81 〈抜刀〉
「さて、次は破壊神様ですね」
「……」
紫の瘴気を流す剣を向けられても、デストロイアはフェリブスに見向きもしない。
ただその眼はセツが消えていった家屋に向けられるばかりである。
「よそ見とは余裕ですね。今のあなたなら、僕でも倒せる――――――――」
「ほう……」
「ッ!」
「たかが剣ごときが……ワシに勝てるとでも?」
フェリブスは思わず距離を取った。
彼が知っている破壊神は、近づいただけですべてが崩れ去るほどの圧倒的な力の象徴だった。
今は、その面影すらない。
面影すら、ないはずなのだが……。
(何を怯えているんだ僕は……今の破壊神様なら僕より神力が少ない可能性すらある。なのに……まったく勝てるビジョンが浮かばない……)
「そう怯えずともよいのじゃ。お主を倒すのはワシではない」
「はい?」
「ほれ、出てきおったわ」
穴の空いた家屋から、木片を蹴飛ばしながらセツが現れる。
ところどころ服が破け、ダメージは負っているようだが、足取りはしっかりしていた。
「はぁ……次は、こっちの番だよな」
◆◆◆
「元気そうじゃな」
「当たり前だ」
何ニヤニヤしてやがる。くすぐりの刑に処すぞストロー。
「おう、どうした? 草食面。俺が無事なのがそんなに想定外か?」
「……驚きました。まさかそれだけ元気だとは思っていなかったので。ですが、その折れた剣でどうするというのですか? そんなナマクラでは、仮に僕に当たっても斬れませんよ」
こいつをナマクラと言うとはな……まあ、自分を聖剣と名乗ったくらいだ、大口叩けるだけの力はあるんだろ。
というか実際今体験したしな。
「確かに、黒丸じゃお前を倒せねぇ。けどな、俺の武器はこれだけじゃねぇんだよ」
「……?」
俺は虚空に手を伸ばし、名を呼ぶ。
「喰らえ、〈空腹の牙〉!」
空間が割れ、中から剣の柄が現れる。
それを握りしめ引き抜くと、割れ目から流れだした瘴気が集まり、大きな口のついた刃となった。
「な……なんですか……それは」
「お前と同じ、聖剣ってやつだよ」
大食いをフェリブスに突きつける。
今はかなり空腹状態だ。
これなら食い尽くせるだろう。
「そんなものが……聖剣だと言うのですか……?」
「?」
何やらよく分からねぇことを言う。
同じ聖剣の仲間なんだから、名前くらい覚えていてもいいじゃねぇか。
「ま、関係ねぇな。油断してんじゃねぇぞ? ……行くぜ」
「ッ!」
大きく大食いを一振り。
とっさにかわそうとしたフェリブスの片腕を、根本から食いちぎった。
「なんて凶悪な……!」
「オラオラァ!」
肩口から血を振りまきながら、フェリブスは俺の連撃をかわす。
てか血が出んのな、よく分かんねぇ。
「セアッ!」
「ぐっ!」
一度囮として黒丸を放ち、それを防がせた。
そして出来た隙に、大食いを突きこむ。
片腹を丸く食いちぎられたフェリブスは、たまらず後ろへ跳んだ。
「……なるほど、強い」
「褒めても何も出ねぇぞ。差し出すのはむしろてめぇの命の方だ」
「……」
フェリブスは無言で俺を睨んでいる。
あの眼は、何かを狙っている眼だ。
そのチャンスさえくれば、一瞬で戦況をひっくり返せると言わんばかりの気配を感じる。
だったら、逆にこっちが一瞬で決めちまえば――――――――――。
「なんだなんだ!?」
「さっきの音は何だよ!」
「こっちの方からだ!」
俺の中で、完全に眼中になかったことが起きちまった。
村の男たちが、数人向こうから走ってきている。
まずい、さすがに庇いきれない。
「てめぇら! 来んじゃねぇ!」
「あ! お前はさっきの――――――」
叫ぶが、状況が分からない男たちはそのまま走り寄ってくる。
俺は嫌な予感がし、そいつらの前へ移動した。
「好機! 余計なことに気を取られましたね!」
「くっ……」
この場にいれば、こいつらは庇える。
だがこれは得策ではなかった。
一撃で、やつを葬るべきだった。
「――――――――〈抜刀〉」
やつが、一言何かを唱える。
するとみるみるやつの体型が変わっていき、両足が歪な形に膨らんでいく。
やがて一体化した下半身は、タコツボのような無数の突起を持った巨大な塊となった。
「〈抜刀〉……聖剣が己の鞘から刃を抜いた姿。意味はそのままじゃが、聖剣どもからすれば、己の真の姿を晒せる言わば完全解放状態。やつの能力はさらに凶悪になったぞ」
「おいおい……」
病魔を撒き散らす怪物がさらに進化したってか?
いや、今までが制御されていたのか。
今までで一番嫌な予感がする。
「めんどくさくなる前に……一撃で!」
「遅いですよ。〈シックミスト〉」
「うぉ!?」
フェリブスのタコツボの穴から、黒い霧が吹き出す。
俺は大食いを振るって自分に降りかかる霧を消した……が。
「ごほっ……」
「な、何だよ……これ……」
「げほっ……ごほっ」
男たちは霧をもろに浴びたのか、うずくまり、血を吐いていた。
何だよこれ……もう毒じゃねぇか。
「僕の〈シックミスト〉は、吸い込んだものにあらゆる病を何倍にも凶悪にして発病させます。それは遺伝系のものも、感染系のものも、すべてが等しく確率です。ただし、致死性のものしかありません」
「極悪じゃねぇか……!」
「あなたも何を逃れた風でいるのですか?」
「ッ!」
俺は突然力が入らなくなり、地面に膝をついた。
同時にこみ上げてきた吐き気に耐えられず、そのまま吐血する。
地についた手の甲を見ると、赤い湿疹が無数に浮かび上がっており、猛烈に全身が痒い。
全身が焼けるように熱く、ついにはうつ伏せに倒れてしまうほど、身体に力が入らなくなった。
「霧を吸い込まなくたって、病原菌は空気中を漂います。僕がこの状態になった時点で、あなたの敗北は決定していました」
「ちく……しょう……」
まずい、意識が薄れてきやがった。
あの男どもは……動いてねぇ。
死んだ? 死んじまった?
やめろよ、めんどくせぇ。
誰が後処理すると思ってんだ。
いちいち死ぬんじゃねぇよ。
(なんだ……今、俺は何を考えていた?)
あのゲテモノ野郎を壊せば、こいつらは助かるかもしれない。
俺の仕事が増えねぇなら、やつを倒した方が早いな。
(さっきから……何だよ、この思考は)
「な……なぜ、立ち上がれるのですか?」
(え……?)
気づくと、俺は二本足で立っていた。
身体が恐ろしいほど軽い、どうなってやがる。
いや、まあいいや。もうなんでも。
すべてがもうどうでもいい。
とりあえず、邪魔だから消すか……あいつ。
「あなたは……一体……」
「……」
俺は一歩、前へ踏み出す。
誰も反応できない。
眼前へと詰め寄ったはずなのに、フェリブスは俺を視界に捉えてすらいなかった。
俺は、その胸に、ゆっくりと大食いを突き入れる。
「がっ……あれ……? そんな……」
「――――――――――――――――あばよ」
聞こえる音は、咀嚼音のみ。
大食いは、やつの固まった表情も、歪な顔も、容赦なく食い散らかしていった。
大食いが満腹になった頃には、もう、そこには何もなかった。
◆◆◆
「……お疲れ様、じゃな」
「ああ……」
ストローに背中を叩かれ、俺の身体の重さが、ゆっくりと戻ってくる。
不思議なことに、身体はすこぶる好調だ。
あれだけの痛みが、まるで嘘だったかのように……。
「……」
「……? どうしたのじゃ?」
「いや……なんでもねぇ」
あの、何もかもどうでもよくなる感覚……どこかで味わった気がする。
確か、お袋によく分かんねぇ空間に呼び出されたときに――――――――。
「おい! ほんとに大丈夫か!」
「っ! あ、ああ……心配すんなって」
訝しげな視線を向けてくるストローを適当にあしらい、俺は倒れ伏した男たちの方へ向かう。
背中に刺さるやつの視線が痛いが、今はそれより村の連中の体調が心配だ。
フェリブスを倒したことで、解決してりゃぁいいんだが……。




