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君となら  作者: 中原やや
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奪還 2

 <キルズ国>ローズ城――

 ロードは幾度か訪れたことはあったが、その時はここがクリスの家だとは知らずにいたため、何の感慨も抱かなかった。しかし、今は―

「ここが・・・クリスの・・・」

 小高い丘の上にクリスの住むローズ城がそびえ立っている。薄いクリーム色の外壁に深い紅色の屋根。国旗も薔薇の花をモチーフにしたものだった。

 ロードは馬の背に揺られ、夕闇が迫った城下町を歩いていた。

 途中、モンスターと遭遇することはあったが、倒したのか倒してないままに来たのか、ロードにも分からなかった。なるべく時間の無駄を省きたかったからだ。

 街のあちらこちらで「姫が帰ってこられたそうだ」「ご結婚が決まったらしい」等といったクリスに関する噂が飛び交っている。反乱といったものは、ロードの見る限り今は繰り広げられてはいなかったが、ローズ城に近づいていくにつれ、家屋が壊されていたり、市民たちが作ったであろう張り紙や、斧や槍といった武器が散乱するようになっていた。張り紙の中には王と王妃の顔にバツ印が付いているもの、ドクロマークが付いているもの、さらには処刑されているものまである。

(クリスも、これ見たのかな・・・)

 ロードが家の壁に貼ってある反乱軍のポスターを何気なく見ていると、

「あら?ロードじゃない?」

 声を掛けられ、反射的にロードは声のしたほうに振り返った。

「あ。やっぱり。お久し振り」

 そこには黒髪を上に上げた美しい女性が、買い物籠を手に微笑んで立っていた。馬上からロードは笑みを返す。

「え〜っと・・エ・・べ・・・ベルだっけ?」

「何よぉ、その言い方。あたしのこと忘れてたでしょ?」

 フフと笑うベル。彼女もこの城下町で男を相手に商売をしている女性の一人であった。

 苦笑いをし、ロードは馬から降りる。

「なぁ。ここってもう法律変わった?」

「え?この前、変わったばっかりよ。『犯罪したらみんな死刑』なんだって。ちょっとひどいわよね」

「そっか。まだか・・・」

 思わず舌打ちをするロードに、ベルが首を傾げる。

「いきなりどうしたのよ?」

「ん?ああ・・・ちょっとな・・・」

 言い、ローズ城を見上げるロード。ベルは「ははぁ〜ん」とニヤけた笑みを広げ、

「もしかして、今日帰ってきたセーラ姫とワケ有り・・・とか?」

「・・・・さあね」

 つぶやき、ロードは緩くかぶりを振った。ベルはクスクスと笑っている。

「当たりみたいね。全く、隠し事なんて」

「だぁーら、俺は何にも言って――」

「とにかく」

 ベルは反論するロードの鼻先に人差し指を突きつけ、彼を黙らせた。ロードが静かになったところで、彼女は口を開く。

「とにかく、セーラ姫は今朝、到着したばかり。情報通の友達から聞いたんだけど、何でも結婚が決まったとか。あ、あと法律も変わるようなことも言ってたわ」

 細い顎に手をやり、考える素振りを見せるベルをロードはしげしげと見つめた。細く白い首筋に、ふと視線を移す。

「お前ってさ、今日休み?」

「ん?なぁに?遊んでくれるの?」

 ロードの視線に気付き、ベルは艶めかしい仕草でロードの鎧を指でそっとなぞった。昔のロードならば、すぐに彼女と今晩の宿を探しにいくところだが、今のロードはそんな仕草に引っかかったりはしない。

 口の端を上げると、彼女の手を取る。

「いや、俺じゃなくてさ。ちょっと、城の兵士に取り入ってくれねーか?城に潜り込みてーんだよな」

「やっぱり!王女様とワケ有りなんだ!あんたってもぉ!!」

 呆れ顔で、しかし楽しそうにベルはロードの胸をぺしっと叩いた。ロードは「ちゃんとしたワケがあんだよ」と頭を掻く。そんな彼に、ベルは右手を出してちらつかせた。

「お城の地図でも持ってくれば良いわけ?いつまで?今夜?」

「そんなとこだな。よろしくな」

 ロードは口の端を上げると、彼女の手のひらに金貨6枚を置いた。それを見て彼女の瞳が一際ひときわ輝きを増す。

「任せてよ。王子サマ」





「はぁ・・・」

 クリスはドレスのすそを引きずりながら、城の長い廊下をとぼとぼと歩いていた。

 城に帰ってくるなり、『婚約発表』と式の打ち合わせが続き、つい先程その全てが終わった。式で着るドレスや小物合わせなど、まるで着せ替え人形のような扱いを受け、クリスはくたくたに疲れていた。

「・・・あと3日か・・・」

 3日後の正午にはピートとの結婚式が開かれる。法律は明日撤回するとビゼルトが約束してくれていた。これで、国民の反乱はまぬがれるだろう。しかし――

(あのピートと・・・・)

 へらへらと笑う優男やさおとこの顔を思い出すだけでも、嫌気が走る。うんざりしながら自室に向かっていると、

「今日は楽しかったわ」

 嬉々とした女性の声がわずかに耳に入ってきた。それほど近くないところから聞こえてくる。どうやら、相手は男性のようであった。

 どこから聞こえてくるのだろうと、クリスがきょろきょろしていると、廊下の窓が開いていた。そこから顔を出し、北側の兵舎を見下ろす。暗くてよくは見えないが、その建物の前では若い男性と女性―娼婦のようだった―が熱い口づけを交わしていた。

「約束のものは?」

 言う女に、普段着の兵士は紙包みを渡した。女は素早くそれを受け取ると、再び男にキスをする。

「またね、兵士さん」

 裏門をその兵士に開けてもらい、女は手を振りながら帰っていく。残された若い兵士はその後ろ姿を名残惜しそうに見つめていたが、やがて自分の兵舎へ引き返していった。

(ふぅ〜ん・・・兵士さんたちも非番のときは遊んでるもんなのね)

 3階の廊下から見下ろしていたクリスは、ふと自分が良く知っている男の顔を思い浮かべた。

(まさか、今頃あいつも同じことしてたりして・・・・)

 ロードが嬉しそうにへらへらと笑いながら、売春宿を徘徊はいかいしている姿を想像し、クリスは段々と腹が立ってきた。

(もし、そうだったら承知しないんだからっ!)

 勝手に怒りながら、自室の扉を勢い良く閉めるとドレスのままベッドへ飛び込む。

(ロードのバカ)

 クリスの小さな呟きと涙は、静かに柔らかな枕に吸収されていった。


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