表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

事の転機

 「あぁー、終わった」

 「一応、お疲れ様とでも言っておこうか」

 

 現在の時刻は夜の8時を少し過ぎたくらいか。

 あれほど明るかった外も暗くなり、今では煩わしい喧騒が窓から入り込む夜になっていた。

 

 僕は一仕事終えた達成感と開放感を感じながらも、紅茶に口をつけた。

 うむ、安物の紅茶だが、これでも仕事で凝り固まった気分を和らげてくれる。

 

 インスタント紅茶に舌鼓を打ち、ソファーに体を預けながら、これからどうしようかと僕は考える。

 もちろん、深白の勉強のことだ。


 ちらりと視線を深白へと向ける。彼女は持ってきた教材をリュックサックに入れている最中だった。

 生粋のお嬢様もリュックサックなど使うのか、等と別のことに関心がいっていると、僕の視線に気が付いた深白が僕に睨みを効かせてきたので、肩を竦め視線を外した。

 随分と好戦的な少女だことだ。

 

 そして、再び紅茶を飲みながら深白のことを考える。


 正直、あと二桁もの日にちが残っているのであれば、90点以上取ることなど造作も無いことだろう。


 幸い、深白が通っている学校もそこまで学力的には高くないようで、普通であれば問題は無いのだが。

 

 問題は、目の前で疲れている少女は、二百万という大金を親に支払わせたということだろう。


 僕が今まで頭の中で繰り広げた想定は、普通の人間であればの話だ。今日一日、彼女と勉強している中で彼女を観察していたのだが、彼女に異常性があるようには思えない。


 いきなり暴れだして掴みかかってくるとサイコでクレイジーな女の子が来ると思っていた僕としては良い意味で拍子抜けだったけれども、やはり腑に落ちない。


 淡々と考え続ける内に、深白は宿題を全てリュックサックに入れ終えたようだ。

 彼女の机に入れた紅茶を飲むが、どうやら少しだけ睡魔が彼女を襲っているのか、瞼を下ろしかけている。

 おそらく、今までこのように勉強に対して集中したことはなかったのだろう。それは授業の最中、所々で集中力が散漫していたので見当は付いていた。


そんな深白の危なっかしい様子に、少しだけ驚かしてやって眠気を醒してやろうかと考えたのだが、さすがにそれで怒って今度こそ本気で紅茶をスピーカーにぶちまけられては堪らない。


 取り敢えず、早く帰って寝てもらおう。そう思って、僕は受話器を手に取り、奥方へと電話を掛けた。


 すると、程無くして、黒服のスーツの男が玄関に迎えに来た。


 「……ん、ありがとう。明日は何時に来れば、いいの?」


 本当に眠たいのか、リュックサックを背負った令お嬢ちゃんは中々に眠たいのだろう、言葉がところどころで切れている。


 「一応、僕はお前のことを任された。だから、お前がテスト週間を終えるまで、毎日ここにいる。学校が終わり、気が向いたらここへ来るがいい。因みに、テスト一週間前に毎日来てもらうから、覚悟しておけよ」

 「……分かった。また明日ね」


 そう言うと、黒服の男と共に黒塗りの高級車に乗って、彼女たちは夜の道へと消えていった。僕はそれを姿が見えなくなるまで見送り、玄関を閉め一息付く。

 全く、なかなか最初はどういう少女だと思ったのだが、普通に良い子ではないか。


 ……しかし、やはり二百万という大金は気になる。


 金持ちの気変わりと言えばそれで済む話だが、僕のなけなしの探偵の勘がそう判断するのは早計であると告げている。

 もっと慎重に自体を吟味せよ。そう本能に喚起しているのだ。


 革張りのソファーに身を沈める。程よい硬さが背中に伝わり、その感触を確かめるために、僕は背凭れに全ての体重を掛け、目を閉じる。穏やかなクラシック音楽が睡魔を刺激し、意識が薄らいでいく。


 どうやら、僕も疲れているらしい。


 これから調べなければいけないことが幾つもあるのに……。僕の集中力中々に散漫しているのだろう。僕は深白の帰る際に放った無意識の1言を思い出した。


 それにしても、『また明日ね』か。


 どうやら、また明日もちゃんと来てくれる気はあるらしい。


 何だかんだ言っても、根は正直な子であることが理解できたのだが、やはり二百万という数値が尾を引く。

 明日、午前中に彼女の情報に付いて詳細に調査する必要がある。


 僕はそう思い、ソファーにどかりと座り、気が付けばそのまま眠ってしまっていた。



 ☆



 午前12時、街中が人々で溢れ返る時間帯に僕は、バーが多く佇む街の路地にて、僕は適当にスーツを見繕って派手派手しいネオンが飾られているバーの前にいた。

 

 スーツを正し、再び深呼吸を繰り返し、そのままドアを開いた。


 「おぉ〜、いらっしゃい武人ちゃぁん」

 「止めろ、僕の名前を低さが聞いたバリトンボイスと猫撫で声、名前にちゃん付けというトリプルコンボで精神力を擦り減らすんじゃない」


 僕はうんざりしながらも、目の前の異形に答えた。


 その異形の姿は、筋骨隆々の男性で、髪は角刈り、眉毛は太いという一種の雄々しさを感じる顔の造形だ。

 これで、格好が普通であれば、正に雄々しい男の中の男と言うことが出来る。


 ……のだが、なにせ彼の服装というか装飾というか、そう云うのがおかし過ぎるのだ。

 まずは、彼が着用している服装は、背中や片方の膝を大きく露出させた、鮮やかな赤色のドレスだ。露出させている肌には毛の一本無く、艶もあることから、結構な肌の手入れをしていることが理解できる。

 顔には厚化粧をしている。唇にはたらこを彷彿とさせるほどの太く赤い線が描かれており、他の部位も過剰装飾している。

 

 飾らない角刈りと彼の鋼の肉体だけが、なんか浮いている。


 つまるところ、彼はオカマなのだ。


 「んもぉ〜、連れないわねぇ」

 「そうよぉ、武人ちゃん。あなた、KYよ」


僕のことを非難する他のオカマ野郎たち。全くもって納得がいかない。何で僕がこんな場所にこなければいけないのだ。全く。


 「……うるさい」


 僕は眉毛がひくひく動くのを感じながら、店の中を進む。

 

 このバーは所謂オカマバーというものである。オカマバーについては説明が不要だろう。

 

 店の中は結構な広さがあり、カウンター前に行くまでに何人ものオカマに声を掛けられるのを、適当にあしらう。

 

 では、何故僕がそんなところに赴いているのかといえば、もちろん僕が男色家の類いで、派手な色合いのドレスを好んで着ている彼らがと仲が良い……などと言うことは無いというのは、今のオカマたちからの応酬で理解できただろう。


 「ママ、烏龍茶一つ」


 少し目が痛くなるようなパステルカラーのピンクの回転椅子に乗り、僕はそう注文した。

 程無くして、烏龍茶が注がれ、僕の下へママ――もとい酒井幸太郎(さかいこうたろう)が烏龍茶を差し出してくれた。

 ママは入店した際に、一番最初に声を掛けてくれた角刈りのオカマだ。


 「それで、武人ちゃん」


ママは一旦溜息を吐き、顔付きを変える。この顔付きのママは仕事モードに入っているのだ。


 オカマバーのママではなく、情報屋こうちゃんとして。


「あなたがここに来るだなんて珍しいわね。何か落ち込んだことでもあったの? それとも、仕事の話? 前者だったら、この私が相談に乗ってあげてもいいわよ?」

 「迷いもなく後者だ。ここに私情で来たことなど無いだろう」

 「うもぉ、武人ちゃんのその冷たいところ、好きよ?」


 そう言って、ママは唇を突き出し、ウィンクをする。可愛くないんだが、片目でウィンクしても。無駄に伸ばした睫毛が目に入りそうでこっちとしてはハラハラなのだが。

 しかし、いちいち僕がその行動に腹をたてるのは、いつものことであり、そして、そんな自分が馬鹿らしくなるのもいつものことだ。僕はジョッキに注がれた烏龍茶を1口飲み、そして懐から茶封筒を差し出した。


 「さて、仕事だ。深白家のことについて調査してくれ」


そう、僕がここに一番の理由は、雄々しいオカマたちと酒を飲みかわそうというものではなく、単純に僕の探偵業に関するものだ。


このオカマバー【こうちゃんのちち】にいる全てのオカマは、その手のプロ集団であり、依頼された仕事を完璧に遂行する情報屋なのだ。

様々な手段を講じながら、情報を確実に手に入れるその姿勢は、情報屋界隈からも評判は(すこぶ)る高い。


 ただ、情報屋こうちゃんとしてのママの情報が世に出回っていないためか、彼に情報屋としての仕事を依頼する人は滅多にいない。

 それにくわえて、この外見である。

 

 まぁ、外見はどうであれ、彼がとても聡明な人間であり、腕の良い情報屋であるというのは変わりない。


 僕はただ無言で彼に対して、ショルダーバックの中から茶封筒を渡す。ママは満面の笑みを浮かべながら、それを受け取った。


「武人ちゃんがタイムリーな話題に首を突っ込むなんて珍しいわね」

 「……タイムリーな話題?」

 「えぇ、だから今回は、割引で半額でいいわよ」


 そう言って、ママは茶封筒からだした金額を指で数え、丁度半分を僕に返した。別に返されて困る金など無い。僕は頷き、懐にしまった。


 「それで、タイムリーな話題ということは、どうなっているんだ?」

 「そりゃあもう、深白財閥は今、密かに派閥争いが行われいるらしいわよ」

 

 ママは煙草を口に咥え、人つける。僕は烏龍茶を口に含んだ。


 「主に争っているのは、深白工務店四代目当主である深白深継(みしろふかつぎ)と次代当主である深白京(みしろけい)の2つの派閥。次代当主である深白京は、派閥内に蔓延っている癒着を正さんと動いていて、当人に対しては人情家であると名高い人よ」

 「人情家……ねぇ」


 僕の経験からすると、他者から人情家と呼ばれる人物にマトモな人間はいない。


 「そして、その深白京の改革を阻止せんと動いているのが、深白深継よ。こちらは、その手腕からして、深白家歴代最高の手腕と謳われている人物ね。前代が作った多大な負債をものの数年で完済し、その上これまでと比べ物にならないくらい会社の規模を大きくし、子会社を作り、などなどと言った豪腕っぷりよ」


ふむ、どうやら経営の手腕はかなりのもののようだ。


 「現在、勢力としては、どちらが傾いているのが現状なんだ?」

 「まぁ、当然ほとんどの子会社や株主は、実績も何もなく、人情に熱いなんていう会社を経営するにはマイナス要素を持っている深白京を支持する人なんていないわ。なんだって、現時点の深白京の認識なんて【深白深継の息子】という肩書しか無いですもの」


 そう一息に言うと、ママは口に煙草の煙を吸い込み、鼻から白い煙を吹き出させた。その煙は空気の流れに従って、ゆらゆらと漂い、そのまま換気扇へと消えていく。


 「だから、タイムリーってことか」


 どうやら深白令を取り巻く家庭環境は、凄まじいことになっているらしい。


 「それで、深白令の情報については、何かあるか?」

 

 ママにそう尋ねると、太い首をゆっくりと傾け、肩を竦める。


 「深白夫妻の一人娘、ということ以外は分かっていないわ。でも、何か重要な情報を隠し持っている……なんてことも噂されているわね。ま、これは本当に根も葉もない噂話なんだけど」

 「ふむ、そうか……」


 僕は少しだけ思考し、そして結論を出した。返却された数札の福沢諭吉を懐から出して、ママへと差し出した。


 「これで、十分か?」

 

 すると、ママはにっこりと笑って「いいわよ」と呟く。

 僕はその返答に安堵し、再び烏龍茶に口をつけるが、すると片手で口元を抑えながら、秘密話といった体で話しかけてきた。


 「でも、さっきも言ったけど、武人ちゃんがタイムリーなものに関わるなんて珍しいじゃないの。武人ちゃんって基本的に、己を害する危険のある依頼って受けなかったじゃない」

 「……僕も、最初は大丈夫な依頼だと思ったんだがな」


 そう言って僕は苦笑し、一息で烏龍茶を飲み干す。そして、勘定を払い、店を後にした。



 ☆

 


 僕はオカマバーの帰り道に、ただただ地面を見つめながらぼーっと考え事をしていた。

 それは久々に感じる、深い思考というものだった。腕を組み、白線の上をひたすら歩く姿は、他人から見れば不審者に近い挙動だったに違いない。


 けれど、そんなことも理解できないほどに、僕は考えこんでしまったのだ。


 それは主に、面倒事を押し付けられてしまったという後悔だった。


 まずった。


 何がまずったかといえば、金に目が眩んで勢い良く依頼を承諾してしまったことが何よりもまずった。

 前金で二百万もの大金、よくよく考えれば普通ではないだろう。


 深白財閥であれば、有り得なくもないと思った僕が愚かだった。


 娘に勉強を教えて欲しいなどというのは建前で、本音は恐らく、娘を素性の知れない男に匿って欲しかったのだろう。

 素性が知れないと言えども、信頼のない者の場所に大事な愛娘を置くのも気が引ける。


 だからこそ、奥方は我が事務所を選んだのだ。

 ……【室田財閥闘争】を持ちだしたのも、そう考えたのであれば腑に落ちる。


 「クーリングオフ制度は効くか?」


 そんなことを愚痴りながら、同時に思う。


 深白令はこのことを知っているのだろうか、と。


 深白花雪はこれから起こる可能性のある惨禍を予想していたからこそ、我が事務所に【勉強を教えて欲しい】という建前で深白を置いたのだろう。

 

 だが、深白本人はどうなのだろうか。

 

 彼女は本気で勉強をしているように見えた。

 深白は数多の策略から逃れるための避難所として僕の事務所に来たわけではない。僕は彼女の熱心に教材に喰らいついている姿を見ている。

 そして、今回の期末テストで高得点を取れば、深白花雪から特別なプレゼントが待っているとも言っていた。

 とても嬉しそうな笑顔で、楽しみにしていると言った風に。


 今行われようとしている闘争のことを知った上であんな風に振舞っているとは到底僕には思えなかった。

 

 あれは1人の少女だ。勉強を習いに来た少女なのだ。

 

 であれば、僕は彼女に被害が及ぶまで、彼女のことに勉強を教えなければいけない。


 そこまで思考を巡らせて、僕は溜息をつかずにはいられなかった。僕の周囲には人が偶然いなかったため、自分が吐いた溜息が耳につき、否応なく気分が沈殿した。

 

 「はぁ……久しぶり酒でも飲むか」

 

 そう呟き、僕は事務所へと帰っていったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ