76 下等生物
「拒否権は……ないよね?」
「当たり前だろうが、バカタレ。今やお前の命は俺のもんだ。せいぜい馬車馬のごとく働け」
俺は冬真を引っ張り起こし、もらった魔力の半分を注いでやる。
魔力が得られたことで〈聖剣の加護〉も発動し、全身の傷が治っていく。
「まあ……君にこき使われるなら悪くないかな」
冬真が俺の横に並ぶ。
不思議と安心感がこみ上げてきた。
そうか、久しく忘れていた。
これが誰かとともに戦う感覚か。
「頼むぜ、パシリ」
「そのアダ名だけは撤回してもらおうかな!」
俺は魔法袋に仕舞っていた漆黒の大剣、黒丸を抜き放つ。
冬真も聖剣を抜き、俺と同時に地面を蹴った。
「下等生物が……粋がるな」
顔を覆っていた煙が晴れると、創造神〈クレアシル〉とやらは恐ろしいほどの無表情で俺たちを見ていた。
思わず足が竦みかける。
力も、迫力も感じないのに、この凄みは何だ。
これが神なのか。
だが、関係ない。
こいつが、俺の仲間を消そうって言うなら、先に俺がこいつを消せばいい。
今も、そしてこれからも、俺はそうしてあいつらを守る。
「うぉぉぉ!」
地面を強く踏みしめ、さらに前に身体を押し出す。
同時に黒丸を振り上げ、クレアシルに叩きつけた――――――――――――はずだった。
「ふん、ヒビが入っているが、いい剣だ。しかし使い手がこれではな」
何だ。
何が起こった。
明らかに感じ取れる違和感。
何で俺の腕と黒丸を、あいつが持っているんだ。
何で俺の腕は肘から先がないんだ。
「いつの……間に?」
片腕をもぎ取られたことにより、襲い来る猛烈な痛み。
思わず膝から崩れ落ちる。
「邪魔だ。我の前から消えろ」
「ガッ!?」
胸に衝撃。
骨が砕けていく音がし、俺の身体は数十メートル吹き飛ぶ勢いで飛んで行く。
「セツ!」
冬真が俺を受け止める。
だがこいつでも勢いを殺しきれず、二人して地面を転がった。
「がっ……はっ……」
おそらく、俺は蹴られた。
まったく見えなかったが、かろうじて足が動く瞬間だけはとらえられた気がする。
やつにとっては何でもない蹴りだったのだろう。
だがこっちにとってはほぼ致命傷。
肋骨と肺が壊された。
腕も込みでようやく再生したが、それまで息すら吐けなかった。
俺たち以上の再生力がなければ、今の一撃すら耐えられない。
どうする、どうすりゃこんなやつに勝てる?
「よくも……僕のセツを傷つけたな……」
「っておい!」
冬真がものすごい形相で、クレアシルに向かって歩いて行く。
俺も慌ててあとを追った。
あと俺はお前のもんじゃねぇ。
「セツを傷つけていいのは僕だけだ! 行くよ! セツ! あいつぶっ殺す!」
「その理屈はおかしいが……まあぶっ殺すことに関しては同感だ! クソッタレが!」
再び地面を強く蹴る。
今度は目に魔力を集め、視力を強化しておく。
少しでも見えるなら、対処できる。
もうペース配分なんて考えない。
残り少ない魔力を、全身へ。
次に息をするまでに、こいつを倒す気で行く。
「とりあえず! その剣を返せ!」
俺は黒丸を奪うべく肉薄する。
クレアシルは相変わらずの無表情だが、一言「ほう」と声をもらした。
「っ!」
俺がクレアシルの手の中にある黒丸に手を伸ばしたとき、やつの手もこっちに伸びてくる。
今度は心臓でも抜かれてしまうかもしれない。
だが、今は見える。
速い、それでも見える。
身体を捻り、手をかわす。
そのまま回りこみ、やつの黒丸を持っている方の腕にしがみついた。
「返せ!」
そして、やつの手首目掛け拳を叩きつける。
少しだけ力が弱まった。
そのまま黒丸を奪い取り、一度飛び退ってから、また飛び出す。
「なめやがって……!」
クレアシルは、こっちに視線だけを送り、身体は正面に向けたままだった。
俺はそこに渾身の突きを繰り出すが、やつの皮膚に当たった瞬間剣が止まる。
「かってぇ……」
「もう終わりか?」
「まだだよ!」
反対側から冬真が襲いかかる。
やつの聖剣を、クレアシルは生身で受け止めた。
俺はそのタイミングに合わせ、もう一度剣を叩き込む。
だが、クレアシルは動かない。
「貴様らは頭も足りぬようだ。我がその程度で動くとでも?」
「うん……動かないだろうね。でも!」
火魔法の初級技、〈煙〉。
冬真は片手間にそれをクレアシルに浴びせる。
ただの煙幕ではあるが、これでこいつの視界は塞がった。
一瞬でも視界を無力化してしまえば、反応に遅れが出る。
「セツ! 行くよ!」
「ああ!」
「「〈飛剣・絶〉!」」
超至近距離で、最強の〈飛剣〉を叩き込む。
ほぼ全魔力を注ぎ込んだ一撃だ。
これでダメなら、俺の聖剣である〈大食い〉が空腹になるまで、為す術はない。
俺たちは素早く飛び退き、距離を取る。
そこでようやく息を吐いた。
「はぁ……はぁ……手応えあったね……」
「ああ……」
鈍い感触ではあったが、確かに当たったはずだ。
肉を切る感触も、少しだけあった。
ダメージが少しでもありゃいいんだが――――――――――。
「――――――――――驚いたぞ、貴様ら」
「っ!」
煙の中から、クレアシルが現れる。
その両肩には、浅いものの確かに傷がついていた。
しかし血は流れていない。
光の粒子がそこに集まり、瞬く間に塞がってしまった。
「まさか、この我に傷を負わせるとはな。少々見くびってはいたようだ。では、こちらもほんの少し、力を使おうか」
あれで力を使っていない?
バカ言うんじゃねぇよちくしょう。
「こちとら精一杯だったっつーの!」
「来るよ!」
クレアシルの手が、俺たちに向けられる。
「――――――――〈創造〉」
俺たちは、とっさに横に回避行動を取る。
一瞬前まで立っていた場所で、轟音が響いた。
発生した風圧で、俺の身体は再び転がる。
「何かっ! 落ちてきて……っ!」
何とか体勢を立て直し立ち上がると、そこに落ちてきたものが何なのか、すぐに分かった。
巨大な槍だ。
高さから、高層ビルほどはあるだろう。
先端が地面にめり込んでおり、そのまま天に向かって伸びている。
かわせなければ、一撃であの世行きだ。
「冬真! 生きてるか!」
「なんとか!」
あいつは大丈夫か……俺も怪我はないが、正直精神に来た。
やつは、一瞬でこれを落とすことができる。
本気を出されれば、雨のようにこの規模の槍を降らせることもできるかもしれない。
そうなりゃ勝ち目はない。
全員消し飛ぶ。
「さて、貴様らはどこまで耐えられるか――――――――――む?」
そのとき、俺はやつの腕が地面にボトリと落ちたのを見た。
接着剤でくっつけた物が取れるときのように、あれだけ硬かったやつの身体がボロボロ落ちていく。
「……やはり、血が足りぬ。小娘一人の命では、まともに腕一つ振れん」
……よく分からねぇが、これはチャンスか?
「仕方がない。あの二匹の命も回収しておこう」
「っ!」
クレアシルが、何かに目標を定める。
その視線の先には、デザスたちがいたはずだ。
やつが何を狙っているかは、もうバカでも分かる。
クレアシルが地を軽く蹴った。
それだけなのに、速い。
だが、止めねぇと。
止めねぇと、あいつらが殺される。
「させるかぁぁぁ!」
俺はやつの進路を邪魔するべく、走った。
これは奇跡か、到底間に合わないと思っていた俺の身体は、見事にやつの前に立ち塞がれた。
「っ! 貴様……ッ!」
「おぉぉぉぉ!」
初めて、こいつの驚いた顔を見た。
だが今はそんなことどうでもいい。
俺は迷わず、黒丸をクレアシルに叩きつけた。
「……貴様は少々危うい。ここで消え逝け」
「なっ……黒……丸……」
クレアシルの肩に当たった黒丸は、真ん中で見事に折れた。
破片が宙を舞う中、やつの手が俺に伸びる。
「――――――――――〈消失〉」
光が視界を埋め尽くす。
そして――――――――――――――俺の意識は消えていく。
『世話が焼けるのう……クソガキ』
最後に聞こえたのは、聞いたこともない女の声だった。




