92 運がねぇ
吹き荒れる突風の中心、エアロはそこに立っていた。
緑のドレスを纏い、その手にはもう剣がない。
「何だそれは……剣を捨てたのか?」
「剣を捨てた? 馬鹿を言うな。私の剣は、この風すべてだ」
指揮者のように、腕が振られる。
それに従うように風が発生し、ラミナを囲い始めた。
「〈ストームブリンガー〉」
「まずい!」
ラミナが居合い斬りを放つ。
最大限まで力が乗った一撃。
しかし、もはや壁となった風の本流を、切り裂くことはかなわない。
「チッ……ダメか」
「無駄だ。風を斬ることはできない」
「くっ……」
徐々に風の壁が迫ってきている。
まだ接触していないというのに、すでにラミナの身体には新たな傷が出来始めていた。
「さあ、その中で朽ち果てるがいい」
風の壁は一気に速度を増し、中にいるラミナを巻き込む。
哀れ、大量の刃が渦巻いているにも等しい竜巻に、彼女の身体はバラバラになってしまった……と言うことはなく……。
「やはり上へ逃げたか!」
「ッ!」
ラミナは上へ跳んで脱出していた。
竜巻というのは、基本的に真ん中が安置である。
もはや縮まったせいで安置とは呼びがたいが、一瞬逃げ出すことができるくらいには時間があった。
しかし当然、エアロもそれを予想している。
「はっ!」
空中で身動きが取れないラミナに対して、暴風の刃が襲いかかる。
「〈空歩〉」
ラミナはそれに対してエアウォークを唱える。
空中を蹴り、真横に逃げた。
広範囲に拡散する攻撃のせいで掠ってはいるが、直撃はしていない。
そして、もう一度空中を蹴り、一気にエアロに接近する。
「居合のニ、〈双牙〉!」
「ぐっ」
〈双牙〉、速度を一番に考え、確実に当てることを目的とした居合の技。
一撃目は通常の居合い斬り、そして二撃目は一度鞘に戻し、今度は逆側で再びの居合い斬りを放つ。
その一連の流れを一呼吸のもとに行えるほど速くすることで、まるで同時に斬りつけられているように感じさせる。
本来強く地面を踏み込み、勢いを利用して扱う技だが、ラミナはそれを空中で行った。
だというのに、その太刀筋は美しく、力強い。
エアロは一瞬見惚れたあと、我に返り初撃を片腕で防ぐ。
しかし二撃目に対応する前に、刀は彼女の身体に届いた。
エアロの胸の下辺りを浅く斬りつけ、血を流させる。
着地し、さらに追い打ちをかけようとしたラミナに対し、エアロは真後ろに跳んで追撃をかわす。
「まさか、この状態の私が傷をつけられるとはな……」
エアロは少なからず動揺していた。
本来ならば、先ほどの連携技で倒せているはずだったのだ。
しかし結果は見事に避けられ、傷を負うまで攻められている。
「人」とここまで長く戦ったのは、過去でも覚えがなかった。
「しかし、貴様の足はもう駄目だな」
「……」
ラミナの右足、それは竜巻から抜け出す際と、空歩でかわした際に掠った風で、見るも無残なほどに傷だらけになっている。
左足の傷は少なく、まだ十分動けるだろうが、俊敏な動きはもはや不可能であった。
「今跪けば、一思いに首を跳ね飛ばしてやる。だがまだ戦う気ならば……楽に死ねるとは思うな」
エアロの威圧感は、今までで一番の圧力を発していた。
それを正面から受け止めているラミナは、真っ直ぐ眼を逸らさずに、納めた刀に手を伸ばす。
「私が戦いを投げ出すなどありえん。最後まで付き合ってもらおう」
「……死にたがりが」
ラミナは居合の構えを取り、意識を研ぎ澄ます。
余計な力も入っておらず、傷の痛みなど感じさせない立ち振舞であった。
「苦しみたいならば望み通り! 四肢を一つひとつ切り飛ばし、徐々に身体を刻んでやる!」
「……」
エアロが今までで一番の規模の暴風を放つ。
周りの家屋にすら大きな切り傷を付けながら、刃の暴風はラミナに迫った。
「……居合の終、〈零〉」
ラミナは、左足で強く踏み出す。
右足で地面を踏んだ瞬間に血が吹き出したが、気にする様子はない。
なめらかな動作で抜刀された刀は、白い輝きを持って振りぬかれ、風を斬り、決して刀が届く位置にはいないエアロの胴体を両断した。
「な……に……?」
彼女が認識できたのは、自分の放った風が斬られ、霧散したところまでだった。
まるで見えなかった斬撃は、周りの家屋などを一切傷つけず、エアロの胴体だけを両断した。
死へ落ちていくまでの短い時間、エアロはその技の正体を考え続ける。
結局、完全に意識を失うまで、彼女が正体を知ることはなかった。
「見えなかったようだな、安心した。私はまだこの先も戦える」
ラミナが刀を納めるのと、エアロの半身が地面に落ちたタイミングは同時だった。
「くっ……」
刀を納めた次の瞬間、一気に力が抜け、ラミナは地面に崩れ落ちた。
「血を……失いすぎたな……動けん。ジオンたちは大丈夫だろうか……」
仰向けになって身体を休めている間、ラミナは二人のことを心配し続けていた。
◆◆◆
「がっ……はっ」
「……」
崩れ落ちたミラージュの顔を、右足で蹴りこむ。
「うぐっ」
大きくのけぞったところを、胴体に拳を一発、くの字に折れ曲がり顔が突き出たタイミングで、顔面にハイキックを叩き込んだ。
ものすごい速度で脇道を飛んで行くミラージュを捕え、地面に押し付けて顔面を殴りつけた。
「がふっ」
「……」
連打、連打、連打。
地面が凹んでいくのにもお構いなしに、俺はひたすら殴打する。
するとようやくこいつの鏡の盾と俺のコピー体が追いついてきたから、鏡を殴って割り、コピー体を回し蹴りで蹴り殺す。
殺すとその姿は鏡に戻って消える。なるほど。
「く、くそ」
「しぶとい」
「ごふっ」
腹を蹴りこんでやると、まっすぐ伸びた道を抉りながら飛んで行った。
そろそろ住民たちが異変に気づいて出てくる頃か、まあいいや、どうでも。
「はぁ……はぁ……貴様、その力は何だ……」
「どうでもいいだろ? そんなこと」
俺は一蹴りで距離を詰め、ミラージュの頭を持って地面に叩きつけた。
クモの巣状にヒビが広がり、俺の手の下からうめき声が漏れる。
俺は「それ」を持ち上げると、何度も地面にめり込ませる。
「……大人しくなったな」
「……」
周りの民家にまでヒビが入り始めた頃、ようやくうめき声が上がらなくなった。
死んだか? 気絶してるだけなら止めを刺さねぇと――――――――――。
「っ……はぁぁぁぁぁ!」
「ッ!」
突然眼を開けたミラージュが、手のひらを俺に向けて、エネルギーを込め始めた。
これは神力か?
「させるか」
「ぐっ……この程度でぇ!」
「ちっ」
もう一度地面に叩きつけるが、手は向けられたままだ。
払おうと思ったが、次の瞬間俺の視界は光で染まっていた。
上に吹き飛ばされたことで2階建ての民家を突き破り、宙を舞う。
上半身がところどころ焦げた。多少の痛みもある。
だが、騒ぐほどのことではない。
「悪あがきか」
「はぁ……はぁ……」
着地し、一蹴りで元の場所に戻ってくると、ミラージュが肩で息をしながら俺を睨んでいた。
もうボロボロだ。
ストローの話では、聖剣は自己再生ができないらしい。
つまりこれだけのダメージを負わせれば、実質勝ちだ。
それより、この様子ではあと一撃で十分かもしれない。
「覚悟はいいか?」
「ふっ……覚悟するのはお前のほうだ」
「あ?」
やつの言葉に疑問を持った次の瞬間、急に全身の力が抜け、俺は地面に膝をついた。
「……まさか、もうかよ……」
頭の中に徐々に感情が戻ってくる。
まだ三分も戦っていないのに、神力が尽きてしまった。
おかしい、ここ数日の特訓で、十分は持つようになってたのに……。
「貴様の計算では、もう少し活動時間が長かったんだろう。だが、貴様はまだ神力の使い方がなっていない。あれだけ乱暴に使いまわしていれば、すぐに底をつくだろうと予想していた。現に後半のダメージはほとんどなかったからな」
「く……そ……」
身体が重い。
だが、何とか立たないと。
やつだって相当なダメージを負っているはず。
今なら……大食いが当たる。
「来い! 〈大食い〉!」
呼びかけに応え、虚空から飛び出した剣の柄を掴んで引き抜く。
禍々しい刀身が現れ、その口からよだれを垂らした。
「まだ力を隠し持っていたか」
「はぁ!」
「ふん」
大食いを振るが、当たらない。
ダメだ、遅すぎる。
ミラージュも動きがぎこちないが、俺なんかよりよっぽどマシだ。
「お返しだ」
「がっ――――――――――」
腹にミラージュの足がめり込む。
気づくと、俺がやつを蹴り飛ばした道を、戻るようにふっ飛ばされていた。
ようやく地面に身体がつき、転がり始めて数メートル。
気づくと、宿の近くまで戻ってきてしまっていた。
どんだけ吹き飛ばされたんだよ俺……。
「セツさん!」
「っ……み、ミラ……?」
倒れている俺に、物陰に隠れていたミラが駆け寄ってくる。
そうか、眼を覚ましたか。
ならさっさと逃げてもらわねぇと……。
「ミラ、宿の中に黒髪の子供がいるはずだ。俺の連れだから、とりあえずそいつのところに行って隠れてろ」
「そんな! セツさんも行こうよ!」
何とか立ち上がった俺の腕を、ミラが引っ張ってくる。
けど、俺はそれを振り払って大食いを構えた。
前からもうミラージュが迫ってきていたからだ。
「ふん、しぶといのは貴様も同様だな」
「……ほざけ」
この野郎……傷がもうなくなってやがる。
今時の剣は自動再生能力でもついてんのか?
にしては服装も……あれ?
何か違和感があるぞ?
『聖剣はお主たち「人」と違い、回復魔法や自己修復機能を持っていない。元はあくまで「物」じゃからな。治す方法は、もう一度打ち直すしかない』
「だから……一度致命傷を与えれば終わり……」
確かにストローはそう言っていた。
だから、やつの傷が治るわけがないんだ。
いや、まああいつのことだからうっかりはあるかもしれねぇが……。
「……」
少しだけ、最悪の仮定が浮かび上がった。
俺は項垂れ、腕を下ろす。
「何だ、諦めたのか。無理もない、神力を使ったのは驚いたが、貴様は「人」の身。我々に勝つことはできぬ」
「セツさん……」
後ろのミラが怯えて震えている。
俺は歯を食いしばり、大食いを――――――――――――――
――――――――――――――――ミラに向かって突き刺した。
「あ……あれ……?」
「……やっぱりか」
ミラは、その手に俺たちの顔が映るほどに美しい刀身のナイフを持っていた。
そのナイフは、俺の背中に刺さる寸前で止まっている。
俺は後ろ向きのまま大食いを抜き、前方のミラージュを確認した。
「まさか、その身体が分身だったとはな」
ミラージュの身体にヒビが入り、鏡の割れる音とともに崩れ落ちた。
そこまでして俺はちゃんと振り返り、改めてミラこと鏡魔剣ミラージュを見下ろす。
傷口を抑えて仰向けで倒れているこいつは、紛れも無く宿屋の娘のミラだった。
「なんで……分かったの?」
「聖剣どもは付けられた傷が治らないって聞いてたからな。無傷で現れたところに、まずひとつ目の違和感。そして……両親が偽物だったのに、娘だけ本物ってのもおかしいと思ったんだ」
両親があの二本の聖剣たちであったならば、当然夜は通り魔として外出しているはず。
そこまで毎日外出しているのであれば、さすがに娘も気づくはずだ。
そして二本は、そんな娘を邪魔と思うだろう。
いや、例え気づいていなくても、邪魔とは思うはずだ。
一人でも疑いをかけられれば、万が一がある。
だから疑われても困るため、まず殺す。
通り魔の仕業にすれば、すべて済むことだからな。
けど、ミラは生きていた。
そうなると、考えられる可能性は二つ。
疑われてもいいと放置した可能性。
それと……何者かが入れ替わった可能性。
「お前の能力、便利だよな。その気になれば、容姿やら性格やら、なんでもコピーできる。あの二本の変装も、お前がやったんだろ?」
「……そうだよ」
こいつの能力があれば、性格と容姿を自分に写しとってそっくりに鳴ることも可能。
なら一番可能性が高いのは、入れ替わりだ。
「お前が本体だって決めつけたのは、可能性にかけた俺の勘だ。当たってて本当によかったって思うぜ」
「もし……私が本物だったら?」
「そん時は生き返らせればいい話だからな。大食いにはそういう力もある」
あのまま分身と戦っていれば、俺は負けていただろう。
だから、こいつの敗因は、単に俺をミラに近づかせてしまったことにある。
「運がねぇな、お前」
そう、こいつには、運がなかったのだ。
こじつけが多すぎました。
このまま四章は書き上げますが、すぐに修正します。
時間をくれぇ……。




