88 聞こえない悲鳴
「マスター! おかわりだァ! もっと酒持ってこい!」
「おいおい、魔族の兄ちゃんずいぶんイケる口だねぇ」
「酒にはめっぽうつえぇのよ、俺は」
夜、この街でも大きく賑わっている酒場にジオンは顔を出していた。
この店を選んだ基準というと、まず酒の種類が多いこと、そして魔族でも獣人でも何でも受け入れられる客の懐の深さが気に入ったからであった。
「てか、ここの人間は王が討たれたってのにのんきな連中だなァ……」
「まあ俺たちじゃどうにもならねぇからな、なるようになるさ」
「そうそう、しかもここの酒場は冒険者が多いからな、魔物狩って生計を立ててんだからあんまり関係ねぇんだ」
「なるほどねェ……」
慌ただしく市場や移動手段が動く中、ここだけ普段通り、この場においては異様な状態でいれるのは、こういった人間たちが関係しているのだろうと、いつの間にか一緒に飲んでいた客との会話でジオンは思った。
「それより兄ちゃん、この街に来たの今日なんだろ? だったら夜道に気をつけな。もしかしたらポックリ逝っちまうかもしれねぇぜ」
「あ? ゴーストマンでも出るのか?」
「そんなもんならとっくに退治されてんよ。俺たちだって他の街の連中よりは優秀って言われてんだ、やられっぱなしにはならねぇさ。問題は、実力も正体も全く不明の殺人鬼がこの街にいるってことだ」
男は近くにあったコインを手に取り、ひとつひとつテーブルにおいて行く。
「ここ数日、早朝に連続して市民の死体が発見されている。中には名の通った同業者たちもいたらしい。パターンは二つ、潰されたやつか、切り刻まれたやつ。どいつもこいつも即死には変わりないらしい」
「はーん……酷いことするやつもいたもんだ」
「俺の知り合いの知り合いも一人やられちまったぜ!? どうなってんだちくしょう!」
もう一人の男が酒を飲み干す。
事件について話していた男も、顔色がよくない。
「おいおい、飲みの場で辛気臭くなるような話すんじゃねぇよ」
「あ、ああ、すまねぇ。別に脅そうってわけでもねぇんだ、ただお前さんみたいないい飲みっぷりの男がアブねぇ目に遭っちまうってのも胸糞悪くてな……」
「へっ、俺が危ない目にねぇ……」
ジオンは手に持った溢れんばかりの酒を、一気に飲み干した。
相当度数の高かった酒のようで、周りの客がどよめく。
「俺に危機感を覚えさせるやつ? 見てみたいねぇ! そんなやつがいるならなァ!」
客たちの歓声を浴びつつ、ジオンはもう一つのジョッキに手をかけた。
◆◆◆
「ふむ、通り魔か」
「ええ、なのであまり遅い時間に街を歩かないでくださいね。酒場やこのギルド近くは夜でも賑やかなので比較的安全ですが、少しでも人気がないところでは事件が置きてますから」
「忠告感謝する。そもそも私には夜中出歩くという趣味はないからな、そろそろ帰らせてもらおう」
「はい、お気をつけて!」
ギルドの受付嬢に送り出され、ラミナはギルドをあとにする。
今日彼女は街の近くで巣を作った大型魔物の討伐クエストをこなし、一週間ほど遊んで暮らせる金を手に入れていた。
本来10人以上のパーティを組んで受けるべきクエストであったためか、それなりの疲労感がラミナの身体を包んでいる。
(これならば今日は快適に眠れそうだな……)
夕日が沈みかけ、ほどほどに薄暗い道を宿に向かって歩く。
ギルドで聞いた噂の通り魔が出てくればついでに首を取ろうかとも考えていたが、幸か不幸か、彼女の前にそれは現れなかった。
◆◆◆
「よし、皆寝静まったようじゃの」
「別に夜中にやらなくてもいいんじゃねぇか?」
「この作業には相当な集中力がいるんじゃよ……この時間帯なら誰にも邪魔されん」
「まあ……確かにな」
「ほれ、さっさとやるぞ! 時間はあればあるほどいい」
「そりゃそうだ」
街が寝静まった頃、俺とストローは部屋のベッドの上で向かい合っていた。
ジオンはまだ帰ってきていない。
おそらくまだ飲んでるんだろう、あいつは。
酔ってるところ見たことねぇもんな……。
ラミナは今頃となりの部屋でぐっすりだ。
それなりにの仕事を受けてきたようだな。
肩慣らしってのはなんだったんだろう。
グルスも同じ部屋にいるはずだが……まあ関係ないか。
「では始めるとするかの。ほれ、手を出せ」
「ああ」
俺は素直に片手を差し出した。
「……すまん、両手じゃ」
「先言え」
結局もう一つのても差し出した。
ストローはそれを自分の手で握ると、目を閉じる。
「お主も目を瞑れ。今からワシがいいと言うまで、決して集中力を切らすな」
「おう……」
「まずワシの神力をお主に流す。今はただそれを感じ取れ」
「……」
魔力も何もなくなった身体に何かが流れ込んでくるのを感じる。
いや、待て。これは――――――――――――。
「おい、ストロー」
「……」
「何も感じねぇ、心がなくなっちまったみたいだ」
俺の心、感情が、どんどん冷めていくのを感じる。
すでにもう、何もかもがどうでもいい。
これは……今まで何回か味わったことがあったな。
「それでいい。神力は神にしか扱えん。つまり今のお主は擬似的に神になっておるのじゃ。神は感情など持ちあわせておらん、世界を統治するのにそんなもんは必要ないからのう」
「……」
「もう考えることすらできぬか、一度離すぞ」
俺の手からストローの手が離れていく。
身体から神力が抜けていくと同時に、俺はだんだんと意識を取り戻した。
いや、別に意識はあったんだが、そういう言い方が一番近かったんだ。
「どうじゃ? 感情をなくした気分は」
「いい気分じゃねぇな。それよりも、神は感情を持ってねぇって言ったが、お前やクレアシルは持ってるじゃねぇか。どういうことだよ」
「ああ、ワシらには気が遠くなるほどの時間があったからの。長く生きていれば、感情が芽生えることくらいはある」
「……ほんとに芽生えんのかよ」
「なんじゃ? お主は何千何億よりも長い時間を生きてきたとでも言うのかの?」
ストローがニヤニヤしながら聞いてくる。
ムカつくが、そう言われてしまうとどうしようもない。
だがこのまま行くと、運良く神力を手にしていても感情を失っちまう。
それは仕方ねぇにしても嫌だな。
「安心せい、感情を持って生きているのじゃから、失ったところですぐに元に戻せるさ……確証はないがのう」
「……」
「そ、そんなものあとからどうにでもなるのじゃ! とにかく今はこれを繰り返し、お前の中の神力を目覚めさせるぞ!」
「お、おう……」
再び腕を掴まれ神力を注がれたことで、俺は再び感情を消され、言葉通り無心で神力を受け取り続けた。
◆◆◆
「はっ……はっ……ざまぁ見やがれバカどもめ」
セツたちが訓練をしている中、グルスは隠し持っていたナイフで縄を切り脱走していた。
彼が使ったナイフは王家に代々伝わるもので、王家の者の魔力に反応して形状を変えるものだ。
極小にして体内に隠し、必要に応じて取り出していたため、セツたちが気づかなかったのも仕方のないことだろう。
ただ、魔力を込めた縄を使用しているからと高を括っていたのは、彼らの落ち度である。
王家に伝わるほどの刃物が、市販の縄程度を切れぬわけがない。
「このまま何とかして王都まで戻らねぇと……せっかくやつらに殺されず命を拾えたんだ、俺で血を絶やすわけにはいかねぇ……!」
この街は広い。
大通りから少し離れたこの道を行くならば、それなりの時間を取られるだろう。
大通りを行けば外まで一直線だが、人に見られる危険性が高い以上この道しかないのだ。
「朝までには街を抜けられる! それまで――――――――」
「標的発見、殺します」
「え……」
グルスは思わず息を飲んだ。
目の前に突然現れたのは、二メートルをゆうに超える大男。
あまりのガタイのよさに、グルスを照らしていた月明かりは覆い隠されてしまった。
「了解、また一つ、クレアシル様の野望に近づきます」
「ッ!?」
いつの間にか、真後ろにも一人女が立っていた。
前の男とは正反対だが、その威圧感は全く変わらない。
そんな異様な存在たちに、彼は挟まれてしまっていた。
「憎き者に神の裁きを――――――――」
「や、やめろ! 俺は王族だぞ!? 貴様らは本来近づくことすら」
「やかましい、人風情が」
「できな――――――――――」
大男の鉄槌が下る。
強靭な拳が叩きつけられたグルスは、地面に叩きつけられ、何もかもを撒き散らして絶命した。
相当な音が響いたはずだが、街の住民は誰ひとりとして気づかない。
彼らの周りを渦巻く風が、その音を一切漏らさなかったのだ。
だが、視線はそうは行かない。
「てめぇら何してやがる!」
「おい! こいつら噂の通り魔じゃねぇか!?」
その場に現れたのは、酒場でジオンと飲んでいた冒険者二人組だった。
彼らは大切な街を守るために、準備を整え、本日から深夜の巡回を始めていたのだ。
このとき、別の場所を巡回していた冒険者たちもいたが、彼らがこの場に来てしまったのは運が悪いとしか言いようがない。
「また、憎き者が現れました」
「次は私が裁きを下しましょう。憎き者に裁きを……」
「何ブツブツ言ってんだ! さんざん街を荒らしやがって……! ぶっ殺してやる!」
「行くぞ!」
二人は剣を抜き、通り魔事件の元凶目掛けて駆け出す。
「目障りです」
しかし、彼らの足は突然切り飛ばされ、宙を舞った。
支えのなくなった身体は、地面に倒れ込む。
「あ、あれ?」
「ひ、ヒィ!」
二人の足から血が吹き出す。
そして、次の瞬間には首が飛んでいた。
彼らは目を見開き、死んだことにすら気づかない。
ただ、彼女は立っていただけである。
「哀れ……人とはこれほどまでに脆いのか」
「これではあの方の手を煩わせるほどではありませんね。現在もっとも〈七聖剣〉に近い身……さらなる憎き者のため、今はこの街に身を隠し続けていただきましょう」
二人、いや、二本は夜の街に消える。
そして、またどこかで聞こえない悲鳴が響き渡った――――――――――。




