四話
この世界がBLゲームの世界だとして、攻略相手はおそらく『赤神紅蓮』と『大神至狼』、『神楽天』、『朱前朱里』、『音波嵐』だろう。香子も怪しいのだが一応女みたいだから候補から外しておく。紅蓮と朱里が同じ学年なところから、ゲームの主人公も同学年かもしれない。ここは定番の転校生として登場するような気がするが、幼稚舎から続く学園なので途中からの転校生だなんてあまりいない。海外からの帰国子女か、かなり珍しいけど両親が人間で先祖に三種族の血が入って目覚めた先祖返りだろうか。
ぼんやり考えながらも視界は赤神紅蓮の姿を捉える。相変わらず美しい。美人は三日で飽きるとか言うけど、今のところ全くそんな感じはない。気配を殺しひたすら見つめる。傍から見たらストーカーっぽいが、バレなきゃ問題などない。
うっとりとしていると、腿に軽い振動が走る。ポケットに手を入れると、スマホに良く似た魔導具に連絡が来ていた。相手は嵐で要件は呼び出しだ。何か悪いことでもしただろうかと玖路は首を傾げる。
紅蓮の観察を止めて校舎を目指す。嵐は校舎内に個室を持っている。教師と言う前に魔女なので研究に余念はない。教職に就きながらも嵐は様々な成果を出している。
玖路が着用しているリボンカチューシャも嵐の作品だ。ただのカチューシャではなく魔導具の一種で、空間に物を出し入れでき、玖路が猫に完全獣化するときには首輪にも変化して着ていた服を収納してくれる。さらに、持ち主の認証付きで玖路にしか扱うことはできない。魔女は魔導具作りを得意としているが、嵐は優秀な部類に入るのだ。
周囲をサッと見渡す。人の姿はない。玖路が宙返りをすると完全獣化して猫の姿へとなる。半獣化のほうが早く着くが、個人的に半獣化は恥ずかしいのだ。人の姿に猫耳尻尾はあざとく、二次元的な存在に映るので玖路は羞恥に耐えられない。そんな可愛い姿は自分以外の容姿の良い男子がすればいいのだ。
玖路の完全獣化した姿は黒い猫であり、ちょっとばかり上品な印象を与えるが普通の猫にしか見えない。犬や猫の獣人は多いので、学園内に居ても悪目立ちすることはない。
目的地へ向かって駆けて行く。猫の姿を活かし人間ならば通れないところをショートカットする。中等部にいたころからなので慣れたもの。あっという間に嵐の研究室へとたどり着く。
視線を動かし耳を澄ましてから、てしてしと尻尾で床を叩くと人間に戻る。カチューシャに収納されていた服も人間の姿になると着用されていて、少しばかり身嗜みを整えてからノックをする。
「はいはーい、開いてるよーん。入っていーよ、くぅたん」
一人でにドアが開き、玖路は迷うことなく入室する。研究室を見渡すとファンシーな小物が並べられ、いかにもな女の子の部屋のような錯覚に陥る。だが、ところどころ不気味な髑髏などが見え隠れして、怪しい雰囲気も醸し出しているが全体的には可愛い部屋である。
「そいじゃー、カチューシャのメンテするけどー、まずはーくぅたんだよねー?」
ぺたぺたと男にしては小さめの手で玖路の体を触りまくる。髪、顔、肩、胸、腰……どんどん下へと下がっていく。怪我をしていないかのチェックなので、玖路もセクハラだの言わずに大人しくしている。家族もそうだが従兄の嵐も玖路に対して過保護なのだ。やはり、獣人として戦闘能力が低いことが理由らしい。
ちょっと、歯がゆく思うが自分で努力してもどうにもならないレベルなので諦める。
「うん、大丈夫みたいだね。んじゃ、カチューシャしっつれー」
ひょいっと玖路の頭からカチューシャを抜き取る。主登録しているので玖路以外使用できないが、製作者権限で嵐には使用権がある。逆さに振る様にして中身をテーブルの上に出していく。束に纏められた薬草に瓶に入った回復薬、飴の入ったポーチ、小分けされた袋に入ったチョコレート、たくさんの物がテーブルに並べられていく。
白衣のポケットから丸眼鏡を取り出し装着して、玖路がしていたカチューシャを手に持つ。何も持っていないほうの手が淡く光り、撫でたり抓んだり引っ張ったり突っ込んだりと触診をする。最後に両手で目の高さまで持ち上げ、手から出ている淡い光が同調するようにカチューシャを包み込み輝く。いつもながら綺麗な光景だ。
「ふぅ、今回も大丈夫だったよー。さっすが嵐先生、見事な腕前ですぅ~」
ない汗を拭き自画自賛しながら丸眼鏡を外す嵐。玖路は返されたカチューシャへテーブルに出した薬草以外の物を詰め込み頭に装着する。
「はい、これが今回の物ですわ」
「うんうん、くぅたんは良い子だねっ。待ってて、今、お茶菓子用意するから」
薬草を嵐に渡すとスキップしながら奥へと行ってしまうので、遠慮せずに椅子に座る。部屋を見渡すと見覚えのないタペストリーが増えていた。魔力を感じるので魔術的に意味がある物なのかもしれない。
「おっ待た~。今日のお菓子は嵐先生の新作だぞー」
お盆に紅茶とケーキが乗っている。嵐がテーブルに並べてくれ、感想をくれと促す。
「まあ、新作ですの。楽しみですわ。いただきます」
喜び手を叩いてからフォークで一口切り、食べるとチーズのこってりとした美味しさが広がっていく。下はクッキー生地でサクサクしていて美味しい。紅茶を飲むと豊かな風味にはふぅと声を漏らす。やはり女子力が高い。
「嵐お兄様のはいつも美味しいですわね。わたくしも見習なくてはいけませんかしら?」
「えぇー、ノンノン。くぅたんにお菓子をあげるのは嵐先生の役目なんだよ。役目を奪っちゃやーよ」
軽い気持ちで聞いたが、ふざけた調子で却下された。何だか餌付けされているような気がする。
「ねーねー、高等部に上がってどうかなー? ルームメイトと上手くいってるー?」
「……そうですわね。まあ、仲が良いほう、だと思いますわ」
言葉を濁すようにしたのは、まだ香子の男疑惑が心に引っ掛かっているからだ。一緒にいて本当に楽しいのだが、やっぱり気にならないと言ったら嘘になる。何とか確かめることができればいいのだが、裸を見せてなんて同性でも言うのは憚れる。
「あれだよねー。学園のプリンスとか呼ばれてる天野香子。んー、何かあったら言ってねー。嵐先生はー、先生である前にくぅたんの従兄なの。可愛いくぅたんのためなら、戦っちゃうよー」
教師としてはどうかと言うようなことを話しながらファイティングポーズをとる。嵐は従兄妹同士ということもあり、困ったことがあることは察してくれたらしい。優しく頭を撫でてくれるので玖路は甘えるようにすり寄る。