73 セツにはできないこと
「セツ……本当に行くの?」
「ああ、もう結構強くなったしな、世界を見て回りてぇんだ」
ディスティニアの城の、僕らに与えられた部屋の中で、僕はセツと向かい合っていた。
彼は、今夜この国を出て行くらしい。
「もう一度聞くけど、お前も一緒に来ないか?」
セツがそう聞いてくれる。
でも……僕は――――――――――。
「ごめん、僕はまだ……怖い」
「……そっか」
僕はセツのようにはなれなかった。
まだ戦闘力も低く、聖剣もまともにコントロールできない。
これじゃセツの足手まといになってしまう。
「でも、もし……僕が強くなったら……そのときは迎えに来てくれる?」
「ああ、いいぜ」
セツは手を差し出してきた。
僕はその手を握り返す。
「いつか、一緒に冒険できたらいいな」
「そうだな」
「じゃあ……」
ああ、またな――――――――――。
そう言って、セツは窓から飛び出した。
僕は……一人で、このディスティニアに残る――――――――。
「ショット!」
「ぐっ……!」
俺は身体を横に反らす。
今まで自分の身体があったところを、光る何かが通りすぎた。
そして、爆音が響き渡る。
「うっそだろ……おい」
はるか遠くにある山の頂上が、爆発して消える。
どんな魔法でも、あの距離の山を爆散させるのは簡単なことではない。
それを、あの巨大な銃は片手間でやってのけた。
いや、引き金を引くだけでやってのけたのだから。指手間だろうか。
「そんなこと考えてる場合じゃねぇな!」
あの規模の弾丸が、何発も放たれる。
空中を蹴り上がりながら、なんとか上方向に撃たせることに精神を捧げた。
それにしても一発一発が速い。
眼で何とか追えるくらいで、かわすのがやっとだ。
「むぅ……当たらないなぁ……じゃあ……これならどうかな?」
「て、てめっ」
それまで俺に向けられていた銃口が、真下に向けられる。
そこにはあいつらが――――――――――。
「糞がァ!」
俺は全力で空中を蹴り、銃口とあいつらの間に飛び込む。
「ショット!」
俺は黒丸を壁にして、その弾丸を受け止める。
嫌な音が、愛剣から響いた。
銃弾の勢いは強く、俺は抵抗できずに地面へと落とされる。
(なんとか勢いを止めねぇと……!)
俺は魔力強化を両腕に施し、銃弾を押す。
地面すれすれでようやく勢いを殺しきり、思いっきり上に蹴りあげた。
「がはっ……」
その後に地面に叩きつけられ、息が詰まる。
やべぇ、めちゃくちゃ精神力使った……。
「うーん……やっぱやるなぁ……じゃ、連射したらどうかな?」
「……マジか」
冬真が銃口を向けたまま、魔力を込めている。
やばいな、あれを何十発も撃たれればさすがに堪えちまう。
「はぁ……使うしかねぇか」
「ラッシュショット!」
俺は虚空に手を伸ばす。
その時には、目の前いっぱいに光の弾丸が広がっていた。
「食い散らかせ――――――――――――〈空腹の牙〉」
セツが、人間国を脱走したと言う話は、瞬く間に広がった。
「あんな男は勇者ではない……! 見つけ次第捕らえよ!」
王様は怒り狂っていた。
それもそうか、未来の国の戦力を三人も引き連れて出て行っちゃったんだから。
勇者を失うってだけでも、相当な痛手だしね。
「冬真様、あの男がどこに行ったか、何も聞いてませんか?」
王女様が聞いてくるが、僕は何も答えない。
「さあ? 気づいたらいなくなってしまいまして……」
「……やっと抜いたね……セツ」
「ちっ……まさかこんなに早く使うはめになるとはなぁ……」
ギリギリで大食いに全部食わせることに成功した。
少し身に掠ったが、問題はない。
「大食い……まだ食えるな?」
俺は手に持った大食いに声をかける。
大食いはまだ食い足りないと言った様子で、刃の中心を通っている口から舌ベロを出した。
「相変わらず怖い剣だね……」
「俺は最近かっこよく見えてきたけどな……とりあえず、お返しだ!」
俺は大食いを振りかぶり、魔力を流す。
「〈飛剣・食〉!」
「っ!?」
冬真が素早く横に跳ぶが、少し遅い。
真っ黒い〈飛剣〉が、冬真の片腕を持っていく。
「くそっ……」
血が流れる腕を押さえながら、冬真は苦痛に呻く。
「どうやらそのデカブツ銃、めちゃくちゃ重いようだな。動きが鈍いぜ」
「……バレたか」
冬真は苦笑いしながら、食われた腕に魔力を注ぐ。
光の粒子がそこに集まっていき、あっという間に腕を再生した。
「やっぱり四肢欠損は魔力の消費も激しいね」
腕の使い心地を確かめながら、冬真は言う。
〈聖剣の加護〉は身体を再生してくれるが、同時に魔力も多くとられる。
四肢欠損なんてなおさらだ。
俺たちじゃなければ、すぐに魔力切れを起こして戦闘不能になるだろう。
「さて……君もそろそろ本気になったみたいだし……大詰めと行こうか」
「おいおい……もうか?」
「ま、ぶっちゃけて言っちゃうと、この聖刻の大砲もこれからやろうとしてることも、全部消費が激しいんだ。だから短期決戦で決めさせてもらうよ」
……そういうことなら、俺も反対する理由はない。
速攻でケリが着くなら、その方がめんどくさくなくていいしな。
「そう言えば……君はまだこれを見てなかったよね?」
「何の話だよ」
「君がいない5年間で、僕がたどり着いたもう一つの領域だよ」
〈形態変化〉も俺は知らなかった。
この5年間で、こいつはどれだけの力を生み出したんだ?
「行くよ――――――――――――――〈限界突破〉」
「――――――――――――は?」
冬真の魔力が爆発したかのように増幅する。
なんだって? 〈限界突破〉って言ったか?
「何で……お前が使えるんだ?」
魔力はすべて聖刻の大砲とやらに集中し、さらにその巨体を膨れ上げさせる。
やがてやつの全身を覆うように変形し、全身に銃口のようなものが取り付けられた。
もう片腕にまで巨大な銃口が装着され、まさにその姿は〈砦〉と言うのに相応しい。
「〈聖刻の砲台砦〉――――――――意外でしょ、僕が〈限界突破〉を習得してたなんて」
「ああ……ほんとにな」
めちゃくちゃ強い力を感じる。
あの銃口一つ一つに俺の本能が危険を告げている。
こいつは……まずい。
「ま、食らってみてよ」
「は――――――――――――――――」
銃口の一つが火を噴く。
弾丸は俺の腹に吸い込まれ、風穴を開けた。
見えなかった。
まったく、と言っていいほど、俺の眼には何も映らない。
「ごふっ」
口から血が流れ出す。
〈聖剣の加護〉で再生したが、かなりの魔力を持って行かれた。
「ショットの威力も速度もバカにできないでしょ? 逆に言うとそれだけなんだけど……単純故に強い――――――――って僕は思うな」
「チッ……」
本当に強い。
俺でも見えない速度の攻撃、これは脅威なんて言葉じゃ物足りない。
状況は、一気に最悪まで落ちた。
「さあ、どんどん行こうか!」
すべての銃口が、俺の方に向いた。
「ちくしょうッ!」
俺は他の連中に当たらぬよう、その場を離れた。
「ユキくん……防戦一方になっちゃってる」
「あれほどの高火力で襲われれば、セツ様でもああなってしまいますよ」
エルカは心配そうに、ひたすら弾丸を避けることに務めているセツを見ていた。
「で、でもユキくんなら勝てますよね!?」
「……」
「少し厳しいかもしれない」
言葉を受け継いだのはグレインだった。
「あの〈限界突破〉は、単純故に強力。近づくにも銃口が多すぎて近づけず、離れても狙いがかなり正確なせいで避けるので精一杯……何か打開策がないと突破できないよ」
「そんな……じゃ、じゃあユキくんも〈限界突破〉すれば――――――――」
「……使えないんだ」
「……え?」
グレインは辛そうだった。
前からセツのことを知っている連中は、全員顔を伏せている。
「セツさんは……なぜか〈限界突破〉が使えないんだよ」
「そ、そんな……」
「原因は不明。何度も練習したけど、セツだけはどうしても使えなかった」
ティアの言葉に、夕陽はショックを受ける。
それでは、打開する手なんてないじゃないかと――――――――――。
「それでも……セツなら大丈夫だ」
デザストルは言う。
「あやつが負けたところは見たことがない。だから、大丈夫だ」
何の根拠もない言葉。
しかし、そこにはセツに対しての絶対的な信頼がある。
夕陽は、セツを心配しているのが恥ずかしくなった。
今、必要なのは心配ではなく、信頼なのだ。
この場にいる夕陽を含めた人間では、あの戦いに足を踏み入れることすらできないのだから。
「ユキくん……頑張れ……」
「くそッ!」
「そろそろバテてきたんじゃないの?」
弾丸が頬を掠る。
熱い、焼けるような痛みを感じる。
空中を蹴り上がりながら、俺は冷や汗を流した。
このままじゃ苦しい。
少しでも足を踏み外せば、少しでも冷静さを欠けば、俺は一瞬にして穴だらけだ。
(どうする……何か打開策を……)
右手に大食い、左手に黒丸を握りしめ、俺は考える。
とりあえず、黒丸では何もできない。
いざとなったときの壁にはできるが、攻撃力は期待できないと判断する。
大食い、もうこれしか頼りになるものはない。
あれさえ決まれば、やつを倒すことができるだろう。
しかし、明確な隙がなければ、あれは使えない。
「何か……っ、隙を作らねぇと……!」
「ちょっと! ちょこまか避けすぎだよ!」
くっ……弾の量が増えた……。
「それ! 着弾!」
「がぁ!」
右腕の肩が吹き飛ぶ。
俺の右腕だったものと、大食いが地面に落ちて行く。
大食いだけは失うわけに行かない。
「っ!」
俺は全力で空中を蹴り、急降下。
その途中で無理やり腕を再生させ、大食いを掴む。
「そこだぁ!」
しかし、それを逃す冬真じゃない。
すぐさま照準を定め、銃口が向けられる。
「〈ロックオン〉!」
一つの銃口ではない、すべての銃口がこっちに向けられていた。
「〈ブラスト〉!」
放たれたのは超極太のビーム。
(これは大食いを節約してる場合じゃねぇ!)
大食いには、満腹という概念がある。
とんでもない量の魔力を食らってしまえば、それ以上は食えなくなってしまう。
つまりこの規模のビームを食ってしまうと、多分半分近くは腹が満たされるはずだ。
まだ〈呪術魔法〉も使われてないし、極力使いたくなはない。
そんな場合じゃ……なくなっちまったんだが。
「大口開けろッ!」
大食いの刃にある口が、大きく開かれる。
禍々しい瘴気を吐く剣を、俺は魔力を込めて振った。
ビームに叩きつけられた大食いは、それの捕食を開始する。
だが――――――――――。
「ッ! 食うのが追いつかねぇ!」
ビームの質量が大きすぎる。
大食いの口の大きさが合わない。
これじゃ……。
「こなくそぉぉぉぉぉ!」
あまりのエネルギーの本流に、、俺の身体は簡単に飲み込まれた――――――――――。




