出会い 5
「いらしゃい」
酒場の扉をくぐると、酒の匂いと喧騒がすぐにロードを包み込んだ。ロードはまっすぐにカウンターに座り、「ビール」と一言。すぐに大ジョッキにビールが注がれ、ロードの前にドンと置かれる。早速ジョッキに口をつけ、一気に胃に流し込む。すぐにビールは半分以下になった。
そんなロードに主人は声をかけた。この酒場<森の小道亭>の主人とも、ロードはそれなりに親しかった。
「どうした?ロード。冴えない顔して」
「・・・さあね」
つぶやき、残りのビールを飲み干す。主人は二杯目のジョッキを出しながら
「聞かせろよ」
と、ロードをせかす。ロードはちらりと上目遣いに彼を見上げた後、「仕方ねえな」と、ため息混じりに話した。今朝の<クリス>との出会いと思わぬ大金。そして先程の美人のこと。
「へぇ〜。そんな美人がこの町にね〜」
四杯目のジョッキを差し出しながら、主人は感心する。
「俺も拝みたいものだ」
「もう一回くらい会えねえかな〜。そしたら、今度は名前くらい・・・」
「お前の場合、それだけじゃ済まねぇだろうが」
主人のからかいに、ロードはニッと口の端を持ち上げた。そのとき、店の奥から激しい言い争いが聞こえてきた。思わず、声のほうを振り向く二人。
「・・・ケンカか?」
「どうやらそうらしい。ロード、行ってくれるか?店でのごたごたは遠慮してもらってくれ」
「それで?いつものように?」
「はいはい。分かってますって」
主人は肩をすくめ、半分腰を浮かしているロードに言った。「お代はタダで」
「おし。行って来る」
奥に行くにつれ、声ははっきりとしたものになっていた。声の主は一人は中年の男、もう一人は若い青年のものらしかった。
「やめろってば!!」
青年が叫ぶ。その声に、ロードは聞き覚えがあった。今朝、大金をくれたあの<クリス>に良く似たものだったからだ。
(まさかな・・)
思い、声がする方を見る。―と、ブロンドの長髪を後ろで結んだ青年と、その横に赤ら顔の男性が座っているのが見て取れた。中年の男はかなり酔っているらしく、呂律が怪しくなっている。
「いいじゃあらいか。それくらい」
「やめろって!!触るなって言ってるだろ!!」
話の内容から察するに、どうやら中年男が<クリス>を触っているようである。
(男にキョーミあんのか?あのおっさん。・・・ん?あいつどっかで・・・)
そして、ロードは思い出した。昨日の町新聞にその男が載っていたのを。彼はこの町の町長だった。
(あいつ、男好きだったのか・・・)
などとロードが思っていると、<クリス>がダンっと椅子を蹴って立ち上がった。剣に手を添えている。
「お前っ・・!!もういい加減に・・!!」
「おぅおぅ。私を切れるもんなら切ってみぃ〜〜」
町長はヘラヘラと笑っている。怒りで顔を紅潮させている<クリス>が剣を抜こうとした、その瞬間―
「はい。そこまで」
声と同時に、<クリス>は身動きが取れないでいた。いつの間にか、首に長剣の切っ先が突きつけられていた。冷たい剣の感触が首から伝わる。それをしていたのは、ほかでもない。ロード=リッツァー。
「お前はっ・・・」
目の前にいるロードに気付いた<クリス>が声を上げようとするが、ロードは剣に力を入れ、彼を黙らせる。そのままで、ロードは町長に言った。
「町長。こんな男を相手にしていても、つまらないでしょう?女を用意させましょうか?」
「ふんっ。生憎だったな。私は女に興味はないんでな」
酔った町長は、つい本心を口走っていた。酒場にいる人々は動揺を隠せない。ロードは笑いをかみ締め、さらに言う。
「町長。この男の処分はわたくしがいたします。町長はごゆっくり、お楽しみくださいませ。誰か若い者を連れてまいりましょうか?」
「そうだのぉ〜。ブロンドで碧眼がいいのぉ〜」
「はっ。かしこまりました」
酒場が一段と騒がしくなる。ブロンドの男たちは一斉に町長の周りから逃げていった。何も分からない町長は一人で酒をあおっている。
「お〜〜い!ビールだ!ビール!!男も連れて来い〜〜!ひゃっひゃっひゃ」
叫ぶ町長に、ロードはフッと笑い、<クリス>に目配せをする。<クリス>もそれに瞳を閉じて応じた。
「では」
言うと、ロードは<クリス>に剣を突きつけたままで、店を後にした。(明日の新聞が楽しみだな)と思いながら。
「また助けられたな」
ブロンドの青年が口を開いた。
ここは、先程とは別の酒場。同じ西部にあっても、こちらは中心から離れているためか、あまり客は入っていない。ロードたちを入れても10人程しかいなかった。
青年の礼の言葉に、ロードは肩をすくめてみせ、
「店の主人に頼まれただけだ。そしたら、またあんただった。それだけだよ」
「商売だもんな」
言い青年は微笑む。ロードはジョッキを空にすると、目の前に座っている青年に尋ねた。
「あんた、名前は?確か<クリス>って呼ばれてたよな?」
「ああ。クリスだ。・・・クリス=ガーディン。ロード・・だっけ?」
「そ。ロード=リッツァー」
言い、二人は再び握手をする。手を握り、ロードは思った。
(剣士がこんなに柔らかい手をしてるなんて・・・まだ見習いってことか?)
近くに来たウェイトレスに二杯目のビールを頼み、ロードは口を開く。
「なぁ。お前って喧嘩っ早いだろ」
「そうでもない思うけど・・」
やや苦笑しクリスは答える。「この町が合ってないだけかもな」言うとビールを一口。ロードは「ふぅん」と相槌をうつしかなかった。と、やおら、クリスがロードの目の前に金貨6枚を置いた。
驚くロードにクリスは
「商売だろ?助けてもらったし」
と、真顔で訊く。ロードは別にクリスから報酬をもらうつもりは無かった。首を振り、ブロンドの青年に口を開く。
「もう報酬もらってるし、あんたから取るつもりはねぇよ」
「でも、俺の気が・・」
言うと、クリスはロードの手にそれを握らせた。ロードは小さくため息をつくと、目の前にいる若者を上目遣いで見つめ、
「クリス・・・お前って金持ちだろ・・」
「そうかな?」
小首をかしげ、クリスは平然と言い放つ。
「普通じゃないかな」
その言葉に、ロードは思わず呻いていた。一日に金貨12枚も使う人間が『普通』ならば、ロードは一体なんだというのか・・・。答えはあまりにも容易に出た。
「貧乏・・・なのか?」
恐る恐る尋ねるクリスに、ロードは頬杖をつき、プイと横を向く。その反応がおもしろかったのか、クリスは笑いをかみ殺して言った。
「俺はレッドっていう子供と旅をしてるんだが・・・世の中には倒すと宝石になるモンスターがいるぞ」
「マジっ?!」
クリスの言葉に、半ば反射的に顔を上げるロード。クリスはあわてて付け足した。
「いや、なんと言うか・・・。モンスターの中には宝石と分からずにそれを食べてるヤツがいるんだ。だから、宝石になるっていう言い方は違うかもしれないけど・・・。どうする?俺たちと一緒に行くか?長いたびになりそうだが・・。」
「そう・・・だな」
(この町にいても、ブラブラと毎日を過ごすだけだったし、たまには外に出てみるか。体も鈍っちまうし)
ロードは決心した。
「おっし!よろしくな」