漁師の村<アイリス> 1
<アイリス>は<平和都市 チューリ>の<チューリ城>と<サラン国>の<オレット>のおよそ中間に位置している。およそと言うのは、<アイリス>は国こそ<サラン国>だが、場所的には<平和都市>に近かった。つまり、国境線ぎりぎりのところ―<チューリ城>の南南西―にこの村はあるのだ。最も、<オレット>を目指していたロードたちは少し遠回りをしたことになるのだが・・・。
『漁師の村』と呼ばれているだけあり、村人はほぼ全員が漁師。特産物はミッケという魚の干物や魚卵の瓶詰めなどの海産物。漁師や魚に興味のあるものにとってはまさに天国のようなこの村なのだが、一般の旅人は全く立ち寄らない場所でもあった。と言うのも、<チューリ城>から<オレット>までの街道は出ているのだが、この<アイリス>に至っては全くもってそれが無い。馬車すらないのである。あるのは漁船のみ。魚を売りさばく船は一日に何十隻と漁港を往復していた。
そんな村にロードたちが着いたのは夕暮れが近づいて来た時だった。
「・・・なんにも無ぇんだけど」
村が淡いピンク色に染まっている。港に打ち寄せる波の音がやけに大きく感じるのは、村に人の気配が全く無いからだろう。古めかしい家が十軒ほど、潮風にカタカタと揺れていた。
ロードは額の汗もそのままに、隣でたたずむ少年に、
「レッド。あの看板のある店でちょっと聞いてきてくれるか?」
と、顎でそこを示す。ロードが指し示した店には、『雑貨屋』という古い看板が斜めにかかっていた。
「うん。わかった・・・けど、やってるのかなぁ?」
疲れた体に鞭を打ち、レッドは訝しく思いながらもトコトコと駆け出していく。
小さな少年の背中を見届け、ロードは何も無い村を見渡す。
何軒かの家の煙突からは煙がゆらりゆらりと立ち上っていた。
「もうちょっとだからな。頑張れよ」
背中のクリスに声をかけるも、返事はない。キラー・ビーとの戦い後、彼はロードの背で眠っていた。すぅすぅと気持ちよさそうな寝息に、ロードの口元が緩む。と、レッドが嬉しそうに走ってきた。
「ロード!あのね、あの青い屋根のとこが診療所だってさ!」
はぁはぁと息を切らしながら、レッドはその場所を示し、持っていたクッキーの袋をロードについでに見せる。
「ロードもお腹空いてるんじゃないかと思って・・」
言うと、恥ずかしそうに笑った。
(そういえば、果物くらいしか食べてなかったっけ・・・)
クリスのことばかりが気になって、ロードたちはまともに食事をしていなかった。森の中を抜けたときに、木の実や果物を取って口に入れたくらいだ。
ロードは疲れた表情を見せない少年に素直に謝った。
「ごめんな、レッド。俺はいいから、お前食べろよ」
「いいの?」
ぱぁっと嬉しそうな笑顔を顔中に広げるレッドに、ロードは優しく頷く。
「ああ。あとで、飯も奢ってやるから、あんまり食べるなよ?」
「うん!」
クッキーを片手に歩くレッドを先頭に、ロードは青い屋根の診療所へと歩を進める。
ぼろぼろとクッキーのかけらを落としながら、レッドがロードを振り仰いだ。
「でもさ、ここに病院あってよかったね!」
「そうだな。ま、じーさんばーさんが多いのかもな。ここからじゃ<チューリ城>にしたって<オレット>にしたって、かなりの長旅になるしな」
「そうか!おじーちゃんたちには辛いもんね!」
クッキーを食べて、元気復活したレッドはロードの言葉にポンと手を打った。
『診療所』と書かれた板が貼ってある家の前にたどり着いたのは、それからすぐのことだった。普通の古ぼけた家となんら差は無い。至ってシンプルな建物だった。
「すいませ〜ん!お医者さんいますかぇ〜?」
レッドの幼い声と、木の扉を叩く音。
しばらくの静寂の後、
「はぁい。どなたですか?」
がちゃりという金属のものが取り外される音と共に現れたのは、ロードたちの予想に反して、まだ若くメガネをかけた聡明そうな男性だった。