馬車の町<ピース> 4
両替屋の入り口には<マクドネルの店>という看板が掲げられていた。ポスターにも<宝石 交換いたします>という文字がある。
カララン
扉を開けると、軽快な鈴の音と共に「いらっしゃ〜い」と、やや間延びした声。店の中には武器商人らしい逞しい体格の男が、陳列された交換アイテムを睨みつけていた。
「いらっしゃいませ〜。カウンターへどうぞ〜」
声がロードとクリスの二人に投げかけられる。レッドはというと、入るなり店内を駆け回って物色していた。ロードたちは言われたとおりにカウンターへ向かう。そこには、大きな秤があり、白い上下の作業着に紺のエプロンを身に着けた青年がにこやかに立っていた。
「いらっしゃいませ。宝石をこちらの上に置いてください」
言うと、秤の皿をロードに差し出す。ロードとクリスは袋に入っていた宝石をジャラジャラとそこへ入れた。大粒のものやら、小粒のもの。色とりどりの宝石で、その皿は満たされた。
「それでは、量りますので、しばらく待っていてくださいね。全てお金に換えられますか?」
「ああ」
うなづくクリスに、店主のマクドネルは一瞬、目を見開いたかと思うと恐る恐る尋ねた。
「・・・男の方・・ですよね?」
「はぁ?」
「いや、あの・・。深い意味は無いんですよ・・・。その・・・なんていうか、美しい人だなぁと思いまして・・・」
言うと、恥ずかしそうに頭を掻く店主。それを聞いてロードはクッと笑うと、
「やっぱ、こいつ、男にモテるんだ?前にもあったんだぜ。なぁ、クリス」
「言うなよっ!ロード!」
プイっと横を向き、クリスは店の奥の棚のほうへ行ってしまった。マクドネルが済まなそうに謝る。
「すみません。なんか、僕、怒らせてしまったみたいで・・・」
「い〜って。気にすんな。交換、よろしくな」
左手を振り、振り向いたロードと武器商人の目が合った。彼はロードをしげしげと見つめ、
「ロード・・・。ロード=リッツァーか?」
「ああん?あんたは・・・?」
自分の名を口にされ、ロードは首を傾げた。ロードよりも頭一つ分ほど背の高い男。髪は短く、口の周りにはヒゲが蓄えられている。ロードが思い出せないでいると、その男はじれったそうに、ロードのいるカウンターまでドシドシとやってきた。
「ああ、もう!覚えてねぇか?ドンだよ!ドン=ボルガ!」
「ああ!ドンか!久し振りだな!」
久し振りの再会に、ロードとドンは熱い抱擁を交わした。
ドンとは、<リリィ>で金持ちの警護の仕事で相棒になって以来だった。<リリィ>での初仕事だったロードは、ドンにいろいろと教わった。武器の改良の仕方も、そのときに習ったものだった。当時のドンは身体が細く、長髪だったために、ロードは目の前の男が彼だとは全く気付かなかったのだ。
「5年振りじゃねぇか?すっげー変わったな!」
「がっはっは。おめぇだって、こんな逞しくなりやがって!しかも、女連れで旅たぁ立派なご身分なこった!」
「女ぁ!?」
叫び、<女>ということがクリスだと気付く。ロードは笑って否定した。
「あいつは男だぜ。クリス=ガーディン」
「ふぅ〜ん。おれぁてっきり、おめぇがそっちもいけるようになったのかと思ったぜ」
ドンはクリスを見ながら言う。クリスはレッドと交換アイテムを好奇心に満ちた目で眺めていた。ロードも同じようにクリスに視線をやりつつ、
「ジョーダンじゃねぇよ。俺には男にはキョーミねぇんだ。・・・確かにクリスは女みてーな顔してるけど・・」
「だろ?」
ニヤリと笑い、ドンは続けた。
「試してみたらどうだ?」
「まさかっ!やめてくれよ」
笑い飛ばす。ロードはドンにきっぱりと言った。
「俺は今、恋してるんだからよ」
「はっ!おめぇが恋!?」
がっはっはと大声で笑う。店主もクリスもレッドも、ドンに注目した。
「おめぇは女なら誰でもいいんじゃねぇか?」
「昔はな。今は違うんだよ」
言って口の端を上げてみせるロードに、ドンは肩を叩いた。
「大人になったな、ボーズ」
ドンに昔の呼び名で呼ばれ、ロードが苦笑いしていると、店主・マクドネルがドンとロードを呼んだ。どうやら、両替えが終わったらしい。皿の上には宝石ではなく、金貨・銀貨が乗っていた。
それを差し出しながら、マクドネルは言う。
「え〜〜っと・・・ドンさんが金貨45枚と銀貨3枚です。ロードさんは金貨24枚と銀貨9枚です」
「おっ。そんなにあったか」
ニコニコ顔で腰の金袋に金貨を入れるドン。
ロードは山積みにされた金貨を思わず見つめていた。こんな大金が目の前にあることが、ロードには夢のようであった。しばし、それに見とれていると、
「何をしてるんだ?ロード」
いつの間に隣に来たのか、クリスが不思議そうにロードを見上げている。
「早く分けてしまおう」
「あ?ああ・・・そうだな・・。なんか・・すげーな・・」
見とれていたことに、少々恥ずかしさを感じながらも、ロードも金袋に手を伸ばした。―と、
「なんなら、預かりましょうか?」
店主がいきなり口を開いた。ロードとクリスは顔を見合わせる。
「預かるといっても、小切手にするだけなんですけどね。そんな大金持ってはいられないでしょう?」
「まぁな・・」
小さくうなずくクリスに、ロードも同意する。
「んじゃ、小切手にしてもらおうかな」
「では、ロードさんはこちらで手続きをしてください」
カウンターの横の椅子に腰掛け、ロードは店主の言われるままにサインをしていく。
ドンはロードとクリスの二人を交互に見て言った。
「ところで、おめぇさんたち。今、なにしてんだ?見たところ、旅人風だが・・・」
「ちょっと、ある人を探してまして」
ロードに代わり、クリスがその問いに答える。
「あなたには、関係のないことですよ」
「ま、確かにな。悪かった」
素直に謝るドン。クリスも「いいですよ」と、ニコッと笑ってみせる。
ロードはこのとき、クリスの旅の目的を初めて知った。
『ある人物を探している』という。しかし、ロードと共に行動しているときに、その素振りは見せてはいない。
(クリスのやつ・・・一体いつ探してるんだ?俺と別行動中か?それなら少しは分かるが・・・。そんなに秘密ってことか・・・)
ロードの前ではマクドネルが小切手の説明をしている。ロードの頭の中はクリスに対しての疑問が膨らんでいたが、軽く頭を振ることでそれらを払い飛ばした。今はまだ、時期ではない。
「・・・ということですが、何かご不明な点はございますか?」
「えっ?」
いきなり現実に引き戻され、ロードは我に返った。
「なんだって?」
「小切手について、何か分からないことはございませんか?」
マクドネルは優しく、もう一度同じ質問を繰り返す。ロードは、「それなら、ダイジョーブ」とうなづいた。
「では、もうちょっお待ちくださいね」
言うと、彼はカウンターの奥に入って行く。ロードは背伸びをすると椅子から立ち上がり、ドンを見上げた。
「んで?お前は何してるんだ?見た感じ、武器商人っぽいけど?」
「ああ。おれぁ馬車で<ピース>と<チューリ城>を行き来してる商人よ。武器やらアクセサリーやら、なんでも取り扱ってる。案外いい仕事だぜ?どっかの傭兵やるよりはよっぽどな」
言ってガハハと笑う。
「自分でも武器作ってたりするのか?」
「まぁな。今、おれが持ってる斧も改良したもんだ。これだけでも結構もうかるんだぜ?なんなら、おめぇらのもしてやろうか?」
ロードとクリスはお互いに顔を見合わせたが、小さく首を振ると彼の申し出を断った。
「すまんな。今は遠慮しとくよ」
「なぁに。いいってことよ」
そして再びガハハと笑う。丁度そのとき、店主が奥から顔を出した。手に紙切れを持っている。
「ロードさん。これが小切手です。金貨20枚でいいんですね?」
「ああ。ありがとよ」
小さな紙切れを受け取ると、それをそのままクリスに渡した。彼は面食らった表情で、ロードを凝視する。
ロードは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「俺だと、またスリにやられるかもしれないし・・・。お前だったら、ちゃんとしてるかなと思ってさ。いいだろ?」
「・・・俺はお前の保護者じゃないぞ?」
苦笑いしつつも、クリスは小切手を受け取ると自分の金袋に入れた。
その一連の動作をドンは見ていた。ニヤニヤ顔で。
「やっぱ、おめぇさんたち。・・・デキてるだろ?」
ロードの非難の声と、クリスの無言の睨みに、この後、ドンはしばらく耐えることとなった。
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