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君となら  作者: 中原やや
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惜別 2

「クリスー!!」

 彼女の名を叫べども、もう戻ってこないのはロードには分かっていた。しかし、心にぽっかりと開いた穴をどう埋めて良いのか分からないのもまた事実であった。

「くそっ・・・クリス・・・」

 がっくりと膝をつき、うな垂れるロード。―と、膝の上に置いた手の甲にぽとりと雫が落ちてきた。左手で頬に触れる。知らぬ間にロードは泣いていた。

 人前で泣くのは初めてだった。それも女のことで。今まで女性には不自由しなかったし、振ったり振られたりもした。それだけの理由で泣くほどロードは弱くは無かった。しかし、今はロードはハーグ王や兵士たちの前で涙を拭おうとはせずに、静かに泣いている。クリスがロードの下からから去った、その為だけに。

「ロード・・・」

 ハーグは席を立ち、崩れ落ちて泣いているロードの傍に行く。そして、ぽんと肩に手を置いた。

「・・・辛いだろうが、こればっかりは国家の問題だ。・・・わかるな?」

「ああ。分かってる。よく分かってるよ」

 かすれる声で言うと、左の手の甲でぐいっと涙を拭った。

「でも、諦めきれねぇよ!こんな形で別れるなんて・・・」

「しかしお前は王女だと知っていたんだろ?知っていても好きになってしまったんだろう?それじゃあ、彼女が城に戻ることくらい――」

「ああ、分かってたさ。城に戻してやるって約束してたしな。・・・それに――」

 ロードはここで言葉を切ると、ほとんど聞き取れないほどの声でつなげた。

「・・・俺じゃ身分が違いすぎる・・・・」

 静まりかえる室内に、ハーグの洩らしたため息がやけに大きく響いた。と、不意にロードが入ってきた扉が開き、ブロンドの旅人が悠然ゆうぜんと入ってきた。その人物に向かってハーグは手を上げる。

「ご苦労だったな、ヴァン」

 その名を聞き、ロードは伏せていた頭を上げた。見ると、アース・ワームに下敷きになっていたというあのヴァン=キースがやってきていた。長めのブロンドに無精ひげ、黒い鎧にマント。出で立ちはロードたちと会ったそのままであった。

「・・・ヴァン、やっぱり――」

 言いかけるロードに笑顔を向け、ヴァンはロードの言葉を遮った。

「さっき、クリスを見かけたよ。ちょっと泣いてるみたいだったけど・・・」

「ああ・・・」

 ロードは立ち上がった。髪をかき上げ、複雑な表情で彼を睨む。

「俺たちをつけてたんだろ?なら、話は分かってるだろーが。ムカつく野郎だぜ」

「そんな言い方しないでよ」

 睨み付けるロードをやんわりとたしなめ、ヴァンは苦笑した。ハーグはロードの肩に再び手を置いてから、王座に戻る。ヴァンはゆっくりとロードに言った。

「確かに、僕はハーグ王に言われてキミ達の後をこっそりつけてた。ハーグ王は<キルズ国>のビゼルト王に頼まれてたらしい。でも、<アイリス>の夜襲の件で王は考えを変えたんだ」

 ロードはハーグを振り仰いだ。王は椅子の肘掛を撫でながら、照れたように言う。

「実の娘に夜襲をかける親なんて、親じゃないと思ったまでさ」

「王!口が過ぎますぞ!」

 かたわらで控えている大臣に注意をされ、ハーグは「いいじゃないか」と軽く笑う。

「そこで、ヴァンに頼んでお前たちの監視を始めたんだが・・・。すでに見破られてたみたいだなぁ」

「アイリス近くの森の中で、偶然会ったんだよ」

 肩をすくめて見せるロード。ヴァンは面目無さそうに王に少し頭を下げた。

「こいつがアース・ワームの下敷きになってるところをクリスが助けたんだ」

「・・・なんとマヌケな」

 大臣の呟きにヴァンはにっこりと微笑む。もしかしたら、下敷きになっていたのも演技かもしれなかったと、ロードはこのときになって初めて思った。

 ハーグは口ひげを撫で、帰ってきたブロンドの剣士に問うた。

「それで、ヴァン。ロードたちを監視しての感想は?」

 王に促され、ヴァンは「はい」と答えて肩膝をついた。腰の剣を右横に置く。

「ロード=リッツァーの実力は十二分に足るもので、なんら差し支えはないかと存じます」

 ハーグは大きく頷いた。

「だろうな。それで、姫のほうは?」

「はい。セーラ姫は心の底から彼を愛しているものと思われます」

「おっ・・・おいっ!」

 他人からそんなことを言われて恥ずかしくならない人はいない。ロードは顔を真っ赤に染めてヴァンとハーグの変なやり取りの間に入っていった。

「なんなんだよっ!さっきから!俺の実力がどうしたって?!クリスの気持ちなんて、本人しかわかんねーだろーが!」

 騒ぐロードとは対照的にハーグは顎に手をやり何やら考えている。ヴァンはというと、一礼をして再び立ち上がり、頬を染めたままでいるロードに視線を送った。

「彼女の気持ちもキミの気持ちも、僕は十分に分かったつもりだよ。キミがそれを否定するのは勝手だけど・・・本当に後悔しないんだね?僕は言ったよね?『大事な彼女なら絶対手放すんじゃないよ』って・・・ほんとにいいのか?」

 ロードは何も言えなかった。

 後悔をしないといえば嘘になる。かといって、国民のために自ら犠牲になると決めた彼女をロードが止めるわけにはいかない。

「・・・俺に・・・どうしろってんだよ・・・」

 ロードは半ば独り言のように言った。

「あいつが決めたことだぜ?俺がそれに反対したって・・・あいつはもう、国民のために腹をくくってる・・・諦め切れねぇけど・・・諦めないと・・・」

「矛盾してるな」

 王はニヤリと笑いロードを見つめた。まだ若い剣士の苦悩をハーグはよく理解していた。ちらりとヴァンと視線を交わすと、王はこんなことを言った。

「俺とセーラ姫の母君とは古い付き合いでね。俺が王に即位した日に初めてお会いしたんだが・・・彼女は今の姫と同じく美しい女性ひとだったよ。騎士団長を務めていた彼女は色々と俺のところに剣術の相談に来てね。その時、彼女はこんなことも言っていた。『自分の娘には好きなように何でもして欲しい』とな」

 ハーグの意図することが分からず、ロードは黙って王の話を聞いている。彼は口の端をニッと上げると、ロードを見つめてはっきりと言った。

「おそらく、リディア王妃は式をこの一週間のうちに断行するだろう。俺の馬で行けば・・・おそらく2,3日でローズ城に着くだろうな。セーラ姫が戻ったことで国の法律も改正されるだろうし・・・。式の前に本人がいなくなったら・・・。さて、どうなるかな?」

「・・・ハーグ・・・・それって・・・」

 驚きで目を見開くロードに、ハーグは笑顔を向けた。

「俺の初恋の女性ひとの娘をみすみす不幸にしたくはないんでな。それに、『例の約束』のこともある。本気なんだろ?彼女のこと」

「・・・ああ」

 ロードは大きく頷いた。王もそれに応じて頷き返す。

「城から彼女を連れ去ったら、故郷にでも帰れ。後は俺がなんとかする」

 この言葉に傍らの大臣は青い顔をした。

「なんとかって・・・・王、それは困りますぞ!」

「・・・・大臣はうるさいな」

 ハーグは眉を寄せ、しかめっ面をした。

「それじゃ、大臣は姫があんなちゃらんぽらんな男と結婚しても良いと言うのか?あんな高慢ちきな王妃だぞ?!」

「国家の問題と申しているんです!好き嫌いの問題ではありません!」

 ヴァンが低く笑っている。ロードもいつの間にか笑っていた。昔となんら変わっていない。ハーグはハーグのままだった。笑っている二人の剣士を見て、王は再び眉を寄せる。

「ほら、大臣。笑いものにされているぞ」

「それは王のほうでございましょう?!」

 王の間にいるほかの兵士たちも笑顔を見せている。

(いつものことなのかな)

 と、ロードが思っていると、ヴァンが近づいてきて皮の袋を差し出した。

「これ、王から」

「・・・何だ?」

「祝い金だよ」

 見ると、袋の中にはぎっしりと金貨が詰まっている。100枚は軽くあるだろうか。

「ちょ・・・。こんなに良いのか?」

「良いんじゃないかな。ですよね?王」

 名を呼ばれ、大臣とまだ言い合いをしていたハーグはヴァンとロードに目をやった。そして、皮袋に気付き「ああ、そうだった」と手を打つ。

「俺からの祝いだ。ちゃんと受け取れよ?俺の金なんだからな」

 ニッと笑うハーグと、さっと血の気が引く大臣。彼は口を開きかけたが、左右に首を振った。もう王に何を言っても無駄だと分かったのだろう。王座の後ろの定位置に戻り、深くため息をつく。

 ロードは肩膝をつき、王に礼を言った。

「ありがとうございます。ハーグ王」

「よいよい。さ、早く行け。馬も用意してるからな」

 片手で「しっし」と促され、ロードは立ち上がると再び軽く礼をして、きびすを返した。

「ハーグ!あんたは最高の国王だよ!」

「親友だ」

 親指を上げ、ハーグは笑う。ロードも親指を上げると、王の間から走って出て行った。

 その後ろ姿を見送り、ヴァンは王に問う。

「・・・いいんですか?王女の誘拐を勧めたりして・・・それに金貨も」

「いいんだよ。あいつは俺にとっては弟みたいなもんだからな」

 にやりと笑い口ひげを撫でる。

 ヴァンはロードが出て行った扉を見つめ、ぽつりとこぼした。

「王の側近のくらいを蹴った男がどんなものか、気にはなってたけど・・・。王と全く同じような性格だったなんて・・・」

「・・・何が言いたいんだ?ヴァン」

「いえいえ。別に」 

 ヴァンは肩をすくめた。そして、自分も踵を返し――

「あ、そうそう」

 思い出したように、ヴァンは王を振り仰いだ。ハーグは「何だ?」と首を傾げる。

「『例の約束』って何なんですか?」

「そんなことか?」

 言うと王は笑顔を見せた。大臣たちも顔を見合わせて何のことかと話している。

 はっはと声に出して笑うと、王は言った。

「『結婚しても良いと思える女性を連れて来る』だよ」


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