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君となら  作者: 中原やや
50/67

悪巧み 2

「ちょっと待て」

「うわぉ!!」

 いきなり路地裏から目の前に現れたロードに、レッドは頓狂とんきょうな声を上げて尻餅をついた。

「なっ・・・な・・・・なんでロードがっ?!」

「お前、今、やったろ?」

「へっ?!何のこと?」

 弾む息を整え、レッドは立ち上がるとズボンに付いた砂を払う。ロードは腕組みをしたまま少年をじっと見下ろした。

「見たんだ。お前、あの太ったオヤジからなんか盗っただろ?」

「あ・・・・あれは・・・そのぉ〜・・・」

 もじもじと居心地の悪そうなレッドに、ロードは今度は優しく言う。

「ダメだろ?どんな理由があれ、人のものをああやって盗ったら・・・。また捕まるぞ?」

「うん・・・でも、クリスがね・・・」

 クリスの名に、ぴくんとロードの眉が跳ね上がった。そういえば彼女の姿が見えない。いつもは母親のようにレッドについているはずなのに・・・。ロードは辺りをきょろきょろと見渡した。

「そういや、クリスは?何やってんだ?お前、一人なのか?」

「ううん・・・。さっき一瞬見かけたけど・・・」

「はぁ?一瞬って何だよ」

 首を傾げるロードに、レッドは言おうかどうか悩んでいる。その証拠に口が開いたり閉じたりと、まるで赤い魚のようであった。その少年の様子にロードは苦笑すると、彼の頭にポンと左手を置いた。

「何かあるんなら言ってみ?」

「・・・・怒らない?」

「怒らない」

「約束する?」

「ああ。なんだよ?」

 レッドは意を決した。大きく一つ息を胸いっぱいに吸い込む。

「あのね、さっき太ったオヤジがいたでしょ?あいつ、高利貸しなんだ。で、借用書とクリスを交換しないといけなくて・・・。それで、まずはそっちをゲットしたってワケ」

 一気に言うとレッドはロードを見上げた。手にはその借用書を持っている。ロードはゆっくりと口を開いた。

「・・・借用書とクリスを交換した・・・・だって?」

「う・・・うん。それしか思いつかなくて・・・。でもダイジョーブだよ。クリス、強いから」

 レッドは逃げ腰になりながらも弁解するが、しかしロードの耳には聞こえていないようだった。ロードはあのオヤジが歩いていった方角に顔を向ける。

「・・・つーことは、あの黒髪の女は・・・・」

「・・・・・・・・・・・・クリスだよ」

「あの野郎っ!!」

 ロードの怒りが爆発した。

 脱兎のごときスピードであの男と黒髪の美女がいた方向へ駆け出す。その後ろ姿にレッドは声を投げかけた。

「ロード!!クリスを怒っちゃダメだからねっ・・・・って、もう見えないや・・・」

 生暖かい夜の風。レッドは借用書を落とさないようにしっかりと握り直した。

「ロードが行ったから・・・・ダイジョーブでしょ」

 彼の剣幕を思い出し、レッドは思わずくすくすと笑うと、<エリーの酒場>へと鼻歌交じりに歩を進めた。






「さ、着いたぞ」

 コステロに連れて来られたのは<シャトー・ムーラン>という名の派手な宿だった。そこは一部屋一部屋が別々になっており、小さなロッジの集まりのようになっている。<リトル・ロック>を飲みにきた男たちが一夜限りの相手を連れ込んだり、商売人がリッチな夜を過ごすのに丁度良い宿となっていた。

 そのロッジの一つにコステロとクリスは入った。

(さっき、レッドが借用書を盗んでくれたから、後は私がなんとか逃げ出さないと・・・・)

 ダブルベッドを見ながらクリスがそんなことを考えていると、不意に首筋にコステロが舌を這わせてきた。身震いと共に反射的に身をよじり、クリスは逃げる。

「ちょ・・・ちょっとタイム!ほら、お風呂、入らないと!ねっ?」

「風呂?そんなもんはいらん」

 ガウンを脱ぎ、派手な上着を脱ぎ捨てていく。コステロは下着一枚の姿になった。その格好のまま、クリスに迫る。

「借用書が欲しいんだろ?ならオレの女になれ。天国を見せてやるぞ?」

 舌舐めずりをし、コステロは爛々(らんらん)とした瞳でクリスを見つめる。

(ここで、魔法を使うわけにはいかないし・・・)

 誰かれ構わずに魔法は見せたくない。それで足がついてしまうかもしれないからだ。

(格闘は得意じゃないけど。・・・しょうがないか・・・)

 クリスはため息と共に言葉を吐き出した。

「あなたの女になる気は毛頭無いわ。それに借用書もあなたはもう持って無いみたいだしね」

 クリスの言葉に、コステロの眉が上がった。そしてニヤリとした笑みを顔中に広げる。

「そうか、あのガキとグルだったか・・・」

 悔しがるどころか、コステロは楽しそうだ。クリスは背筋がぞっとするのを感じた。

 コステロはじりっとクリスとの間合いを詰めてくる。

「なら、存分に可愛がってやらないとな」

「お断りよっ!」

 叫び、クリスはベッドにたくさん置いてある枕の一つををコステロに投げつけた。そして、自分も彼のほうへと突っ込む。コステロは枕を叩き落とすと、突っ込んでくるクリスの平手を軽々と受け止めた。驚くクリスの顔に、コステロは容赦なく手を上げる。

ぱーん

 身体を床に叩きつけられ、クリスはじんじんする頬を押さえた。キッと彼を睨みつけると、コステロは下卑た笑みで彼女を見下ろしている。

「こういうのも楽しいな」

「ふざけないで!」

 口の中に血の味が広がる。頭に血の上ったクリスは、口の中で小さくしゅを唱えると手をコステロにかざした。そこに素早く縄がかけられ、クリスは短く「あっ!」と叫んだ。両手を縛られ、それをベッドの脚に結び付けられる。

「ここには色んな物が置いてあるのを知ってたか?・・・まぁ、これで無駄な抵抗は出来ないけどな」

 ジタバタと暴れる長い脚を押さえつけると、コステロはクリスの上に馬乗りになった。

「やめてよ!放してっ!」

「ほら、ほら、もっと泣け」

ぱーん

 再び、クリスの頬に衝撃が走る。クリスはいつの間にか泣いていた。それが頬が痛いためか、怖いためかはクリス自身にも分からない。両手を縛られた状態で『魔法を使う』という選択肢は、今の彼女の頭には無かった。

 彼女が静かに泣いているのをコステロはおもしろそうに見ていたのだが、彼の視線はある一点で停止した。

「そろそろ、お楽しみといきますか・・・」

 スリットの隙間にごつごつした大きな手を滑り込ませていく。

「イヤーーー!!」

 クリスの一際ひときわ大きな悲鳴。そして―

ガシャーン!!

 ど派手な音と共に扉をぶち割ってやって来たのは、怒りに我を忘れたロードだった――。



  

 その後はあっという間だった。

 ベッドの脚に縛り付けられているクリスと、その上にし掛かっている裸の男を確認するやいなや、ロードの左ストレートがその男の顔面に炸裂した。訳も分からず鼻血を出して倒れる男に、さらにもう2発。辛うじて息がある男にロードはこう告げた。

「俺の女に手出しすんじゃねぇ!」

 わずかに男が頷くのを見ると、とどめの一発。その後はピクリとも動かなくなった。

「ロード・・・」

 コステロが気絶したのを見て、クリスは助けに来てくれたロードに声を掛けた。ロードは険しい顔のまま、クリスを見下ろす。彼女の頬は赤く腫れていた。

「ロード、助けに来てくれたの?」

「・・・別に」

 クリスの傍にかがみ、ナイフでクリスの手首を縛っている縄を切る。彼女の手首にはうっすらと赤いあとが付いていた。

「あのね・・・これにはワケがあっ――」

 弁解を始めたクリスだったが、それは途中で途切れた。

 頭で考えるより早く、ロードはクリスを抱きしめていた。驚くクリスだったが、嫌ではなかった。むしろ安心出来る自分がいることに彼女は驚く。

「何、やってんだよ」

「・・・ごめんなさい」

「俺が来なかったら、どうしてたんだ?」

「・・・・わからないわ」

 クリスは再び溢れ出した涙をロードのシャツで拭いた。クリスの安堵の涙を見て、ロードは小さくため息をつく。

「お前、王女様なんだから・・・・もうちょっと自分を大事にって・・・俺が言っても無意味か・・・」

 クリスはフフフと笑うとロードを見上げた。ロードもクリスをマジマジと見つめる。黒いスリットのドレスに溢れんばかりの胸。こんな娼婦がいたら、金貨何枚くらいかかるだろうかと思い、ロードは緩くかぶりを振ってそれらを払い飛ばした。

「・・・叩かれたのか?」

「・・・大丈夫よ、これくらい」

 チッと舌打ちし、ロードはクリスを立ち上がらせた。立ち上がったロードからはクリスの胸元がよく見えた。男のさがとでも言うのか、しばしロードはそれに夢中になる。

「・・・ちょっと!どこ見てんのよ!」

 視線に気付いたクリスはぐいっとロードの顔を手で押しのけたが、ロードはあからさまに嫌な顔をした。

「あのなぁ〜。そんなに出してたら『見てください』って言ってるようなもんだぜ?それに、このドレスだけどよ・・・」

 言うとロードはクリスのスリットのある左脚に手を這わす。

「これって、立ったまま『使える』ドレスじゃねぇか?」

「立ったまま?」

「だから・・・このまま――」

 言い、ロードは自分の手がクリスの露わになった太ももを撫でていることに気付いた。クリスはロードの胸に顔を埋め恥ずかしそうにそれに耐えている。

(やべぇ・・・・・)

 どうして彼女が拒否しないのかはロードには分からなかったが、今のこの状況を我慢できるほど、ロードは人間が出来ていなかった。むくむくと次から次へ溢れる欲望がロードの全身を支配していく。

「・・・クリス」

 ロードの呼びかけにクリスは潤んだ瞳を彼に向けた。そして赤い唇が動く。

「・・・ロード・・・」

 ロードはゆっくりと顔を彼女に近づけていき――

「え〜〜おっほん」

 誰かのわざとらしい咳払いに、思わずロードとクリスは音のしたほうを振り向き、そして同時に固まった。

 ロードが壊した扉の向こうでは野次馬たちが集まっていた。手に<リトル・ロック>を持ってニヤニヤと二人を見ている男もいる。

「え〜〜、お二人さん」

 一番手前にいるメガネをかけた中年の男が口を開いた。

「いいところを邪魔して悪いんだが・・・・この扉を壊したのはどこの誰だね?」

 ロードとクリスはもう一度お互いに顔を見合わせ、そして同時に口を開いた。床で伸びている半裸の男を指差しながら。

『この男です』


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