89 調査
蛇足感が強い……
俺は人混みをかき分け、内側の惨状を目の当たりにする。
「グルス……」
早朝、騒ぎがあり、俺とラミナは宿を飛び出した。
その時にはもうグルスが逃げ出していることに気づき、嫌な予感とともにこの場にたどり着いた。
案の定、そこにあった死体はやつのもの。
通り魔の話は道中ラミナから聞いており、やつがどうしてこうなったのかも把握できた。
「私たちとしてはどうでもいい男だったが……下手に時間を共にしただけあって複雑な気分だ」
「……そうだな。だが……死ぬことはなかったんじゃねぇかなって思う」
酷い死に方だった。
もう服がなければ誰か分からないくらいに壊されている。
大人しくしとけば……きっと普通に暮らすことくらい出来ていたはずだ。
「む? あそこにいるのはジオンではないか?」
ラミナの指した先には、この場にあったもう二つの死体を眺めているジオンがいた。
二人のそばに腰を降ろし、動こうとしない。
「今までどこにいたんだ、ジオン」
「朝まで酒場で飲んでた。安心しろ、酔っちゃいねぇよ」
「なぁ、こいつら知り合いだったのか?」
ジオンはすぐには答えなかった。
「……さあ、知り合い……まで行ってたんかな。昨日の晩に一緒に飲んだ仲だ。気のいい、いい連中だったよ……俺がついてっていればなァ」
口調がおとなしい。
その声色には、罪悪感が混じっていた。
こいつにも思うところがあったんだろう。
「なあ、セツ」
「なんだ?」
「……俺ァちょっくら犯人探してくるわ。このままじゃ腹の虫が収まんねェもんでよォ……だから出発を待ってくれねぇか?」
「そりゃ構わねぇけど……今の俺は手伝えても役には立たねぇぞ?」
魔力も何にもないからな、探索すらまともにこなせねぇと思う。
足だけを使って探せんならとっくに見つかってるだろうしな。
「お前はいい、なんかやることあるみテェだし。ラミナ、手伝えるか?」
「……いいだろう。貴様だけではどんな無茶をするか気が気でないからな」
「さすが相棒だぜ」
「誰が相棒だ殺すぞ」
ニヒルな笑みを浮かべたジオンは、ラミナを引き連れ人混みの外へと向かって行く。
仲間としてはあとを追うべきなんだろうが――――――――――。
「てめぇはさっさと目的を果たせよ。てめぇのしでかすことは、いつも何かを変える。俺たちはそれに期待してんだ」
あとを追おうとしたが、思わず足を止めてしまった。
もうやつらの姿はない。
「けっ……何が期待だよ」
そこまで言われちゃ、応えなきゃならねぇだろうが。
◆◆◆
「えっと……買い物の内容は、玉ねぎ一個と……じゃがいもと」
「……」
あれ、俺は何でこんなところで買い物してんだろうか……。
確か「暇そうだから」とかいう理由でミラに連れだされて、気づいたら市場にいたんだよな。
「ほら! セツさんちゃんと持って!」
「はいはい……」
たくさんの食材が入った袋を両手に下げ、ミラのあとをついて行く。
この街の市場はそれなりに広い。
後に知ったことだが、この街は人間大陸の丁度中心に近い位置にあるらしく、かなり物資が流通している。
つまり人の集まりもそれなりに多い。
そんな街で殺人ねぇ……普通ならすぐに捕まると思うんだが。
「はぁ……いっつも大変なんだよねぇ。セツさんがいない時は毎週往復してたし」
「そりゃ大変だな、これだけで一日終わっちまうんじゃねぇか?」
「そうなんだよー! でもお母さんたちのお手伝い楽しいから……」
こんないい子を持った女将さんたちは幸せもんだな。
俺も将来子どもが出来んなら、こんな子がいい。
……俺の周りの女たちを見ていると心配になるが。
「もう最後の店だから、早く帰ろ!」
「はいはい……」
荷物を持った手を引かれ、俺たちは宿屋までの道を駆け抜けた。
◆◆◆
「ただいま!」
「おかえりなさい。セツさんも付き合わせてしまって申し訳ありませんね……お礼と言ってはなんですが、夕食は豪勢にさせていただきますので」
「別にいいさ。楽しかったし」
荷物を渡し、女将さんに受け取らせる。
「お、重いですね……」
「ああ、それなりにはな」
「こんなものを軽々と……セツさんは名の売れた冒険者さんなんですか?」
「いや、冒険者ではあるが、名は売れてねぇよ。あんまり気にすんな」
俺は女将さんに渡した荷物を奪い取り、厨房まで運ぶ。
「どの辺りに置けばいい?」
「ほんとに何から何までありがとうございます……ではその辺りにおいていただけると助かります」
言われた場所に食材たちを置き、両腕を振るう。
厨房を見渡すと、それなりに年季が入ったものが多く、大切に使われていることが分かる。
我ながらいい宿を選んだものだ。
「ああ、お客さん手伝いを引き受けてくださったそうで……ありがとうございます」
「別にいいって。暇だったのは本当だし」
エプロン姿の親父さんが現れ、食材を的確に分けていく。
この人料理も美味いし愛想もいい。
と言うかこの家族が本当に良い人たちなんだ。
それにこの規模の宿を三人で切り盛りできているっていうのも、この人たちの手際の良さが伺える。
ミラもあの歳の割に買い物に滞りがなかった。
「あんたら本当にすげぇな。この宿選んで正解だったぜ」
「そう言っていただけるととても嬉しいですよ」
「また何かあったら手伝う。長居はしねぇが、しばらく力仕事くらいは請け負うぜ」
「ありがとうございます、ぜひお願いしますね」
親父さんの嬉しそうな笑顔を背に、俺は部屋に戻る。
中には腹を出して眠りこけてるバカ神が一人……。
「お前はこの宿の人たちを見習え!」
「いて! 何事じゃ!?」
腹をベチンと叩き、起こす。
別に起こす意味はなかったが、何かムカついたからな、とりあえずいい気味だ。
「だらしなく寝てんじゃねぇよ。腹くらい隠せ」
「何じゃ? ワシの腹に欲情でもしたか?」
「だれが子供っ腹に興奮するか。バカみたいなこと言ってねぇで、さっさと腹かくして寝ろ」
「むう……本当に母親みたいじゃのう……」
そういや神は風邪引くのか?
まあいいか、だらしなくなくなれば。
俺はもう一つのベッドに入り、夜に向けて意識を沈めていった。
◆◆◆
特に何事も無く翌日。
また死体が見つかったようだが、ジオンたちはどうしているんだろうか?
あいつらが一日で解決できないとなると、これは本格的に厄介な敵がいることになりそうだ。
〈聖剣〉どもの可能性をストローに聞くと、可能性自体は高いらしい。
ただ気配は感じないようで、確証は持てないそうだ。
「別にそこまで睡眠を摂る必要もないし……俺も昼間くらいは調査してみるか……」
「そうは言っても探知するのはワシなんじゃろ……」
俺とストローは宿屋の前にいた。
なぜこいつまで巻き込んでいるのかというと、〈聖剣〉が犯人だと言う説が一番濃厚だからだ。
目撃者が一人もおらず、殺しの方法も独特。
人間なら少なくとも魔力を使用しているはずだから、ジオンたちが気づかないわけがない。
そうなると、もうやつらが犯人としか考えられない。
やつらの気配が分かるのはストローだけだから、どんなに眠かろうが手伝ってもらう。
「まあいい。ワシとて聖剣どもに好き勝手されるのは許容できん。さっさと見つけてへし折ろうぞ」
「お、乗り気になったか。よし、とりあえず現場周辺から当たるぞ」
ひとまず向かった先は、グルスが殺されていた場所。
もう綺麗サッパリ片付けられているが、地面の凹みまでは直っていない。
「すげぇ力加減だな……人ひとりを的確に潰せるだけの威力で叩いたみてぇだ」
地面の凹み方からして、一撃でこうなったんだろう。
今の俺が喰らえば戦闘不能だな、きっと。
「こんなことができるやつ知らねぇか?」
「心当たりはあるが、どれかが分からん。生憎連中の数はそれなりに多くての。これくらいのことは容易くできてしまう」
「だよな……」
一度聖剣と手合わせしているから分かるが、フェリブスでさえ相当な怪力だった。
しかしこの場合は、巨大なもので叩き潰した感じなんだよな……怪力うんぬんではなく。
いや、そういう面でも、いくつか該当する奴らがいるんだろう。
正直ハンマーみたいな聖剣が居てもまったく不思議じゃない。
なんたって冬真のエクスカリバーは大砲になりやがったからな。
「他の死体は……確か斬り刻まれてたんだっけな。それこそ剣だけに見つけにくそうだ」
その後他の場所に回ってみたが、どの現場でも状況は一緒だった。
最新の場所にも行ってみたが、残留している魔力はない。
これはいよいよ聖剣の仕業が濃厚になってきたな――――――――――――。