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八話

「で、くぅたん。調子はどーお?」

 首を傾げると共にサイドテールの髪が揺れる。

 玖路は嵐の呼び出しを受けて研究室に来ていた。前に話した香子との仲が気になるらしい。何度か探りを入れられたから間違いない。

「そうですわね。前よりも仲が良くなりましたわ」

 差し出されたのはアイスティー。ストローで氷を掻き混ぜるとカラコロと涼しげな音がする。室内は涼しいが外は暑かったので気を良くして飲む。

 三分の一ほど減ってから、手をつけたのはデザートの苺のババロア。プルンプルンしていて美味しそうだ。

「ふぅん。どうやって仲良くなったの?」

「わたくしの秘密の趣味がバレてしまったのですが、わたくしも香子様の秘密を偶然知ってしまったのですわ。そこからでしょうか?」

 ババロアをスプーンで掬って口に運ぶ。相変わらず嵐のお菓子の腕は良い。いくらでも入りそうだ。

「くぅたんの趣味って男同士の恋愛だよね。天野様の秘密って何さ?」

「にゃはん、幸せですわ」

「どうも。くぅたんは、いつも美味しそうに食べるよね。作り手としては嬉しいよね。で、天野様の秘密は?」

「にゃひひ、手が止まりませんわ」

「ありがとねー。で、天野様の秘密は?」

「にゃふ、満足ですの」

「はい、おかわり。たんとお食べ。で、天野様の秘密は?」

「にゃへっ、二つ目ですの」

「実は三つ目もあんだよねー。で、天野様の秘密は?」

「にゃほほほ~、まだまだ入りますわよ」

「うんうん。お腹いっぱい食べてね。で、天野様の秘密は?」

「……嵐お兄様。手厳しいですわね」

 せっかく誤魔化していたのに見事にスルーされてしまった。玖路は降参と両手で頬を触りながら首を振った。

「くぅたんってば、嵐先生に勝てると思ってんのー? あっまいなぁ~」

 鼻の下を右手の人差し指で擦り、左手は腰に当て胸を張る。子どもっぽい仕草だが、説明しないと許さないと言う威圧を感じた。

「仕方ありませんわね。他者の秘密を打ち明けるなどと言うのはマナー違反ですのに」

 非難の目を向けるが、嵐には通じない。どこ吹く風と言ったように飄々としている。これは話すまで帰してくれそうにない。長年の付き合いから察した玖路は心の中で香子に謝りながら話すことに決めた。

「香子様は殿方ですの。他者から女性にしか映らない魔女の呪いを受けていますわ」

「お・と・こ?」

「そうですわ。たまたま、お風呂上りの香子様に鉢合わせてしまい、殿方のシンボルを拝見してしまったのです」

 普段の猫かぶり用のきゃぴきゃぴした高い声から地声である低い声になり、相当怒っているらしい嵐に怖くなり視線を逸らす。テーブルに置かれているアイスティーを目に留め、一心不乱に氷をストローで突っつく。

「汚らわしい物を玖路に見せやがって! 殺してやろうか、×××野郎」

 視界の端に空間のひびが見え始める。不味い。怒りで魔法の制御が甘くなっている。

 嵐の魔法は空間支配。空間を倉庫のように使ったり、一度行ったことのある場所ならば瞬間移動できる便利な魔法だが、攻守共に優れた戦闘にも使える魔法でもある。相手の攻撃を空間に穴を開けて遮り、相手の傍に穴を開けて攻撃を返すこともでき、他にも相手を強制的にどこかへと移動させたり、相手ごと空間を捩じって殺すこともできる恐ろしい魔法なのだ。

「嵐お兄様、落ち着いてくださいませ! 空間に罅が入っていましてよ」

 迂闊に動けないので、滅多に出さない大声を上げて訴える。真正面から見た嵐は般若も裸足で逃げてしまうほどの恐ろしい形相をしていた。ちょっと、チビりそうだが震えながらも恐怖に耐える。

「……いっけな~い。嵐先生としたことが、ちょっち失敗失敗。てへへ」

 声のトーンが戻りコツンと頭を叩きほわほわした笑顔で舌を出すと、空間の乱れはなくなり元の状態になる。いつもの調子に戻った嵐に、玖路はホッと胸を撫で下ろして安心する。

「ねーねー、天野様の香子って偽名でしょ? 本名は何て言うの?」

「鷹飛様ですわよ。名前がどうかしましたの?」

「ジャ、ジャーン」

 右手を掲げて空間に突っ込ませ、取り出したのはタロットカードだ。魔女は占術も得意で、嵐は得意ではないが特別に苦手でもない。

「くぅたんの言葉だから信じてるけど、どう見たって天野様って女にしか見えないんだよね。だからね、タロットちゃんで調べちゃう」

 嵐の反応からして教師も知らなかったことは分かっていたが、嵐ほどの魔女から見ても女にしか見えないのか。呪いは強大で根深いらしい。香子は解ける方法を捜しているみたいだが、残念ながらこの分じゃ正直厳しそうだ。

 嵐は作業を進めていく。雰囲気作りと言いながら集中力を高める香を焚き、テーブルもいつの間にか新しい物に変わり神秘的な古い布がかけられていた。服装もいかにも占い師といった物に着替えられている。全てが一瞬で変わった。さすが、嵐の魔法だ。

 嵐がブツブツと何かを唱えながらタロットカードを切り並べていく。

 ピンと張りつめた空気に玖路は心地良さを覚える。タロットカードの意味は興味がないから覚えていないが、占いを見ているのは好きだ。人の運命を覗いているような昂揚感を覚え、何だか支配しているような気さえしてくる。

 嵐の小さな手がタロットカードに伸ばされ、捲ろうとしてバチリという音を立てカードが散らばっていく。テーブルに置かれていたカードは一つもない。床に落ちたか、壁に突き刺さったか、焦げたり破れたりしている物もある。捲ろうとしていた嵐の手も少し赤くなっていた。

「嵐お兄様? あの、一体これはどういうことですの?」

「……反発、だね。おお、痛っ。こりゃあ、随分と手ごわい呪いだね」

 赤くなった手を振りながら、嫌そうに口をへの字に曲げる。

「大丈夫ですの?」

「へーき、へーき。ちょっとばかり強い魔女っぽいけど、魔女王ウィッチ・クイーン様ほどじゃあないっしょ」

 口の端を持ち上げ笑い、敬愛と称するには行き過ぎた狂信的な想いを向ける天の別名を口にする。軽口叩けるならば大丈夫なようだ。

「お次はこれ。水晶ちゃんの登場だよ」

 空間に手を突っ込み、新しい占い道具を引っ張り出す。出てきた水晶は玖路が見たことのない物だ。普段占うときに使っている物ではないので秘蔵の物かもしれない。

 両手で水晶を包むと淡く光る。光の中に何かが映し出され、玖路もよく見ようと目を細めると鈍い音を立てて真っ二つに割れた。

「くっそー、この水晶ちゃん、高かったんだぞ。ぐぬぬ、恐るべし天野様を呪った魔女めー」

 駄々を捏ねるように両手を上下に振り、両足もバタバタ動かしている。嵐が高かったというくらいだから、壊れてしまった水晶はゆうに百万を超える。普段使いの水晶がそのくらいの値段だったから、それ以上の値段ってと玖路は嵐の金銭感覚にビビる。それなりの家に生まれたが、前世の庶民感覚はなかなか抜けない。

「こうなりゃ、赤字覚悟の最終兵器だよ。眼鏡ちゃんとスペシャル水晶。これでいけなかったら、後は天野様の髪の毛とか毟んないといけないね」

 ちょっと怖いことを言いながら、片眼鏡と大ぶりの水晶玉を出す。

「また、占いますの?」

 大丈夫なのかと心配しながら声をかけると首を振られる。

「水晶越しに特殊な眼鏡で視るんだ。くぅちゃんには天野様が男に映るみたいだから、眼鏡は要らないよね。だけど、映像は見えるようにしてあげるね」

 大玉の水晶を二回小突くと、水晶の真上にスクリーンのような物が映し出される。嵐がブツブツと先ほどとは違う呪文を唱えると、スクリーンには次々と学園の生徒が映っては消えてを繰り返し、ついに香子が映ると固定される。

「さーってと、たぁっぷり正体を見極めてあげましょーかねー」

 玖路と同じ緑色の目に好奇心が浮かんでいる。ニコニコとした表情を崩し、もったいぶる様にしてから片眼鏡を装着した。魔力を流し込んでいるのか片眼鏡は光を纏っている。先ほどまでの淡い光とは違い、強い光に少し眩しさを感じる。

「あっは」

 目を丸く見開きながら信じられない物を見たと言うように苦い表情をする。どうやら、香子が男に見えたようだ。どういう術式の魔術か、それとも魔法によるものか。知りたいと嵐の顔に書いてあった。

これはしばらくこのままだなと悟り、玖路は食べかけのババロアをスプーンで掬う作業を再開する。




 ババロアが食べ終わりアイスティーを飲み干し氷が解けて水になったころ、ようやく嵐が起動した。

「んー魔女としては面白い呪いだけどさ、教師として男を女として通わせるってのは見過ごせないっしょ。せめて寮は一人部屋にするとか、天野の人間を教師として送り込んでフォローするとかやりようはあるでしょうにねー。使えないね、天野の獣人って」

 口を尖らせ香子の家族の悪口を言う。

「嵐先生の可愛いくぅたんに何かあったらどうすんだよ。くぅたんも男と一緒の部屋なんて苦痛でしょ? 部屋変えしなさい」

 目を細めて玖路に命令する。

「男はね、皆飢えた野獣なんだよ。このままじゃ、くぅたんの身が危険になるの」

 嵐の真剣な眼差しに玖路は安心させようと笑顔を作った。

「大丈夫ですわ。このまま同室でかまいません。香子様に変わりはありませんもの」

 玖路が腐女子と知っても仲良くしてくれるし、授業も手助けしてくれる優しくて良い獣人。BL妄想としても美味しい存在だし、香子は玖路にとってなくてはならない者になっていた。

「ちょーっと待って。いーい? くぅたんはとっても可愛い女の子なの。分かるでしょ?」

 人差し指を玖路に向け、出来の悪い生徒に教えるようにことさらゆっくりと話す。

「ぬばたまのように黒い髪は真っ直ぐ引っ掛かりもなく、処女雪のように白い肌はシミの一つもなく、頬は薔薇色で唇は赤く、目は釣り気味の猫目で光の入り方によって変化していく不思議な緑色、頭は小さく手足は長く全体的にほっそりと華奢だけど胸は大きい神秘系の美人さんなんだよ! 気配を殺すのが得意だから気付けないボンクラ男も多いけど、くぅたんはとっても、とぉーっても魅力的な女の子だからね」

 ノンブレスで言い切り真面目な表情は崩さない。嵐の褒め言葉に玖路の頬は熱くなり、耳まで赤くなる。

 玖路の容姿は前世に比べるまでもなく良いが、同じくらい周囲の美形率も上がっている。何よりも玖路は自分よりBL観察に夢中だったので自身の容姿に頓着しなかった。

 だが、やはり身内とは言っても異性に褒められると照れるものである。

「うにゃ~、ありがとう、ですわ」

 もじもじしながらお礼を言う玖路に嵐は盛大にため息を吐く。

「本当に、ほんとーに嫌だと思ったら遠慮しちゃ駄目だからね」

「わ、分かりましたわ。心配して下さって、ありがとうございます。嵐お兄様」

「……ね、やっぱり部屋変えしようよ。心配だよー」

「もう、大丈夫ですわよ」

「いっそさ、嵐先生のお部屋に泊まる?」

「あの、嵐お兄様。職権の乱用ではないですか?」

「だって、権力は使ってなんぼだよ」

 開き直り胸を張る嵐に玖路は脱力する。

「もうさ、いっそのこと、天野様を嵌めて学園追放とかしちゃう? 嵐先生ってば、陰謀を考えるのも好きだよ」

「……お止めください。本当に嫌になりましたら相談しますので、嵐お兄様は陰謀など考えなくてよろしいのですよ」

「えー、でもぉ」

「よ・ろ・し・い・で・す・の・よ」

 一言一言区切って言い聞かせる。唇を尖らせて名残惜しそうに目を潤ませるが、甘い顔をしたら絶対にやる。香子のために心を鬼にして心配性が過ぎる困った従兄を睨みつけた。


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