7 これが修羅場か
ファンタジーの修羅場とは
表現にご指摘がありましたので、夕陽の失禁描写を変更いたしました。
「そういえば今日の服装似合ってるな」
「えっ! そ、そう?」
照れる夕陽の服装は、白の花柄のワンピースに、茶色のホットパンツだ。いつもは訓練用の運動服(短パンに少し厚めのTシャツ)なのだが、久しぶりにそれ以外の服装を見れて新鮮な気分になった。
「美月ちゃんと訓練が軽かった時にお出かけして買ったものなんだよねこれ」
「ああ、選んでもらったのか」
「な、なんでわかったの!?」
昔からそうだ。夕陽が似合う服を着ている時は、絶対に他の人が選んだものなのだ。
「お前のファッションセンス最悪だからなぁ……」
「い、言わないで!!」
思い出すはコンビニ行くにも散歩に行くにもジャージで出歩くこいつの姿……あんなの夕陽のファンが見たら泣くぞ
「そ、そういうユキくんもかっこいいね! その服!」
「……そうか?」
今の俺の服はこっちの世界での所謂冒険者の服になっていた。エルカに用意させたもので、動きやすさと安全さを兼ね備えた余裕のある長ズボンに、長袖の黒いシャツ、その上に茶色の上着を羽織るという形。茶色の上着は低級の魔物の皮を加工したもので、耐熱性が高く丈夫だが、動きを阻害しないという優れものだ。
今日これを着ている理由はこのまま街を出る予定だからなのだが、当然そんなことは伝えられない
「どうしたの? それ」
「……こっちの世界で仲良くなったやつにもらったんだ」
嘘は言ってないぞ
「そ、そうなんだっ!」
「ああ……」
手を振り露骨に動揺する夕陽、やはり今日は様子がおかしい
「体調でも悪いのか?」
「ううん!! 違うよ! それよりあのお店面白そうだよ!? 入ってみようよ!」
何やら誤魔化されて先へ駆けていってしまう。
ううむ……自分は鈍感じゃないと思っていたが、もしかしたらそうなのか?
あいつが調子を崩す理由が思いつかない
(……後で聞き出すか)
ここまで来るとかなり気になる。夕陽の様子については直接聞き出すことにしよう
あれから夕陽はちょくちょく調子を乱す場面はあっても、雰囲気を悪くするようなことはなかった。原因がものすごく気になってくるが、迂闊に聞いて機嫌を損ねられたらたまったものじゃない。
「きゃっ」
「おっとっ!」
少し考え事をしていると、夕陽が人にぶつかり倒れそうになったため支える。
気付かなかったが周りを見ると人が増えている。城下街の中心辺りまで来れたようだ。
「怪我はねぇか?」
「うん……ありがとね」
「おう……」
顔が赤い夕陽……こういう反応されてしまうとぶっちゃけ困ってしまう。
――――――こっちの世界にいる俺が仲がいい女は変人しかいないため、やはりどうしてもこいつの反応は新鮮に思ってしまうのだ。うわっ、多分今の俺遠い目をしてそう……
「こっからは気をつけていこうぜ、人ごみだからな」
「うん――――――」
やっぱりユキくんは優しいな―――――そんな呟きが夕陽から聞こえてきた気がした。
街の中心を通り過ぎ、俺たちは空いていて雰囲気のいいカフェに入ることにした。街の中心にもカフェはたくさんあったのだが、混んでいるところが多数で、何よりかなり騒がしい。人気があればいいってもんじゃないな、やっぱり。
というわけで人がそこまで多くなく、テラスつきの木で出来た落ち着く雰囲気の店に入る。二人席を取り、共にコーヒーを頼んでいた。
ちなみにこの世界には紅茶もコーヒーもある。コーラとかはないが
「いい店だね、ここ」
「ああ、中央の方の店は騒がしかったがここは静かで落ち着く……」
「そうだね……ちょっと中央の騒がしさはキツかったかも」
えへへと笑う夕陽に、その道を通らせてしまった罪悪感が沸く。実はこいつは人ごみがそこまで得意ではない、もっと気をつけてやればよかったな
「落ち着いたか?」
「今は大丈夫、コーヒーも美味しいし」
この店のコーヒーは確かに美味しい。初見だったが機会さえあればまた来ようと思えるくらいに美味い。
マスターは寡黙な初老の男性で、黒シャツにエプロンの格好でカウンターに立っている。カウンターには様々な調理道具が並んでおり、彼はその無骨な手から深みのあるコーヒーを産みだしている。
――――――今の落ち着いている雰囲気なら聞けるか?
「なあ、夕陽」
「ん?」
「……なにかあったのか?今日様子が所々おかしいぞ?」
「え!? な、なんのことかな!?」
動揺しすぎでバレバレなんだが
「いや、もう何かあるってことくらいバレてるぞ?お前はいっつも顔に出るからな」
「うう~……」
「そんなに言いたくないのか?」
顔を赤くし、涙目になり睨めつけてくる夕陽。睨みつけられているとは言え恐怖はない、それどころか可愛いと思えるほどだ。
「い、言えるんだけどね……?」
「それなら教えてくれよ、さすがに気になってたんだ」
「うっ…………わ、わかったよ」
夕陽は諦めたように了承し、改めて口を開いた
「ユキくん――――――この前の深夜にエルカさんと一緒にいたみたいだけど、どういう関係なの?」
…………わぁお、あの時見られてたのか。
「私はその……そういう関係なのかなって思って気になっちゃって……」
そういう関係とは……つまり恋人的な意味だろう。
……誤解の無いように言っておくが、決して俺とエルカは恋人という仲ではない。彼女から好意のようなものを感じてはいるのだが、どうにかなる前に俺は転生させられている。その後帰ってきたはいいが日数は浅いし、特別な関係になる時間はなかった
まあ特別な関係にはなっているがな、主人と奴隷的な意味で。ある意味恋人よりも深い関係なんじゃないか……?
ちなみにどうしてこうなったかは、奴隷にしてくれとエルカが頼んできたからであって、俺は頼まれるまでノーマル属性であった。
「……いや、俺はエルカとは別に……」
「――――――今呼びましたか?セツ様」
……冷や汗が出てきた。
知ってる声が突然聞こえ、恐る恐るその声の主を確認すると……
「……よぉ、エルカ」
「奇遇ですね、セツ様」
こいつ! 俺との関係を隠そうとしないだけでなくさらっと様づけを強調してきやがったぞ!?
「どうしてここに……?」
「行きつけなのですよ、このお店。セツ様も気に入りましたか?」
たった今お気に召さなくなったぞおい。
ダメだ!! この流れは嫌な予感がする!!
「っ!! ユキくん!! 様づけってどういうこと!? 」
「ま、待て! ちょっと落ち着け!」
「どういうことと言われましても――――――私はセツ様の所有物ですから」
爆撃が止まりません先生
「しょ、所有物!? 」
椅子から立ち上がり問い詰めようとする夕陽
「落ち着けって!」
「そうです、私はセツ様の忠実な下僕です。身の回りのお世話などをしております」
「身の回りのお世話!?」
確かに世話かけてるが言い方がダメだ! 完全に夕陽が勘違いするぞ!?
「いつの間にそんな……ユキくん! こっちの世界に来てからエルカさんに何したの!?」
「別に何もしてねぇって! だから頼むから落ち着けって」
「何もされてはいませんよ?私があなたのものにしてくださいと頼み込んだのですから」
……おいおいそこまで話を持ち出してくるか……?そろそろまずいぞ?
「っ!! あなたとユキくんは会ってからまだ数日なはずでしょ!? それなのにあなたのものにしてくれなんて軽すぎるよ!!」
「だから一旦落ち着――――――」
「そんな短いものではありません!! 私とセツ様は長く時間を共に――――――」
「――――――落ち着けと言っているのがわからねぇかお前ら」
ビクッ――――――
俺が今までの声よりも静かにそう言うと、店内が突然静寂に包まれた。
離れた場所にいた客は怯え、俺の周りにいた男性は気絶し、友人同士で会話をしていた女性たちは失禁してしまっている。
俺の近くにいた夕陽も硬直しピクリとも動かない、エルカは跪いて体を震わせていた。
――――――俺が言葉に乗せたものは殺気
本来は戦闘で相手に向けるものだが、極めて行けばこのように使いこなすことができ、力を振るわずとも場を制圧することができる。
さすがに加減を間違えればショックで死んでしまうかもしれないため、随分と抑えたが効果は抜群だった。効きすぎて関係ない人まで巻き込んでしまったのは申し訳ない。
力があっても経験の少ない夕陽にも十分な効果を発揮している。まあエルカにはさすがに効いていない。こいつは俺が怒りを覚えたと思い恐怖しているだけだろう
「エルカ、なぜ俺が止めたかわかるか?」
「いえ……」
「それはお前のためだ。城お抱えの魔剣士が役立たずの男と深い関係があるなんて知れたら、自分の立場がまずいことを理解しろ。俺を嫌う王や王女にでも知られれば最悪お前でも消されるぞ? ここは公共の場だ、自分の発言を思い返せよ、どれだけ危険なことを言っていたかを。簡単には誤魔化せねぇぞ?
……俺に大切なものを失わせたいのか?」
「も、申し訳ありません……」
顔を伏せ、謝るエルカの頭を撫でてやる。
エルカは本当に優秀な女だ、一度言えば二度と同じことはしない。
「分かったならよし!……悪ぃな、説教なんかして」
「いえ……私も意識が足りませんでした……あなたの信条を蔑ろにしてしまう所でした」
俺の信条か―――――覚えてたんだな……
「っと……とりあえずこの話題は置いといて、夕陽? ごめんな、お前も大丈夫か?」
「は、はひ……」
もう立ち直ってはいるのか……経験は少なくとも伊達に戦闘訓練はしてないな
俺は改めてエルカに声をかける
「エルカ、 悪いがお前の金で全員分の適当な着替えを買ってきてくれねぇか? 金は後で払うから」
「は、はい!」
唯一無事なエルカを立たせ、買い物を頼む。この惨状は俺の責任だから後始末もしないとな……その割にはエルカを頼っているが、俺のやるべき後始末は別にある
「―――――騒ぎを起こして悪かった、言ってくれればいくらでも払う。
だから、この騒ぎのことは黙っててくれないか?」
俺の全力の頼みを、その場で意識のある客たちは怯えながら首を縦に振って承諾してくれた。
さて、後は夕陽への説明―――――だな
昼ドラには敵いませんね、やはり