葛藤 1
パチパチと火の爆ぜる音。赤い炎を囲み、三人は夕飯を食べ終えていた。
アース・ワームとの戦いの後、再びリーフマンティスに遭遇し、先程ブラディークロウという赤いカラスに出遭いたくも無いのに出遭っていた。
森の中ではどこからともなくフクロウの声がこだましている。
「あ〜。もう食えねー」
そのままロードは後ろにばたっと倒れ、大きく伸びをした。木々の葉の間からレモン型の月が覗いている。
「ねぇクリス」
ラビットの骨を火の中に投げ、レッドは横に座っているクリスに言う。クリスは「なに?」と小さくつぶやいた。
「明日・・・おいらの母ちゃん見つかるかな?」
「きっと見つかるよ」
にっこりと微笑むと、クリスは彼の頭を撫でてやる。
「心配しないでいいよ」
「おいら、考えたんだ。もし、このまま母ちゃんが見つからなかったら、クリスたちと一緒に旅続けようかなって・・」
クリスの彼を撫でている手が止まった。不安そうにレッドはクリスを見つめていたが、沈黙したままのクリスを見て、小さくため息をつく。
「やっぱり・・・ダメなんだね」
「そんなこと・・・!」
「クリス。お前、後先考えて無ぇだろ」
クリスとレッドのやり取りを黙って聞いていたロードは、むくっと起き上がった。揺れる炎の向こうにいるクリスを見ると、
「お前、ハーグに会った後どうするんだ?」
と、問う。
「どうするって・・・」
「戻るのか、それともこのままかってこと」
言うとロードは肩膝を立て、抱える。『戻る』というのはもちろん『王女に戻る』ということである。レッドとロードの二人に見つめられ、クリスは少々困りながらも言葉を選んでいく。
「ビゼルト王が・・・前みたいに戻ったら、俺もそうするけど・・・。それはありえないかもな。指名手配までされてるし・・・。そしたら、帰るとこも無いから、このまま・・・かな」
「要するに、王次第ってことか」
「でも、それだったら、おいらも一緒にいられるね!」
レッドの嬉しそうな声に、クリスは思わず微笑み大きく頷いた。
「やった〜!ロードもでしょ?」
バンザイをしたレッドは手を上に上げたままでロードを見た。彼は肩膝を抱え、つま先をぼんやりと見つめている。クリスはと言うと、赤く揺れる炎を見ていた。
「・・・クリス。ロードもでしょ?」
見上げるレッドにクリスは彼から目を逸らす。
「どうかな?ロードに訊いてみないと・・・」
言い、ちらりとロードを見ると、ロードはクリスを見つめていた。瞳と瞳が炎越しに合う。そのままで、ロードは口を開いた。
「お前が来て欲しいんなら、俺はついていく。お前がイヤなら、俺は――」
「嫌じゃないわ」
ロードに見つめられ、クリスは思わず本音を口にしていた。ロードの瞳が驚きでわずかに大きくなる。
「あなたが傍にいて、私を守ってくれるなら・・・。私は――」
「・・・クリス。戻ってるって、言葉」
レッドに肩を叩かれ、クリスはハッと我に返った。カァァッと頬が熱くなる。
「あ・・ありがと、レッド。ごめん、もう寝るよ。お休み」
言うと、半ば逃げるように落ち葉や枯れ枝のベッドに横たわり、マントを布団代わりにする。そんなクリスを見て、レッドは大袈裟にため息をついた。
「初め会ったときはキレーだったんだけどなぁ〜。今じゃほんとに『男』だよね」
しみじみ言うレッド。ロードはクリスの背中を見つめ、先程のクリスの言葉を頭の中で反芻していた。
(俺をイヤじゃないと、一緒に来てもいいと言ってた。俺が傍にいて、あいつを守ってやってたら・・・あいつは次に何を言おうとしてたんだ?)
自然と鼓動が早くなる。レッドはクリスの隣に寝床を必死に作っているところだった。
(あいつが割って入らなきゃな・・・間が悪いったら・・・)
苦笑し、頭を掻く―と、そんな少年と目が合った。ロードは手招きをする。
「こっち来いよ」
「ん?なに?」
ロードの隣に腰を下ろすと、レッドはあどけない顔でロードを見上げた。ロードはクリスの後姿を見つつ、「なぁ。クリスってほんとに王女なのか?」と問うた。
「うん。ほんとだよ」
レッドは大きく頷いた。
「だって、お城の牢屋にいたときに助けてくれたし、指名手配だって――」
「いや、そういう意味じゃなくってさ」
ロードはクッと笑うと、先を続けた。
「王女様らしくねぇなってこと。庶民的っつーかさ、じゃじゃ馬っつーか・・・」
「それは言えてるね。フツーの女の子でも、こんな森の中で、しかもこんな女ったらしを前にして寝れないよね」
レッドはそういうと、隣のロードを見上げた。ロードは「女ったらしは余計だろ」と笑っていたが、彼の視線に気付き、「何だよ」と眉を寄せる。
レッドはあどけない表情で訊いた。
「どうしてクリスを襲わないの?」
ロードがその言葉を理解するまで、しばしの時が必要だった。
フクロウのほーほーという声でロードの思考は正常に戻される。
「ばっ・・・バカかおめー!!聞こえたらどうすんだっ!」
慌ててレッドの口を抑え、ロードは小声で叫んだ。クリスを見ると、肩がわずかに上下している。クリスが寝ているのを確認し、ロードはホッと胸を撫で下ろした。
「大丈夫だよ。クリスはこれくらいの音じゃ目、覚まさないし」
ロードの大きな手を口からはがし、レッドは笑って答えた。そして、ロードに「どうして?」と迫る。
(どうしたもんかな・・・)
ロードは一瞬迷ったが、答えないと永遠に言われそうで、仕方なく口を開いた。