97 神への挑戦
「む……」
クレアシルが異変に気づいたのは、偶然だった。
自分の座っている神殿の下、聖剣たちが蔓延る広場に、小さな影が見えたのがきっかけである。
「お前たち衝撃に備えろ」
そう指示を出され、七聖剣たちはその場で身をかがめる。
直後、轟音とともに、地面が数回にわたって揺れた。
「何事!?」
七聖剣の一人、色欲剣アスモデウスは叫ぶ。
外を見ると、そこには煙を上げる無数の巨大な岩石。
その周囲に散らばった聖剣たちの残骸が、被害の大きさを物語っている。
「ネズミどもが……」
クレアシルは無表情で、岩石の上に立っている人間たちを見下した。
◆◆◆
「道開けろォ!」
孤島の中心、ロアの雄叫びとともに、聖剣たちが一斉に吹き飛んだ。
「邪魔です」
シロネコの腕の一薙が、吹き飛んだ聖剣たちに止めを刺す。
「姉さん! あんまり離れないようにしてください!」
ミネコは、シロネコの背後に忍び寄ってきていた聖剣の頭部を蹴り砕いた。
「退け」
夕陽の黒炎が、聖剣たちを破壊し尽くす。
「エルカ! 行けるかい!?」
グレインが聖剣の首を跳ねながら言った。
「い、行けます!」
エルカの魔法が、周囲の聖剣を氷漬けにする。
しかし、一体だけ取り残し、背中を晒してしまった。
「エルカ!」
「――危ないなぁ、もっとしっかりしてよね」
さらにその背後にいた冬真の聖剣が、エルカの危機を救った。
宙を舞う敵の聖剣の首を、冬真はキャッチする。
「な、なぜお前たちが……」
「細かい話はあと! 今はこいつら全滅させるんでしょ!」
グレインの疑問をあしらった冬真の聖剣が変形し、大砲の形になる。
それを放つと、直線上にいた聖剣たちをまとめて消し飛ばした。
「俺はそいつの付き添いなんですけどね……」
「君まで……」
巨大隕石の裏に隠れていた光真も姿を現し、周りの聖剣を斬り捨てていく。
「……ごめん、私は動けない」
「っ! ティア!」
隕石の陰に隠れていたティアに、聖剣たちが群がろうとしていた。
グレインはそれを渾身の一撃で吹き飛ばし、素早く駆け寄る。
「みんなを乗せた隕石を落とすだけで、私の魔力ほとんど持ってかれた……これじゃ戦力になれない」
「いや、十分だ。これだけの仕事をやってくれたんだから」
今回、彼らが行ったこの行動は、一言で言えば上空からの奇襲作戦だった。
ティアの〈限界突破〉の星魔法、〈流れ星〉に乗って孤島に降り立つ。
これにより上陸時を狙われることもなく、比較的安全に孤島に立つことが出来た。
周りの聖剣たちも面を喰らっており、先手を上手く取れたのも大きい。
「今は僕がティアを護衛しよう。みんな! 何とかクレアシルまでの道を切り開けるか!」
「誰に聞いてんだよ!」
途中で合流し、作戦に参加したロアが頼もしく叫ぶ。
全員の顔には強い意志があり、素直に任せて大丈夫だと、グレインは確信する。
ただ、エルカだけは――――。
「エルカ!」
「は、はい!」
「……無理をするな」
グレインの声に、エルカは一度ビクリと身体を震わせる。
今は何とかなっているが、その内さらに強い聖剣に襲われれば分からない。
サポートに入りたいグレインだったが、今はティアの護衛で精一杯だ。
「エルカの負担を軽くしてやればいいんだろ! なら任せな!」
そんなとき、声を張ったのはロアだった。
彼女は一度四つん這いになると、一瞬の内にエルカの周囲の聖剣たちを蹴散らす。
その速度は、グレインたちでもとらえきることは出来なかった。
「あたしらだって相当訓練したかんね。人ひとりサポートするくらい余裕だぜ!」
「……頼もしいな。よし! 攻めるぞ!」
グレインの号令。
全員が一気に中心の神殿へと駆け出した。
そんな中、エルカは申し訳なさそうにロアの声をかける。
「ごめんなさい……足を引っ張って」
「いや、お前の力だって戦力になってんよ。ただ、もう少し活躍してくれよな」
「……」
「切り替えろ、これは復讐の戦争なんだからよ」
憎悪の込められたロアの拳が、眼の前の聖剣を砕く。
少しだけ表情が戻ったエルカも、それに習って周りの聖剣を氷漬けにした。
◆◆◆
「……まずいわね、あんなたち、クレアシルをお守りするわよ」
こちらへ全速力で向かってくる人間の集団を観察していた「色欲剣アスモデウス」は、後ろに控えていた七聖剣たちに声をかけた。
「ふん、我に命令するな」
と、「傲慢剣ルシファー」が。
「うるさい、いちいち言われなくても分かってる」
と、「憤怒剣サタン」が。
「何リーダーぶってるの? 僕だって仕切りたいのにさぁ」
と、「嫉妬剣レヴィアタン」が。
「……めんどくさいなぁ」
と、「怠惰剣ベルフェゴール」が。
「腹減った」
と、「暴食剣ベルゼブブ」が。
それぞれの反応を示してくる七聖剣の仲間たちに、アスモデウスは苛立つ。
「あんたら!」
「憤怒はオレ担当だろ? 役職取るのはやめろ、殺すよ?」
「……だったらしっかり働くのよ! 散!」
「チッ……」
アスモデウスの無理矢理の仕切りに、七聖剣たちは渋々と言った様子で従う。
彼らはクレアシルの剣。
自分のくだらない役職にとらわれているわけには行かないのだ。
「配置についたわね!」
神殿の周り、ちょうど六角形の頂点の位置に立つように、七聖剣たちは移動した。
森や岩場の中で、聖剣たちは地面に両手をつく。
「マモンがいないから不完全だけど、やるわよ!」
「「「「「「六芒結界!」」」」」」
聖剣たちの声が揃う。
それぞれの位置が光ったと思えば、その光は地面を走り、中心の神殿へと到達する。
神殿の周りで六角形を描いたかと思えば、そこから立ち上った光の壁が、瞬く間に神殿を囲った。
どうやら上まで覆い尽くしているようで、上空からの侵入も出来そうにない。
この結界を解きたくば、七聖剣たちを倒す他ないのだ――――。
◆◆◆
「何だこの壁!」
ロアが結界を殴りつける。
しかしびくともしない。
「退いて」
夕陽が黒炎を飛ばし、結界に叩きつけた。
それでも結界が揺れることはない。
「突破は無理です?」
「全力を出せば壊せるかもしれないけど、ここで力を使い果たせばそこからどうなるかは分かるよね?」
冬真の言葉に、皆黙りこむ。
このままでは、クレアシルまでたどり着くことが出来ない。
「でも、これってかなりあからさまだよね」
そう言って、冬真は結界の六角形の頂点、そこからさらに外に繋がる光の線を指した。
「なるほど、あれを辿った先に結界を貼ったものがいると」
「確証はないけどね、多分そうじゃない?」
光真の意見を、冬真が肯定する。
この時点で、全員の新たな目標が決まった。
「このまま分ければ、丁度六組分だね」
ロア、シロネコとミネコ、光真、冬真、エルカ、そして夕陽。
確かに六組である。
「各個撃破ってことで、ここは一つどうだい?」
「……あなたの意見に賛成したくないです」
「姉さん、今はそんなこと言ってる場合じゃ――――」
「でも……私もそれがいいと思うから、乗るです」
「――――お利口さんな子猫ちゃんだ」
この中のほとんどの人間が、冬真に対して蟠りを持っている。
ただ、今はそれが一番邪魔な感情だ。
これは全員の想い人、セツの仇を討つための戦い。
その目的だけは、共通のものなのだ。
「んじゃ、僕たちも別れますか!」
冬真の指示で、全員がその場で別れる。
一つの線の先へ走りだした冬真は、現状を冷静に分析し始めた。
(うーん……この状況なら、エルカよりグレインに来て欲しかったけど……)
動けないティアを守れるのは、エルカでは荷が重かったはずだ。
だからこそグレインが残っているのだが、冬真にはそれが甘いことだとしか思えない。
すべてを捨ててでも、この戦争に勝つべきなのだ。
ティアは、そのための犠牲。
あの場に放置し、一人で粘っった方が勝率が高いはず。
しかし、グレインはそうしなかった。
「甘いよね……セツも、その仲間も」
自然とセツのことを思い出す結果となり、冬真は頬を緩める。
しかし、すぐに気を引き締め直した。
目の前に、明らかに雰囲の違う女が一人、立っている。
「あらら、可愛い子が来たものね」
「どうやらあんたが結界の一部らしいね」
髪の長い、ピンクのドレスを身にまとった女は、優雅にお辞儀をする。
「私はクレアシル様の剣、色欲剣アスモデウス。あの方に近づこうとするあなたたちを、すべて虜にしてみせますわ」
「紹介どうも。僕は神代 冬真、愛する彼のため、あんたたちをぶっ殺しに来た」
アスモデウスは手に歪んだ片手剣を出現させ、冬真は黒いエクスカリバーを構える。
人間と、七聖剣たちの戦いの火蓋が、今切って落とされた。




