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君となら  作者: 中原やや
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葛藤 3

「お前なぁ〜」

 ロードは苦笑する。

 フクロウの低い声がロードたちの真上の木から聞こえてくる。レモン型の月は丁度二人の真上に来ていたが、厚い木々の葉に隠れ、その姿は見えない。夜風に揺れる葉の囁きが耳に心地よかった。

「ねぇ。ロード」

 すやすや眠るレッドに目をやりながら、クリスは口を開いた。

「お願いがあるんだけど・・・いい?」

「・・なんだよ。いきなり」

 視線をロードのほうには向けないで話すクリスに、ロードはやや戸惑いと期待のこもった瞳で見つめる。クリスはレッドから隣のロードに視線を移した。

「あのね・・・髪を切って欲しいの」

 ほーほーというフクロウの声。さわさわと葉のこすれる音。

 思っていた以上に何かを期待していたロードが、自分を取り戻すまでにしばらくの時が必要だった。

「あ・・あ〜〜。そんなことか」

「そんなことって・・・。もしかして、ロード・・・いやらしいこと考えてた?」

「ばっ・・・」

 「ばか」と言おうとして、ロードは口をつぐんだ。クリスがおもしろそうにロードを見ていたからだ。ロードは小さく咳払いをして体裁を繕った。

「ほら、髪切るんだろ?んじゃ後ろ向けよ」

「あ!はぐらかした!」

「はいはい。俺はどーせエロいですよ。っとに・・・」

 開き直るロードをクリスはくすくすと笑って見ている。ロードはベルトに付いているナイフを取り出し、

「で?どうして髪切ろうって思ったんだ?」

 と切り出した。クリスはロードに背を向けてブロンドの髪を揺らす。

「少しでも変装したほうがいいかなって・・・・もう遅いかな?」

「もう遅いんじゃねぇ?」

 苦笑交じりに言いながら、ロードはクリスの結んでいる髪を触る。ふわりとした感触。花のような香りがロードの鼻腔をくすぐった。

「それに・・・もったいねぇよ」

「それはいいんだけど・・・。でもこれ以上、ロードにも迷惑掛けられないでしょ?」

「迷惑じゃねぇよ。じゃじゃ馬姫の扱いにも慣れてきたしな」

「ひど〜い!」

 くるりとロードのほうを振り向き、クリスは膨れっ面をした。ロードは口の端を上げる。

「ほら、切るんだろ?じゃ、前向いとけよ」

「んもう!・・・・んじゃ、リボンで結んでるとこらへんで切ってね」

 クリスは長いブロンドをリボンで緩く一つに縛っていた。そこで切るとなると、胸まであった髪は顎のラインほどの長さになってしまう。

「こんなに切っていいのか?」

「どうぞ!」

 何やら気合の入ったクリスの声。ロードは「切るぞ」と言うと、ナイフでリボンの少し上をざっくりと切っていく。はらはらとロードの足にブロンドの髪の毛が舞い落ち、やがて風に運ばれていく。切り終え、ロードはクリスの肩を叩いた。

「ほら、出来たぞ」

 未だリボンに結ばれている一束のブロンド。それを握り締めたまま、ロードはゆっくりと振り向いたクリスを見つめ、言葉を無くした。

 夜風に彼女の短くなったブロンドが揺れた。それをわずらわしそうに耳にかける。白い首筋が葉から漏れる月光に時折浮かび上がり、美しいシルエットを生み出していた。

「どう・・・かな?」

 はにかむクリスに問われ、ロードは見惚れていた自分に赤くなりながらも「似合うよ」とだけ答えた。そして、手の中の長いブロンドを彼女に見せる。

「どうするんだ?これ。売ったら金になるけど・・・」

「売っちゃったら、足がつくんじゃないの?やっぱり、ここは・・・」

 言うと、「えい!」という掛け声と共に、焚き火の中にそれを投入する。それは赤い炎をまとい、やがて影も形も無くなっていった。

「・・・なんか、すっきりした」

 少し長い少年のような髪形になったクリスは再び両膝を抱え座る。膝に顔を埋めるようにすると、白いうなじが顔を出した。

「これでやっと、王女じゃなくなった気がする・・・」

  ロードは両手を後ろについて、空を見上げた。葉の隙間からは満点の星が見え隠れしている。と、葉のざわめきの合間に小さなすすり泣きの声がロードの耳に入ってきた。声の主はほかでも無い――クリス。

「どうした?」

「・・・なんでもないの。ちょっと・・・涙が出てきて・・・」

「髪、すごく似合ってるよ」

「うん。ありがと・・・」

 ロードにクリスの気持ちなぞ分かるよしも無い。王女であったら髪をそんなに短くすることは無かったであろうはずのクリスが髪を切るということは、王族との決別をも意味しているかもしれないのだ。

 ぐすっぐすっという鼻をすする音。ロードは優しく微笑むと、クリスの短くなった頭を撫でた。

「・・・胸、貸そうか?」

「ううん。遠慮しとく」

 涙を拭き、薄く笑うクリス。そのどこか寂しげな彼女の顔を見て、ロードはいてもたってもいられなくなった。咄嗟とっさに彼女の肩に腕を回し、引き寄せる。

「ったく・・・泣き虫だな」

 ロードの広い胸に額をつけ、クリスはややロードにもたれる姿勢になった。肩に回された腕の重さも、今では心地良い。涙はもう乾いたが、クリスはそのままロードに傍にいて欲しかった。

 夜風にクリスの髪が揺れる。その香りに紛れて、嗅ぎたくもない異様な物の匂いが混じっていることに、ロードは気付き舌打ちをした。

「どうしたの?」

「どうやら、邪魔が入ったらしい。せっかくいちゃいちゃ出来ると思ったのに・・・」

 言うなりロードは立ち上がる。鎧はもうすでに脱いでいるので、傍らに置いてある長剣を左手に持つ。

 クリスも顔を上げ気配を探る。森の奥にわずかにモンスターの気配がしていた。

「私も行こうか?」

「いいよ。お前はレッドを見ててくれ。こっちに来ないようにするからさ」 

 ニッと口の端を上げ、ロードはもう一度クリスの頭に手を置いた。

「あんまり考え込むなよ?心配いらねぇって」

「うん。・・・気をつけてね」

 片手を上げ、森の奥へと進むロードを見守る。クリスは大きく息を吐くと夜空を仰いだ。

 降るような星空は木々の葉で所々しか見えないが、夜気を思いっきり肺に吸い込む。

(なるようになる・・・かな)

 レッドの隣に行き、かわいらしい寝顔を見るとクリスも眠たくなってきた。重い瞼に耐え切れず、そのままクリスは夢の世界に引きずり込まれていった。


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