想い 1
「やべーだろ・・・・これは・・・」
<エリーの酒場>へ帰った二人はお礼ということで特別室をあつらえてもらっていた。その部屋は二階の一番奥。店一番というだけあり、なかなか広く、所々に煌びやかな装飾もしてあるのだが――
「・・・・やべーだろ・・・」
ロードは<ダブルベッド>を見ながらクリスに言った。クリスはもう何と言ったら良いのか分からない状態である。
「・・・本当にこの部屋?」
「ああ・・・」
ロードは頷く。エリーから手渡された鍵も、この部屋の番号も確かに『1』だった。
「・・・大丈夫よね?」
「・・・大丈夫・・・なワケねーだろーが」
クリスの問いにため息混じりに答えるロード。部屋の外で立っているわけにも行かず、とりあえず二人は中へと入った。大きなベッドと鏡台。他にはテーブルとかわいらしい椅子が2脚。ソファーは無かった。
「あの親子、俺たちを何だと思ってるんだ?」
椅子の一つに腰掛け、ロードは愚痴る。クリスは鏡台の丸椅子に座るとポツリと言った。
「・・・端っこに寝れば大丈夫じゃないの?」
「・・・・お前なぁ」
苦笑し、ロードはクリスを睨む。クリスはきょとんとした顔をロードに向けている。
(分かってねーよな、俺の気持ちなんて)
テーブルに肘を突き、ロードは一つため息をついた。
(好きな女と同じベッドに寝たら・・・フツーの男だったら行動に移すってのに・・・。あいつ、分かって言ってんのか?まさかな・・・)
ちらりとクリスを見ると、彼女は短くなった髪をブラシでとかしていた。ブロンドの髪が美しく波打っている。
「・・あのよ、クリス」
「なぁに?」
ロードは生唾を飲み込んだ。
「・・・・俺と寝る気・・・あんのか?」
「寝るって・・・。そりゃ、寝るわよ」
あっけらかんと言われ、逆にロードは戸惑う。鏡の中でうろたえているロードにクリスは付け加えた。
「ただ単に『寝る』って意味だからね?分かってる?」
(・・・だろうな)
ロードは肩を落とし、テーブルに突っ伏した。クリスはそんな剣士のほうへ、くるりと椅子の向きを変える。
「ロードが何もしないって約束できるなら・・・一緒に寝ても良いわよ。ベッドで」
「・・・どんな約束だよ」
クリスは「う〜〜ん」とうなり、一言。
「私に触れない」
「無理」
ロードは即答した。頭を抱える。クリスはそれを見て、楽しそうにくすくすと笑っていた。ロードは上目遣いで彼女を見やる。
「・・・お前、もしかして、俺をからかってる?」
「そんなことないわよ」
鏡台にブラシを置き、クリスは立ち上がる。鎧とマントを外し、剣を鏡台に立てかけると、ベッドの中央にメモが置かれてあるのを見つけた。『ごゆっくりおくつろぎくださいね エリー』とそこには書かれている。
「つーか、もしかしてさ・・・」
ロードも鎧を脱ぐと、盾と剣を床に置いた。そして、ベッドに腰掛けているクリスにゆっくりと近づく。
「お前、俺のこと誘ってる?」
「はぁ?!誘ってるわけ――」
クリスの言葉は途中で途切れた。ロードはいきなり彼女をベッドに押し倒した。驚きの表情で目の前のロードを見つめるクリス。彼女の上に半ば馬乗りになったロードは、彼女の青い瞳を見つめ優しく問うた。
「・・・・イヤか?」
「・・・分からないわ」
緩く首を振るクリス。ロードは彼女の頬に大きな手を当てた。
「・・・・怖い?」
「・・・分からない」
言いながら、自然とクリスは瞳を閉じていた。
「・・・大丈夫」
囁くように言うと、ロードはゆっくりと彼女の唇に自分のそれを近づけ――
がたんっ
音がした。
クリスもロードも咄嗟のことに身体が固まる。
「何かしら?」
「さぁ・・・。気にすんな」
再びロードは視線をクリスの柔らかな唇に移し――
めりばりどがしゃーん
「きゃあ!」
「ああっ!!」
ベッドの脇に天井から何かが落ちてきた。何かとは・・・・もちろん、エリーとロフトフ親子。
ベッドの上で重なり合うロードとクリスにへらへらした笑みを向けると、「失礼しましたっ!」と扉を開けて逃げていく。ロードたちはあまりの突然のことに、エリーたちが出て行った扉を見ていたのだが、階段を下りる音が聞こえなくなるとお互いに顔を見合わせた。気まずい沈黙が訪れる。先に動いたのはクリスのほうであった。ロードの腕をするりと抜け、ベッドの端に腰掛ける。ロードも起き上がると、クリスの隣に少し距離をおいて座った。
髪をかき上げ、ロードは誰にとも無くポツリとこぼす。
「・・・やっぱ、俺たち、もうやばいんじゃねぇか?」
「・・・やばいって?」
ロードを見ずにクリスは聞き返す。ロードは続けた。
「こんな関係じゃ、旅なんて――」
「まだ、こんな関係じゃないわ」
「だから!俺が――」
誤魔化すクリスに苛立ち、ロードは声を荒げクリスのほうを向いた。左手でクリスの髪に触れる。ふわりとした柔らかな髪を撫でながら、ロードは消え入るような声で言った。
「俺が・・・・お前を――」
「ごめんね、ロード」
クリスはそう言うと、髪を撫でているロードの手を取った。両手で優しく包み込む。
「やっぱり、あなたにはずっと<クリス>のままでいれば良かった」
涙が彼女の頬を伝っていた。ロードは空いている右手をクリスの頬にあて、親指で涙を拭う。そのままで彼は口を開いた。
「・・・お前がずっと<ティナ>として俺に逢ってても、きっとどっかで<クリス>の態度にも表れるって。それに――」
ロードはここで言葉を切るとベッドから立ち上がり、口の端を持ち上げて見せた。
「お前、俺に惚れてるだろ」
言うとロードはクリスの額に軽くキスをした。音を立て離す。驚いて涙の止まったクリスにロードは優しく微笑みかけると、自分の防具と剣を持った。
「ロード・・・?」
未だ呆然としているクリスの問いに、ロードは背を向けたまま、
「どこにも行かねぇよ。お前の『仕事』が終わるまでな」
言い、扉を開ける。そして、
「お休み、<お姫様>」
言葉だけを残し、ロードは部屋から出て行ってしまった。
部屋の窓からは満天の星が見える。それを大きなベッドの中からぼんやりと見つめ、クリスは考えていた。
(どうしよう・・・・)
キラキラと星は瞬いている。クリスは枕を抱き寄せた。
(私、ロードを好き、なのかしら・・・)
初めて彼に逢ったとき、確かに『かっこいい』とは思ったものの、女癖の悪さに閉口した。城の召使いから男性のとこをあれこれと聞いてはいたのだが、実際目の当たりにしてみて、そのショックはかなり大きなものだった。
「金持ちでハンサムで優しくておもしろくて、逞しくて強い男じゃなきゃ・・・・・か」
召使いの一人が言っていた理想の男性像を思い出し口にする。クリスは口元をほころばせた。
(ロードに当てはまるのは・・・ハンサムで強い、くらいかしら・・・。あとは口が悪くて、女好き。確かにこの頃は控えてるけど・・・。やっぱりもてるのかしら?)
瞼を閉じる。<ティナ>としてロードを見たとき、彼の嬉しそうな笑顔に思わず見とれていた自分がいた。『もう逢えない』と言った時の、あの淋しそうな瞳。再び<チューリ城>の街で逢ったのも、彼を喜ばせるためであった。
(・・・ロード=リッツァーか・・・)
雨の壊れかけの灯台。泣き出したクリスを優しく抱きしめてくれていた。彼の胸は広くて暖かく、心地よかった。
その時以来、彼の行動は段々と過激なものになってくる。
草原のど真ん中でクリスを抱き上げてみたり、娼婦の格好をしたクリスに迫ってみたり。そして、つい先程のこと――。
(・・・あの時は本当にどうなってもいいって・・・。エリーたちが落ちてこなかったら・・・私――)
鼓動が早くなり、身体中が熱くなる。目の前のロードに優しく見つめられると、クリスの心臓はいつの頃からか早鐘を打っていた。
そっと額に触れてみる。一瞬のことだったが、確かにクリスはロードにキスをされたのだ。
(どうすればいいの・・・)
枕に顔を埋めクリスは呻く。ゆっくりと夜は過ぎていった。