潜入 1
薄曇りの夜空に、月がその向こうで淡く輝いている。
星は全く見えない。潜入するには、もってこいの暗闇だった。
ロードは丈の高い草の陰に隠れ、門番二人の様子を伺っていた。彼らは濃い緑の鎧に身を包み、眠たそうに目を擦ったり、欠伸をかみ殺したりしている。兵士それぞれの右手には、長い槍があった。
(さて・・・と)
どうしようかと身を潜めながら考えていると、誰かが近づいてくる気配がする。その人物は、ロードが隠れている横を通り過ぎ、門番二人の前まで行った。槍がかしゃんと音を立てる。
「こんな夜分遅くに、何の用だ?」
門番の一人が険しい声を出すが、視線はそうは物語ってはいない。その人物を上から下まで、まるで嘗め回すかのようにじっくりと見定めている。
その人物が形の良い、ぷっくりとした唇を開いた。
「なんの用って、そりゃ分かってるでしょう?兵士さん」
黒髪は今日はサイドでまとめられ、後れ毛を垂らしている。いつものように、ドレスは肩と胸をこれでもかと開き、色気をむんむんと立ち上らせていた。
ベルは一人の兵士の鎧の紋章を、ロードにしたように指でつつつ・・・となぞった。
「ねぇ。兵士さん。今日って真っ暗だから・・・・誰にも見られないと思うんだけどな・・・」
濡れた瞳で下から見つめられ、門番はごくりと生唾を飲み込んだ。もう一人の門番も、ベルの色香にすっかり惑わされている。
「・・・ちょっと、こっちに来ない?」
まるで魔法にかけられているかのように、一人の門番がベルにつられてロードとは逆方向の草むらへと入って行った。それを羨ましそうに見つめるもう一人の門番。そして、
どぐっ
後ろに回ったロードは、その門番の首筋に手刀を入れていた。悲鳴も無く、その男は倒れる。男の身体をを茂みに隠し、ロードはベルのほうへ音を殺して近づいた。門番はすでに鎧を脱ぎ捨て、ベルに覆いかぶさっている。その男の肩に、ロードはぽんと左手を置いた。
「!!」
声にならない悲鳴とともに、門番は振り向き、そして――昏倒した。
倒れた門番の下からベルを救出すると、ロードは困ったような顔を彼女に向けた。
「・・・手伝って欲しいって、俺が言ったか?」
「あら。これは金貨6枚のサービスよ。王子様」
艶っぽく笑うと、ベルはドレスの汚れを払って立ち上がった。ロードは「しょうがねぇな」と頭を掻きつつも、門番の脱ぎ散らかした鎧を身に着けていく。愛用の長剣は右腰に差したままで、右手に槍を持つ。
「お前はここまでだからな。俺の鎧と盾・・・機会があったら取りに行くから」
「その時はお姫様も一緒なんでしょ?首を長くしてお待ちしておりますわ」
「っとに・・・」
苦笑し、ロードはベルに防具を手渡した。ずっしりとした重みがベルの両手に伝わる。
「・・・気をつけてね」
「ああ。ありがと」
片手を上げ、ロードは堂々と城門を潜り、美しくライトアップされた庭園を縦断して行った。
すると、城のほうから青い鎧の男が近づいてきた。一瞬、どきっとするロードであったが、今やそのロード自身もこのローズ城の鎧に身を包んでいる。ましてや、下っ端の兵士の顔なぞ誰が覚えているだろうか。
ロードは何食わぬ顔で「お疲れ様です」と、すれ違いざまに挨拶をした。青い鎧の男は「うむ」と頷き、ぼんやりと光っている雲を見上げる。
「本当に、お疲れ様だよ。昼間はセーラ姫やピート様の見張り、夜間は城の見回り。やっと国民が静かになったと思ったら、もうすぐ結婚式だろう?急すぎて、俺にはもうついていけないよ」
「本当ですよね、王女もお可哀相に・・・」
相手の愚痴に合わせ、ロードも頷く。青い鎧の男はちらりとロードを見ると、
「もう、交代の時間か?俺も早く見回りしないと・・・。じゃあ、お互い頑張ろうな!」
言うと、小走りに庭園を横断していく。
ロードはその後ろ姿を見送ると、小さく息を吐いた。そして城を仰ぐ。この3階にクリスがいる。彼女はロードを待ってるに違いなかった。
「すぐに行くからな・・・」
小さく呟くと、ロードは真っ直ぐに城の正面の扉へと近づいていった。
そこにも同じように深い緑色の鎧に身を包んだ兵士が立っていた。門番とは違い、手に槍は持ってはいない。
ロードは何気なく片手を上げて声を掛けた。
「おう。お疲れ」
「お疲れ。お前か?最近入ってきたってやつは」
その兵士はロードを見るなり口を開いた。顔を隠してはいないため、ロードは一瞬、身体を強張らせる。
兵士は続けた。
「お前も大変なときに入隊したよな。セーラ姫が女王になればいいものの・・・次期王はピート様だぜ?俺はそうなったら、故郷にでも帰ろうかな」
からからと笑う兵士。ピートはどうやら、兵士たちの間でも不評のようだった。ロードも口の端を上げる。
「俺は専らセーラ姫のファンなんだよ」
「やっぱ、その口か!だろう思ったよ」
その兵士は大きく笑いながら、正面の扉を少し開けた。そして、ロードに「ほら」と促す。
「交代だろ?休憩しないのか?」
「ああ・・・そのつもりだけど」
ロードは言うと正面扉の隙間から身体を滑り込ませた。一歩城の中に入ると、そこはまるで別世界のようだった。ハーグの治めるセージ城を質素に感じてしまう。
ロードの目の前には深紅のカーペットに敷き詰められた広い空間が現れていた。室内にも関わらず、中央には今は水が出ていない噴水が置かれている。そして、左右には細かな装飾の手すりのついた螺旋階段があった。
それは、ロードを軸にして左右対称に設置されていた。
「場所、分かるか?」
いきなり声を掛けられ、ロードは我に帰った。そして小さく首を振る。親切な兵士はニッと笑うと指をさした。
「ほら、あの左側の2番目の部屋。あそこが仮眠室兼休憩所。一応、女を連れ込むのは禁止になってるが・・・ま、それは時と場合によるかな」
城の裏事情まで知らされ、ロードは小さく笑った。これを知ったらクリスはどう思うだろうか。想像しただけでもロードはおもしろかった。
「さんきゅ。んじゃ、ちょっと休んでくるよ」
ばたんと正面の扉が閉められ、改めてロードは城を見回した。奥に木製の扉があったが、おそらく裏へと通じるものだろう。本来なら見回りの兵士はそこから出入りするのかもしれない。
(いいヤツで助かったな)
お人好しの兵士に教えてもらった通り、左から2番目の扉をロードはそっと押してみた。それは音も無く開き、ロードは少しの隙間から部屋の中を窺う。
そこには三人の兵士がいた。一人は小さなベッドで仮眠中。一人は青い鎧に身を包み、コーヒーを飲みながら何か読んでいる。もう一人は緑の鎧の人物で夜食を食べていた。
(・・・いけるな)
思うと同時、ロードは左手で扉を軽くノックし、「失礼します」と入っていく。
中にいた二人は入ってきたロードをちらりと見て、そして再びもとの場所に視線を戻した。扉を閉めるとロードは「お疲れ様です」と言いながら、青い鎧の兵士と緑色の兵士の間の椅子に腰を下ろした。夜食のシチューを食べている緑の兵士がロードと目が合った、瞬間――
どんっ
ロードの手刀がその兵士の首に入っていた。かちゃりとスプーンが床に落ちる。慌てて、青い鎧の男が剣を抜こうとするも、ロードの回し蹴りがその男の顔面に炸裂した。倒れる寸前に、ロードはその男の腕をひっぱって派手な音がするのを防ぐのも忘れない。眠っている兵士を見ると、気持ちのよさそうに眠りこけている。
ロードは口の端を持ち上げた。
「楽勝」
緑色の鎧を脱ぎ捨て、ロードは青い鎧に袖を通していった。
もうすぐ終わりです!!
ラスト5話!!!(最後あっけないかな?)
最後までお付き合いくださいね♪