潜入 2
ここは少し大人な表現があります。
ご了承ください。
少し窮屈な鎧に身を包んだロードは、後ろ手に扉を閉めた。この鎧には兜もセットであるようで、倒れた兵士が座っていた椅子の横にそれが置いてあったのだ。ロードは迷うことなく、兜も拝借していた。その方がばれる確率はぐんと低くなる。
(この格好なら、一気にクリスのとこまで行けるな・・・)
クリスの部屋はこの螺旋階段を登った先の3階に位置している。
南を正門にするよう建てられたローズ城は、左の塔を<西の塔>、右の塔を<東の塔>と名付けられていた。クリスが囚人を脱獄させた<見張り塔>は<東の塔>の斜め後ろに位置している。兵舎は<西の塔>の後ろ―北側―にあった。
音も無く階段を登る。ふと、自分の影に気付き、ロードは窓から夜空を仰いだ。薄雲は未だ残ってはいるものの、少し欠けた満月が少しだけ顔を出している。
2階に目をやると、ロードと同じ青い鎧に身を包んだ兵士が廊下をうろうろしているのが分かった。この階には全部で20部屋ほどある。そのどれもに人間がいるのかはロードには分からないが、改めて規模の大きさにロードは舌を巻いた。
(この城って・・・一体どれくらい人間がいるんだ?兵士だけでも・・・50はいるのか?)
と、考えていると、ロードのほうに向かって廊下を歩いてきた鎧の兵士と目が合ったような気がした。思わず片手を上げて挨拶をすると、兵士は立ち止まり敬礼をする。どうやら、ロードのほうが位が上だとでも思ったのだろう。その兵士は踵を鳴らし、方向転換して見回りを続けた。
2階を通り過ぎ、ロードは再び螺旋階段を登る。その壁には王族の歴史とでもいうべきか、写真がたくさん飾られていた。
歴代の王の肖像画、今のビゼルト王とリディア王妃。クリスの母のものが無いのは今の王妃を思ってのことだろう。そして、クリスのもの――。幼い王女が庭園の花をバックに笑っていた。しかし成長するにつれ、その笑顔は凍りついていく。特に家族そろってのものはまるで人形のように無表情に描かれていた。
「囚われのお姫様って感じだな・・・・」
そっと絵の中の彼女に触れる。早く本物の彼女に触れたかった。兜の中で口元を緩めつつ、ロードは階段を一段ずつ登っていく。すると、白い鎧の兵士が部屋の前で立っているのが見えた。兜はかぶってはいない。おそらくここがクリスの部屋だろう。各部屋の前に一人の兵士が配置されているのかもしれない。そうなると、ロードにとってはかなり面倒なことになりそうだった。
(なるようになる・・・かな)
小さく息を吐き、ロードは階段を一気に登ると、目の前の白い鎧の兵士に敬礼をした。
「お疲れのところ申し訳ございません。隊長がお呼びでございます。至急、お越しください」
「なに?!ロバート隊長が?しかし持ち場を離れるなとおっしゃっていたはず・・・・」
やや考えるそぶりを見せる頬のこけた男。年は30半ばくらいだろうか。ちらりと3階の廊下を見ると、ロードが予想していた通り、各部屋の前に兵士が配置されていた。クリスの部屋はこの階の一番奥―南西―にあるため、階段さえ気を付けておけば問題は無いようであった。
「王女のことでお伝えしたい旨があるそうですが・・・」
「そうか・・・」
兵士はしばし考え、ちらりとクリスの部屋の扉を見た。
「よし。では行こう。王女も今は静かにしてくださっているからな」
言い、一歩踏み出したその時――
パーン
乾いた音が夜の空気を振るわせた。
「何だっ?!」
「何事だっ?!」
廊下の白い兵士たちが一斉に色めき立つ。ロードの傍にいた兵士もその一人であった。不思議な音に「何だっ?!」と首をキョロキョロさせる。ロードは兜の下で口の端をニッと上げた。
「階下のほうで音がしたようですよ」
「本当かっ!!」
兵士はロードを押しのけ、階段を降りようと一歩踏み出し――
「ぐっ・・・」
くぐもった呻き声だけを残し、兵士はゆっくりとロードの胸に倒れ込んだ。階段の手すりの影に引っ張り、そこで鎧を脱がす。廊下からはちょうど見えない位置である。しかも先程の音のせいで、今は収拾が付かなくなっている。
ロードは青から白の鎧に着替え、何事も無かったかのようにクリスの部屋の前に立った。すると、慌てた様子の兵士が二人、ロードの下に駆けつけた。
「おいっ!お前、さっきの音を聞いたか?!」
「はい。パーンという音のことでしょう?」
ロードは済ました顔で頷く。兵士はそんなロードに少し苛立ちながら、指示を出した。
「ここは良いから、早く見て来いっ!」
言いつつも、その兵士はロードをまじまじと見つめ、こんなことを口にした。
「・・・ところで、お前、いつからこの部隊に入っ――」
言いかけ、その兵士は煙が上がっているのを見つけた。場所は城門前。ロードたちのいる3階からは庭園とその城門が良く見えた。
「煙だー!!何か燃えてるぞ!!」
兵士の言葉に、廊下にいた他の兵士たちも近くの窓からそれを確認する。そして、慌てて階下へと降りていってしまった。
「くそっ。門番は何をやってるんだっ?!」
毒つき、ロードに指図していた兵士も身を翻した。そこに、ロードは言葉を投げる。
「王女の様子が心配です。私はここに残って警護にあたります」
階段のステップに足を出しながら、一人の兵士がロードを見上げた。そして、「そうだな」と頷くと腰から鍵の束を出し、ロードに投げてよこした。
「王や王妃の様子も頼む。あと2人ほどこっちに回すから、しばらく待っててくれ。それから――」
兵士は続けた。
「お前、半年ほど前に入ったキーンだよな?」
「はい」
大きく頷くロードに、兵士も頷きで返し、そして――
3階の廊下にはロードの他には誰もいなくなった。
カチャリと音を立て、小さな銀の南京錠が外れた。
扉をそっと押し開ける。
ほのかなオレンジの明かりに照らされ、絹の夜着に身を包んだクリスはベッドに腰掛けていた。窓から庭園をぼんやりと眺めている。
この時間に起きていることを予想していなかったロードは、思いがけない光景と目の前にクリスがいるという興奮とで、しばし言葉が出てこなかった。
「・・・なに?」
クリスの冷ややかな声でロードは我に帰った。扉を閉めることも忘れていたため、慌てて後ろ手にそれを閉める。クリスは外を見つめたまま、ロードが今まで聞いたこともないような冷たい口調で続けた。
「まだ夜明け前でしょ。こんな時間に、こんな所へ来てどういうつもりなの?」
ロードはすぐに彼女を抱きしめたいのを懸命に堪え、小さく息を吐くと、ぽつりと言った。
「・・・さぁね」
その一言で、クリスは弾かれたように振り向き立ち上がった。そして次の瞬間には、その広く逞しい胸に飛び込んでいた。
「ロード!!」
「クリス!」
お互いに自分が最も愛している人物の名を呼ぶ。そして当たり前のことのように、唇を重ねた。
何度も何度も。互いの存在を確かめるかのように――。
薄暗いためか、クリスはロードのされるがままになっていた。
「・・・クリス」
ロードは囁き、彼女の短い髪の毛をくしゃくしゃに撫で回す。彼女の柔らかな身体の感触と、絹の手触りがロードの理性をどこかへ吹き飛ばした。唇を彼女の首筋に這わし、左手で器用に夜着のボタンを外していく。
「ちょ・・・ロード」
はだけた胸元を隠そうとするクリスだったが、ロードの口づけがそれよりも早かった。熱い息がクリスの口から漏れる。
ロードはクリスを抱き上げると、ベッドにゆっくりと下ろした。そして、自分もその上に重なり――
「う〜〜ん・・・ロード・・・・重いし・・・・痛い・・・・」
キスをしようと迫ったロードに、クリスが死にそうな声を出した。慌ててロードは手を突き、身体を持ち上げる。クリスは大きく息を吸いながら言った。
「・・・私をぺちゃんこにする気?」
「わ・・・悪い。鎧着てるのすっかり忘れてた・・・」
恥ずかしそうに笑うと、クリスの額に軽くキスをし、ロードは身を起こした。クリスもはだけた夜着を胸の前で合わせ、ロードの横に座る。ロードは隣の色っぽい女性を見て、口の端を上げた。
「・・・気持ちよかっただろ?」
「んなっ・・・・・!!!なななにを言ってんのよっ!!」
思い切り動揺し、クリスは真っ赤になりながら夜着をぎゅっとかきあわせ、胸を隠した。その様子にロードは再び意地悪い笑みを浮かべる。
「ま、お楽しみは後でとっとくか。な、お姫様」
「んもうっ!ほんとに意地悪なんだからっ!」
ぺしっと白い鎧の胸を叩き、クリスは怒る。確かに今はそんなことをしてる場合ではなかった。視線をロードから窓の外にやると、兵士たちが城門前に集まり何やら騒いでいる。ロードはそれを見て、「バレたかな?」とまるで他人事のように言った。呆れ顔でクリスは隣の男を見上げる。
「もしかして・・・・もしかしなくても、あの音って・・・ロード?」
「あれ?気付いてなかったのか?そうだよ」
ロードはあっけらかんと言い、黒い金袋から<リュッケ>という花の種を取り出した。
「レッド直伝の子供だまし。音と煙のみの効果だけどな。結構うまくいったろ?」
「まぁね。この階の警備兵はみんな出払っちゃったみたいね」
クスリと笑い、クリスはロードの鎧姿をまじまじと見つめた。皮の鎧も似合っていたが、城の騎士団の鎧も様になっている。彼女の視線に気付き、ロードは「どした?」と首を傾げた。
「別に。白い鎧も似合ってるなって・・・思っただけよ」
ロードはクリスをまっすぐ見つめた。深いブラウンの瞳が優しく輝いている。クリスは見つめられ、頬が赤くなるのを感じた。
「な・・・何よ」
「やっぱ・・・」
ロードは髪をかき上げた。
「ちょっと味見」
言うや、クリスを再び押し倒す。
「ちょっ・・・ちょっとロード!!!ダメってば〜!!」
鎧が肌に当たって冷たいのと重いのと、ロードの手が直に肌に触れるのを同時に感じながら、混乱した頭でクリスが考えたこと、それは・・・・
「バカーー!!」
パーン
再び、乾いた音が響き渡り、ロードの頬にはくっきりとクリスの手形が張り付いた。




