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妖精発明家の婚約社員  作者: マグ
第三話
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第七話 迷子のムマちゃん、あなたの節操はどこですか?

 

「マズイ、あの子を連れ戻さなきゃ……」

 静かに顔をしかめているムマさん。それでも心の中では慌てふためいているのがわかる。

「ムマさん、マズイって何がそんなにマズイんですか?」

 お互いのパニックの引き金になってしまわないように僕も最大限に冷静さを保って声をかける。

 親であるムマさんほどではないだろうが、僕も心配で仕方がない。

「ムマにとってこの時間はとてもデリケートなの。子供だと特にね。だからお昼前には帰るように言ったんだけど、流石にそろそろ戻らないと……」

 ムマの事情はよくわからないが、お昼までに家に帰ってこないと問題があるらしい。

 単純に人間とムマでの時間感覚に差があって、お昼くらいがムマにとっての真夜中だとしたら相当問題がある。親が子を心配するのは当然だ。

「すぐに見つけなくちゃ!」

「ま、待ってください!そんな恰好で出て行ってもまともに走れないですって!」

 ムマさんは今は浴衣姿。こんな姿で探して回るような長時間は走れない。それに、ムマさんには一度落ち着いてもらう時間が必要だ。

「そ、それもそうよね。でも……」

 さっきまで大人の余裕を感じられたムマさんだが、子供のことになるとすっかり気が動転してしまうらしい。それが親というものなんだろう。

「ぼ、僕が探してきます。さっきの子ですよね?顔は覚えてますから」

「悪いけど、遠慮している余裕はないから頼らせてもらうわ。私も着替えたらすぐに家を出るから。あの子のことだからそう遠くへは行ってないと思うし、友達の家は私が当たるからとにかく街の中を探し回ってちょうだい」

「はい、任せてください」

 僕は全速力でムマさんの家を飛び出した。

 体力は多い方じゃないし、地理もよくわからない見知らぬ街だけど、とにかく走って探し回るしかない。それしか僕にはできないから。

 立ち並ぶ家の間を抜けて路地裏を探してみるがどこにもいない。

 思っていた以上にこの街は広く、体力が尽きて何度か立ち止まったりしながらも、僕はムマちゃんの捜索を続けた。



「す、すみませんっ!」

 ある路地裏で見つけた一人の人。

「何か用?そんなに息切らせて、変態?」

 黒装束に黒のキャップを深く被っていてよくわからないが、声から察するに女の子で、初対面にもかかわらず変な言いがかりをつけられるが、今はそんなことはどうでもいい。

「ハァ……ハァ……く、栗色の、髪を、した……む、夢魔の女の子、見ませんで、した?」

 息も絶え絶えな中でどうにか言葉をひねり出す。

 蛇の道は蛇ではないが、裏路地での事情は裏路地にいる人がよく知っているはずだ。大通りならムマさんも探すだろうし、他の人が見かけるかもしれない。なら、僕が探すのはこっちだ。

「ムマの女の子?あんた……誘拐して逃げられたとかじゃ――」

「違います!迷子なんです!帰りが遅くて、それで――」

 抗議の気持ちが前のめりになって、つい女の子の肩を掴んでしまった。これでは本当に変態のようだが、形振なりふり構ってはいられない。今はムマちゃんの無事が最優先だ。

「わかったわかった、わかったからあんまり引っ付かないでよ。暑苦しい」

 女の子はその目に嫌悪感を丸出しにしながらも、僕の必死さが伝わったのか事情を汲んでくれたようだ。

「ムマの子だったらさっき見かけたわ。この先の公園でいくらかの男と一緒だったけど。あれは『コオニ』の連中だったと思うわ」

「こ、子鬼!?」

 子鬼はそのまま鬼の小型版。鬼に比べて体も悪行も小ぶりだが、子供のムマちゃんにとっては十分脅威だ。

「わ、わかった」

「あっ、ちょっと!チッ、これだから男って……」

 駆けだした僕の背後で女の子が文句を垂れる声が聞こえたが今は後回し。万が一次に会ったときにはちゃんと謝った上でビンタの一発や二発は覚悟しておこう。



(さっきの女の子が言っていた公園はたぶんここなはず。ここにムマちゃんが……いたっ!)

 言っていた通り、五人の男に囲まれている。小さい女の子相手になんて乱暴な奴らだ。

 僕の中で怒りが込み上げてくる。その怒りを身に宿しながら一歩一歩その集団に近づいて行った。

「いや、だからな――ん?誰だお前」

 子鬼とは言っていたが、いざ対峙すると僕よりもよっぽど大柄だ。180cmくらいあるんじゃないだろうか?それでも僕は怯まない。

「その子は僕の連れなんです」

「おぉそうか。実はこいつがよ」

 子鬼の一人が乱暴にムマちゃんの手首を掴む。ムマちゃんの表情に変化はないが、あんなに太い腕で掴まれたら子供のムマちゃんには相当痛いに違いない。

 見るに堪えない状態に僕は思わずムマちゃんの手首を掴むその手を払った。

「あん?なにすんだよ」

 子鬼が五人揃って僕を睨みつける。物凄い目力だ。それでも僕は怯まずに次の行動に移る。


「し、失礼しましたあああ!!!」

 三十六計逃げるにかず。

 僕はムマちゃんを抱きかかえて即座に逃げ出した。



 しばらく走って後ろから追ってきていないことを確認すると、ムマちゃんを地面に降ろした。

「だ、大丈夫だった?」

「なんで逃げたりしたの?」

 心配する僕の問いかけに帰ってきたのは心無い言葉だった。

 僕だって男らしくないことは承知している。でも、五人の子鬼相手に大立ち回りできるほど喧嘩は強くない。というか生まれてこの方喧嘩で勝ったことなんてない。そんな僕が喧嘩を売るなんて自殺行為なのだから、ムマちゃんと自身の安全の為にも逃げるしかなかったんだ。

「お父さんだったらみんなやっつけちゃうのに」

「うぐ……」

 子供の悪気のない比較に心が抉られる。それでも仕方ないんだ。

「えっとね、僕はお互いに怪我をしない方法を取っただけだよ。それにあの場で喧嘩なんてしたらムマちゃんが巻き込まれちゃうからね」

 明らかに見栄を張っている発言なのは自分が一番わかっている。それでもかっこつけてしまうのが男の性というもの。

「へぇ~、逆に戦わないっていうのも面白いかも」

 そんな僕の見栄にムマちゃんは変わった反応を示した。

「それに喧嘩なんてしなくて正解だよ。だってあのコオニさん達は悪くない。あのコオニさん達を誘っていたのはわたしだから」

「えっ!!??」

 あの状況は確実にムマちゃんが暴漢に襲われていると思っていた僕にはあまりにも突拍子もない言葉だった。

「お母さんがどうせ痛い思いをするなら早い方がいいって言うからみんなにおねがいしてたの。だけどみんな子供だからダメだって……わたしはムマなのに……」

 どうやらこの世界の大人はしっかりとした感性をお持ちのようだ。少なくとも子供であるムマちゃんに手を出すような不埒な輩はいないらしい。

(そうなるとさっきの子鬼もムマちゃんをどうあしらうか悩んでいたのだろう。そう考えると確かに喧嘩をしなかったのは結果的にお互いの為になったのかな?)

「いやまぁ……それが普通だと思うけど、ムマちゃんはまだ子供だしみんな協力するわけにはいかないよ」

「だから最初はわたしはお父さんがいいって言ったんだけど、お母さんがわたしじゃ痛いじゃ済まないからって」

「そ、そうなの……」

 夢魔の家庭環境がいかがなものなのかとは思うが、ムマちゃんの言葉がどういう意味かを察した上でそこまで驚かなくなってきた自分が怖い。


「じゃあ、お兄さんは手伝ってくれる?ムマがオトナになる準備」


「なっ!!??」

(何を言っているんだこの子は!!??というかこの世界の女の子はいろいろと破綻しすぎだ。知り合ったばかりの男と同衾したり、そんな男を誘ってきたり、もっと理性をしっかり保たないと心臓に悪い)

「わたしお兄さんならいいよ?ううん、お兄さんがいい。お父さんみたいにかっこよくないけど、よく知らないわたしのこと心配してくれるくらい優しいから」

 この子は優しいという理由だけで自らの体を許そうというのか。夢魔とは恐ろしいものだ。

「悪いけど、そのお誘いは受けられないな。ムマちゃんはまだ子供だし、後先考えずにそういうことはできない。男として不誠実だと思うから」

 僕はきっぱりとお断りした。それを聞いてムマちゃんの頬が赤く染まる。いまさらになって自分がどんなに恥ずかしい誘いをしていたかに気付いたのだろうか?


「うん、やっぱりお兄さんがいい。わたしお兄さんのお嫁さんになる」


 別にそうじゃなかったらしい。

「いつかムマちゃんが大人になって気持ちが変わらなかったら、そのときにね」

 子供との約束。アニメとかでもよくある展開だけど、たぶんこの子が大人になるときには僕はこの世界にはいないはず。なら、こう言っておけば間違いは起きないだろう。

「じゃあお約束のしるし」

 そう言ってムマちゃんは自分の髪の毛を一本引き抜いて僕に手渡してきた。

「な、なにこれ?」

  わたしにはまだないから髪の毛がその代わり」

「代わりって何の――!!??」

 ムマちゃんの髪の毛が僕の手に触れた瞬間、驚くべきことが起きた。

 20cmくらいの栗色の髪の毛が凄い勢いで僕の右手の中指に巻き付いてきたのだ!まるで生きている蛇のように。

 指がギチギチに締め付けられ、髪の毛が食い込んで痛みを感じ始めた途端、その痛みがフッと消えた。

 完全に髪の毛に締め付けられるという感覚ではなく、何か柔らかいものに包み込まれるような感じ。それでいてウネウネと力を加える箇所を変えながらキュッキュッと僕の指を捕まえてくる。ただの髪の毛なはずなのに人肌のように暖かい。いや、むしろ人肌としては熱いくらいだ。

 あまりにも不思議な感覚に本来の感覚を取り戻そうと指を曲げようとした瞬間、

「んっ、ゆ、指動かしちゃダメ……」

 ムマちゃんが子供らしからぬ艶っぽい声を漏らしたのと同時に、僕の指に巻き付いた髪の毛が指をキュウウウウウウッと締め付けてくる。それでも全然痛みはない。むしろ気持ちがいいくらいだ。

 そして数秒締め付けが続いた後、髪の毛は僕の指に馴染んでいくようにして消えた。

「い、今のって」

「お母さんに教えてもらったずっと一緒にいられるおまじない。本当はこっちの方がいいんだけど、わたしはこれでもいいって」

 ムマちゃんはお腹の下辺りを撫でながら言う。それが何を指すのかなんとなく察するが、決して触れない。触れるもんか。

「まだこれだけだけど、これでわたしはお兄さんのお嫁さんだよ。わたしがオトナになるまで待っててね」

 とても子供らしい笑顔でしていることの重大さを僕はやっとのことで察した。

(嘘おおおおおおおお!!!???)


(そ、そんなっ!?髪の毛といえども体の一部が僕と同化したって、冷静に考えたら明らかに契約じゃないかっ!悪魔との契約は――破れない……)

 なるべく目の前のムマちゃんには察されないように表情だけでも平静を装いながらも心の中では大混乱だ。

 子供相手に婚約、しかも悪魔との契約という後にも先にも引けない状況が僕を混乱の中から脱出させてくれない。

(これで僕もロリコンの仲間入り?子供の言葉だと思って話半分に聞いていたのが間違いだった。途中の発言からもこの子の知識や育ち方が特殊なのはわかっていたじゃないか。それに夢魔相手に油断しすぎた。ムマさんが優しかったから夢魔の誘惑の危険性を忘れていた。それが今回の事態を招いたと言ってもいい)

「ハァ……」

 重いため息が思わず口から洩れる。

「も、もしかしてお兄さんわたしとずっと一緒は嫌?」

 ため息を聞いたムマちゃんがとても悲しそうな顔をする。その顔を見て尋常ではない罪悪感に心が押しつぶされそうになる。

 そんな罪悪感から僕の覚悟は決まった。

(こんな幼気いたいけな子に悲しそうな顔をさせるというのは、それこそ不誠実というもの。男たる者常に誠実であれ。たとえ子供相手でも誠実さを貫く。それでこそ男というものだ)

 心の中でそう自分に言い聞かせる。

「そんなことないよ。ムマちゃんが大人になるのを楽しみにしてる」

「うんっ!」

 子供のような見た目のティナさんにタマモちゃん、そして不注意で許嫁いいなずけになってしまったムマちゃん。どうしてこの世界に来てからというもの、こうも子供に振り回されるのだろうか。それでも、誰も放っておけない自分の優柔不断さが今回みたいな不測の事態を招くのだろう。

 そんな自分の悲しい因果に半ば諦めを感じながら、ムマちゃんを家へと送り届けるのだった。



 ムマさんの家へと戻ると、ムマさんは既に帰ってきていた。

「あぁよかった。本当に帰ってきた」

 僕達が玄関の扉を開けるや否やムマさんが駆け寄ってきてムマちゃんを抱きしめた。

「もう、あまり遅くならないようにっていつも言ってるのに」

「だってみんな協力してくれないんだもん。そしたら遅くなっちゃって……」

「言い訳して……ってまぁいいわ。怪我無く帰ってきただけで十分よ」

 自分自身母親が恋しいのはわかっている。だからこそこういう場面は見ていられない。

「じゃあ僕はこの辺で」

「待って!お礼がまだ――」

「言葉だけいただければ十分ですよ」

「あ、ありがとう。うちの子を見つけてくれて」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 そうとだけ言い残して僕は『重量軽減袋』を背負ってムマさんの家を後にした。

 せっかくの家族の時間に水を差すのは野暮というものだし、あれ以上あの場にいたら僕は堪らずムマさんに泣きついていたかもしれない。そんなだらしのない姿を見せるわけにもいかないし、一度吹っ切れたら何も耐えられなくなってしまう。我慢しなければ。


「お兄さん!」


 家の前の道に出てすぐに呼び止められた。

「どうしたのムマちゃ、ん?」

 振り返ったところにいたのはムマちゃんのようでムマちゃんじゃない。一目見た瞬間はムマちゃんだと思ったが、髪の長さや顔立ち、体つきが違う。どうやら男の子のようだ。

 ムマくんの背丈はムマちゃんと変わらない。とすると双子、もしくは一つ違いの兄か弟というところだろう。

「その、探してくれてありがとう……そ、それだけっ!」

 そう言ってムマくんは家の中へと戻って行った。

 ムマちゃんを探してくれてということだろう。ムマさんがあれだけ心配していたんだ。姉弟なら心配するのも当然。

 感謝はされて嬉しいし、より多くの人の役に立てた実感が寂しさを感じていた僕の心を満たしてくれた。




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