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君となら  作者: 中原やや
57/67

惜別 1

「おう、ロード。良く来たな」

 腰を浮かせ、王はロードとクリスを招き入れる。王座の隣には大臣らしき人物と守衛がそれぞれ控えていた。

「お久し振りです、ハーグ王」

 ロードはちらりと大臣たちを気にしてから、肩膝をつき、剣士らしく礼をした。クリスもそれに習う。

「ハッハッハ。そんなにかしこまられても困る。いつものように話すといい」

 腰を下ろし、ハーグはロードたちに顔を上げるように言った。ロードは肩膝をついたまま、顔を王に向ける。

「今日、俺が来たのは『例の約束』ってのもあるんだけど・・・こいつの話を聞いて欲しいんだ」

「約束?・・・ああ、例のアレか。なるほど。と、言うことは・・・・」

 王は口ひげをなで、ロードから後ろにいるブロンドの青年に視線を移した。そこで眉を寄せる。

「はて・・・。セーラ姫が来られていると聞いたんだが・・・・?」

「セーラですわ。ハーグ王」

 目を王に向け、クリスは柔らかく微笑んだ。すっくと立ち上がる。ロードも立ち上がった。

「今は男装をしておりますが、私がクリスティ=セーラ=ガーディンです。お久し振りです。王様」

「おお!セーラ姫であったか!ロードのヤツの好みが変わったのかと思ったが・・・・なるほどなるほど」

 言うと、ハーグはニヤニヤした笑みを顔に広げ、ロードを見る。

「・・・大変だぞ?」

「・・・・まぁな」

 苦笑交じりに答えるロードにクリスは小首を傾げた。二人にしか分からない会話に、大臣たちも顔を見合わせていた。王は不思議そうにしている美しい姫に視線を戻すと、ここに来た理由を尋ねた。

「王様、今<キルズ国>がどういう状況かはご存知ですか?」

「それはもちろん。ローズ城に国民が押し寄せているな。何でもセーラ姫は反乱軍のリーダーだとか・・・」

「それは違いますっ!」

 クリスは声を荒げた。大臣が思わずしかめっ面をして咳払いをする。クリスは自分の声の大きさに恥ずかしくなり、頬を染めた。ちらりとロードを盗み見ると、彼はクッと小さく笑っている。

「申し訳ございません。その・・・国民が反乱を起こしている理由は王の新しい法律のためです。『犯罪を犯した者は皆死刑』では、国民の怒りも買います。それでなくても<キルズ国>は貧富の差も激しく、貧しい者の中にはスリや窃盗をしないと生きてはいけない人々がいます。それはもちろん、犯罪です――けど!そんな国民を救うのが国王の仕事じゃないんですかっ?!国民に大反対されてる法律って・・・国って・・・・おかしいわ」

 うな垂れるクリスに、ロードはただ黙って見守っているしか出来ないでいた。国家のこととなると、一般市民が口出しするわけにはいかない。

 ハーグは小さくため息をつくと、そっと若い王女に口を開いた。

「ビゼルト王がお考えになったことだろう?それに、新しい法律が施行されてまだ間もない。これから変わっていくんじゃないかな?」

「でも、反乱は――」

「それももう収まるかもしれないよ」

 クリスはハーグ王の顔をまじまじと見つめた。王は優しく笑っている。その口が開きかけたその時――

ばたん

 大きな音と共に、部屋の右側の扉が開いた。そしてそこから現れるきらびやかなドレスを纏った女性。年のころは40そこそこ。栗色の髪を後ろで結い上げ、派手な宝石の付いた髪留めでまとめている。瞳と眉はやや吊り上がり、その瞳はクリスを真っ直ぐに睨みつけていた。

「・・・勝手な人だ・・・」

 ハーグ王の呟きは、しかし当の本人には届かない。つかつかとクリスの前まで行くと、手に持っていた扇子をぴしゃりと自分の手のひらに打ち付けた。

「・・・・お義母さま・・・・」

 奥歯をかみ締めるように呻くクリス。ロードはクリスの反応とその義母の姿を見比べた。

(こいつが、法律を変えた張本人・・・・王を変えた女か・・・)

 クリスの義母、リディアは再び扇子を打ち付けると、ゆっくりと口を開いた。

「一体、貴女は何を考えているのっ?!」

「・・・・さぁね」

 クリスはロードの口調を真似た。それにカチンときたのか、リディアは持っていた扇子を振り上げた。クリスの頬を叩こうとそれを振り下ろし――ここで、彼女の動きは止まっていた。

「親子喧嘩なら別のとこでしてくれねーか?ハーグ王も見てるんだぜ?」

 ロードがリディアの腕を取っていた。彼女は憎々しげに若い兵士を見上げ右手を振りほどく。ロードに掴まれた手首を擦りつつ、彼女は一気にまくし立てた。

「全く。よくこんな薄汚い男と一緒にいられたものね。それになぁに?その格好。髪まで切っちゃって。ブロンドの美形の剣士が旅をしてるって噂で聞いて、色々手配までしたのに。返り討ちにしてくれたでしょ?バカにならないのよ、あのお金」

 クリスを上から下までしげしげと見つめ、リディアは最後に鼻で笑った。クリスは何も言わずにうつむいている。

 ロードはクリスを半ばかばうようにして立つと、リディアに向かい口を開いた。

「やっぱあんたか、夜襲したの。ちょっとやりすぎたんじゃねぇのか?娘を誘拐しようなんて、どう考えてもおかしいぜ」

「誘拐?!笑わせないで」

 リディアは扇子をパンと開いた。濃厚なこうがハーグのいる王座にまで広がる。

「そうでもしないと、このおバカさんは止まらないでしょう?」

 クリスの肩がひくりと動き、彼女はリディアを睨みつけた。ロードも殴り倒したいのを必死でこらえ、クリスの悔しさで震えている右腕を握る。このままでは魔法を使いかねない。

「リディア王妃、それはちょっと言いすぎじゃあ・・・・」

「ハーグ王はお黙りください」

 ぴしゃりと言い放たれ、ハーグはやれやれと首を左右に振った。背もたれに背を預ける。完全に傍観者となることに徹したようだった。

 リディアはフフンと勝ち誇ったような笑みを広げると、今度は打って変わって優しい口調になった。

「誘拐は無理だったけど・・・でも、もう帰ってきてくれるわよね?ビゼルトも貴女が帰ってくれば法律を見直すそうよ」

「本当なの?!」

「ええ」

 リディアはスッと目を細めた。

「貴女が結婚すれば、考え直すって」

「えっ・・・・・」

「結婚?!クリスがっ?!」

 思わぬことに、クリスとロードそれぞれの口から声が上がる。リディアは意地悪く微笑むと二人を交互に見つめた。

「悪いことじゃあ無いわよね。逆に言うと、結婚しないと法律は改正されないってことよ。そうね・・・国民の反乱を武力で制圧するって言い換えても良いわね。これならおバカな貴女でも分かるわよね?」

 クリスが息を呑むのが隣のロードには分かった。

(ふざけんじゃねぇ・・・)

 ロードは左の拳を握りしめた。リディアは扇子を仰ぎ、香を撒き散らしている。

「それじゃあ、クリスに選択の余地は無ぇってことじゃねーかっ!それが国のやることかよっ!」

「待って!ロード!」

 リディアに掴みかかろうとしていたロードをクリスは押さえた。彼の左腕をそっと抱きしめる。

「もう・・・いいから。ありがと」

「でも、お前――」

「うん。分かってる。国民の平和が国のため、でしょ?」

 寂しげに笑うクリスを見て、ロードは胸が締め付けられる思いだった。彼女を抱きしめ、ここから連れ去りたいのを懸命に堪える。

 クリスはロードから離れると、義母に向かってはっきりと言った。

「いいわ。・・・それで、国民が助かるのなら・・・。私、結婚します」

「言うと思ってたわ。実はね、相手はもう来てるの。花嫁を早く見てみたいんですって」

 嬉しそうに言うと、彼女は近くに控えていた兵士に耳打ちをする。兵士は急いで右の扉へと姿を消し、ほどなくしてひょろりと背の高い派手な服装の男を連れてきた。

「この方が貴女の夫になるピート。私の甥に当たるかしら」

 リディアの甥のピートは、彼女と同じく栗色の髪を肩まで伸ばし、それを後ろで緩く一つに結んでいた。ニヤニヤした笑みを顔中に広げ、一重の目をさらに細め腕組みをしてクリスを物を見るように眺めている。

「・・・へぇ。意外といいな」

 ピートのセリフにクリスの肩がひくりと動いたが、ロードの心中も無論穏やかでは無かった。

(こんなヤツにクリスを渡せって言うのか!ジョーダンじゃねー!こんなヤツに!クリスの何を知ってるって言うんだ!)

 ふつふつと沸き起こる怒りを必死で抑えるロード。それに全く気付かずにピートはクリスの周りをゆっくりと回る。

「へぇ・・・。鎧脱ぐとそこそこいいんじゃないの?」

「・・・・それはどうも」

 皮肉交じりに答えるクリスにピートはクッと笑うと、

「んじゃ、早速」

 言うが早いが、クリスの身体を抱くと無理矢理彼女の唇を奪った。

「んっ!!」

 クリスの声にならない悲鳴で、突然のことに真っ白になっていたロードは我に帰った。そして、我に帰るなり、

「俺の女に手ぇ出してんじゃねー!!」

 それまで溜めていた怒りが爆発。思い切りピートを殴り倒した。

「キャー!!ピートちゃ〜〜ん!!」

 リディアの悲鳴。数人の兵士がピートを抱き起こし、数人がロードを取り押さえる。失神しているピートに代わり、リディアは震える声でロードに言い放った。

「あ・・・貴方!!逮捕するわよっ!!」

「はっ!何の罪だって言うんだ?!俺は変態からクリスを守ってやっただけだぜ」

「へ・・・変態っ?!」

 悲鳴に近い声を上げる彼女に、今度はクリスが口を開く。

「まだ婚約もしてない人に、いきなり抱きつかれて・・・コレって立派な犯罪よね?お義母さま。結婚をお流れにしたくなかったら、結婚式までその変態を私に会わせないで!それから、ロードにはもう一切関わらないで!分かった?」

 小さく震えながら頷くリディア。クリスはふぅとため息をつくと、唇を手の甲で拭った。三人の兵士に取り抑えられていたロードも、リディアの命令で解放されていた。立ち上がり、服の埃を払うロードに駆け寄ると、クリスは彼の耳元で囁く。

「ありがと、ロード。また助けられちゃった」

「別に・・・いいよ」

「ううん。ありがと。ずっと忘れないから、あなたのこと」

「・・・クリス・・・」

 瞳と瞳が合う。ロードは喉元まで出掛かっていた言葉を辛うじて飲み込んだ。

(あいつと本当に結婚するのか?好きでもない男と夫婦になるのか?)

 しかし、国民を想うクリスにそのような質問は無意味なものだった。

 リディアは兵士に運ばれているピートを追って、右の扉へと歩を進めている。

「行きますよ。セーラ」

 義母の声。クリスは名残惜しそうにゆっくりとロードの元から離れると、数歩後ろに下がる。そして、やがてロードに背を向けると扉のほうへ進んで行った。

「ク・・・」

 呼びかけようとして、ロードは止めた。今、彼女に呼びかけたら決心が鈍らないとも限らない。

(男なら・・・潔く)

 分かってはいてもやりきれない。左の拳をぎゅっと握り締め、ロードは離れていくクリスを見つめていた。しかし、

(ダメだっ!!)

 思ったその時には行動に移していた。

「クリス!行くな!!」

 叫ぶや、彼女に走り寄る。クリスもロードの声に反射的に身を翻していた。ロードの胸に顔を埋める。ロードは彼女を優しく抱きしめた。

「こんなの・・・間違ってる。いくら、国民の為とはいえ・・・なんでお前が――」

「もう、いいの。王女に生まれたからには、政略結婚なんて当たり前だし・・・。私一人が我慢すれば国民は助かるんだし・・・。それに――」

 クリスは顔を上げてロードを見つめた。ロードも彼女を見つめる。大きな青い瞳からは今にも大粒の涙が溢れそうだった。

「それに、ね。私、あなたをずっと想ってるから・・・・・」

 そう言うと、クリスは爪先立ちになり、ロードの唇に自分のそれをそっと重ねた。そしてすぐにロードの腕から離れると、頬に一筋の涙をこぼしてこう告げた。

「さよなら」

「クリスっ!」

 ロードの伸ばした左手は虚しく空を掴んだ。彼女はロードのほうを振り返りもせず、扉へと走り、そして奥の部屋へと姿を消した。

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