三話
意外と香子は付き合いやすい人種らしい。BL妄想に使用していたが、いつの間にやら二人の距離は縮まっていった。女子ハーレムを築くだけあり、香子は女子の扱いが上手いので隣にいて心地が良いのだ。
春休みが終わり、入学式が始まる。席は自由なので隣に並んだ。
「新入生代表、赤神紅蓮」
「はい」
きゃあっと女生徒達の黄色い声と何かが倒れる鈍い音が続いていく。ところどころ女子生徒達が倒れて、風紀委員の生徒達によって運び出されている。
それも仕方がないことだ。新入生代表で呼ばれた吸血鬼の紅蓮は、もっとも吸血鬼らしい吸血鬼である。人間離れした美しい容姿は言葉で言い表せないほどで、どんな相手と絡めても美味しい。女子に続き、男子でさえ皆うっとりと紅蓮を見ている。
声も良い。ただの返事で何人かが失神してしまっている。
玖路も脳内に焼き付けようとジッと見つめる。
夜のように黒い髪は紅蓮が頭を動かすたびにサラサラと靡く。金色に輝く目は空に浮かぶ月のようで、やや釣り気味の目は意思が強そうに見えて紅蓮のカリスマ性を現しているようだ。唇はやや薄く、クールそうな印象がする。背は高く八頭身、いや九頭身くらいありそうで、足なんか長すぎて隣に並んだら腰の位置が違いすぎて絶望しそうだ。
知らずにため息が零れる。
美しい声。天上の調べと称しても過言ではない。紅蓮の声を聞いているだけで、心が掴まれる。他の音が入ってこない。まだまだ、ずっと、もっと聞いていたい。聞かせて欲しい。
「……新入生代表、赤神紅蓮」
ああ、終わってしまった。悲しい切ない苦しい。名残惜しくて物欲しそうな目で、つい見てしまう。去って行く姿も美しくて、すすり泣く声が耳に届く。分かる。玖路も泣いている生徒に同意してしまう。紅蓮の姿をもっとずっと見ていたくて声も聴いていたくて、まるで片思いをしているような甘酸っぱい切なさを感じさせる。
他の雑音など聞いていたくない。目に焼き付いた美しい姿だけを味わっていたい。ぼんやりと余韻に浸る玖路を現実に引き戻させたのは、床を蹴る大きな足音と他者を下せるほど強い威圧感だった。
「風紀委員長、大神至狼だ」
名前の通り狼の獣人は、紅蓮の残していった空気を蹴散らした。
鋭い紫色の目にツンツンと立った銀色の髪。大きな体は分かりやすく筋肉がついていて、浅黒い肌にはいくつかの傷が浮かんでいる。人外系超絶美形の紅蓮には劣るものの、ワイルド系美形といったところだろうか。
一見近寄りがたい怖い雰囲気を纏っているが、話してみると意外と気さくだったりする。玖路とは知った仲であり、出会いは初等部のころだ。高学年と低学年が班を組むというものがあり、見るからに弱そうな低学年だったせいか、一番強い高学年の至狼が入ってくれたのだ。それからちょこちょこ交流があり、構ってくれるようになったのだが少々ウザい。玖路としてはBL要因として後方からこっそりと見て、様々な男子と絡ませて妄想したいのだがさせてもらえない。狼だから嗅覚が鋭いらしく、潜んでいてもすぐに見つかってしまうのだ。
チラリと隣の席を見る。至狼は香子の婚約者だ。香子は相変わらず顔色を変えず、ニコニコ笑っている。
「……以上、風紀委員長大神至狼」
こちらは黄色い声ではなく野太い野郎の声が聞こえる。至狼は同性から好かれるタイプなので玖路としては嬉しい。
ファンの男子生徒と良い感じになっていくが、他の生徒からやっかみを受けて至狼をしだいに避けるようになる。怒った至狼は感情のままファンの男子生徒を壁際へ追い詰め、壁ドンからの股ドンで強引にキスをして……。いけない、涎が垂れてきそうだ。玖路は慌てて口を拭う。
生徒会長は二人に比べると地味なので省略。式が終わると速やかに香子と共に教室へ向かう。こちらも自由席なので窓側の後ろの席を狙う。日が当たって気持ちの良い場所を狙う。玖路は猫だからか日当たりの良い場所を探すのは得意だ。
鼻をスンと鳴らすと生徒達の情報が入ってくる。クラスは三種族がバランスよくいるみたい。生徒達はわざわざ自分がどの種族だと申告しないけど、玖路は獣人の鼻や勘、または容姿で大体どの種族かは分かる。
教室に最後に入ってきたのは、玖路の従兄であり教師の魔女、音波嵐だ。年上なのに童顔なため、生徒と同じか下くらいにしか見えない。特徴的なサイドテールとスカートはまさしく男の娘。ぶっちゃけ女子力的に玖路は負けている。あんなに可愛く維持できない。
「はぁ~い、みぃんな、嵐先生だよー。よっろしくねー」
語尾に星やら音符の記号とかついていそうな、きゃぴきゃぴ声で話し始める。明らかな猫被りだがキャラ的には似合っている。
嵐は受けでも良いが攻めでも美味しい。男の娘攻めって玖路はけっこう好きだ。
他に目立つ生徒はいないかと周囲を見渡し、吸血鬼の朱前朱里を見つける。震えそうになる手でスカートを強く握りしめ、落ち着けと息を吐いてからゆっくりと吸っていく。玖路はある事件が切っ掛けて朱里のことを苦手としている。基本的に見ている分は平気なのだが、接触するのが無理なのだ。
黒い髪は肩にかかるくらいで、一つに結われている。血のように赤い目は眼鏡で遮断され、幸いあまり気にならない。顔立ちは生真面目そうなクールな美形だ。
確か紅蓮の従兄弟だという噂を聞いたことがある。美形なものの紅蓮と比べれば天と地ほどの差があり、能力も勝てなかったはずだ。コンプレックスの有りそうな朱里と何でもできる超人美形の紅蓮と絡ませるのも面白そうだ。
他に目立つ生徒と言えば、高等部でなく中等部にいる。玖路の一つ下で魔女、神楽天。亜麻色の髪に青い目で物語にいるような優しげな王子様を浮かべてもらえれば分かると思う。だけど、性格が女王様なので、玖路的に受けだと美味しい。同じ魔女である嵐が盲目的に信仰していて、天には熱狂的な同族の信者が多い。女性よりも男性が多いような気がするのは玖路の妄想じゃないはずだ。しかも、やたらとガタイが良い体育会系が中心だったりする。
ああ、女王様が組み敷かれて、相手に力で叶わなくて涙目になっている姿に萌える。命令口調でどけと命じているのに下僕が暴走して、段々と天の服が脱がされていき……。
「……ちゃん、玖路ちゃん」
「え、あ、どうしましたの?」
名前を数度呼ばれ、我に返ると目の前に香子がいた。
「心非ずだったみたいね。もう、ホームルーム終わったよ」
なるほど、周囲を見渡すと皆いない。どうやらHRが終わっていたらしい。
「すみません。ちょっと、ぼんやりしていてしたようです。あの、自己紹介とかありましたか?」
「ん? 特にはなかったな。うちの学校って持ち上がりだから、省いたみたいよ」
「そうですか、良かったですわ」
「では、帰ろうか玖路ちゃん」
ウインクして手を差しだす香子の手を取り、一緒に教室を出て行く。




