クリス 1
宿屋<お魚パラダイス>の一室で、ロードはベッドの上で仰向けになり天井を睨んでいた。
レッドと共に大浴場―と言っても、4人も入ればいっぱいになりそうな風呂だったが―に行き、久し振りに大はしゃぎをしたのはつい先程。すっかり疲れたレッドはもう一つのベッドの上で、小さく寝息を立てている。
<お魚パラダイス>という安易なネーミングから、ロードは勝手に魚が至る所を泳いでいるんだろうとばかり想像していたが、やはり村は村。単に部屋の名前が魚であっただけであった。ちなみにロードたちが泊まっている部屋は<フライング・フィッシュ>である。
両手を頭の後ろで組み、ロードは何故か眠れないでいた。理由は分からない。体は疲れているはずなのに、神経が張り詰めている。
(・・・なんか引っかかる。何だってんだ?)
部屋の小さな窓からは月の柔らかな光が差し込んでいる。波が打ち寄せる音が、耳に心地よい。
ふと、部屋の隅の闇がわずかに揺れたような気がした。
(・・気のせいかな・・)
思い、ロードが体を左側に傾けた、その時――
ザワッ
唐突に背後に殺気が生まれた。
「!!」
慌てて跳ね起き、自分が寝転んでいたベッドを見る。そこには短刀が3本刺さっていた。
ヒュッ
月光に反射し、再び短刀がロードめがけて飛んでくる。
ロードはベッドに飛び込むと、前転をしながら刺さっているそれを抜き、放つ。狙いは部屋の入り口付近の天井の闇。
「うっ・・!!」
短刀が壁ではないところに刺さっている。ロードはその闇に目をやりながら、サイドテーブルに立てかけていた愛用の長剣を抜いた。
「・・・誰だか知らねぇけど、何のつもりだ?」
ロードの声に闇から黒づくめの人間が一人、姿を現した。血の付いた短刀をカツンと放り投げる。
短刀使い、とでも言うのだろうか。その胸や腰にはいくつもの種類の短刀を携えていた。
ロードの問いかけにも、男か女かもわからない黒づくめは再び短刀を投げつけてくる。
「答える義理は無ぇってことか!」
キンッ ギンッ
剣で弾くと、それは床や壁、果てはレッドの寝ているすぐ横に突き刺さる。
「レッド!起きろっ!」
叫び、ロードは黒づくめとの間合いを詰めた。短刀を投げさせないようにするためである。黒づくめはロードの思惑通り、接近戦に応じた。
「レッド!!起きろって!」
刃を合わせながらロードは熟睡している少年に声を掛けるが、疲れきった体はなかなか目覚める様子は無い。
ギギンッ
刃と刃が交わり、火花が黒づくめの顔を照らし出す。二つの目以外を全て隠していたが、ロードはその目つきだけで分かってしまった。
「・・・プロか?!」
「!!」
ロードの言葉に、黒づくめの動きがほんの一瞬止まった。そこを見逃すロードではない。素早く後ろに回りこむと、その首筋に手刀を叩き込んだ。
「ぐっ・・・」
くぐもった呻き声だけを残し、黒づくめはどさりと床に倒れた。
レッドがやっと起きたのは、この時だった。
「ん・・・どしたの?」
眠い目をこすりこすり見たものは、ロードが剣を手にレッドを見下ろしているという光景だった。
「うわっ!!ロード!何やってんの?!」
「刺客に襲われた・・・。お前、どっか痛くねぇか?」
「えっ・・刺客って・・・」
言い、やっとレッドは部屋の異変に気付いた。床や壁、自分のベッドにまで深々と短刀が突き刺さっている。
「うわっ!!わっ!わっ!!」
慌てて飛び起き、レッドはロードを見上げた。
「何で刺客なんか来るのさっ!?ロード、何か悪いことしたんでしょ!?」
「俺じゃねーよ!そんな感じじゃなかったし・・・ってまさか・・・!!」
不吉なことが脳裏をよぎり、ロードは靴を履くとそのまま部屋を出ようとする。
「ロード!!」
「お前は荷物全部持って、この村から早く逃げろ!いいな!」
「う・・うん・・・けど、クリスは・・?」
「心配すんな!俺に任せろ!」
心配げな表情を見せるレッドを部屋に残し、ロードは一目散にクリスの病室へと走った。




