漁師の村<アイリス> 2
「ここに寝かせてください」
ロードたちが通された病室は、ひどく質素なものだった。病室らしく、白いシーツに白いカーテン。まだ何も置かれていないサイドテーブルの下には丸椅子が収められている。
ロードは背中からクリスをそっとベッドに腰掛けさせ、彼の名を呼ぶ。それに答えるように、クリスは目を覚ました。
「病院に着いたぞ。もう大丈夫だからな」
優しいロードの言葉に、クリスは軽く頷くことで返す。カチャカチャとショルダーガードや鎧を外し、クリスはゆっくりとベッドに横になった。
「・・ひどい熱ですね」
医者のカイルはクリスの額に手を乗せ、眉間に皺を寄せた。
「お名前、言えますか?」
「・・クリス=ガーディンです」
「クリスさん・・と」
カイルは手にしたカルテに何やら書いている。ロードとレッドはベッドの傍らに立っているしかなかった。
「では、クリスさん。上着を捲ってください」
「えっ・・・」
医者を除く3人は思わず固まっていた。クリスは反射的にレッドとロードを見上げる。
口を開いたのは、クリスでもロードでもなかった。
「あ!おいらたち、外で待ってるよ。先生、クリスのことよろしくね!」
レッドは言うと、ロードの背を強引に押し、クリスの病室から逃げるように出て行った。
ばたんと、やや大きな音を立て扉は閉まる。
廊下に追いやられたロードは、レッドが慌てた理由をもちろん分かってはいたが、あえて口には出さなかった。
(クリスのやつ・・・医者には打ち明けるよな。裸見なきゃならねぇわけだし・・・)
窓の外にはピンクと藍色の空が交じり合っている。ぽつりぽつりと家に灯が点り、そのコントラストが美しい。
「・・・クリス、大丈夫かなぁ・・」
ポツリとこぼすレッド。それが熱のことか、クリスの正体がバレることかはロードには分からなかった。
「大丈夫だろ、きっと」
赤い頭に手を置き、ロードは町並みの向こうの海を見た。遠くの方で漁火が揺らめいている。
カチャリ
扉が開き、カイルが姿を現した。ロードとレッドの二人を交互に見つめ、にっこりと優しい笑顔を向ける。
「クリスさんは大丈夫ですよ。少しお疲れになってるだけのようです」
言うと、中腰になりレッドの目線に合わせた。
「クリスさんのところへ行ってあげて。先生はこっちのお兄さんとお話があるから」
大きく頷き、レッドはクリスの病室に再び入っていく。それを見届けると、カイルはロードに「こちらへ」と促した。
案内された部屋は応接間のような待合室だった。一応、受付らしい窓口も設置されている。
ロードが長椅子に座ると、カイルは近くの丸椅子を引き寄せて座り、再びカルテを開いた。
「ええ〜〜っと・・まずは、あなたのお名前をお聞きしてもいいですか?」
そういえばまだだった、とロードは自分の名を名乗る。医者は「ロードさん」と小さく言うと、
「クリスさんとは、どこでお知り合いになったんですか?」
と、妙な質問を投げかけてきた。
クリスの病状についての説明を受けるものとばかり思っていたロードは面食らったように目を見開く。
「・・なんか関係あるのかよ」
「いえ、クリスさんがいつから歩いて旅をされてるのかと思いまして・・・。かなり疲労もたまっておりますしね」
医者の説明にやや不満はあったものの、ロードは渋々答えた。
「・・<リリィ>だけど・・・」
「<リリィ>と・・・」
カイルはそれもカルテに書き取る。ロードは眉を寄せた。
(おかしいな。そんなこと訊くのも変だけど、カルテにメモるほどのコトじゃ無ぇだろ。・・・何だよ、こいつ・・・)
カイルに対しての不信感は顔には出さずに、ロードは逆に質問をしてみた。
「なぁ。クリスのことだけどよ。どれくらいで治るんだ?」
「そうですね。今夜にでも熱は下がりますが、あと一日くらいは安静にしておいたほうが良さそうですね。今までの旅の疲れが出たんでしょう」
緩くかぶりを振りと、医者はメガネをくいっと上げる。医者はカルテから顔を上げるとロードを見た。
「ロードさんたちは今晩はここの宿にお泊まりください。私のほうから伝えておきますので。ところで、お食事はもうお済みになられましたか?」
「いいや」
首を振るロードに、医者は「それでは」と言って丸椅子から立ち上がると、嬉しそうに言った。
「食事のほうも頼んでおきましょう。クリスさんと一緒に召し上がってもいいですよ。そのほうが、彼も嬉しいと思いますし」
カイルがクリスのことを『彼』と言った事で、クリスの気持ちがロードには分かった。
(まだ、『女』ってことは俺には秘密ってことか・・・。俺が気付いたってあいつにバレて無ぇのか・・。案外、鈍いんだな)
口の端を少し上げ、ロードは長椅子から立ち上がる。
「んじゃ、俺はレッドを連れて宿に一旦荷物を置きに行くよ。で、戻ってきてクリスと食事で。・・・それでいいか?」
「はい。ここの魚料理は絶品ですので、お楽しみください」
言うとカイルはメガネの奥の瞳をすぅっと細めた。
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