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惑星マーキング

作者: 宇井

『惑星Tへ』

 つい先日、A国が惑星Tに人間の居住環境を構築すると発表した。このプロジェクトの具体的な内容は、人間を移送するロケットの開発、現地における移住環境の構築である。数年におよぶ飛行のための食料、空気、燃料の補給方法、惑星Tでの移住環境の建設と課題は多い。


われわれの惑星Mが存在する恒星系の中で、硬い地殻を持ち、人間が凍らずにすむ気温をもつ惑星はT以外存在しない。すでに送られた数多くの探査機により、地表近くはかなり調べられている。


膨大な資金を持つA国は早くから探査機を投入し、調査を進めていた。その情報は世界にも惜しみなく公開されていた。

生命活動は発見されていない、レアメタルの鉱脈も見当たらない、大気は薄く有害ガスを含む、始終砂嵐があり、磁場が強い、と特段の利用価値はないと発信していた。

ところが、巨額の費用をつぎ込んで居住プロジェクトを開始したとなると、何らかの隠された宝があるはずだ、と各国は色めきたった。

このままA国にだけ、開発の主導権を握らせるわけにはいかない。さっそく、各国が惑星T開発プロジェクトを立ち上げた。



『開発プロジェクト』

 資金が乏しいながらも、わが国の政府も遅れまいと、きっと、私にプロジェクト入りを打診してくるに違いない。

私は惑星Tの生命痕跡を探す研究のために政府から研究費を得ていたからだ。

生命が存在したならば、必ずなんらかの痕跡を残すだろうということで、惑星Tの生物化石の存在を実証しようとしていた。

探査機が持ち帰った、ほこりのような砂粒を1粒づつ分析し、未知の生物の痕跡を探し出す事が私のライフワークである。


予想通り、政府は私をプロジェクトの要員として招聘した。

政府が私に要求したのは、惑星Tの生命調査ではなく、マーキングシステムの開発であった。

マーキングシステムとは、簡単に言うならば、惑星地表に効率的に杭を打ち込む機器である。

化石研究者ならば、地表に穴を開けるシステムの開発に最適だというのだ。


 話しは遡って、なぜ、マーキング杭打ち機かというと、惑星上の用地取り合いが起こっているからだ。

現在、惑星Tは無法地帯だ。どこかの国が宇宙領地条約なるものを言い出して自由に開発ができなくなる前に、とにかくより多くの領土を確保せよ、という発想である。

A国に対抗して、資金の乏しい国々は、科学調査は後回しに、杭を大地に打ち込み、とにかくより広く自国領土を囲む作戦にでた。

各国は効率のよい杭打ち機の開発に躍起になり、それをロケットに積み込み次々に惑星Tに送り込んだ。

惑星に投げ落とされたロケットのカプセルから、カマキリの子のように、国旗を付けた小さな杭打ち機は惑星Tの四方八方に散っていく。


 マーキングシステムは、道路に穴をあけるようなただの杭打ち機では役立たない。

惑星Tは厳しい地形をしている。巨大な圧力により褶曲した大地は、ケーキ台の上にぎざぎざの口金から搾り出した生クリームの列のように波打って固まっている。

凍た液体が山頂からずり落ちながら、侵食して削り出した巨大な岩がすきまなく林立ちしている。

深いクレバスが縦横に走り、その縁の地盤はもろく、絶え間なく、わずかずつ崩れて音もなくクレバスの奥底に吸い込まれていく。クレータの壁は絶壁だ。

こうした地形を避け、乗り越えながら走行しなければならないのだ。


 更に、他国の杭打ち機との抗争もある。自国が獲得した用地に進入して杭を打とうという他国機があれば、それを阻止しなければならない。


 杭もただの杭ではない。細く軽い超合金の杭には、光発電機能と通信機能がある。他の杭と互いに通信し、レーザ光を杭の間に張り巡らせ、用地を囲むのだ。

何千本もの杭を装備して杭打ち機は土地を捜し求める。


これらの要件を満たすために、私は、自律的なAIを実装したマーキングシステムを開発し、KUI1型と名づけた。


『バトル開始』

 私は、惑星Mの地上のオペレーションルームから、杭打ち機の活動をモニタしていた。

まず、わがKUI1型は、半径50キロの巨大なクレータを外側から囲み、杭を打ち、他国に先駆けて広大な領地を獲得した。

ところが、レーザ光で囲んで確保したはずのクレータの内部にS国のドローン杭打ち機が着陸し、クレータ内部の円形全域を確保されてしまった。

不覚であった。わが国は杭打ちの性能ばかりを重視したため、空からの進入に無防備であった。

わが国の杭が張り巡らすレーザ光による境界は地上10mまでしか効果がなかったのだ。

結局、この案件において、わが国が確保できたのは、クレータの周囲をめぐる絶壁のみという結果に終わった。


 また別のKUI1型は、平原の確保に向かった。そこはすでにN国が広範囲を確保していたが、食い込みを図った。

ところが、N国の杭打ち機の待ち伏せにあった。N国の機器は杭打ち性能は低いが非常に頑丈な機体をもっている。

わが国が進入しようとした地点に近辺の機体を集合させて、わが国の杭打ち機を押しつぶした。


 優れたハードウェアやソフトウェアを実装した杭打ち機を導入すれば、形勢が逆転する。

そこで、私は失敗を回復すべく、AIソフトウェアをアップデートすることにした。

境界設定レーザの三次元化と攻撃用の高エネルギー発生機能を追加し、マスターの杭打ち機にアップデート版を送信した。

マスター機から、各杭打ち機に配信するのだ。


 こうして、さらに惑星Tの領地抗争は激しさを増していった。もちろんA国だって黙ってはいない。

惑星M上では国際法で禁じられている領土拡張の代理戦争の様相を呈していった。



『トラブル』

 私は、惑星Mのオペレーションルームから日々興奮しながら杭打ち機をモニタし、自国が獲得した場所を塗りつぶしたディスプレイ表示に一喜一憂していた。

しかし、ある問題が次第に明らかになってきた。通信不能になる杭打ち機が、このところ非常な勢いで増えているのだ。

このままでは、他国に負けてしまう。


 私は、モニタで確認した。杭打ち機の位置示す輝く点は惑星全体に分散している。

しかし、ある一箇所への集中度が高い。何か理由があって、その地点の争奪戦を繰り広げているのだろうか。

次にモニタの画像が送られてきたときに、その場所は、全くの空白になっていた。一度に多くの杭打ち機が消えてしまったのだ。

そして、また、そこに集中しては、消える。一定の間隔をおいて送られてくるモニタの画像で同じことが繰り返された。


 アップデートがまずかったのかと私の頭も空白になったが、よくみれば、どの国の杭打ち機も同じことになっている。

となれば、この地点に問題があるはずだ。そこで、今度は地形データと磁気データを表示した。

そこは、赤茶けたもろい岩だらけの崖に囲まれた、狭いが平らな場所である。特別に磁気は強くない。

そこにマスター杭打ち機が近づいている。モニタをマスター機のカメラに切り替える。

すると、杭を打とうとしたマスターは見る間に、機体が傾き、砂に埋もれてモニタの画面が消えた。


 そこは固い地表のように見えて、実は非常に薄い表土が膜を張っているだけなのだ。表土の下は底なしの砂湖である。杭打ち機は次々とここにやって来て、砂に埋もれて沈んでいったのだ。

しかし、この地点の危険度はデータとしてインプット済みであったはずだ。なぜ、この場所に杭打ち機が集まってくるのかわからなかった。


 こうなると、領土争いをしている場合ではなかった。国際会議が開かれ、さまざまなデータが検討された。

その結果わかったことは、ハッキングの疑いである。

A国は銀河系外の惑星調査も手広くやっていたが、最近の観測で、約500光年のかなたにある牝牛座分子雲からの到達電波が異常に強くなっていることに気付いていた。


『小惑星中継局』

 我々は、惑星Tの杭打ち機をアップデートするために、小惑星ロトに通信中継設備を打ち込んでいる。

惑星MとTの間には多くの小惑星が存在するが、その周回軌道や自転の関係から利用できる小惑星はロトに限られる。

そんな訳で、このロトには、各国の通信中継設備が集中していた。小さなロトは、各国のパラボラアンテナのいぼで覆われている。


 牝牛座分子雲からの強力な電波は、このロトに向けて照射されていた。

その結果起こったことは、ロト上のすべての中継機器は、自国から送られた送信データをすべてドロップし、かわりに牝牛座から送信されたデータを惑星Tに中継するように改ざんされていた。

その方法は解析不可能で、目的もまったく不明であったが、結果として各国のすべての杭打ち機は、あの地点に遠隔操作で集められ、底なし砂湖に打ち捨てられた。



 世界各国の首脳はハッキングを抗議すべきだと主張した。しかし、相手は500光年先にいる。

時間のかかる辛抱強い交渉が必要であり、抗議を継承すべき我々の子孫の存在すら怪しい。

研究者としての私の意見は、砂湖に潜む惑星生物が関与しているのではないかと疑っている。

しかし、杭打ち機が沈んでしまっているので、実証できないのが残念だ。

私はまた、元の研究に戻る。そこで、例の砂粒に向かって、この件について論じてみるつもりだ。

ひょっとして反応があるかもしれないと期待している。





指摘を受けた曖昧な表現を改めた。

原文でマンハッタンのようなとした部分は安易な比喩であったので、書き直した。

惑星の場所を銀河の中の恒星系と限定した。

500光年かかるとした部分、(光速で移動してもという)条件が抜けているので、距離として書き直した。

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