93 勝った気がしねぇ
「おいおい暴れ過ぎだろうがよ……」
ジオンは大きく穴が空いてしまっている民家を見て呆れた声を出す。
中の住民には怪我どころか、目を覚ます気配すらない。
「騒ぎにならないように、この辺りの連中には催眠をかけておいたが……こりゃどのみち夜が明けりゃ大騒ぎだな」
この辺りの人間が騒ぎを聞きつけて出てこないのは、ジオンが周辺に魔法で深い睡眠をかけているからである。
こうしなければ、今頃騒ぎ出した住民たちに余計な被害者が出ているだろう。
「っと、さっさとラミナを回収しねぇとな」
遠くに見えるラミナの姿を確認し、ジオンは屋根の上を駆け抜ける。
チラッと、セツのいる方を確認したが、もう終わっているようであったため無視をした。
◆◆◆
「はははははっ……負けちゃったなぁ」
ミラことミラージュの傷は深い。
もしものために大食いで食い尽くさなかったが、深く空いたこの腹の傷では、もう直に命を落とすだろう。
「……本物の姿は見せねぇのか?」
「ああ、そうだね……」
ミラの身体から鏡が割れた音がして、さっきまで俺が戦っていたミラージュの姿になる。
抜刀状態は切れているようで、もう鏡は浮いていない。
「まさか、〈七聖剣〉に一番近い私が敗北するとはな」
「……性格やら口調やらも写し取れんのか」
「当たり前だ。私が貴様に対して顔を赤らめる訳があるまい」
もしかしたら、こいつは俺たちのような感情を持っているかもと思ったが、見当違いだったようだ。
聖剣とは……分かり合えない。
根本的に、こいつらは俺たち人間を殲滅対象としか見ていない。
仕方ないだろう。
こいつらに命令を出しているのは、神なんだから。
「くくく……」
「あ? 何かおかしいことでもあるか?」
ミラージュは口から血を流しながら笑う。
その笑い声は、なぜか勝ち誇っているようですらあった。
「いや、見事に時間稼ぎしてくれたと思ってな……おかげで、完成したぞ」
「ッ!」
こいつの視線の先、そこには空が広がっているはずだった。
何かが、この街の上に浮いている。
よく見れば、それはこの街の姿だった。
つまり――――――――――。
「巨大な……鏡……!?」」
「はははは! ようやく完成したぞ!」
空に浮かぶ鏡……映っているのはこの街……。
街……? もし、質量をコピーした鏡を真上から落とされたら?
「まさかてめぇ……!」
「この規模の鏡を用意するのは骨が折れたぞ。だが、これでこの街の人間は終わりだ……貴様らもろとも!」
「っ……!」
まずい。
あんなものを落とされたら、大食いでも食いきれない。
「街一個落とすってか!? 冗談じゃねぇぞ!」
規模が違いすぎる。
完全に油断していた。
こいつ、何てことしやがる。
「これを作るために何日かけたと思っているんだ……一人でも多くの人間を道連れにできねば、死んでも死に切れん」
「大人しく死んどけよ!」
どうする?
このままじゃ確実にバッドエンドだ。
もう一度神力を使うか……いや、使ったところで街一個は壊せない。
「ここで……終わりかよ」
こんなもん俺だって死ぬ。
だめだ、崩れ落ちそうだ。
「おいおい、なんじゃそのマヌケ面は。まったく笑えぬぞ」
「……お前」
気が遠くなっていく寸前で、知ってる声に呼び止められる。
後ろに立っていたのは、今まで隠れていたストローだった。
その表情はいつも通りで、この絶望的な状況をまったく気にも止めていない。
「よくもまあ面倒くさいことをしてくれたのう、鏡」
「で、デストロイア……様」
ストローがミラージュを睨みつけると、やつは怯えたように身体を震わせる。
忘れがちだが、こいつだって神なんだよな。
……俺なんかよりも、よっぽど上の。
やりきれない気持ちがこみ上げてきて、俺は拳を握りしめた。
「い、今更貴様が出てきたところで! この街は終わる! さあ! 始まるぞ!」
「ッ!」
巨大な鏡から、この街の家屋、道、大地が現れる。
その質量に伴い、ゆっくりと「街」が落ちてきた。
「ちくしょう! こうなったら命全部使ってでも――――――――」
「やめい、馬鹿者。そんな必要はないわ」
「あ?」
ストローが、手を空にかざしていた。
「ミラージュの鏡から出現したものは、こいつとの回路がなくなれば消滅する。だから、こうすれば即解決じゃ」
その手を軽く振るうと、空中で何かがパリンと言う音を立てた。
次の瞬間、ミラージュの顔が絶望で染まる。
「そんな……私の……鏡が……」
「お主と鏡の「繋がり」を壊した。もうお主の意思は届かんよ」
半分ほど鏡から抜けだしていた街が、消えていく。
破片の一つもなく、やがて鏡ごと消滅し、その上にあった星空が姿を表した。
「お主が映しだしたものを手放せるようにするには、鏡から完全に追い出さなければならない。ならばその前に能力の根本を壊せば……あら不思議、能力はキャンセルされるのじゃ」
「そんな……」
「知らなかったじゃろ、自分にそんな弱点があるなんて」
唖然としているミラージュに、ストローが歩み寄っていく。
「当然じゃ。その弱点はワシがいつでもお主ら聖剣を止めることができるように、クレアシルに気づかれぬよう設定したのじゃからな」
「せ、設定……?」
「……どういうことだよ」
「簡単な話じゃ。こやつら聖剣は、クレアシルとワシで創りあげたものなのじゃよ」
聖剣を創ったのがストロー……?
ちょっと待て、聞いてねぇぞ。
「おい! それならフェリブスのときも今回も弱点言っとけよ! 知ってりゃ苦戦することもなかったじゃねぇか!」
「……お主やっぱり変なやつじゃの。普通は「お前もクレアシルの仲間だったのかー!」って食いつくところじゃないのか?」
「んなことはどうでもいいんだよ! 今もやつの味方なら許して置けねぇが、敵になったなら問題ない。それより質問に答えろ!」
俺からすりゃ過去はそこまで気にするようなことじゃない。
今味方ならとやかく言う必要もないし、それよりもさっさと弱点を言わなかったことについての説明をしてほしい。
くだらない理由で俺を苦労させてたなら、それなりのお仕置きをしてやる。
「ふん……まあ、どの弱点もワシじゃなければ突けぬからな……言っても仕方なかろう」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとだもん!」
うーん……頭をグリグリする構えで迫っても本当と言い張るなら、信じても良さそうだ。
「と、とにかく! ワシならば聖剣どもを簡単に無効化出来るのじゃ! フェリブスの時はお主でも勝てると見込み、あえて手は出さんかった」
「……」
まあ、確かに。
あの時俺は一瞬だけ神力を使いこなしてたみたいだし、それの感覚を頼りに今も訓練している。
あれがなければ、ミラージュと戦えさえできなかったかもしれない。
絶対こいつに礼は言わねぇけど。
「……破壊神よ、なぜ我々の邪魔をする。あなたはかつて……クレアシル様の友ではなかったのか?」
「友……じゃったよ。だからこそ、ワシはやつの暴走を止めねばならん。一発ぶん殴って、正気に戻してやる」
ストローの眼は真剣だった。
そこには友を信じて疑わない強い意志が感じられる。
今だけはかっこいいぞ、ストロー。
「……哀れなことだ……クレアシル様は……乱心など……して……ない……あの方は……怒りを……」
「……」
「申し訳……ありません……私は……自分の使命を……こなせませんでした……クレアシル……さ……ま」
ミラージュの瞳から光が落ちる。
すると全身が光り出し、それが収まると、残っていたのは折れた美しい剣だった。
「息絶えたか……。どうじゃ、〈七聖剣〉にもっとも近い剣を倒した感想は」
「……勝った気がしねぇ」
「じゃろうな」
俺は最後の最後でこいつに負けた。
ストローがいなければ、俺は今頃ぺしゃんこの死体だっただろう。
負けだ。敗北だ。
「ちくしょう……」
こんなにも、悔しいと、力が欲しいと思ったのは初めてかも知れない。
俺は血がにじむくらい強く、拳を握りしめた。




