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君となら  作者: 中原やや
19/67

馬車の町<ピース> 6

「ったく・・・」

 町が濃紺色に染まる頃、ロードは一人愚痴りながら路地裏を歩いていた。

「あのじーさん・・・」

 昼間に入った酒場で酔った老人にからまれ、ロードは長い昔話を聞く羽目になった。それが良い子守唄となり、いつの間にか頭を抱えたまま眠りに落ちていた。そして、目が覚めたのはつい先程。酔った老人も隣にはおらず、ロードは金を払うとさっさと店から出てきたのだった。

「張り込みする予定が狂っちまったぜ」

 毒つき、買ったサンドウィッチを頬張る。夜空には数え切れないほどの星と、薄い三日月がロードを見つめていた。 

 ロードがそれを全て腹に収めたとき、

「ねーちゃん、幾らだ?」

 下品な笑い声がロードの耳に入ってきた。

「おい。幾らだよ?今晩、オレと付き合わねぇか?」

「そんなんじゃありませんっ!」

 声はどうやら、ロードのいる路地裏からさほど遠くない所から聞こえてくる。馬車も通っていない静かな通りに、凛とした女性の声が響いている。

(まさかな・・・)

 思うが確かめずにはいられない。ロードは足を速め、突き当りの角を左に折れた。

 そこには、酒瓶を手にした男二人に絡まれる女性の姿があった。ショールで顔を隠している。黒いスカートが彼女が動くたびにひらひらと舞った。

「いいじゃねぇか。今晩どうせヒマなんだろ?」

 一人の男が、彼女の細い腰に手を回してきた。瞬間、彼女は手を振り上げた。その時、

「ここにいたのか」

 平然とした表情でロードは彼女に言った。彼女の振り上げた手首を後ろから掴んでいる。男たちは、いきなり現れた男にしばしあっけにとられていた。

「探したんだぞ」

 しかし、ロードは彼らの視線をものともせず、彼女の手首を離すとそっと抱き寄せる。甘い香りがロードの鼻腔をくすぐった。

 やっと事態を飲み込んだ男たちは、ハッと我に帰ると、いきなり現れた目の前の男に怒鳴りつけた。

「やいっ!てめぇ!そいつはオレのだ!」

「今、交渉してたんだっ!横取りすんなっ!」

 鼻息荒く、興奮する男たち。ロードは彼女を背中に回し、「まぁまぁ」と彼らを落ち着かせると、言った。

「この、俺のなんだよね。つーか、予約制だから俺の次で良ければ、明日もう一回この娘に会いに来いよ」

 そして、ロードは彼女の背を押し、さっさと行こうとする。しかし、これで黙っていられるほど男たちも大人しくは無い。ガチャンと派手な音を立て、酒瓶の底を割ると、ロードの背に向かって叫んだ。

「ふざけるなよ!小僧っ!」

「痛い目見ねぇうちに、女を置いてけ!」

「・・・やっぱ、ダメか・・・」

 やれやれというように、ロードは大きく左右に首を振ると、ゆっくりと視線を男たちに戻した。そして、ニッと口の端を上げ、

「よしっ。やるか?」

 言うが早いが、一人の男に一気に詰め寄り、左のこぶしででっぷりと太った腹に一撃。悲鳴を上げることなく倒れ伏した相棒を見て、もう一人は割れた酒瓶を投げ捨て、逃げていってしまった。悲鳴だけを余韻に残して・・・。

 ロードは男が失神しているのを、つま先で軽く蹴って確認すると、彼女に向き直った。優しく尋ねる。

「大丈夫か?なんかされた?」

「いえ・・・大丈夫です」

 怖さでか、先程のロードの戦いによるショックからなのか、彼女は未だうつむいている。ロードは小さく息を吐くと、昨夜と同じ手さばきで灰色のショールをもぎ取った。「あっ!」という、女性の声。

 ロードはニッと笑って言った。

「また逢ったな。お嬢さん」

 ブロンドの胸までの長い髪。大きな青く輝く瞳。肩まで開いた黒のワンピースは赤いベルトできゅっと締められていた。ロードは、そんな彼女をしげしげと見つめ、

「いい加減、名前くらい教えて欲しいんだけど。ちなみに俺はロード=リッツァー。年は23だぜ」

 言うと左手を差し出す。

 女性はもうロードから逃げられないと悟ったのか、ゆるくかぶりを振ると、ため息混じりに答えた。

「・・・ティナよ。ティナ=バウンス」

 二人は握手を交わした。




「ところでさ。あんなとこで何してたの?」

 ロードとティナは路地裏から小さな酒場へと場所を移していた。

 ティナが再び逃げるかと心配したロードだったが、彼女は素直に彼の申し出、「一杯くらい付き合わねぇか?」に頷いていた。ロードが助けたことで、彼に対する印象もガラリと変わったのだろう。

 ティナは両手で果実酒の入ったグラスを包みながら、答えた。

「ある人に頼まれてるの」

「何を?」

「人探し」

 その言葉に、ロードは飲みかけていたビールを噴出ふきだした。

「ちょ・・ちょっと、大丈夫?」

「ごほっ。もしかして、そいつってさ・・・」

 ロードはむせ返りながらも言葉をつむぐ。

「クリスとかって野郎じゃねぇ?」

「え?違うわよ」

 ロードの気持ちとは裏腹に、ティナは首を左右に振る。

「私の依頼主は秘密だけど、あなたの知らない人だと思うわよ」

 言ってつやっぽく笑う。

 目の前に彼女が座っていること事態、ロードにとっては夢のような話なのだが、その彼女が自分の為だけに微笑んでくれている。それだけで、ロードは鼓動が早くなっていくのを感じた。

「そ・・そうだよな。ごめん」

 内心の動揺を隠し、ロードは素直に謝る。ティナは多少驚いたらしく、長いブロンドを左右に揺らす。

「別に謝らなくていいわ。あなたが悪いわけじゃないし」

「まぁな」

 うなづき、ロードはジョッキを空にした。

 町の外れにある<ひと時の安らぎ亭>。小さな酒場だけあって、客はロードたちの他には10人もいないだろう。そのほとんどの男たちが、今はティナに注目している。それほど、彼女は魅力的であった。

「・・・なぁ、ティナ」

 店内の男たちの視線が痛いほどロードに突き刺さっている。それに耐え切れなくなり、ロードは提案した。

「そろそろ、ここ出ないか?」

「出て、どこに行くの?」

 小首を傾げるティナ。すると、ある考えが浮かんだらしく、「まさか」と怖い顔をする。

「まさか、あなたの部屋なんてこと――」

「無ぇよ。安心しな」

「安心しなって言われてもねぇ」

 ティナはくすりと笑った。 

「真夜中に変態見たいなことされた人に気を許せますか」

「変態って・・・お前なぁ〜」

 ロードも苦笑する。

 本心では、今すぐにでも宿に連れ込みたかったが、それを許してくれる相手ではないことくらい、ロードにはわかっていた。

(じっくり、慎重にいかねぇとな・・・)

 などと、考えを巡らせていると、ティナがショールを巻き始めた。ロードににっこりと笑いかける。

「今日は、助けてくれてありがと。ここは私のおごりにしておくわね」

 と、言うと金貨6枚をロードの目の前に置いた。

「えっ・・・?何、これ?」

「助けてくれたお礼。これくらいでしょ?」

「・・・・」

 ロードは言葉が出なかった。と、いうよりも、過去のある出来事が頭の中でよみがえっていた。

(俺が初めにクリスに吹っかけた金額だ・・。偶然か?それとも、やっぱりクリスが絡んでんのか・・・?)

 確かめてみるのは簡単だった。しかし、ロードは今それをするのは怖いと感じていた。折角せっかく、彼女と出会えたのに、またどこかへ行ってしまいそうな気がしてならなかった。

 ロードは黙ったまま、テーブルの上の金貨を握った。

 そのまま動かなくなったロードを不思議に思ったティナは、彼の顔を覗き込む。

「大丈夫?ロード?」

「ああ・・。心配すんな」

 薄く笑い、握り締めたままの金貨を金袋に入れた。目の前のティナは帰る準備をしている。青い大きな瞳がせわしなくクリクリと動いていた。

 ロードは静かに口を開いた。

「今度は・・・いつ会えるんだ?」

 唐突な質問に、今度はティナの動きが止まった。そして、悲しげな表情でロードを見つめる。

「今度なんて・・・たぶん、無いわ」

「どうして?人を探してるんだろ?」

「そうだけど・・・」

 言うと、長いまつげを伏せた。

「もう、逢わないほうが良いわ」

「・・・もう出逢っちまっただろ」

「だから!尚更なおさらよ・・・」

 ティナは涙目で目の前の男を見た。

「もう逢わないほうが良いの」

 再び同じ言葉を繰り返し、ティナは立ち上がる。

「待てよ」

 咄嗟とっさにロードは彼女の手を掴んでいた。ロードも椅子から腰を上げる。

「どうせなら、俺たちと旅、しねぇか?そのほうが安全だろ?」

「ダメよ」

 ティナは緩く首を左右に振った。

「私は依頼人と一緒にいなきゃ。ごめんなさい。ロード」

 濡れた瞳で上目遣いに見つめられ、ロードの心臓は再び高鳴り始めた。ティナを抱きしめたいのを懸命にこらえる。彼女に対する疑問は、全てどこかへ吹き飛んでしまっていた。

「それじゃあ・・・。もう行くわ。待ってる人がいるから・・・」

「・・・ああ」

 柔らかい手のひら。ロードは彼女の手をいつの間にか握り締めていた。右手の中指に指輪があるのを、ロードは感触だけで確かめる。

 ティナは彼の手から、自分のものをするりと抜くと、「さよなら」と身を翻した。

 その彼女の背中に、ロードは思わず叫んでいた。

「俺、次はチューリ城に行くから!待ってるからな!」

 からんころんと店の扉の音。

 甘い香りと共に、ロードはしばらくそのまま立ち尽くすしかなかった。



ティナの登場です。

彼女は何者なんでしょう?

ブロンドの青い瞳ってキレーですよねぇ(笑)


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