再会 2
ロードたちはマリアの家の中へと案内された。部屋の中には豪華なものはこれといっては無かったが、所々に花や絵が飾られており、彼女のセンスの良さを物語っていた。
マリアはロードとクリスにはハーブティーを出し、レッドにはホットミルクを入れてやっていた。テーブルにつき、改めて口を開く。
「・・・夜分遅くに訪ねてくださってありがとうございました。アル、あなたにも辛い思いをさせたでしょう。母さんを許してね。ロードさんとクリスさんも・・・この子の面倒をみてくださって・・・なんとお礼を言っていいか・・・」
ロードたちに深々とお辞儀をし、レッドの頭を撫でると、再びマリアの瞳からは涙が溢れてくる。レッドは母親に頭を撫でられ、嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な表情をしていた。
ハーブティーに口を付け、クリスは目の前の女性にそっとハンカチを渡しながら伺った。
「あの・・マリアさん。どうしてレッド・・・・アルフレッドを一人で残して出て行ってしまわれたんですか?」
「それは・・・」
涙を拭き、マリアはちらりとレッドを見る。子供の前では言いづらいのか、マリアが言いよどんでいると、
「おいら、別に聞いても平気だよ」
と、元気な声。マリアは息子に微笑みかけると、ぽつりぽつりと話し始めた。
「わたし、今でも娼婦をしているんです。女一人で生活するとなると、これが一番割が良くて・・・。私が19歳のとき、よくお店に来ていた若い旅人と恋に落ちてしまって・・・お客さんだと分かってたんですが・・・。別れようとは思っていても、なかなか行動には移せなくて・・・。そんなある日、妊娠していることが分かったんです」
マリアは優しくレッドを見つめた。そのままで話を続ける。
「もちろん、あなたのお父さんに相談したわ。結婚したかったしね。でも、彼はお城からの命令で動く傭兵さん。いつ戻ってくるかも分からない旅に、あなたを連れてあちこち動き回るのは無理だった。だから・・・一人で育てることにしたの」
レッドは両手でカップを包み、静かに母の話を聞いている。彼女は一口ハーブティーを含むと先を続けた。
「たくさんの人たちに助けてもらいながらあなたを育てたわ。夜の仕事は休むわけにはいかないし・・・。でも、あなたはわたしの宝物だったのよ」
「じゃあ、ならなんでおいらを置いてったのさ?!」
レッドを撫でるマリアの手が止まった。彼女は目を伏せ、苦しそうに声を絞り出す。
「・・・騙されたのよ」
「騙された?」
ロードとクリスは顔を見合わせた。
「ええ。アルが4つになるときに、あなたのお父さんが帰ってきて・・・わたしは舞い上がってた。その時にこう言ったの。『別の店でお前のことを話したら、是非欲しいと言ってきた』って。つまり――」
「引き抜きか」
ロードの言葉にマリアはコクリと頷く。クリスはロードの肘を突いた。
「ねぇ、引き抜きって?」
「他店のかわいい娘とか人気の娘とかをもっと高い金で横取りしようと・・・。ま、簡単に言えばそういうこった」
「あら、あなた。結構遊んでるわね」
マリアはロードを見て悪戯っぽく笑う。ロードは頭を掻き、困った顔を向けたがすぐに彼女に話の続きを促した。
「引き抜きにあって・・・そりゃ、金額は凄かったわ。わたしは出発する日はいつか訊いたの。そしたら明日だって言うじゃない?アルはどうするのかって訊いたら、俺が戻って連れて来てやるって・・・。だから心配するなって・・・。わたしはそれを信じてたのに・・・・。」
マリアは静かに涙をこぼした。クリスから渡されたハンカチで涙を拭う。
「あの人は二度と戻って来なかった。わたしは何度もアルを連れ戻しに帰ろうとしたわ!でも店主が毎日のようにわたしを働かせて、どこにもやろうとしなかった。後で聞いたの。あの人がわたしを店に紹介したのは実は『取り引き』だったって・・・。金貨50枚って店の子が言ってたわ。しかも働いたわたしのお金の一部もあの人の手元に入ってるって言うじゃない?!もうサイテーでしょ?」
言い、テーブルに突っ伏す彼女。レッドは母親の傍に行くとその肩を撫でた。
「・・・大丈夫だよ。おいらだってもう働けるし。おいら、母ちゃんを恨んでなんかないよ」
「アル・・・・」
顔を上げ、マリアは我が子をひしと抱きしめた。「ごめんね」を連呼する。
「そんなに謝らないでよ。おいら、一人で生きてきたワケじゃないんだ。おいら、実はプロの――」
「レッド、お母さんにプレゼントあったんじゃない?」
レッドの言葉を遮るように、クリスはやや声を上げて話題をすり替えた。落ち込んでいる母親に、息子がプロのスリになったなどと言えば、「わたしのせい」と悲観的になってしまいかねない。
レッドは「あ!そうだった!」とポケットの中を探る。黒い薔薇の髪飾りを手に取ると母の手のひらにそれを乗せた。
「はい、これ」
「わたしに?」
「うん。似合うと思って」
えへへと笑うレッド。マリアは早速レッドからもらった髪飾りを着けた。赤い髪に黒い薔薇がくっきりと映し出される。
「ありがとう、アル。・・・・もう離さないからね」
「うん。おいらもず〜っと母ちゃんを守ってやるからね」
抱き合う親子をロードとクリスは黙って見つめていたのだが、やおらクリスは腰の金袋を外すとそれをジャラとテーブルの上に置いた。その音に驚き、マリア親子はクリスを振り返る。クリスは微笑んで言った。
「それ、あげます。それくらいあれば今の仕事を辞めて新しい職に就けるだろうし、レッドの養育費にもなります」
「そんな・・・でも、クリスさん・・・」
「気にすんなって」
マリアの心配をよそに、ロードは明るく手を振る。
「こいつ、すげー金持ちだし。もらえるもんはもらっとけって」
マリアは困った顔をレッドに向けるが、少年は大きく頷くだけで返した。母はため息をつく。
「分かりました。本当に・・・何から何まで・・・」
「いーってことよ。な?クリス」
「うん。俺たちもレッドと旅してて面白かったし。色々助けてもらったしね」
「ありがと。ロード、クリス」
言うと、レッドはクリスに駆け寄り抱きついた。クリスも彼を受け止める。
「ほんとにありがと!おいら・・・一生忘れないから!」
「私もよ、レッド。また、遊びに来るから。ね?」
彼にしか聞こえない声でクリスは囁き、彼の額にそっと唇を付ける。レッドの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「そんなに泣かないで。一生のお別れじゃないんだし。また朝になったら会えるんだから」
「うん・・・。そうなんだけど・・・」
ひっくひっくとしゃっくりを上げるレッド。ゆっくりとロードを見上げる。彼はニッと口の端を上げて見せた。
「これからは母さんを守ってやるんだぞ?」
「うん」
ロードの大きな手がレッドの頭の上に乗せられた。そしていつものように髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
「やめろってば!」
「泣き止むまで続けるぞ」
「もう!」
慌てて涙を拭くレッド。ロードはニッと笑うと言った。
「んじゃ、そろそろ俺らは行くな」
「レッド、お母さんを大切にね」
「うん!ありがと!ロード!クリス!!」
ロードとクリスは扉を開けた。深々と礼をするマリアの姿。大きく手を振るレッドの姿。レッドのあどけない声はいつまでも二人の耳に残っていた。
「・・・ったく。いつまで泣いてんだよ」
「・・・だって・・・レッドが・・・・」
「変な目で見られるだろーがっ!」
マリアの家からの帰り道、クリスは我慢していた涙を堪えることが出来ずにいた。彼との別れはクリスにとっては大きなものだった。しかし、レッドのことを考えると、クリスたちとの旅より、彼の家族と暮らしたほうが良いに決まっている。
「でも、良かったよな。見つかって」
ロードは夜空を見上げながらぽつりとこぼした。ほとんど満月に近い月が二人の頭上にぽかりと浮かんでいる。
「レッドってヤツもおもしろかったしな」
クリスを見る。彼女は涙を拭いていた。その耳元でロードは囁く。
「・・・俺たちで、子供作ろうか」
「ちょ・・?!ロード!!」
「クックック。涙、止まったじゃねぇか。何、顔真っ赤にしてんの?」
からかわれたことに気付き、クリスはさらに真っ赤になって言い返した。
「ロード!!覚悟出来てるよなっ?!」
「ばーか。お前に俺がやれるかよ」
言い、逃げ出すロード。
「待てー!!ばかー!!」
クリスも泣くことを忘れ、彼の後を追いかけた。