83 出発・後半
早朝、俺は村の外れにいた。
「もう行ってしまうのか?」
「ああ。あんまり時間は無駄にできない身だからな」
この村を出るにあたり、村の男数人が見送りに来てくれている。
他の連中も来たがったらしいが、病み上がりの連中も多いし、柄でもないためやめてもらった。
「食料やら寝床やらありがとな、助かったぜ」
「いいさ。詳しいことは何一つ分かっちゃいないが、あんたが来たことで村が助かった。君は村の恩人だ」
「そんな人を無碍に扱うなんざ、この村の名折れだからな!」
気のいい連中の笑顔に、思わず俺も笑う。
俺は食料や夜営用の道具が入ったリュックを背負い直し、村に背を向けた。
「じゃあな、また近くに来たら寄るぜ」
「いつでも待ってるからな!」
「また来いよ!」
軽く手を振りつつ、俺は村をあとにした。
◆◆◆
「でかい街はこっちか……」
村のやつの話だと、この草原の道を真っすぐ行けば大きな街があるそうだ。
ひとまず魔族大陸に戻るという選択肢がある以上、港を目指すのが吉だろう。
そのでかい街には船はないだろうが、港町に行ける手段はあるはず。
馬車なんかを探すのが多分一番速い。
今の俺の足でも馬車よりは速いだろうが、人間大陸の地理に詳しくないせいで迷うことが分かりきっている。
これなら安定性のある馬車の方がいい。
……っと、そんなことより。
「……いつまで寝てんだ、クソ神」
「眠い……zzzzz」
「ただでさえカバンで嵩張ってんだから降りろや!」
「むぅ……信仰心が足りぬ男だ……」
ここまでずっと肩車して寝かせてやってたんだから、逆に感謝して欲しいくらいだ。
しぶしぶ俺の頭から手を離し、ストローは俺の横を歩き始める。
それにしても、うとうとしながら歩き、寝癖でボサボサの髪を見ていると、こいつが神だってことが疑わしくなってくるな。
「こんなにボサボサにしやがって……姿を消せるとは言え、身だしなみぐらい気ぃつけろ。元はいいんだからよ。あと、お前昨日夜更かししただろ。次からやんなよ?」
「む、むう……神であるこのワシに説教するとは……」
「返事」
「あい」
俺はしゃがみ込み、ストローの髪型を整えてやる。
魔法さえ使えれば炎と水の応用で一発なんだが、使えない以上手でやるしかない。
軽く指ですいてやり、とりあえず取り繕うことに成功する。
「まだ跳ねてっけど、こんなもんだろ」
「……ずいぶん手慣れておるの」
「あ? まあ……ずっと同じようなことやってたからな」
転生後からこの世界に再び戻ってくるまで、幼馴染の夕陽とはずっと一緒だった。
小学生から中学生にかけて、あいつのだらしなさがピークの時に、俺はずっと毎日跳ねまくってる寝癖を直してやってたんだ。
そのせいで慣れたんだろう。
そう言えば……今はずいぶんしっかり者になったなぁ……。
「なんじゃ、物思いに耽けているような顔をして」
「いや、何でもねぇよ」
俺は立ち上がり、再び道を歩き出す。
そうして数十分歩いた頃、草原にようやく変化が見られた。
「ん? 何だありゃ……」
道の先、そこに馬車が止まっていた。
「馬も荷物もあるが……誰もいねぇのか?」
「! おいセツ、向こう側から戦闘音が聞こえるぞ」
「お?」
馬車の向こう側に回り込むと、そこには小型の魔物数体と戦う馬車の持ち主らしき男がいた。
あの魔物は……ゴブリンだな。
単体のランクは最低のD、しかし群れで行動するため、数によってはA相当のランクに跳ね上がる。
今のところ数は5。ギリギリCランクになるかならないか程度だな。
「くっ! この!」
「ギギギ!」
男は苦戦しているようだ。
持ってる剣裁きが素人に近いし、戦闘経験自体少ないのだろう。
「ま、助けるか」
俺はリュックに括りつけてあった黒丸を取り、一蹴りで男とゴブリンの間に割り込む。
「助太刀するぜ」
「うおっ! す、すまねぇ!」
俺の突然の登場に驚き硬直したゴブリンの首を、黒丸で刎ねる。
冷静になられる前に、もう一体の心臓を切り裂いた。
「ギギ!?」
「ギィ!」
「何言ってっか分かんねぇよ」
ようやく俺を敵と認識し、飛びかかってきた二体のゴブリンをまとめて切り裂く。
上下に両断されたゴブリンが地面に落ちると、怯えた最後の一体が背中を向けて逃げ出した。
「ギィィィ!」
「逃がすか!」
まあ別に逃がしてもいいんだが……それはそれで癪だからな。
念のため村で新しくもらったジャッケトのような服の裏にナイフを隠しといてよかった。
今の俺は遠距離に対してどうしようもないしな、しばらくはコレに頼ろう。
「オラァ!」
「ギッ」
取り出したナイフを投げつけると、ゴブリンの脳天に綺麗に刺さった。
我ながら上手く行ったもんだ、困ったときはこれで食っていけるかもしれない。
「五本投げて命中一本か……まあ初めて投げた割にはよく当てたのう」
「……言うんじゃねぇ」
手元が滑っただけだ、断じて下手くそなわけじゃねぇ。
「おお! 兄さんやるね! ありがとよ!」
「ん? ああ、大したことじゃねぇよ。それよりお前、何で一人で馬車なんか引いてんだよ。この辺りの魔物は弱いみてぇだが、さっきみたいに数で来られたら厳しいぜ? 護衛でもつけなきゃ……」
「それがよぉ……俺は運び屋なんだが、出発直前に護衛の冒険者に騙されて金だけ持って行かれちまったんだわ……けど運ぶ品の関係で新しい護衛を探してる時間はなかったもんで、しぶしぶ一人で出てきたってわけさ」
「なるほどな……」
大抵護衛の依頼をする際は、出発前に報酬の三割、到着後に残りを払うというやり方が一般的だったりする。
文句をつけて金を払わない依頼主がいたりしたのが、このやり方が出来た原因だな。
それにしても……こんな雑魚ばっかで比較的安全な依頼なのに逃げるとは、ずいぶんと臆病なやつだ。
「……そうだ! あんた! 俺の護衛をやってくれないか!? 報酬はちゃんと本来の額を払うからよ!」
「あ? ……うーん、行先によっては良い返事ができねぇぞ?」
「大丈夫だって! あんたらこの先のラクリアを目指してんだろ? この道を通るってことはそこしかねぇよ! 俺だってそこに行くんだから!」
確かに、村の連中から聞いたでかい街の名はラクリアだった。
そうなると、こいつの依頼は受けてもいいと思える。
報酬もくれるとなると……懐が暖かくない今なら、むしろ受けるべきなのかもしれない。
「……いいぜ、目的地は一緒みたいだしな。街まで守ってやるよ」
「本当か! いやー助かるぜ! そうと決まれば出発だ!」
「その前に、こいつは荷台に乗せてもらえるか?」
俺はストローの肩に手を置きながら聞く。
こいつは戦えない……と言うより戦わないし、俺一人で外で護衛すりゃ話は済むからな。
「乗車賃が必要ってなら、報酬から引いてくれりゃいいからさ」
「いやいやとんでもねぇ! しょっぱなからこっちは助けられてんだ。連れの一人乗せるくらいタダでいいって!」
「太っ腹だな。まあ俺ら今は余裕ねぇから助かる」
「おうよ! じゃあお嬢ちゃんこっち来な!」
呼ばれたストローが男の後ろについていく。
こんなガキがあんなしゃべり方したら驚くだろうな……外見だけなら完璧に幼女だし。
「ほら、こっから乗りな」
「おじちゃんありがと!」
ん?
「おいおい! 俺はお兄さんだろ? まだおじちゃんは早いぜ!」
「えへへ、ごめんなさいお兄さん!」
「可愛いから許す! だははははは!」
…………。
「ん? どうした立ち止まって。もう出発しようぜ」
「いや……ちょっと納得行かないことがあってな」
そう言えば、あいつの口調は演技だったな……。
◆◆◆
「へー! 兄妹で旅とはすげぇなあんたら!」
「それほどでもねぇよ」
草原の道はまだかなり長い。
その間に、一応俺とストローの関係を誤魔化しておいた。
親子はありえないし、赤の他人にすると現代人の感覚が警鐘を鳴らすからやめた。
髪の色もほぼ一緒だし、結局兄妹が一番いいだろう。
「こんだけ若いのによくやるぜ……俺なんて……」
「? どうかしたか?」
「いや、なんでもねぇ」
変なやつだな。
まあいい、どうせ街についたらお別れだ。
俺が余計なことまで知る必要はない。
ちなみにだが、この男の名前はグルスと言うらしい。
「っと、前に誰かいやがるな」
「ん?」
言われて前方をよく見ると、人影が二つある。
魔物ではない……男と女だな。
かなり接近すると、二人が何なのかがよく分かった。
魔族だ、二人とも。
そして、俺はこの二人のことを知っていた。
無意識に顔をしかめてしまうくらいには……知っていた。
「よォ、そこの馬車、俺たちをちっと乗せてくんねェか? 金は払うからよ」
「ま、魔族だなあんたら……」
「おいおい、まさか魔族だからってだけで乗せねェわけねぇよな? 気に食わねぇぜそういうの」
「脅すというのはあまり趣味ではないが……今回ばかりは乗せてもらわなければ困る」
女のほうが、腰に帯刀している刀に手を伸ばす。
それを見た俺はグルスの前に立つ。
こいつの剣裁きは……まずい。
「待てよ、ラミナもあんたらもちょっと血の気が多いなァ……クールに行こうぜ。俺たちもお前らが乗せさえしてくれりゃ危害は加えねぇ。お前らも俺たちが手を出さなきゃやり合う必要性はねぇ。だろ?」
「そ、その通りだが……」
「じゃあ話は簡単だ。俺たちを乗せろ、その分の金は払う」
「……わ、分かった」
グルスが首を縦に振った。
それによって女は刀から手を遠ざけ、俺も背中に括りつけていた黒丸から手を離す(リュックは馬車の中でストローが持っている)。
「命拾いをしたな、少年」
「……どうも」
魔族の男女が俺の横を通り過ぎ、荷台の中に入っていく。
正直、命拾いしたというのは洒落にならない。
今の俺では、こいつらと正面からやり合って無事では済まないだろう。
五大魔将のジオンとラミナ……俺がもっとも戦いたくねぇ連中だ。
下手したら、勇者とまともにやり合えるほどの実力がある。
間違いなく魔族の最高戦力だろう。
それがなんでここに……。
「早く出発しろよなァ!」
「あ、あいよ!」
荷台から声がして、馬車は再び進み始めた。
なんだろうな……あの二人と関わるとろくなことがないってのは昔から言われてることなんだ。
つまり何が言いたいかと言うと――――――――――。
「……嫌な予感しかしねぇ」
俺は人知れず顔に手を当てて呟いた。




