クリス 3
ゴロロロロ・・
遠くの空で雷が鳴っている。
いつの間にか分厚い雲が夜空を覆っていた。
先程まで見えていた半月もその姿を隠し、今や外は闇そのものであった。
ロードは村のはずれの東門に来ていた。そこには半壊した灯台があり、ロードたちはその瓦礫の中に身を隠すことに決めた。
ロードは外を伺ってみた。辺りは波の音以外何も聞こえては来ない。どうやら追っ手は来ないようだった。
「うまく巻いたみたいだな」
小さくため息をつくロード。肩に担いでいたクリスの尻をポンと叩く。
「うー!」
「はいはい」
苦笑し、ロードはクリスをそっと地面に立たせた。そこでロードは初めて気付いた。
「お前!!・・・それ・・・」
「!!」
夜着の上からでも十分分かるほどの豊かな膨らみがクリスの胸にはあった。ロードに言われるまですっかり忘れていたようで、クリスは今や完全にパニックに陥っている。手を後ろで縛られている為、それを隠すこともクリスには出来ない。「うー!うー!」と言いながら、ただピョコピョコと飛び跳ねている。その動作がおもしろくて、ロードは思わず笑ってしまった。
「そんなことしてたら、こけるぞ・・・って、もうこけてるか」
地面で芋虫のようにのたうつクリスに、ロードは近寄ると「静かにしてろよ?」と一言、クリスの口を開放してやった。
無言でロードを見つめるクリスをそのままに、ロードは剣でクリスを縛っているロープを切っていく。
体が自由になったとたん、クリスは膝を抱えて座り込んだ。それを見て、ロードは大袈裟にため息をつく。
「・・・もう言い訳、出来ねぇんじゃねぇか?ちゃーんと説明しろよ?お前がどこの誰で、どうして<ティナ>に化けてたのか。さっきのやつらは何モンなのか」
ゴロロロロ・・・・
再びの雷鳴。
クリスは自分のつま先を見つめてから、意を決したようにゆっくりとロードを見上げた。
「・・・分かったわ。全部、話すわ」
外では雨が激しく降り始めていた。時折、雷鳴が遠くの空から聞こえてくる。
ロードたち二人は灯台の明かり用に置いてあった薪に腰掛けていた。向かい合う格好でロードはクリスの話を静かに聴いている。
クリスの本名は<クリスティー=セーラ=ガーディン>と言い、キルズ国王ビゼルトの一人娘であった。母親を亡くし、新しい義母が来てからというもの、王は変わり、国の法律をも変えてしまった。それが『犯罪者は皆死刑』というもの。それに反発を覚えた彼女は知人の力を頼ろうと、一人で城を抜け出す。その時、スリや窃盗で捕まっていた人々も全員逃がしてやった。彼女にぶつかったせいで捕まっていたレッドは、この助けられたときから彼女と共に行動することとなる。彼女は男装し、身分を偽り、それを守るようにとレッドにも釘を刺していた。
「<リリィ>で、あなたは私を・・・<ティナ>を見たって言ってたでしょ?私は全然気付いてなかったんだけど・・・。あの時は<ある人>を探してたからなの」
「人探しってやつだな?」
彼女はコクリと頷く。
「私が――いえ、レッドが探している人は彼のお母さんなの」
城の牢から捕まっている人々を解放した後のことだった。
彼女の隣で佇む赤髪の少年に「あなたも早く帰りなさい」と言った事に対して、レッドは
「おいら・・・家なんて無いんだ。母ちゃん、おいらのこと捨てたんだ!」
と言って、大粒の涙を流した。
聞くところによると、レッドの母親は若くして彼を産み、一人で彼を育てたのだという。しかし、それもレッドが4歳のときまで。彼の誕生日に、母親は忽然と姿を消したと言うのだ。
そこで、クリスは知り合いに会いに行くついでに、レッドの母親探しも手伝ってやることにした。手がかりは<マリア=フォックス>という名と赤髪。年は20代後半ということだけだった。
「名前も分かってて簡単だと思ってたの。それに、レッドの話だと母親は夜働いて、朝に帰って来てたって言うから・・・だから酒場とか売春宿に行ってたの。男の格好だったら、お客さんに間違われるでしょ?そうなったら困るし・・・」
「なるほどな。女だったら働きに来たのかと思われるけど、逆に聞きやすいもんな」
頷く彼女。抱えている両膝を見つめ続けた。
「<ピース>で・・・女の格好の私に逢ったでしょ?あれは、ほんとに偶然だったの。あなたには<クリス>のままで貫こうと思ってたから・・・」
「んで、拒んだんだな?俺が退くんじゃないかって」
「そう。忘れて欲しかったのに・・・」
「ばーか。あんな出逢い、忘れるわけ無ぇだろうが」
言い笑うロード。彼女はフフと笑い、天井を振り仰いだ。古い木の骨組み。所々からは雨が滴り落ちている。
「あ〜あ。バレちゃった。結構自信あったのになぁ〜」
少し晴れ晴れとした表情の彼女。その彼女に目をやり、ロードは
「アレで自信あったのか?」
と、鼻で笑う。
「男には言い寄られて、戦ったらすぐへばるし、クモ見たら泣くし。極めつけは<金貨6枚>と<小切手>ときたら、俺じゃなくたって気付くぜ」
「あ・・・やっぱりあの時、小切手見たのね」
<チューリ城>の城下町の屋台で、小切手を落としたことを思い出し、困った顔を向ける彼女にロードは口の端を上げ、きっぱり言った。
「お前、マヌケすぎ」