セージ城 1
ロードとクリスの二人はセージ城に向けて出発していた。
先程のレッド親子との別れを思い出す。町の外れまでレッドたちはロードたちについてきて、そこで見送りになったのだが――
「ロードさん、クリスさん。本当にありがとうございました。これはほんの気持ちなんで、受け取ってください」
と、まずマリアから渡されたのは色違いの金袋。ロードのは黒い皮に白い刺繍。クリスのものはその逆だった。ありがたく受け取ると、レッドが照れくさそうにロードたちの前にやって来る。
「これはおいらからのプレゼント。これはロードに。いつか見せた<リュッケ>だよ。何かの役に立つかも。んで、これはクリスに。いろいろ迷ったんだけど・・・」
クリスの手に置いたのは星の形をした小さな青い石だった。「これは?」と問うクリスに、レッドはえへへと笑う。
「これはおいらの宝物。って言っても<アイリス>の海辺で見つけたんだ。キレーでしょ?何かの貝殻かも」
「もらってもいいのか?」
「うん!もちろん。クリスに持っててもらいたいから・・・」
「ありがとう。レッド」
ぎゅっと赤髪の少年を抱きしめる。クリスは再び目頭が熱くなってきていた。「じゃ、そろそろ」というロードの声に、レッドはクリスからぱっと離れると、ニカッといつもの元気な笑顔を二人に見せ、言った。
「ロード、クリスを大切にしろよ!クリスに赤ちゃんが出来たらちゃんと教えるんだぞぉ!」
クリスを男だと思っている母マリアは驚いてクリスとロードをマジマジと見つめた。その視線に耐え切れず、ロードたちは真っ赤になりながら、足早にオレットの町を後にしたのだった。
未だに降り続く小雨。二人はいつもの格好の上に雨具を羽織っている。
「うぜー雨だな」
「同感」
灰色の空を睨み、ロードは呻く。まだ止みそうにはなかった。街道を歩いていく旅人はロードたちの他には見当たらない。時折、馬車が泥水を上げながら二人の横を通り過ぎていった。
「クリス・・・あのさ」
意を決して言うロードをクリスは遮る。
「昨日のことなら、謝らなくていいわ」
つい女言葉で答え、クリスはロードを見上げた。フードをかぶったロードの前髪は雨で少し濡れている。それにクリスはそっと触れた。
「びっくりしたけど・・・・嬉しかった」
「いきなり襲ったのが?・・・それともおでこにキスしたのが?」
口の端をニッと上げ、意地悪く笑うロードにクリスは「もぉ!」と頬を膨らませた。
「ロードって意地悪ね!」
クリスはぺしっとロードの鎧の胸を叩くと、くるりと向きを変え歩を進めようとした。その彼女の腕をロードは掴むと、ぐいっと引き寄せた。そして、そのまま彼女を包み込む。
「えっ・・・ちょっ・・・」
「もう一回する?」
耳元で囁かれ、クリスはくすぐったさに身をよじらせた。ロードは尚も続ける。
「キス・・・する?」
「ここでっ?!ダメよっ!」
首をぶんぶんと振り、拒むクリス。ロードは楽しそうに腕の中のクリスを見つめている。クリスはじろりとロードを睨んだ。
「・・・解放してくれないの?」
「キスしてくれたらな」
ニッと笑うロード。クリスは再びもがいたが、ロードの腕からは逃れられなかった。小さく諦めのため息をつく。
「・・・・分かったわよ。じゃあ・・・目を閉じて」
素直にロードは瞳を閉じた。クリスは両手で彼の顔を挟み、そして――
「誰がするか」
言うと同時、ロードの両頬を思い切りつねった。突然のことにロードはクリスを抱いていた手を放す。
「ってーな!クリス!」
「何よっ!ロードのスケベっ!」
「まだ何もしてねぇじゃねーかっ!」
「顔がエロいのよっ!顔がっ!」
「へぇ〜・・・・そぉ・・・」
左手でつねられた頬をさすりつつ、ロードはスッと目を細めた。クリスは自ずと身構える。ロードはフッと不敵に笑うと、
「なら、本気でエッチなことしてやろーじゃねぇかっ!」
「うわっ!ちょ・・・・ちょっと!!ダメってばーー!!」
ロードの突然の行動に、クリスは猛スピードで逃げ惑い、それをロードが追う。
雨の中、二人は当分の間追いかけっこを楽しんだ。
二人の視界にセージ城の姿ははっきりと分かるようになっていた。生憎の雨も今は霧雨に変わり、ロードはフードを取っていた。先程まで続けていた追いかけっこのおかげで、二人は予定よりも早く城に着きそうだった。運が良いのか、モンスターの影も見えない。逆に街道には馬車の姿を多く見かけるようになっていた。
やや明るくなった空を見上げていたロードは前を行くクリスへ視線を移す。ロードからは彼女の表情は見えないが、フードがやや斜め前方に傾いていた。
「・・・なぁ、クリス」
「・・・なぁに?」
振り向かないクリス。ロードはクリスと肩を並べると明るく笑って言った。
「何暗くなってんだよ?ダイジョーブって。ハーグが何とかしてくれるって」
「・・・そうだよな」
「そうに決まってるって!そしたら、お前の親父さんも考えを改めて、お前も元に――」
言い、ロードはここで言葉に詰まる。クリスは寂しげな瞳でロードを見つめた。そっと彼の手を握る。
「・・・クリス・・・」
「本当言うとね。私・・・もう<キルズ国>なんて考えたくないの。どうなったって良いって・・・・」
「でも、お前、このままじゃ国民が――」
「分かってる」
クリスはため息と共に言葉を吐いた。辛そうな表情でロードを見上げ、先を続ける。
「国民が今、どういう状況かは理解してる。でも、私は・・・・あなたと――」
「ダメだ」
ロードはクリスの手をぱっと放した。そして、一人でずんずん城へ進む。クリスはロードに駆け寄ると彼の左腕を握った。
「どうしてっ?!どうしてダメなの?!」
「・・・あんたは王女だ。俺なんかと一緒にいられるはずが無い・・・・・身分が違いすぎる」
苦虫を噛み潰したようなロードの口調。クリスの顔をまともに見てもいない。胸が締め付けられたような痛みをあげているが、ロードはそれを無視していた。クリスはそんなロードの内心には気付かずに、尚も彼にすがる。
「でも、ロード!!私――」
「ダメだ!」
ロードはぴしゃりと言い放った。今、ここで彼女の気持ちを聞いてしまったら、おそらく彼女を手放したくなくなる。どんな手を使ってでも、彼女を手元に置いて置きたくなるだろう。そうしないために、ロードはあえて彼女の言わんとすることを遮っていた。
(・・・俺はクリスが好きだ。でも・・・こいつは俺といるべきじゃない・・・)
ギュッと目を閉じ、ロードは再び歩き出した。クリスの足音もロードの耳に入ってくる。彼女の足音を聞きながら、ロードは口を開いた。
「ちゃんと城に帰してやっから・・・・心配すんな」
「・・・うん。ありがと」
重い沈黙が雨と共に、二人に静かに降りかかっていた。