79 人知れず決着
別視点になります。
「何だと!? 敗北……したのか……?」
「はい……」
「冬真……冬真たちはどうしたのだ!」
「おそらく、魔族に捕まったかと……」
「っ……もういい、下がれ」
「はっ!」
ディスティニアの王は、この最悪な報告に頭を悩ませた。
まさか負けるとは思っていなかったのだ。
冬真たちの脅威は、彼でも十分に理解していた。
もちろん魔族たちにもそれなりの戦力がある。
しかし、獣人たちと合流していない魔族たちであれば、簡単に根絶やしにできると思っていたのも事実。
王は自分の考えの甘さに、思わず王座を殴った。
「お父様……」
王女であるマーガレットは、そんな父の姿を見て涙を浮かべた。
それでも涙を拭い、強い眼差しで王を見る。
「お父様、冬真様がそう簡単に負けてしまうわけがありません。きっとこれも何か考えがあってのことですわ。例えば、わざと捕まり、内部から反撃すると言った――――――――」
「その線はあるかもねー」
「……っ! ルーム!」
いつの間にか、玉座の上に黒ローブを着た少年が立っていた。
冬真が集めた黒ローブの集団のうちの、最後の一人、ルームである。
「あなた……どこにいましたの?」
「何言ってんのさ、ぼくはずっとここにいたよ。この部屋にね。それよりさ、冬真くんがまた動き出すまでは動かない方がいいかもね。なんか邪魔しちゃ悪いし」
「う、うむ……」
この場にいるものは知っている。神代冬真という人物が、規格外の化物であることを。
彼らの頭では到底理解できないことも、簡単にやってのけるということを。
しかし、彼らはまだ知らない。
その冬真よりも、天敵であるセツよりも、さらに規格外の存在が現れたことを。
そして、今現在彼らに危機が迫っていることを――――――――――。
「っ! 伏せて!」
「「!?」」
ルームが玉座から飛び降り、王を抱えて地面に伏せる。
マーガレットもとっさに反応し、その場にしゃがんだ。
直後、響き渡る轟音。
王の間の大きな扉が、部屋の中を舞っている。
何か爆発が起きたのか、部屋の入口で煙が発生していた。
その中から、二人の若い男女がゆっくりと姿を現す。
「よぉ……人間の王様、それにお姫様も」
歪んだ笑みを浮かべる男は、乱暴な口調で言った。
両方とも、青白い肌から魔族ということは分かる。
男はボサボサの金髪に、赤い眼球に黒目を持ち、女は灰色で質素な袴を身につけ、髪を後ろで一つに束ねていた。
異様な雰囲気を醸し出し、瞬きさせないほどの存在感が、彼らにはあった。
「ま、魔族だと!? 警備の兵たちはどうした!」
「今頃お寝んねしてるぜェ……起きるか分かんねぇけどな」
「なっ……」
「……」
驚く王を後ろに下げ、ルームは一歩前に出た。
王女もハッと気づき、自身の中にある魔力を練り始める。
「君たち、魔族ってことは、王の首を取りに来たのかな?」
「あたりめぇだろ」
「それにしても……二人とはねぇ……大部分の戦力を魔族大陸に送ったとはいえ、相当数の兵が残ってるってのに、勇敢だね」
「はんっ……雑魚が何人束になろうが、俺様には勝てねぇよ。生意気な口聞くなよ、雑魚が」
「ッ! ……ほんとに命知らずなんだね!」
ルームから魔力を吹き出す。
濃厚な魔力が、部屋の中を満たした。
しかし、二人は微動だにしない。
「僕の名前はルーム……今から君たちみたいな雑魚を始末する強者だよ」
その魔力から推測するに、彼の実力はSSS級。
あのカゲロウよりも、その魔力量は多い。
「……っち、名乗られたしなァ……一応俺様たちも名乗っておくか」
「必要なことだろうか、それは」
「連れねぇこと言うなや、ノリってもんがあんだろ」
「ふむ、一理ある」
彼らは膨大な魔力に身を晒しつつも、一歩、前に出た。
「俺様は五大魔将が一人、ジオンだ」
「五大魔将が一人、ラミナという。覚えなくてもいいぞ」
二人から、同時に魔力が吹き出す。
それは瞬く間に部屋の中を満たし、ルームの魔力を塗り替えた。
「なっ……君たち……ッ! 五大魔将だったのか!」
「気ぃつけろよ、俺様たちは……他の三人よりは格上だぜ」
狂気染みた笑みを浮かべるジオンに、ルームは思わず一歩後ずさりした。
それと交代するように、マーガレットが震えながらも前に出る。
「あ、あなたたちが五大魔将と言うなら! ここで帰すわけにはいきません! 〈連なる炎槍〉!」
「おっとォ……ずいぶん勇敢なお姫様だこと」
マーガレットの魔法は、かなりの威力を持っていた。
冬真や、その周りの指導もあり、彼女の魔法は明らかなる進化を遂げていたのだ。
セツが初めに驚いたのも、その成長が著しかったからである。
この炎の槍も、威力だけならばS級を凌ぐだろう。
しかし……。
「え……」
炎の槍は、二つ同時に真っ二つに割れた。
いや、切断された。
威力を消され、地面に落ちた炎はそのまま消滅。
彼らは変わらない姿でそこに立っていた。
一つ、変わったところがあるとすれば、ラミナが、腰に帯刀している刀に手を置いているところくらいか。
「おい、あの王女は任せっぞ。俺様はあの子供雑魚を始末する」
「よし、任された」
ラミナは頷くと、一蹴りでマーガレットの眼前へ移動した。
この中でその速度に反応できたものは、誰一人いない。
「わっ――――――――」
「〈転脚〉」
驚くマーガレットに、ラミナの後ろ回し蹴りが刺さる。
腹部にまともに受け、彼女の身体は壁を突き破り、となりにあった王の寝室へ転がり込んだ。
「二分はかけんなよ」
「いらぬ、そんな時間など」
ラミナがマーガレットを追ったのを確認し、ジオンはルームに向き直る。
「さて、俺様も終わらせるとするかァ」
「甘く……見るな!」
ルームが腕を振る。
すると、部屋に敷いてあったカーペットが蠢き、拳の形になってジオンに襲いかかった。
「うおっ! なんじゃこりゃ」
「僕の魔法は〈部屋魔法〉、部屋にあるものなら自由自在に操れるのさ! まあ屋外じゃ役立たずだから、戦争には置いて行かれちゃったけどね!」
「ユニークかよ……うぜぇ」
そう愚痴を漏らしつつ、ジオンは無数の拳をステップでかわす。
彼にとってこの程度の速度と密度の攻撃ならば、誰かと世間話をしながらでも避けきれる。
しかし、カーペットの範囲から抜け出す寸前、彼の足はカーペットの毛によって絡め取られた。
「なっ!」
「はっ! 引っかかった!」
バランスを崩して転んだところに、カーペットの拳たちが一斉に襲いかかった。
「ぐっ……このっ……うっぜぇ!」
全身をくまなく殴りつけられたジオンは、ダメージを受けつつも毛を引きちぎり、離脱に成功する。
カーペットの範囲外からぬけ出すと、今度は彼の本能が危険を知らせた。
嫌な予感がして上を向くと、そこには巨大なシャンデリア。
それが、ジオン目掛けて落下し始めるところであった。
「潰れなよ!」
「くっ……」
ジオンは横に転がるようにしてシャンデリアをかわす。
カーペットの方へ行けば再び捕まると考え、今度は壁のある方へ。
しかし、ルームはしっかりそれを読んでいた。
「もっと周りに気を配ったほうがいいよ、魔族さん」
「はぁ? がっ――――――――」
壁には、王の揃えた絵画たちが立て掛けられていた。
その絵たちが壁を外れ、今はその額縁をジオンの後頭部に叩きつけている。
悶絶するジオンに、さらに絵画たちが追い打ちをかけはじめた。
「かっ……これ……しきでよォ……」
「はは! 頑丈だね! でも僕もあんまりヒマじゃないんだ。一気に決めさせてもらうよ」
〈限界突破〉――――――――。
◆◆◆
「はぁ……はぁ……」
「敵を嬲る趣味はない。潔く降参するならば、命までは奪わん」
マーガレットは血を吐きながら、ラミナを睨みつけた。
おそらくどこか内臓が傷んでいる。
しかし、立っているのもやっとの様子だが、彼女の眼はまだ死んでいない。
「舐めないでくださいませ……私は誇り高きディスティニアの王女、魔族ごときに屈しません」
「誇り高き……か、あまり他人のやることに口を出す趣味ではないが……異世界の無関係な人間を召喚し、戦わせるお前たちが誇り高いというのは……いささか笑えるな」
「ぶ、侮辱するか……私たちを! 〈炎の球の空間〉!」
「っ!」
怒りの形相を浮かべたマーガレットは、魔法を放つ。
いや、起動させたというのが正しい。
その魔法は、今の今までそこにあったのだ。
「面白い魔法を使う。私はわざわざ感情を口に出す趣味はないが、これには驚いた」
「喰らいなさい!」
ラミナの周りには、無数の炎の玉が浮いていた。
ようするにこれはトラップであり、この火の玉は、中心に向かって一気に集まる。
かわすのは至難の業であり、このままでは間違いなくラミナは消し炭になるだろう。
「……足りないな」
しかし、火の玉は決してラミナには届かない。
先ほどの炎の槍と同じである。
彼女に届く前に、すべての火の玉が切断され、霧散した。
「え……」
「見えないか。他人に期待を抱く趣味はないが……これはさすがに、期待外れだ」
このとき、マーガレットは瞬きした。してしまった。
一瞬視界が塞がり、そして再び光を取り戻したとき――――――――彼女の上半身は宙を待っていた。
「あれ……?」
しばらく、彼女は死んだということを認識できず、なぜ立ち上がれないのかと真剣に考えていた。
そして自分の下半身の姿をとらえると、ようやく自分の死を認識し、マーガレットはゆっくりとその眼を閉じる。
彼女はもう二度と、目を開くことはない。
「……死人と話す趣味はないが……あの世で自分の行いを見直すことだ、姫よ」
◆◆◆
「がっ……はっ……まさか……この俺様が……」
「ははっ! あーはっはっはっは! 大口叩く割にはずいぶん弱いねぇ!」
ジオンは、身体を巨大な剣で貫かれていた。
この部屋にはない、鋼鉄でできた剣である。
「僕の〈理想のおもちゃ箱〉は、僕のイメージ次第でなんでも創り出せる! 君を貫いている剣を、さらに成長させることだってね!」
「や、やめろ……頼む……」
「命乞いが遅いよ! 死ねェ!」
「っ――――――――――――」
「〈黒の華〉!」
ジオンの体内から、正確には中心の剣から、真っ黒い鋼鉄の棘が四方八方に飛び出す。
その瞬間に彼は人からただの物に早変わりし、まるで芸術品のように、真っ赤な血を滴らせる黒い華となった。
「僕に勝てるわけないじゃん……僕は冬真くんよりも、あのセツって人だって! その気になれば殺せるんだからさァ! あはははははははははは! あーはははははははははは!」
・
・
・
・
・
・
「あは……ははは……あは……」
「ご機嫌じゃねぇの……いい夢見れてんなら、そら何よりだな」
ジオンは、眼を虚ろにさせ膝をついているルームを見下ろしながら、そっと呟いた。
「ルーム! ルーム! なぜ動かん!」
「あー、無駄だ。こいつはもう二度と戻ってこねぇ。そういう魔法をかけといた」
横からルームを蹴飛ばし倒しても、彼は笑っているだけ。
よほどいい夢を見ているのか、その笑いは心底気持ちよさそうだ。
「終わったのか、ジオン」
「おうよ。そっちも早ぇな」
「あまり死人について語るのは趣味ではないが……とんだ期待はずれだったのでな、一撃で終わらせてきた」
「かーっ! 残酷だねェ! 残酷だわー。俺様よりもよっぽどなァ」
王様は後ずさりした。
普通ではない、この二人の様子に恐怖し、すぐにでもこの場を離れたいという気持ちが彼を支配する。
しかし、逃げられるわけがない。
「はァ……けどこれで、ようやく「混戦で姿を隠し、敵が油断しているところで王を討ち取る手柄総取り作戦」が成功したなァ」
「……決まってしまっていることにとやかく言う趣味はないが、その名前はどうにかならなかったのか」
「てめぇが思いつかねぇのがワリィんだろ。いいじゃねぇか、あいつ並のネーミングセンスの名前で」
「……そうだな、あの方は誰よりも強いが、名前をつけることに関しては負ける気がしない」
世間話を始めた二人を尻目に、王は玉座の後ろに回り込もうと駈け出した。
そこには隠し階段で行ける抜け道があり、万が一のときのために逃げられるようになっている。
このチャンスを、逃さないわけにはいかなかった。
しかし――――――――――。
「む、逃げるな」
「ぎ……ぎぃ! あぁぁぁ」
膝から下が切り落とされ、王は床に横たわった。
抜け道は、まだ遠い。
「おうおう、よかったなァ、カーペットが赤くてよォ……これなら血で汚れても気になんねぇもんな」
「ひ、ヒィ……」
「潔く、散れ」
――――――――――王が最後に見た光景は、ラミナの刀が一瞬だけ煌めいた瞬間であった。
「はぁ、いい土産もできたことだし、そろそろ帰っか。デザストル様も喜ぶだろ」
「勝手をするなと叱られるかもな。そうなれば全責任を貴様に押し付け、私は逃げよう」
「そりゃねぇよラミナさんよォ……旅は道連れだろ?」
「……あまり人の言葉を面と向かって否定する趣味はないが、それは違うと思う」
彼らはマイペースな会話を続けながら、この場を去っていった。
残っているのは、いまだ笑い続ける少年と、首のない男の胴体だけである。




