奪還 3
「はい、これ」
ベルに城の見取り図を渡され、ロードは内心飛び上がって喜びたいのを必死に抑えた。
もうすでに日付は変わっている。ベルの家で落ちあうことに決めていたロードはそれまで宿で待機していたのだが、待ってる間はずっと落ち着かなかった。
「さんきゅ。さすがだな」
「ま、あたしにかかればイチコロよ」
フフフと笑い、ベルは果実酒を口に含んだ。今は普段着ではなく、商売用のドレスに身を包んでいる。大きく開いた肩や胸を目の前にしても、ロードは今は何の気持ちも沸かなかった。
ベルは熱心に見取り図を見ているロードをつまらなさそうに見守りながら、少し乱れた髪型を直した。
「兵士さんが言ってたんだけど、城の兵士には3つの階級があって、それぞれ鎧も違うんだって。門番や外回りと、1階2階の兵士。あとは王室や王女の護衛兵」
「3段階ってことか・・・。ま、なんとかなるって」
見取り図から顔を上げ、ロードはニッと笑った。地図で見る限り、王女の部屋は城の南西の角部屋だった。やはり、一筋縄ではいかないようだ。
「んじゃ、やってみっか」
「ちょっと待ってよ」
大きく伸びをし、立ち上がりかけたロードにベルは待ったをかけた。ロードは腰を半分浮かせて彼女を見る。
「法律が改正されないと意味がないんじゃないの?おそらく明日・・・あら?もう今日かしら?」
「あ・・・そっか」
窓の外は漆黒の闇。町外れにあるため、酒場などの灯りも入ってはこない。
ロードは頭を掻き、座りなおした。ベルはそれをみて微笑む。
「ほんとに、彼女が大切なのね」
「・・・まぁな・・・」
ロードはベルに作ってもらっていた果実酒を飲んだ。甘酸っぱい味が口の中に広がる。窓の外に目をやったままで、ロードはぽつりとこぼした。
「・・・助けてやらなきゃ・・・」
「ふぅ〜ん」
ベルは頬杖をついた。目が笑っている。
「なんか、あんた大人になったって感じ」
ロードは視線を目の前に座っている女性に戻した。驚きで目を丸くする。
「・・・なんだよ、今更」
「ほんとよ。何か頼りがいがあるって言うかさ・・・・」
ベルは立ち上がると棚から小さな小箱を出してきた。そこには夜の相手からもらった品々が収められている。その中から、彼女は小さな星の形のブレスレットを取り出した。それをロードに見せる。
「前は・・・こんなものをくれる仲だったのに・・・・」
目の前に置かれたブレスレットを見て、ロードは記憶の糸を手繰った。どうやら、彼女に送ったものらしいが、一向に記憶が無い。
(・・・あげたっけ?つーか、いちいち相手とか覚えてねーよ・・・。そういや、クリスには何も買ってやってないな・・・。何か欲しいものってあるのかな・・・?でもあいつ、超金持ちだからな・・・。欲しいものなんて――)
「ちょっと〜?もしも〜し?」
ロードが物思いにふけってしまったのを見て、ベルは彼の顔を覗き込んだ。そして、大きくため息をつく。
「もう!どうせ、覚えてないんでしょ?あんたは見境い無いもんね」
「その言い方やめろって」
苦笑し、ロードは椅子から腰を浮かせた。いつまでもここにいるわけにはいかない。「行くの?」と問う彼女に、ロードは頷いた。
「城に潜り込むなら真夜中がいいわよ。・・・頑張ってね」
「ああ」
ベルの横を通ると、クリスのものとは違うほのかに甘い香りがした。扉の取っ手に手を掛けたロードの背中に、再びベルの声が飛ぶ。
「・・・王女様が羨ましい。あたしも誰かにそんな風に愛されたいな・・・」
ロードはゆっくりと振り向いた。ベルは複雑な表情を浮かべロードを見ている。扉を押し開けながら、ロードは言った。
「叶うといいな」
「・・・ありがと。気をつけてね」
彼女の言葉にロードは手を上げると、その家から出て行った。
宿屋<シャイン>でロードは眠れぬ夜を過ごした。明け方近くになるにつれ、どう潜入するかを地図を広げて何度も確認した。
例の法律はこの日の正午に改正された。以前の法律―『犯罪を犯した者は、その罪によって処罰される』―に変わっていた。一般的な国の法律といえるだろう。これで、スリや窃盗が無くなることは無いが、貧しい国民にとっては『死刑』よりも格段に嬉しいはずである。
城下町の中央広場に張り出された張り紙を見て、ロードはそれを鼻で笑った。そこには法律の改正と共に、セーラ姫の結婚式の日取りが書いてあった。日付は丁度、2日後の正午。
張り紙を見ながら人々が話している。
「セーラ姫もおかわいそうに。母君が亡くなられて、城下町へもあまりお出にならなくなったと思ったら、家出して、連れ戻されて・・・・」
「ほんとに。あんないいお嬢様を王はどう思ってるのかしら?結婚も・・・セーラ姫が望んだことならいいんだけど・・・」
ロードはローズ城を見上げた。薔薇の色の屋根が曇り空にくっきりと映えている。
(・・・クリスは街の人たちに支持されてるんだな・・。だから、余計に――)
クリスの悲壮な顔を思い出し、ロードは唇を噛んだ。
(待ってろよ、クリス)
高ぶる想いと共に、ロードは準備のために再び宿屋へと戻った。そして―――
夜は音も無くやってきた。