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君となら  作者: 中原やや
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プロローグ

「ぜーーーったい!おいらはつかまらねーぞっ!」

「待てーー!!小僧!!」

 人々の波をかき分けるように、一人の赤毛の少年が風のように走り抜けていく。

「おっと、ごめんよぉ」

 店の前でおしゃべりをしていた老女を、ひょいと体を反転させて避ける。その流れのままに、ごく自然と、手が店の商品に伸びていた。さっとふところにしまい込むと、再び、風が横切っていく。

「こらっ!ガキっ!!りんごを返せ〜〜〜!!」

 遥か彼方で、先ほどの果物屋の店主がわめいているが、もはや後の祭りである。

「気付くのがおせーんだよ」

 へへっと笑って、役人との追いかけっこをまるで楽しんでいるかのような、この少年。

年のころは10歳前後。汚れて、所々破けた洋服とぼさぼさの赤髪。大きな赤茶色の瞳は、まだ幼く、愛らしかったが、この街、<ローズ>では、有名なプロのスリであった。

「待てーーー!フォーーックス!」

「あっかんべーだ!誰が待つもんかっ」

 追いかけてくる役人に舌を出し、少年―アルフレッド=フォックスは疾走する。

スリの世界で<子ギツネ>と異名を持つアルフレッドは、通称<レッド>で通っていた。

実際、今のところ、その素早さで役人に捕まったことは一度としてなかった。

「どいた、どいたー!」

 先ほど盗んだりんごと、今日生きていくために必要なパンとミルク1瓶。それを落とさないように走るレッド。人を押しのけ、突き進んでいく彼の視界の端に一人の女性の姿があった。

 ほんの一瞬。レッドの視線がその女性に向けられた。

 その次の瞬間には、彼の視線は上下さかさまになっていた。

「?!」

 何が起こったのかわからないまま、なんとか立ち上がろうと、もがいては見るが、べたべたと手につくものや、丸い硬いものが体の下にあったりと、なかなか身動きが取れない。

 やっと、自分が野菜の荷台に突っ込んで転んでしまったことを理解したときには、役人はすぐ目の前まで来ていた。


 

「くそっ・・」

 ミルクの瓶は転んだ拍子に割れて、中身がこぼれ出ていた。

 パンとりんごはころがっていたが、土は汚れを払い落とせば十分食べられるだろう。それらをさっと、懐に入れようとした瞬間、細い手首を誰かに掴まれた。

「やっと・・捕まえたぞ、フォックス!」

 肩で荒い息をしている役人が、にやりと笑いながら言った。

「もう悪さはできないぞ」

 レッドの手首に縄を縛りつけ、そのまま背中の後ろにまわす。

(くそっ。あの時、よそ見してなきゃ・・・)

 ギリッと奥歯を噛むが、これこそ、本当の後の祭り。後悔先に立たず、である。

 野菜店の主人が、ぶつぶつ文句を言いながら片付けている。

 市場を行く人々が、役人と幼い少年を半ば面白半分で見つめている。この市場ではレッドは 超がつくほど有名だったのだ。

 どんどん人だかりができ始めていた。

「あのレッドがとうとう捕まったらしいぞ」

 そんな声が辺りからきこえてくる。

(くそっ・・・)

 レッドが役人のしたいように、されるがままになっていると、

「ねえ、ちょっと待ってください」

 透き通るような美しい女性の声がした。レッドはうなだれていた顔を上げ、その女性を見ると、そこには、先程レッドが見とれていた人物の顔があった。

「あーーーー!!!!」

 思わず叫ぶが、当の女性はレッドが視界に入っていないのか、まっすぐに役人を見つめ、

「どうして、この子を捕まえるんですか?」

と、レッドにとってはありがたいことを口にする。

「この子が何か悪いことでもしたというの?」

 落ち着いた赤いスカートに、肩が大きく開いた白いブラウスの女性。

 その口調は何故か怒っているように、レッドには聞こえた。

「お嬢さん。このガキ・・いや、失礼。この子供はプロのスリでして、ここ何年も我々は追いかけておりました。この市場の人たちも、この子供にやられてるんですよ」

 役人の言葉に、3人を取り巻く野次馬が大きく波打った。

 目を大きく見開き、驚きを隠せない女性。役人はうなづいてみせた。

「ですから、今から城の牢に連れて行こうとしているところでございます」

「・・それじゃあ・・」

 恐る恐る、女性は口を開いた。

「禁固刑ですか?」

「いいえ。死刑と決まっております」

「なんですって!?」

「なんだって〜〜〜〜〜!?」

 女性の声と少年の声が見事に重なった。それというのも、レッドは『スリは罰金もしくは、禁固刑』だと、今の今まで信じていたからだ。スリでつかまった仲間も、実際3年もしないうちに戻ってきていた。

 それは女性のほうも同じだったらしく、青い大きな瞳をさらに大きく見開いていた。

「どういうことよ?スリや万引き・窃盗は罰金か禁固刑になるはずでしょう?

まして・・・こんな小さな子供が『死刑』だなんて・・・どう考えたっておかしいわよ!」

 一気にまくし立てる女性。レッドは首を大きく縦に振って、「その通り」の意を伝えている。

 役人は鼻の頭を左手の人差し指で掻きながら、

「それがですね〜・・・そう言われましても・・・先日法律が改正されまして・・。我々役所ももめているんですよ」

「法律が、改正?」

 眉を寄せ、いぶかしがる女性。役人も困ったように捕まえたレッドを見やる。

「ええ。実のところ、私もこんな子供を『死刑』になんてしたくはないですよ。

でも、王がなんとおっしゃるか・・・」

「・・・わかりました」

 小さく諦めともつく頷きに、役人は「それでは、失礼します」と女性に一礼し、レッドを引っ張っていく。

 しかし、つかまったレッドには、今のやり取りなぞどうでもよかった。

 肝心なことは何一つ変わっていない。

 このまま役所に連れて行かれたら、必ず死刑が待っているのだ。それだけは避けなければならない。

「ちょっ・・!!おっちゃん!!待てって!おいらを放してってばっ!」

「悪いなぁ、フォックス。」

 街行く人々に軽く会釈をしながら、役人はどんどんレッドを引っ張っていく。

「すぐに死刑にならないように努力はしてやるさ」

「なら、今逃がしてくれよぉ〜〜」

「それは無理な相談だ。・・・すまんな」

 そのまま、レッドはローズ城にある役所へと引きずられていった。

 女性はしばらく、レッドがつかまった場所から離れられないでいた。というより、ずっと考え込んでいた。

(どういうこと?スリが『死刑』だなんて・・・そんな法律・・)

 足元に落ちているりんごとパンが目に入ってくる。

 ここローズ城下町は、他国との交流も頻繁で、様々な人種が住んでいる。

 物資の交流のための船も、港から多く出入りしているため、産業・商業・漁業ともに繁栄していた。

 しかし、その裏には必ずと言っていいほど、貧富の差があった。親のいない子供たちがグループを作り、スリなどをして暮らしているという事実も、今ではそう珍しいことではない。

 女性はゆっくりと、城へ向かい歩き出した。

「お父様に、問いたださなくちゃ」

 ポツリとつぶやいた言葉は、城下町の喧騒けんそうに掻き消えていった。



長い物語になりそうです。頑張って更新しますので、気長に待っていてください。また、感想などありましたら、どんどん送ってください。

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