馬車の町<ピース> 3
「ギャッ八ッハッハッ」
レッドの馬鹿笑いが朝食を食べる旅人たちの視線を一斉に集めた。
ロードは昨夜、クリスとレッドが泊まっている宿を探してチェックインしたのだが、あの女性のことが気になって、眠れぬ夜を過ごしてしまっていた。そして、今朝は、その<陽だまりの丘>の一階の食堂で三人は朝食をとっていた。
「んなに、笑うことねーだろーが」
「だって・・ひっひっ。ロード、アホすぎっ!」
笑いをこらえ、レッドが言う。ロードは昨夜の出来事を二人に話していた。実のところ、レッドではなく、クリスに相談したいが為であった。
コーヒーを飲み、ロードは視線を馬鹿笑いをしているレッドからクリスへと向ける。彼はパンにバターを塗っているところだった。
「なぁ。お前どう思う?あの女、ひどくねーか?」
「んー・・・」
バターナイフを振り、クリスは言う。
「その場合仕方ないんじゃないか?いきなり『俺のトコへ来ない?』ってのは・・・女の子からしたらかなり退くと思うし」
「そっかぁ?これで結構いけたんだぜ?ま、ああいう娘とはタイプが違うか・・」
テーブルに肘を突き、頬杖をするロード。今、思い返してみても、昨夜のあの女性は美しかった。胸までの柔らかな髪、豊かな胸。ロードを睨みつけたときのあの表情。
「また逢いてぇなぁ」
「・・・懲りてないのか?」
「当ったり前っ!」
言い、ニカッと笑って見せる。そして、身を乗り出し、両手を合わせると。
「もう一日だけ、ここに泊まろう?なっ?なっ?」
「クリスぅ〜。こんな女ったらしの言うこと聞かなくていいって〜」
レッドが隣に座っているクリスを見上げる。クリスは飲みかけのコーヒーカップを置くと、小さくため息をついた。
「その娘に逢うために、一日延長ってこと?」
「そ!」
「逢えなかったら?」
クリスの言葉に、今度はロードが考え込んだ。確かに逢える確率は低いかもしれない。逢えないほうが高いかもしれない。しかし、ロードはもう一度、この町で逢えるような気がしていた。
「ダイジョーブ!逢えるっ!!つーか、逢うっ!!」
根拠の無い自信に、クリスとレッドは顔を見合わせる。
「・・・分かったよ。宝石を金に替えたら別行動ってことで。宿はこのまま取っとくから」
「さっすが、クリスちゃん!」
「その言い方やめろよ」
満面の笑みを浮かべる大の男に、クリスとレッドは再び顔を見合わせ、同時にため息をついたのだった。
今日は昨日とは異なり、薄曇りの日であった。真夏のような暑さも感じられず、風が心地よくロードの身体を撫でていく。
しかし、馬車は昨日の倍ほどの量が走っていた。歩道の両側には流れの商人が店を構え、軒を連ねている。
「すごい数だな。これじゃあうかつに渡れないな」
クリスが腰に手をやり、「やれやれ」とつぶやく。今日は町の外に出ないために、クリスもロードも鎧を脱いで、荷物と一緒に宿に置いてきていた。腰にはいつものように愛用の剣がそれぞれぶら下がってはいるが。
「両替屋はどこにあるんだ?」
「あっち側の小さい雑貨屋の横だよ」
ロードの問いに、レッドが背伸びをしてその店を指しながら答えた。あっち側というのは、道路を挟んで向かい側のことであった。
「しぁーねぇな。行くしかねぇか」
と、ロードが一歩踏み出そうとしたとき、いきなり上着を引っ張られた。
「ちょっと待て」
「・・なんだよ?クリス」
ロードが振り向くと、クリスは少し離れたところを見つめていた。
「あれ、何だと思う?」
ロードもそちらに目を向ける。そこは、人だかりが出来ていた。これと言って店もなく、ただ単に立ちながら何かを待っているように見える。道路を挟んで向こう側も、同じような人だかりが出来ていた。
「見て!なんか旗が上がって来るよ!!」
ピョンピョン飛び跳ねながら、レッドが楽しそうに言う。彼の言葉通り、赤い旗がゆっくりと街燈を伝って登ってくる。
カランカランカラン・・・
鐘の音が町に響いた。と、今まで往来していた馬車のスピードが段々と遅くなっていく。そして、人だかりが出来ている手前で、馬車はぴたりと止まった。ぞろぞろと人々が石畳を横断し始める。
「へぇ〜〜。そういうことかよ」
口の端を上げ、ロードが口笛を吹いた。
「うまく出来てるんだな」
言うと、クリスとレッドを見る。
「ほれ、今のうちに行くぞ」
レッドと手をつなぎ、クリスもロードの後を追った。道路を渡り、しばらくすると旗がするすると降りていく。今度は鐘は鳴らなかった。
再び、馬車の車輪と蹄の音が町を支配する。それを見ながら、レッドは頭の後ろで腕を組んで言った。
「便利な世の中になったもんだねぇ〜〜」
「お前がしみじみ言うことじゃねぇだろーが」
赤い頭をぐしゃぐしゃと触られ、しかめっ面をする少年と、それを楽しむロード。クリスは兄弟のような二人のやりとりを優しく見守っていた。