逃亡 2
「いたぞー!!」
「こっちだー!!」
まだ夜の明けきらぬローズ城は騒然としていた。
ロードも今や愛用の長剣を左手に握り締めている。クリスは先程ロードが倒した兵士から剣を拝借していた。
赤いカーペットの廊下をロードとクリス、そして数十人の兵士が猛スピードで駆けて行く。
「・・・まったく」
ロードは隣を走るクリスに愚痴た。
「何であの場面でアレ使ったんだよ?!」
「仕方ないでしょ?!咄嗟のことだったんだからっ!」
「咄嗟でアレは無ぇだろーがっ!!」
頬を膨らますクリスの脳裏に先程のことが浮かび上がる。
宝物庫の隠し階段から出た二人は、丁度見回りに来ていた兵士と鉢合わせしてしまったのだ。兵士にしてみれば突然壁から現れたように見えたであろう。ロードもクリスもその兵士もしばし固まっていたのだが、真っ先に動いたのがクリスだった。そして、唱えた魔法が――
「『振動魔法』」
「おまっ・・・・!!それっ・・・・」
気付いたロードが止めようとするも、すでに魔法は完成している。彼女の両手に光が集まり、それは塊となってポカンとしている兵士の足元へ繰り出された。
ごおぉぉぉん・・・・・
「あ〜〜〜〜〜ぁ〜〜〜〜」
足元の床をぶち抜かれ、落ちていく兵士の情け無い悲鳴と、城全体を揺るがすほどの爆音。
かくて、ロードとクリスは目を覚ました兵士たちに追い掛け回される羽目になったのである。
(私だって、『振動』をするつもりじゃなかったのよ・・・。突然でびっくりして・・・)
床に穴を開けた後、ロードとクリスもそこから2階へと降りていた。もちろん、落ちた兵士はその場で気絶していたが――。
キンッ
剣と剣の交わる音でクリスは我に返される。見ると、いつの間にかロードと青い鎧の兵士が剣を交えていた。
「何、ぼさっとしてんだっ!」
「ごめん・・・つい・・・」
「っとに!いつまでも、うじうじしてんじゃねーよ!」
言いながらもロードは兵士の剣をぐいっと押し返した。力負けし、たたらを踏む兵士の腹にロードは膝を入れる。小さく呻き、前のめりになった兵士の横をロードとクリスは駆け抜けた。
「ほら」
差し出された右手を何のためらいも無くクリスは握り返すと同時に、剣を持つ右手をそのまま壁につけた。
「何するんだ?」
不思議そうにクリスを見るロードに、彼女はウインクを送ると口の中で唱えていた呪文を解き放った。
「『氷結魔法』」
彼女の右手から壁を伝い、天井へと氷が網の目のように走っていく。そして、氷の刃は天井から真下へと落ちた。ビキビキと音を立て、床と天井とを氷の矢がつなぐ。それはまるで後ろから来る追っ手を阻むバリケードのような形になった。
ぽかんと口を開けているロードを見上げ、
「これで少しは楽になるんじゃない?」
と、にっこり笑ってみせるクリス。ロードは氷の壁からクリスに視線を戻し、いつものように口の端をニッと上げた。
「ほんとに・・・たいした姫さんだぜ」
1階の長く続く廊下には何人もの武装した兵士たちがいた。鎧の色はそれぞれで、もはやその区別は無いといってもいい。2階の廊下とは違いこちらは広いため、ロードたちは取り囲まれていた。
ドグッ
ロードの剣の柄がクリスに近寄ってきた兵士の背中を突いた。うっと呻き、その男は倒れる。
「でぇぇいっ!!」
自分の力量も分からない緑の鎧の兵士がロードに切りかかってくる。ロードはそれを返す刀で彼の剣を弾き飛ばすと、がら空きになった腹に右の拳を入れた。
兵士二人が倒れたことで、正面玄関までの道が開けた。
「クリス!」
走りながら、ロードはクリスを促す。そして彼女は用意していたモノを解き放った。
「『振動魔法』」
両手から放たれた衝撃の塊は、分厚い扉へと一直線に進み、やがて大きな爆発音となって返ってきた。
どごぉぉぉん・・・・
爆風がロードやクリスの髪を逆立てる。その衝撃を知ってるものならばいざ知らず、知らない兵士たちは爆音と爆風でてんやわんやの状態である。
立ち込める煙の中を二人は駆け抜ける。扉とその周りの壁までもをぶち抜いた張本人に、ロードは走りながら口を開いた。
「だからっ!やり過ぎだって!」
「ダイジョーブよ。これくらいじゃ壊れないから」
ロードの忠告も当の本人はどこ吹く風。彼女の額を軽くコツンと叩くと、彼女は頬を膨らませた。その仕草が可愛くて、ロードは口の端を上げた。
城を出ると庭園が広がっている。中央の噴水が昇り始めた朝陽に反射して美しい。しかし、そんな気持ちは一瞬にしてどこかへ吹き飛んでしまった。
城門前で数十人の兵士が剣を構えていた。中央に立っているのは白い鎧の中年の男。その立ち方と剣の構え方でロードはピンと来た。
「・・・あんた、夜襲の?」
「・・・よく分かったな」
口元をほころばせたかと思うと、その男はロードに切りかかって来た。
ギギンッ
頭上でそれを受け止め、ロードはそのままの体勢でクリスに言う。
「お前は周りのヤツをなんとかしろっ!いいな?!」
「分かった!」
クリスが大きく頷くのを確認すると、ロードはその男の腹を蹴り、間合いを取った。男はニヤリと笑う。
「流石だな。ハーグ王のお気に入りだというのはあながち嘘ではないようだ・・・」
「そりゃどーも。あんたは、ここの騎士団長かなんかか?」
「・・・そんなとこだ」
言うとロードとの間を一気に詰め、黒刀を振るう。それをロードは身体を反らして避け、男の左わき腹めがけ剣を繰り出した。しかし、それも難なく受け止められる。
「あの夜のようにはいかんぞ」
「・・・みてぇだな」
ロードがニヤリと笑ったそのとき、クリスの魔法が炸裂した。
「『火炎魔法』」
炎の鞭がロードたちのほうへ走りよってくる兵士の前でうなる。
「うわわっ・・!!」
兵士たちは突然現れた炎の壁にたまらずたたらを踏んだ。庭園が炎の海に変わるのを、ロードは視界の端で捕らえていた。
「はっ!!」
気を吐き、ロードは剣を下からすくい上げた。男は身体を沈めて避け、右の黒刀を振るう。それをロードは右手の盾で防いだ。がんっと鈍い音がクリスの耳まで届いた。
「ロード!!」
「ダイジョーブだ!!」
盾を横に振ることで、ロードは男のバランスを崩すと、すかさずわき腹に蹴りを入れた。
「ぐっ・・」
小さく呻くと男は慌てて体勢を整え、剣を構え直した。そして一回りほど年の差のあるロードを見下ろす。
「・・・・なぜ切らなかった?」
「俺は人殺しじゃない」
剣を構えたまま、ロードは静かに言う。
「人を殺しても、誰の得にもならない。・・・だろ?」
「甘いな」
「・・・かもな」
男はフッと笑うと黒刀を鞘に収めた。ロードは驚いて目を見開く。
「俺も甘いかもな。・・・ま、姫の<魔法>を食らいたくは無いってのが本音かもしれんがな」
男の言葉でようやくロードは理解した。揺らめく炎の中、険しい顔をしたクリスが両手をロードたちに向けて立っていた。口の端を上げ、ロードも肩の力を抜く。
「それは正解だな」
戦闘態勢が崩れたのを見届けるとクリスはその手を下ろした。そして、騎士団長を見つめきっぱりと言う。
「ジェイコブ!ロードを傷つけたらどうなるか分かってるわよね?!」
「はいはい。承知してますよ」
ジェイコブと呼ばれた騎士団長は肩をすくめた。
「こっちがやられそうだったってのに・・・まったく姫様ときたら・・・」
「何か言った?」
再び手をかざすクリスにジェイコブは首を大きく左右に振った。
「いえいえ。ロード殿はお強いですね、と申したまでです」
ロードが喉の奥で笑っている。つられ、ジェイコブも声を出して笑った。遠巻きに見ているクリスや炎の向こうの兵士たちにはどうして二人が笑っているのかさっぱり分からない。
「ちょっと!!」
つかつかとロードに近寄り、クリスはやや怒った顔をしてロードを睨んだ。
「何を笑ってるのよ?!」
「いや、別に。なぁ?」
「クックック・・・。いえ、別に姫様を笑ってるんじゃありませんぞ。・・・クックック」
言うと再びジェイコブは笑い出す。クリスは膨れっ面をした。
「もぉ〜!ジェイコブって昔っから意地悪なんだからっ!だからお嫁さんももらえないのよ!!」
「ぐっ・・・・。姫様、それはちょっとひどいのでは・・・?」
クリスに言い当てられ、ジェイコブは呻いた。大袈裟にため息をつくと、炎で揺らぐ庭園を眺める。
「姫様。これ・・・どうするおつもりですか?」
「どうするって、ちゃんと消火するわよ。もちろん」
にっこりと笑うクリスに、やや危険な香りを感じ、ロードは彼女から一歩退いた。同じくジェイコブも彼女から数歩離れる。そして、
「『水流魔法』」
クリスの足元から水が湧き立ち、それは蒼い水龍となって炎の壁に突進していく。
「うわわっ!!!」
「ぎゃ〜〜!!助けてくれ〜〜!!」
炎の向こうにいる兵士たちが命乞いをしているのが、ロードの耳にも入ってくる。殺傷能力はさほど無い<魔法>を見て、ロードはフッと口元を緩めた。
(俺もコレ、前にやられたからな)
水の竜は壁にあたると水蒸気を発しながら兵士ごと炎を飲み込んだ。城門をくぐり、ロードが上ってきた坂をスピードを増して下っていく。兵士たちにしてみれば、流されていくと言った方がいいのかもしれないが・・・。
炎の海から、今度は水浸しになった庭園を見て、クリスは両手をパンパンと叩きながら言った。
「ほら、ね。ちゃんと消したでしょ?」
「・・・・そうですね、姫様」
大きくため息をつくジェイコブに、ロードはその肩を叩きながらぽつりと一言。
「・・・後片付け、よろしくな」
再び、ジェイコブはため息をついたのだった。
次でとうとう最後です。
もうちょっとだけロードとクリスにお付き合いくださいね。




