいる。
そんなティナさんの態度がなおさら僕の感情を刺激する。世話を焼きたいという感情を。
「今日は片付けをします。見る限り酷い有様なので」
「いや、その必要は……そうだな。そうしよう」
一瞬だけ躊躇った様子だったが、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「片付けをしながら私の発明品の説明をしよう。それなら一石二鳥というわけだ」
なるほど。理に敵ってはいる。
「じゃあさっそく始めますよ」
「よいしょっと」
僕は手近にあった箱を抱え上げる。
「それは『振動加熱機』だ。微細な振動を与えることで色々なものを温めることができる」
持ち直して真正面から見ると扉と目盛りがある。見るからに電子レンジだ。電動ノコギリや黒板と同じように、元居た世界にあったようなものもあるようだ。
「純度が低い『雷』属性の『マテリア』でも十分に稼働する。安価で便利な効果が得られる」
自分の中でなるほどと思いつつ脇に寄せる。後でキッチンに持って行こうと考えたからだ。
「わっ!」
次に手に取ったのは銃の様なものだった。
適当に手に取ったものがあまりにも物騒なものだったので驚いて取り落としそうになる。なぜこんなに危ないものを放り投げておけるのか神経を疑いたくなる。
「それは『鎮静化光線銃』。『闇』属性の『マテリア』を動力とし、発せられる光線を浴びた者は落ち着く。怒りが静まったり、焦りが収まったりするんだ」
見た目とは裏腹に穏便な銃だったようだ。それでも暴発したら危険そうなのでわかりやすいように近くにあった机の上に置いておく。
今度はふと気になったコードを引っ張ってみた。すると思っていたよりも簡単に山から引き抜けた。
コードの先にあったのは謎の小さな箱。僕が首を傾げているとすかさず説明が入る。
「それは『マテリア』をセットするケースだ。本体は反対側」
ティナさんの示す通りにコードの反対側を引っ張り出す。
「こ、これって……」
引っ張り出したコードの先には見覚えのある機械が付いていた。
「それは失敗作だな。『高速振動殴打機』だ。振動するだけで使い道は無かった。試しに頭に当てたら痛かったから『殴打機』と名付けたが、それは売れないだろう」
頭に当てたら痛いのも当然。これは元居た世界で言うところの『電気マッサージ器』、通称『電マ』だ。
「これ、動くんですか?」
「速攻で投げ捨てたから『マテリア』はまだ入ってると思う」
その言葉を信じてスイッチを入れてみると、思った通りブブブブブという振動音を響かせながら細かく振動し始めた。
「これ使ってみてくださいよ」
「嫌だ。さっき言っただろう?痛いと」
「まぁまぁ、そう言わずに」
拒むティナさんを無視してティナさんの肩に『高速振動殴打機』をあてがう。
僕には確信があった。何故なら、本来の用途を知っているからだ。
「お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛き゛も゛ち゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛」
『高速振動殴打機』の振動によって声を震わせながら恍惚とした表情を浮かべる。それだけ気持ちよかったのだろう。
「き、貴様っ!!」
『高速振動殴打機』を僕の手から奪い取り、ティナさんが睨み付けてくる。その間にも『高速振動殴打機』はティナさんの手の中てブルブルと振動し続けている。
「咄嗟にこのような使用法を思い付くとは……やはり貴様を発明品の販売員に選んだ私の目に狂いは無かったようだな」
「あ、ありがとうございます」
正確には『思い付いた』ではなく『知っていた』なのだが、せっかくティナさんが褒めてくれているのでそういうことにしてしまおう。
「よしよしっ、では片付けを続けろ。私はもう少しコレを堪能す゛る゛こ゛と゛に゛す゛る゛う゛う゛う゛う゛」
大層お気に召したようで、肩だけでなく首や腕にまで当てて、言葉通り堪能しているようだ。
それから明らかによくわからない機械には触れないようにして片付けを続けていると、見たことのある機械がいくつか発掘できた。
洗濯機、掃除機、コンロ、蛇口。どれも電気やガス、水道が通っていない独立した状態でも僕の知る通りに機能して見せた。
僕の想像している以上に『マテリア』とは便利な代物らしい。
「ふあああっ!!」
片付けをしていると突然、部屋に艶っぽい声が響いた。どうにも嫌な予感がしてくる。声の主は一人しかいない。
僕が声の主の方へと目を向けると、
「んっ、こ、これ……イイかも……」
あろうことか股に『高速振動殴打機』を挟んでいるティナさんの姿があった。
目はどこか遠くを見つめるように焦点が定まっておらず、口元には今にも零れ落ちそうな程に唾液を溜め、背筋はピンと張って強張り、手は『高速振動殴打機』をギュウっと握りしめており、相当強くあてがっていることがわかる。
見るからに青少年の目に映してはいけない絵面だと感じ取った。
これまた咄嗟に僕の体が動いた。
「だああああああ!!!没収っ!!!」
僕は瞬時にティナさんに駆け寄り、その手から『高速振動殴打機』を奪い取ってスイッチを切った。
「な、なにしゅる……スゴイ気持ちよかったのに……」
蕩けきった表情をしているティナさんが物欲しげに僕の『高速振動殴打機』に手を伸ばす。いや、僕の持っている・・・・・『高速振動殴打機』に手を伸ばす。
「ダメですっ!そんな使い方するなら渡せませんっ!」
僕は『高速振動殴打機』をティナさんから遠ざけようと自分の背中に隠した。
「何故だ?より良い使用法を模索するのは当然だろう?」
妖精の純真無垢な瞳が僕を攻めたてる。実際言っている事は正しいのだが、今回の場合は許すわけにはいかない。
「わかったら返せ。私の発明品だぞっ」
ティナさんは『高速振動殴打機』を求めて僕の方へと手を伸ばす。
「ダメですってばっ!」
僕は後退ってティナさんから遠ざかろうとする。
「あっ!」
こういう場合は往々(おうおう)にして手を滑らせるものだから、僕は細心の注意を払って強く握っていたはずだった。
それでも、汗で濡れていたのか『高速振動殴打機』は僕の手からチュルンッと滑り落ちた。
そして落ちた反動で僕の足元へと滑り込んだ『高速振動殴打機』は踏み出した僕の足の下でバキッ!!!という音を立ててへし折れた。
「ああああああ!!!!なんてことをっ!これも弁償だからな!」
「わかりました。弁償しますからコレの事は忘れてください!」
「わ、わかった。意外と素直だな。『マテリア』が高額過ぎて吹っ切れたか?」
僕にとってこの事態は意外と好都合だった。もうティナさんがコレで遊ぶことはないだろう。
マテリアが高額だと口にしたのには気付いたが、この世界の通貨が円なのかはわからないし、相場もわからない。ツッコむよりもこの場をどうにかするので手一杯だ。
「しかし、なかなかにいい収穫だった。次はもっとこう……」
ティナさんの発明家としての探求心は留まるところを知らないようで、もう次の発明品の構想を練り始めていた。
「ねじりを織り交ぜた動きや複数ヵ所を同時に刺激できるような……あっ、小型化してみるのもいいな。そうすれば固定して服の下で常にーー」
「ど、どれもダメですからあああああ!!!!!!」
僕は快楽への無邪気な好奇心というのはこれほどまでに恐ろしいものだと思い知らされたのだった。