71 再会の勇者
「何……この魔力……?」
夕陽は戦場を駆け抜けながら、冷や汗を流した。
あまり魔力感知が得意ではない彼女ですら、その恐ろしさがすぐに分かる。
「ユキくんの魔力は感じない……! いったいどうなってるの!?」
夕陽は走る速度を上げる。
あまりに強大で、恐ろしい魔力の元へ向かうために――――――――――。
「何だ……これは……」
ようやく前線に出てこれたデザストルたちは、目の前の光景が信じられなかった。
「がはっ……」
「う……」
まず、目に入ったのが、ボロボロのブラッドとロア。
その奥にシロネコとミネコの姉妹が転がっており、うめき声を上げるだけでピクリとも動かない。
グレインとロアは全身に火傷を負っており、エルカは何者かに頭を踏みつけられていた。
「っ……あの男がそうなのね……!」
「ああ……」
「あれー? 来ちゃったんだね、二人とも。自分たちが狙われてるって知らないのかな? まあ手間が省けたからいいけどね」
冬真は、踏みつけていたエルカを蹴り飛ばしながら、デザストルたちの方へ身体を向ける。
(……この者たちも疲弊はしていただろう……それでも無傷か……)
彼の身体は傷どころか、ほこり一つついていなかった。
逆に、冬真に挑んだであろう者は重傷に次ぐ重傷。
これだけで、彼がどれほど規格外かが分かるだろう。
「で、次は二人が遊んでくれるんでしょ?」
「ッ!」
無邪気な笑みとともに、冬真が襲いかかる――――――――。
「ま、お前との思い出はこんなもんだな」
「そうか……結構俺も普通のやつだったんだな」
「いやいや、お前は普通じゃねぇよ。まず有象無象どもとは考え方が違う」
お袋はそう言いながら頭を掻く。
確かに、こんなことができる母親がいる時点で、俺は普通の人間じゃないのだろう。
でも、そう言うことじゃないんだ。
「そうじゃなくてよ……俺にもお袋がいて、親父がいて……家族がいたんだなって」
「……」
二回目の人生での家族は、感謝はしているが、正直「家族」という感じがしなかった。
大切なことには変わりないが、こう繋がりと言うものが薄いような気がするんだ。
そして、俺みたいな化物にも、「人」だったときがあったんだと、思い知らされた。
「忘れなきゃ……よかったなって」
「……本当にな。この親不孝者め」
そう言いながら、お袋は俺の頭にげんこつを落とす。
痛い。
久々に痛みを感じた。
なのに……悪くない気分だ。
そうだよ……こんなふうに怒られてたんだ、俺は。
「さて……そろそろ時間だな」
「……そうか」
お袋が立ち上がる。
俺は覚悟を決めてそれを見た。
「やるなら、せめて苦しまないように頼むよ」
「……ふん」
お袋は顔を逸らしながら、俺に手を伸ばす。
そして――――――――――――。
「わりぃ、さっきのは嘘だ」
俺の頭を撫でた。
「はぁ?」
「いや……結構深刻そうに言ったがな……お前を始末しなきゃいけないってのは嘘だ」
……少し考える。
すると腹の底から、沸々と怒りが湧いてきた。
「おぉい!? 俺の! 俺の覚悟は!?」
「いやーすまんすまん」
お袋の服を掴んで揺さぶる。
しかしヘラヘラと笑うばかりで、一向に反省している気配がない。
何だよ、俺すげぇシリアスっぽい雰囲気だしちまったよ。
「まあ、よく考えろ我が息子よ」
「あぁ!?」
「そう言うとこは私そっくりだな――――――――――いや、ちゃんと計算してみろって。お前は二人殺したか?」
「は? 殺しちまったからこんな目にあってんだろ……あれ?」
「あの冬真とか言うやつは、ちゃんと死んでたか?」
そうだ……俺はあいつを殺したつもりになっていた。
生きてるじゃないか。
目の前に現れたところを、しっかり見たじゃないか。
アンデットでも幻想でもないことを、確認したじゃないか――――――――。
「あいつはお前に止めを刺された後、ギリギリで人間どもに治療されてたんだよ。その後魔族や獣人から狙われないために、城の深いところに匿われていたってわけだ。ご丁寧に墓まで作ってカモフラージュしてな」
「……じゃあ」
「察したか。つまり、お前が殺したのは、あのカゲロウとか言う男ただ一人。二人は殺してねぇんだよ」
俺は思わず膝から崩れ落ちる。
身体の芯から、気が抜けてしまった。
そのあとに、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
「ははっ……はははっ! 何だよ……気が……抜けちまったよ」
「まーなんだ、これは勝手に私らを忘れた罰ってっとこだな」
そう言われてしまうと、俺は何も言えなくなった。
母親ってのは卑怯だ。
「だが、忘れるな。お前はもう「人」は殺せない。次は、マジでないぞ。くれぐれも、あの女みてぇなツラの勇者を殺すなよ」
「……あいつは、俺と同じ化物じゃねぇのか?」
「私からすりゃ両方ただのガキだ。化物なんて大それたものじゃねぇ」
――――――――――確かに、こんな母親からすれば俺たちはガキか。
少しだけ嬉しい。
俺を、冬真を、「人」と言ってくれる人がいることが。
「……あの女ヅラも、てめぇへの愛に溺れているバカなやつだ。セツ、てめぇに少しでも情があんなら――――――――救い出してやれ、できるだろ?」
お袋が、悪い顔を浮かべながら聞いてくる。
こういう顔、ほんとに俺そっくりだ。
「当たり前だ、俺は一番強いからな」
俺にできないことは誰にもできない。
俺は同じように悪い顔を浮かべて、お袋を挑発した。
「ふん、それでこそ私の息子だ。んじゃ、そろそろ戻るか?」
「何だよ、結局用事は忠告だけか」
「思い出話もあるがな。――――――――あ、後……」
白い空間が崩れていく。
俺の意識は徐々に深い穴に落ちていった。
完全に意識が途絶える前、お袋は最後に俺に向かって言う。
「お前、この空間に来てから、何もかもどうでもよくなった瞬間があっただろ。その感覚、ずっと覚えとけよ」
「何を――――――――――」
「行って来い、バカ息子!」
親指を突き立てたお袋の姿を最後に、俺の意識は完全に闇に包まれた。
「ウォーターウォールッ!」
「無駄だよ!」
リヴァイアが巨大な水の壁を展開する。
しかし冬真はそれに炎の玉をぶつけ、一瞬にして蒸発させた。
それだけでは済まさず、炎は真っ直ぐリヴァイアに襲いかかる。
「リヴァイア!」
「きゃっ!」
デザストルが横から飛び出し、リヴァイアを抱えて跳ぶ。
炎がデザストルの足を掠り、その部分に火傷を負わせる。
「くっ!」
その火傷はかなり酷く、マグマに触れて火傷してもすぐに治るはずのデザストルが、苦痛で呻くほどである。
あまりに酷すぎて、再生すらしない。
「デザストル!?」
「足を潰された……!」
「この程度で動けなくなっちゃうの? やっぱり魔王って言っても大したことないね」
相変わらず、冬真は無傷である。
その表情は退屈さを含んでおり、それがリヴァイアたちを精神的に追い詰めていた。
(こんなに差があるの……!? もう私たちじゃどうしようも――――――――――――)
「エルカさん!」
そんなとき、茶髪の少女が二人の横を駆け抜け、倒れているエルカの元に駆け寄る。
「エルカさん……グレインさんにティアさんまで……!」
「んー? 君は召喚された勇者の一人だね」
「ッ! あなたがこれをやったの!?」
その女、夕陽は、冬真に食って掛かる。
ようやく到着した側から身体は恐怖で少し震えているが、眼は真っ直ぐ彼を見つめていた。
「強い女の子だね。セツが好きそうなタイプだ」
「ゆう……ひ……逃げな……さい」
「エルカさん!?」
エルカが顔だけ上げて、夕陽に訴える。
怪我をしていないところがないほどボロボロで、息をするのも辛そうだ。
「だから……今殺しといてあげる。その雌豚と一緒にね!」
「っ!」
冬真の手が夕陽たちに向けられる。
それを見たリヴァイアとデザストルは焦った。
「やめろ!」
叫ぶが、もう彼女たちでは何をしようとも間に合わない。
「死ね――――――――――――――」
一撃で彼女たちを消し飛ばす魔法が放たれる――――――――――その瞬間だった。
パキッ
「ん?」
どこからか、何かが割れる音が聞こえた。
その音は継続しており、すぐにその原因は見つかる。
「……セツ?」
セツが包まれていた光の球体が、割れ始めていた。
まるで小鳥が羽化するときのように、そのヒビは広がっていく。
そして――――――――――――。
「だぁ! 息苦しいぞちくしょう!」
腕が生える。
そこをもとに、バリバリと、球体は破られ始めた。
「守ってくれてたのはありがてぇけど……ちょっと硬すぎるぜお袋」
セツが、中から現れる。
完全に殻から抜けだしたセツは、目の前に立つ冬真を見て、ニヤリと笑った。
「よぉ……久々だな、冬真」
「あぁ……やっと、やっと出てきてくれたね、セツ」
二人の勇者が、かつての戦いと同じように、戦場で向かい合った瞬間である。




