葛藤 2
焚き火を囲んで男同士の語らいは続きます。
「なんつーかさ。そりゃ、俺はいつでもいいんだけどさ・・・。相手はクリスだし。しかも王女様だろ?俺なんかには――」
「そんなこと気にしてるの?」
「そんなことって!お前・・・」
「だって。クリスは気にして無いよ。全然」
レッドの一言で、ロードはハッとした。
そういえば、彼女の口から身分のことなぞ出てきたことはまだ無かった。ただ自分が『王女』であるとだけ告げた。ロードの接し方もあれこれと言われたことも無いし、威張っている素振りも見せたことさえない。
「クリスさ、王族って好きじゃないんじゃないかな・・・」
レッドはぽつりと言う。
「そりゃ、時々淋しそうな顔してたときもあったけど・・・。でも、ロードに逢って変わったみたい。今の方が前より男っぽくなったけど、なんか生き生きしてるって言うか・・・」
「・・・そうなのか?」
「うん。それに・・・・」
レッドはちらりと眠っているクリスを見てから、さらに小声で付け加えた。
「クリスはきっと、ロードのことが好きだと思うよ」
「えっ・・・」
ロードは顔が赤くなっていくのを感じた。その反応を見て、レッドは笑う。
「たぶんだけどね。初めの頃はさ、ロード、街に着くごとに変なトコ行ってたでしょ?で、おいら訊いたんだ。『あんな男でいいの?』って。そしたらクリスが『男はそういうもんだ』って割り切ってたし・・・。あ、でも、睨んでたときもあったっけ・・」
「・・・マジかよ」
ロードは両膝を抱え、そこに頭を埋めた。当初はクリスを『男』だと思っていたため、全く気にしていなかったが、今となってはロードの夜の行動は全て彼女に知られていたのだ。
(恥ずかし・・・。何、やってたんだ、俺・・・)
顔を上げ、髪をかき上げる。レッドは木の枝を焚き火に投げ入れながら、独り言のようにつぶやいた。
「おいら、もっと早く生まれたかったな・・・」
「ん?何でだ?」
首を傾げるロードに、少年は真っ直ぐに彼を見つめた。
「だって・・・そしたらクリスをお嫁さんにできるじゃないか」
「お前――」
レッドの真剣な眼差しに、ロードは優しく微笑むと、ぽんと軽く彼の頭を叩いた。
「お前の気持ちはクリスに届いてるって。今日はもう寝ろ?いいな?」
「うん・・・・わかったよ」
小さく頷き、レッドはクリスの隣の寝床へと進む。と、その途中でロードを振り返り、こんなことを言った。
「寝込みは襲わないの?」
「うるせー!ガキは早く寝ろっ!!」
ロードの叫びは木々に止まっていた鳥たちを飛び立たせた。その声はむろん、クリスの耳にも入り――
「・・・んもぉ・・・うるさいな〜」
ごろりと寝返りを打ち、クリスは目を開けた。横になったままで焚き火の向こうのロードと目が合う。
「何か叫んだでしょ」
「あ・・いや、ちょっと・・・」
口ごもり、レッドを見やるが、彼はもう木の葉のベッドの上に丸まっていた。
クリスは起き上がると自分のマントをレッドにかけてやる。
「よいしょっと」
掛け声と共に立ち上がると、クリスはロードのとなりに行き腰を下ろす。
「なんか、目、覚めちゃった。せっかく寝てたのに」
「・・・そりゃどーも。俺のせいって言いたいワケね?」
「そ。誰かさんが大声でなんか叫ぶから」
言ってフフッとクリスは笑う。
揺らぐ炎を見つめたままで、クリスはロードに問うた。
「何話してたの?レッドと」
「あ?あー・・・あれだ。明日もいい天気かな〜って」
「嘘でしょ」
「うっ・・・」
クリスに言い当てられ、ロードは言葉に詰まった。クリスは笑って彼を見上げる。
「どーせ、私の悪口か街のかわいい女の子の話とかをしてたんでしょ?ダメよ。レッドに変なコト教えちゃ!」
「教えて無ぇって」
苦笑し、ロードは手を左右に振った。クリスは「それならいいけど」と、両膝を抱える。
ほーほーというフクロウの声がロードの耳に入ってきた。
「私ね」
唐突にクリスはぽつりとこぼした。
「王女なんて地位、欲しくなかったの」
「・・・いきなり、どうしたんだ?」
ロードはクリスを見る。
「王女様なんて・・・自分で決められるもんじゃないだろ?俺だったら、一生遊んで暮らせるってきっと大喜びすると思うぜ?」
「普通はそうなのかもね。でも、私は・・・なんかイヤだったの。いつも回りに世話係がいるし、監視されてるみたいだし・・・。私の意見なんて聞いてくれない・・・。そりゃあ、欲しいものは手に入ったけど・・・自由が無かったのよ」
クリスは焚き火に『火炎魔法』でポッと火を強くした。赤い炎がクリスの美しい横顔を闇に浮かび上がらせる。
「小さいときにね、お母様とよく一緒に城下町を見て回ってたの。それで思ったわ。ここの人たちはなんて楽しそうなのかしらって。みんな輝いて見えた。そんな私に、お母様はある日言ったの。『あなたの好きなようになさい』って。その言葉はずっと心に残ってた。いつかお城から出て、普通に暮らしたいって。街や村を見て回りたいって。・・・ずっと思ってた」
言うと、クリスは隣で黙って聞いているロードを見つめ、微笑む。
「あなたと逢えて良かったわ」
「ばっ・・・ばーか。何、言ってんだよ」
クリスから顔を背けるロード。その顔は耳まで真っ赤になっていたが、炎の明かりでそれはクリスには分からなかった。そのままで、ロードは口を開く。
「あ・・・あのよ」
「うん?」
クリスは揃えたつま先を動かしながら相槌を打つ。
「なあに?」
「前に・・さ。俺、お前を変なトコに誘ったの覚えてるか?」
「変なトコ・・・ああ、売春宿でしょ?」
思い出して笑うクリス。ロードはクリスに向き直ると両手を合わせた。
「あの時は、マジでごめん!その・・・俺はお前を『男』と思ってたから・・・その・・・」
「いいわよ。気にしなくて。男の人は仕方ないんでしょ?お城の使用人からそういう話、聞いたことあるから・・・」
困った顔をするロードにクリスは笑顔を向けると、その次には首を傾げた。
「でも、どうしていきなり謝ったの?謝ることなんて無いのに」
「いや、なんかさ。お前に嫌な思いさせちまったかなって・・・。幻滅しただろ?」
「幻滅ってほどじゃないけど・・・」
クリスは少し考えてから言葉をつなげる。
「ま、ショックだったのは確かかな」
「ショックって・・・どのくらい?」
伺うようなロードの視線に、クリスは悪戯っぽく笑うと
「10点中8点くらい」
「はぁ?!それってほとんどじゃねぇか!俺、残り2点ってことかよ!」
ロードの驚きようにクリスは笑っている。眠っていたレッドがごろりと寝返りを打った。思わず二人は笑うのを止め、少年を見る。彼は小さな寝息を立てていた。
クリスは声を低くして続けた。
「でもね、あれからまた点は上がったのよ」
「ふぅ〜ん。で、今はどれくらいなワケ?」
「秘密」