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妖精発明家の婚約社員  作者: マグ
第一話
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第一話 妖精の女の子、うろ覚えなその名前

この話は元から投稿されている第一話の内容を分割したものです。

詳しくは活動報告にまとめておきます。

 


 人生、いつ何が起こるかわからない。

 人生の転機とはいつも突然やってくるものだ。



「よしっ、準備完了」

 僕の名前は綾樫あやかしよう。名前や祖父母の影響もあって、人より少しだけ妖怪なんかに詳しいだけの男子・・高校生。呼び名が名前のようじゃなくてあやちゃんだったり、よく可愛いとか女々しいとか言われるが、断じて男だ。昔から文化祭なんかのイベントの度に女装を強要されたという苦い思い出を抱いているが、イジられ気質なだけだ…………男らしくなりたいと切に願う。


 それはともかく、今日は近くで行われる妖怪博覧会に出掛ける。有名な霊媒師さんや作家さんなんかがやってくるとあって大人気、妖怪好きにとっては一大イベントだ。

 僕ももちろん予約した。寝ずに日付が変わるのを待ち、変わった瞬間に申し込みをした。しかし結果は……抽選落ち。決して倍率は高くなかった。これなら高校受験のときの方が高かったレベルだ。だがそれでもダメだった。僕は空回りに終わってしまった努力の儚さを胸に自分の不運と愚かさを呪った。半ば自棄になって部屋中の妖怪グッズを捨て、妖怪好きから足を洗おうとすら考えた。それほどのショックを受け、絶望していた。


 でも、人生は何が起こるかわからない。

 なんと、落ち込んでいた僕の為に叔父さんが知り合いに頼んで、急用で行けなくなり余らせてしまった入場券を用意してくれた。

 正真正銘本物の入場券。これは神様がくれたご褒美だろう。

 僕は決めた。将来は妖怪に関する職に就く。そして世界中の人に妖怪の面白さ、怖さ、可愛らしさを知ってもらうんだ。

 まさに人生の転機。妖怪を趣味で留めようと思っていたけれど、妖怪好きを職にしている人に会えるまたとない機会だ。

「行ってきます!」

 僕は走り出した。博覧会の会場に向かって。何よりも、僕の夢に向かって。




 人生は何が起こるかわからない。

 人生の転機とは突然やってくるものだ。





 それがたとえ、死だとしても。





 その場の空間の様子が手に取るようにわかる。

 すべてがスローモーションのように感じられた。

 横断歩道の途中で固まる僕の体。

 目の前に迫る、日を遮る大きな車体。

 ブオオオオ!!というトラックの重くのしかかるようなクラクションの音。

 車体を止めようと回転を停止して道路と擦れるタイヤの音。

 周りの人達の悲鳴。

 運転手の焦った顔。

 必死でハンドルを切る手の動き。

 自分の体のことですらまるで他人事のように感じられる。

 まるで動かない足。

 声の出し方も忘れ、それどころか呼吸の仕方すらわからない。

 それでも僕の意識はハッキリしていた。トラックの車体が僕の体に触れ、僕の体が宙に舞う。その時まで。






(んぅ……こ、ここは?)

 僕は目を覚ました。記憶は以外にもハッキリしている。

 僕は死んでしまった。あの時、トラックに轢かれて。

 つまり、ここはたぶん天国。


(天国といえば白い光に包まれて、とても広くて暖かい天上の国――じゃない!!!)


 僕の想像する天国とまるで違うことは一瞬でわかった。

 真っ暗で狭い空間。

 鉄の匂いとオイルの匂い。

(天国とは真逆の場所……つまり、地獄!!??)

 冗談じゃない!!

 自分で言うのもなんだが、地獄に堕ちるような悪人ではないはずだ。

 人にはなるべく優しく接していたし、暴力なんて……子供の時以来振るったことはない。極めて善良な人間だ。

 抗議の気持ちから体が前のめりになる。

(体が……前のめり?ということは、肉体がある!)

 頭では理解していても体は咄嗟に動かない。

 僕の体は目の前の壁に激突――しない。

 壁は僕の体が触れるとスーッとその身を引いた。

「う、うわああああああ!!!」

 壁がその役目を放棄した結果、僕の体を受け止めたのは硬く冷たい床だった。



「痛つつ……こ、ここは……?」

 したたかに打った肩を擦りながらうつ伏せのまま辺りを見渡す。

 視線の先々には見たことの無い意味不明な機械が並んでいる。

 まるで何かの研究室のような――


「おおおお!!!我が愛しのチャッピー!!!」

 突然、どこからともなく女の子の声がした!


「えっ、ふぐうう!!」

 振り返る間もなく、僕の頭は声の主によってガッチリと頭をホールドされてしまった。

(あっ、女の子なだけあって柔らか――くないっ!!!)

 今まで女の子とここまで触れ合った事の無かった僕の幻想は瞬時に打ち砕かれた。

 柔らかいと感じたのはほんの一瞬。女の子が力を込めると同時に肋骨がゴリゴリと顔に当たる。

 皮膚と僅かな脂肪に遮られるだけでは肋骨の硬さは誤魔化せない。

「痛だだだだだっ!!!や、やめっ」

「ん?声?き、貴様チャッピーじゃないなっ?!」

 僕が悲痛の叫びをあげると、女の子は僕の頭を放って飛び退いた。

「痛つつ~……えっ……」

 ジンジンと痛む左頬を擦りながら女の子の方を見上げた僕は言葉を失った。



 金髪に長いツインテール。澄んだ碧色の瞳に大きく綺麗な釣り目。尖った耳に小さな鼻。小さな口とそこから覗く八重歯。ヒラヒラとした黄緑色の服。その服を纏った推定一桁か二桁の境目程度という幼げな体。そして何よりも、小さな体から生えている透明な羽。

 まさしく妖精のような――いや、妖精の女の子がそこにいた。

 妖精といえば自由気ままで可憐な少女の姿で描かれることが多いが、この女の子はまさにそのイメージ通りの妖精だ。

 華奢な体から溢れる溌剌とした元気。それでいて可憐さは失わず、さらには――


「おい貴様、私のチャッピーをどこへやった。このクズ野郎」

 そう、毒舌で…………毒、舌?

「何寝ぼけた顔をしているんだ?私のチャッピーをどこへやったかと聞いているんだっ!」

「うぐっ!」

 うつ伏せの僕の無防備な脇腹に鋭い蹴りが突き刺さる!女の子の力といえども、これは痛い。

「ぐううう……」

「さっさと吐け。チャッピー不足の私は、そう気が長くないんだ」

 僕は反論も出来ず、ただ痛む腹を押さえて蹲ることしかできない。むしろこのままでは別のものを吐きそうだ。

「チッ、仕方ない」

 妖精の女の子は盛大に舌打ちをしてその場を離れた。どうやら見逃してくれたりは――しないようだ。

 ギュイイイイイイイイ!!!という禍々しい金属音が聞こえてくる。決して心地のいい音ではない。その音が僕の不安をより一層煽ってくる。

「試しに拷問でもしてみるか」

 そんな物騒な言葉を軽い調子で口にしながら妖精の女の子は戻ってきた。

 その手には丸ノコと呼ばれる電動ノコギリが握られている。妖精と電動ノコギリというアンマッチさがさらに恐怖を増幅させる。

「指を一本ずつ落としてみるか?」

 電動ノコギリが僕の指先に迫る!刃が巻き起こす風圧が僕の肌を高速で過ぎ去っていく。

 死んだと思ったら今度は拷問。あまりにも壮絶すぎる人生の転機に僕は絶望した。




 この一件で僕の妖精に対する印象は大きく変わってしまった。

 容姿は変わらず自由気ままで可憐な少女。しかし、その内面は毒舌で暴力的。そして――

「ほら、動くなっ。もっとチャッピーらしくしてろっ」

「は、はい……」

 とてつもなく横暴だ。


 電動ノコギリを突き付けられた僕はチャッピーなど知らないと必死で弁明した。すると、意外にも話が通じる人物で、辛うじて拷問は回避できた。

 しかし、何故かチャッピーとやらの代わりを務めさせられ、椅子に座った女の子に軽くヘッドロックをかけられている状態だ。頭が中途半端な位置に固定されてしまって体勢がとてもつらい。

(どうして僕がこんな目に……)

「どこにもミスは……」

 妖精の女の子はさっきから機械のパネルをいじっている。まるで何をしているかはわからないが、イライラとした空気は感じ取れた。

「ん?あーもうっ!私としたことが、座標の設定を間違えていたなんて……この数値は座標じゃなくて転移速度の数値だろ……そのくせ、そっちは問題なく入力されてるし……」

 自身のケアレスミスに気付いた妖精の女の子は頭を抱えて叫んだ。

 どうやら、非は僕ではなく妖精の女の子の方にあるようだ。これで僕も解放されることだろう。


「これで――よしっ、スイッチオン!!」

 座標の設定をやり直した妖精の女の子は意気込んで起動と書かれたスイッチを押した。

「…………」

「…………」

 何も起きない。

「だーっ!もうっなんでだっ」

 妖精の女の子はイライラとパネルを殴りつけた。

「邪魔だ、退け!」

「は、はい」

 妖精の女の子は僕を突き飛ばして他と比べても一回り大きな機械の方へと歩いていく。一応解放はされたものの、イライラとした空気が突き刺さって居心地は最悪だ。

「いったいどこに問題が……」

 ブツブツと文句を言いながら僕が出てきたと思われる扉の付いたカプセル状の何かの中を確認している。

「あっ、もしかして……」

 すると何かに気付いたのかすごい勢いでカプセルから出てきて、横に備え付けられた大きな機械の小さな扉を開いた。

「ああああっ!!!やっぱり!!!」

 小さな扉の中を確認した途端に妖精の女の子は叫んだ。

「おい貴様、来てみろ」

「は、はい……って痛い痛いっ」

 妖精の女の子に促されるままに近寄っていくと急に髪の毛を掴まれて無理矢理に扉の中を覗かされる。

 中には二本のコードと謎の台座。そして周りに散らばったキラキラとした欠片。それ以外の物は見当たらない。ただでさえよくわからないものなのに、痛みもあって見たままの状態しか頭に入ってこないのでさらにわからない。

「えっと、これが?」

「わからないのか?!マテリアが粉々に砕けているんだ!」

 まるで『お前はそれだけの罪を犯したんだぞ』と自覚させようとしているようだが、そう言われてもさっぱりわからない。わからないものはわからない。

「あの……マテリアって何ですか?」

「はあ?マテリアは魔力の結晶だろ?そして高純度の雷のマテリアがこの機械の動力源だったんだ。それが粉々に――」

 そこまで言葉を発したところで妖精の女の子は何か考え事を始めた。

「さっきの座標……」

「あ、あの――」

「言うな!自力で導き出せる」

 妖精の女の子は俺の言葉を遮って考え事を再開する。

「世間知らず?違う……遠い土地の民族?いや、マテリアを知らずには生きられない……そうかっ!さっきの座標、あれは異世界のものだったのか。それなら貴様がマテリアを知らないのも頷ける。しかし……まだ……」

 一度パッと表情が明るくなったと思ったらまた考え事を始めた。

「お、おい貴様っ!」

「うわっ」

 妖精の女の子は興奮した様子で飛び掛かるようにして僕の胸倉を掴んできた!

 飛び掛られた拍子に僕はバランスを崩して後ろに倒れ、結果的に妖精の女の子に押し倒されるような状態になってしまった。

「貴様の世界はどんなものだ?本来ならばこの『物質転移装置』は生物を転移できない。なのに貴様は生きたままこちらに来た。いったいどんな状態でこちらに来たのだ?」

 妖精の女の子は未知の事象に遭遇した興奮からか、小さな体を弾ませる。

 胸と違って適度な脂肪の付いたお尻が僕の腹部へと押し付けられる。肋骨とは違って今度こそ柔らかい。

「ぐうっ、ぐうっ、ぐえっ」

 だが、いくら柔らかいといえどこちらは腹。ほとんど内臓でしかない部分に体重をかけられれば当然苦しいものだった。



「なるほど、そういうことだったか」

 僕は床に正座させられて色々と説明をさせられた。色々と知りたいのは僕の方なのに。

「そのトラックとかいう殺人兵器によって命を落としたはずが、何故かこちらの世界に来ていた、と」

 妖精の女の子はテクテクと歩き回りながら僕の説明を整理して繰り返した。

「まぁ殺人兵器じゃなくて移動用の乗り物なんですけど……」

「何が違う?お前を殺し得るものであった以上、それは兵器以外になんだというのだ」

「いやぁ……まぁ……」

 毅然と言い張る妖精の女の子に僕は何も反論できなかった。

(車は高速で移動する為には必要な発明で……でも事故を起こすと人を殺めてしまうくらい危険で……それは兵器と変わりなくて……ん?なんかもうこんがらがってきた)

 なんとか反論しようと必死で頭を捻るが、余計にわからなくなってしまった。

「まだ仮説に過ぎないが、死に瀕していたことで貴様の中で生死の境目が曖昧になってしまった。よって生物が転移できないはずの『物体転移装置』によってこちら側に転移させられた、と」

 妖精の女の子はブツブツと論じているが、僕にはまるで理解できない。自分の身に起きたことでも、最も理解できていないのは僕自身だ。

「とにかく、生物である貴様が転移されたことでマテリアに対して想定外の負荷がかかった。それによりマテリアは砕け散った。つ・ま・り……」

 妖精の女の子の指が僕の眉間にビシビシと何度も突き付けられる。

「貴様の所為だ。損失したマテリアの弁償はしてもらう。あれは高く付くぞ」

「そ、そんなぁ……」

 僕は涙目になって抗議するが、妖精の女の子はまるで同情などする気配はない。

「そうだな。天才発明家である私の元で働いてもらおう。助手にするのもいいが……そうだっ!貴様、私の発明品を売ってこい」


 人生の転機。

 決していい方向にばかり転がるものではない。

 新天地で新しい職に就く。確かに希望していた妖怪に関する仕事。しかし、妖精が雇い主だなんて仕事は他にない。ましてや、その妖精が性悪だなんてなおさらだ。




「雇い主として命じる。名を名乗れ」

 妖精の女の子は部屋の端に置かれていた、とても大きくてフカフカそうなソファに腰掛けて足を組む。

 これでもかという程の上から目線。それでも僕の雇い主。逆らうわけにはいかない。

「綾樫妖です。これからよろしくお願いします」

「ああ……よろしく。アヤカシヨウ……貴様でいいか」

 せっかく名前名乗ったというのに、貴様という呼び名からの昇格はなし。なんていい加減な……。

「それでは仕事内容を――」

「あ、あのっ」

「ん?なんだ?」

 早速説明を始めようとしたのを見て咄嗟に遮る。

「お名前を教えてもらってもいいですか?」

 いつまでも妖精の女の子では不便極まりない。この際だからお互いに名前を把握しておくのがいいと考えてのことだ。

「私の名前か……」

 妖精の女の子は何故か言いよどむ。名前に嫌な思い出でもあるのだろうか?

「確か……ティナ、だったかな?そう呼ばれていた気がする」

 ティナ、そう名乗った妖精の女の子だったが、その名前はひどくおぼろげなようだった。




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