87 夜
本日二話目です。お気をつけ下さい。
ブラッドは見ていた。
彼がその手に持っている剣で斬りつけた壁が、爆発したところを。
そしてすぐに考えをまとめた。
(おそらく……この男には俺たちでは敵わない。少なくともエルカは逃がすべきだ。時間を稼ぐ、そしてティアたちが上がってくるのを待つしかない……!)
ブラッドはエルカを背にしてジリジリと後退を始めた。
エルカはいまだにオロオロしたままで、戦力から外されるのは仕方ない。
「おや? 逃走ですか? いけませんねぇ……少しは堂々と立ち向かってはどうですか?」
「生憎だが……勝てない勝負に挑むほど、俺たちはマヌケではない」
「ふむ……まあいいでしょう。私も獲物には少々抵抗していただきたいのでね!」
「っ!」
エクスプロードが床を蹴る。
ブラッドはエルカを突き飛ばし、近くの部屋に飛び込ませた。
「仲間を逃しましたか!」
「ぐっ……」
振り下ろされた剣を、ブラッドはナイフで受け止める。
「触りましたね?」
「っ! まさか!」
爆発――――――――――。
全身を焦がしたブラッドが、床を転がる。
とっさに後ろへ跳んだものの、彼の身体は焦げ目だらけになっていた。
(これはまずい……直撃を受ければ一撃で動けなくなるぞ……)
全身の痛みが、そう言っていた。
なんとか身を起こしたが、もう機敏に動くことはできない。
「ほら! その有様ではすぐに終わってしまいますよ!」
「むぅ……!」
ブラッドは床を転がり、何とか剣をかわす。
しかし壁に当たった剣が爆発し、再び吹き飛ばされる。
「はぁ……はぁ……」
「よくよけましたねぇ……しかし戦いを長く味わいたくとも、クレアシル様の命令は絶対。遊びはほどほどにし、そろそろ殲滅を開始しましょうか」
「クレアシル……そうか、お前はやつの仲間か」
「仲間……と言うより子供? まあいいでしょう。あなたはここで死にゆくのですか……ら!」
再び剣が振られる。
しかしその速度はさきほどまでの比でなく、ブラッドはとっさに動くことすらできなかった。
今度こそ直撃、そう思われたが――――――――――。
「ねぇあなた、今クレアシルって言った?」
「……何?」
エクスプロードの腕を、横から掴む者がいた。
それは今の今まで部屋に篭っており、壁が破壊されたことで外に出てきた少女の腕。
クレアシルという神に対し圧倒的な憎悪を抱く少女は、エクスプロードの腕を黒い炎で焼きつくした。
「っ! ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさい、騒ぐな」
「がっ――――――――――――」
崩れ落ちた彼の頭を掴み、持ち上げる。
その異様な光景に、ブラッドは身体を震わせた。
「夕陽……貴様どうして」
「考えがまとまったよ、ブラッド」
夕陽の身体から、黒い炎が立ち上る。
その眼は暗く沈み、虚ろ。
しかし、しっかりと憎悪の光だけは宿していた。
「ユキくんを殺したのはクレアシル……じゃあ同じ目に合わせないと……その仲間も、全部全部私が燃やし尽くすの」
「や、やめてく――――――――――――」
「夕日は沈んだの……もう――――――――――夜の時間だよ」
〈炎夜〉。
黒い炎が、エクスプロードの全身を包み込む。
一瞬、絶叫が聞こえるものの、すぐに喉が焼けてしまったのか聞こえなくなる。
その炎は、彼の身体を燃やすと同時に、壊していく。
やがて炎が収まると、そこには塵も、灰も残っていなかった。
「全部殺すよ、ユキくん……あなたを傷つけたあのド腐れ女は、最後まで苦しめて殺してあげるからね……」
彼女の身体で揺らめく黒い炎は、まるで夜空のように澄んでいて、誰も近づけないほどに恐ろしかった。
◆◆◆
「おばちゃん、おかわり」
「俺もだ」
「私もいただきたい」
「私もいただくのじゃ!」
「はいよ! あんたらよく食うねー」
ラクリアの街の中にあるさほど大きくない食堂で、俺たちは飯を食っていた。
グルスは宿の一室を借りて閉じ込めてある。
ちなみに俺たちのぶんとして他にも二つ部屋を借りた。
全部グルスが荷台に積んでいた財宝を換金したものだがな。
外道? 聞こえないな。
「オイ、セツよォ……とりあえず俺たちは明日まではこの街にいねぇといけねぇんだな?」
「ああ。王が殺されたってのはもう広まってるから、この辺は混乱しまくってる。馬車も一日一本あるかないか。最悪明日も泊まりだな」
「はぁ……さっさと帰ってゆっくりしてんだがなぁ」
「ジオン、クレアシルとやらの存在を忘れたわけではあるまい。先ほど話を聞いたばかりなのだから」
「ああ! 分かってるっつーの!」
ジオンは怒鳴り、皿の肉を強引に口に放り込む。
こいつは怒ってるわけじゃない、これが平常運転なんだ。
「もしかしたら、この街のどこかにも聖剣どもが隠れてるかもしれねぇ。けど全部に構って行ったら命がいくつあっても足りねぇだろう。ここはこの辺りにはいないことを祈って通り過ぎるしかねぇな」
「そうだな。デザストル様も心配だ。聖剣とはぜひとも手合わせ願いたいが……」
「勘弁してくれや。今は誰も傷を治せねぇんだからよォ」
ジオンの言うことももっともだ。
俺に魔力がない以上、ヒーラーはいない。
大食いを使えばなんとかなるが、こいつは奥の手だ。
そう簡単に使うわけにも行かない。
「よく分からぬが、この街でやることは特にないのじゃろう? ならばもう宿に戻ってよいのではないか? セツ、ワシはもう寝たい」
「寝坊助が……まあいいや、ってなわけで俺たちは戻るが、お前らは?」
「俺は街をぶらぶらしてくるわ。せっかく自由に使える金があんだ、豪遊させてもらうぜ」
「私は少しギルドを見てこようと思う。何か情報があるかもしれぬし、美味しい依頼があれば肩慣らし程度に受けてくる」
「そうか、分かった。んじゃ夜また宿でな」
◆◆◆
メシ代を払い、俺とストローは宿までの道を歩いていた。
「なぁ、本当にできるのか? 神力を宿すなんてよ」
「分からぬ。ただやる価値があると言うだけじゃ」
その答えを聞いて、俺は頭を掻く。
何というかこう……ぱっとしないものか。
こいつにも結果が分からないのだから仕方ないが、はっきりしないことはやっぱりむず痒い。
「それより、今からしっかり寝ておけよ? 夜通しの訓練じゃし、ぶっ倒れられても困る」
「ああ……分かったよ」
宿についたのは、それから5分後のことだった。
表の大きな両開きの扉を潜ると、中から活発な女の子の声が迎えてくれる。
「いらっしゃい! って12号室の人かーお帰りなさいだったね!」
「こら! ちゃんと敬語を使いなさい! ミラ!」
「ああ、いいよ。それくらい元気がある方が女将さんも安心だろうし」
「そ、そうですか? お客さんがそうおっしゃるなら……」
話がわかるー! と俺に親指を立てた拳を突きつける女の子は、この宿を経営している夫婦の娘のミラだ。
茶髪のツインテールで、身体は小さい。
話を聞く限り、13歳くらいのようだ。
そのくせお調子者で、俺たちのような客とも積極的に話す。
この宿の名物でもあるようで、この歳で売上に貢献するとは恐れ入る。
「他の二人はー? 部屋は違うけど連れなんでしょ?」
「ああ、街をブラブラしてくるってよ。俺はめんどくせぇから部屋で寝る」
「知ってるよあたし! そういうのダメ人間って言うの!」
「うっせ、ほっとけ」
今のは割りと効いたぞ、心に。
俺はミラの頭に軽くデコピンをぶつけ、自分たちの部屋に続く階段を上がった。
後ろでブーブー言ってるみてぇだが、無視。
「あの娘と関わるときのお前さんは楽しそうじゃの……まさかお前さん……小娘趣味か?」
「生憎ロリコンじゃねぇよ。ただ……ちょっと似てんだよ、俺の幼馴染の雰囲気とよ」
茶髪で元気いっぱい、それでいて人懐っこい。
それくらいしか一致するものがないが、何となく似ているんだ。
「てか部屋に入るまで姿見せんじゃねぇよ。料金取られるだろうが」
「……けち臭いのぉ」
金はあればあるだけいいからな、当然宿代削減のため、ストローには人に認識されない状態でいてもらう。
「……一応見てくか」
自分の部屋に入る前に気が変わり、俺は隣の部屋のドアを開けた。
「おう、気分はどうだ?」
「……最悪だぜ」
そこにいるのは縛られたグルス。
部屋の柱に繋がれ、鋭利な刃物でもない限りこの部屋から出ることはできねぇだろう。
「まあ魔王に引き渡したら、悪いようにはしないでくれって頼んでやるよ。お前が協力的だったらな」
「……」
「じゃあな、また来る」
口を噤んでしまったため、俺は部屋を出て、今度こそ自分の部屋に入った。
さて、言われた通り夜まで寝ておくか――――――――――――。




